麻 生  幾

 

宣戦布告
北朝鮮の潜水艦が敦賀半島の海岸に漂着した…。対戦車ロケット砲を持つ特殊部隊が上陸したらしい。目の前には美浜原子力発電所が!。機動隊やSATでは対処しきれず、政府は自衛隊を派遣する。錯綜する膨大な情報、増える犠牲者。右往左往の内閣、官僚…。
いやいや…現実のこんなことが起こったら国民総パニックになることはまちがいないでしょう。
ちょうど今(2002年10月)、北朝鮮へ拉致された人たちが帰国している。あまりにもタイムリーすぎて戦慄を覚えた。
しかも、この話を読んで恐怖を感じたのは「北朝鮮」だけではない、ということ。このような状態になったときの他のアジア諸国の動静がとても気になった。日本は「太平洋戦争」の遺産を未来永劫、持ち続けることになるのだろう…。「第9条」は世界には「たてまえ」としか映っていないのだろう…。それは現実に「不審船」を引き上げることに難色を示した中国の姿勢から窺えることだ。つくづく、日本はなんということをしてしまったのか…と、
改めて罪の大きさを問うきっかけになる小説だと思う。
それにしても「たった11人」 の特殊工作員に対してこのパニック…。絶句するしかない。あと原発。去年のアメリカテロ事件も当初は原発を狙ってた…という話もあるので、もう少しセキュリティーを強化しなくてはいけないのでは。恐ろしいことになる前に…。ちなみに敦賀半島には美浜の他に敦賀、高浜という原発もあるのだ…。

 

 

ケース・オフィサー
静岡県警の名村は警察庁のテロ対策部門にCOとして抜擢され、シリアへ派遣される。そこで出会った晴香に接触、CIとして育成、運営していくが警察内部の覇権争い、外務省との軋轢に飲み込まれ、帰国させられてしまう。しかし10数年後、日本をターゲットにしたテロの情報を得た警察庁は「死んだ」はずの名村を呼び寄せ、再び晴香と接触させ、情報を得ようとする。しかし戦慄のバイオテロへの扉が音もなく、開かれようとしていることに気づいていなかった…。
まずはCO、CIの説明から。CIとは要はテロに関する情報を提供するスパイ。そしてCOはCIを発掘・育成し、運営していく担当者のこと。
CI、COとはなんと隠微で因果な商売だろう…。自分自身の精神と身を文字通り、細らせながらも、いつしかそれが快感になり、抜け出せなくなるのだ。そこに国家の危機や安全という「大義名分」など存在せず、ひたすら、ひたすら「危険」という快感に身をゆだねていく名村と晴香に「なぜ、そこまで…」と、思いながら、一方のバイオテロへの恐怖に真剣に背筋を凍りつかせそうになるので、名村たちに「なんとかして」と、思ってしまう。
麻生さんの書く小説はどこまでが現実で、どこからが創作なのか線引きが非常に難しい。つまりそれだけリアルなのだ。もちろんオーバーな表現もあるだろう。しかし、バイオテロの描写がどれだけ恐ろしかったことか。↑の「宣戦布告」を読んだときも思ったが、日本人はこの小説を読むべきだと思う。そしてテロの危険は自分の遠いところにあるものではない、ということを感じるべきだろう。
警察内部の覇権争いや外務省との軋轢…これについてはいろんな小説でも読んできたし、現実にもあることなんだろう。食傷気味…なんて言ってる場合ではないけれど、現実はもう少し「マシ」であってほしいと願わずにはいられない。

 

 

ZERO(上中下) ★★★
警視庁外事二課の警部補、峰岸は中国大使館による大規模な諜報活動に気づき、<杏>と呼ばれる作業玉を使い、全容を解明しようと奮闘するが、公安警察の最高峰でありながらいまやその存在意義が危ぶまれている「ZERO」からの横槍や部下や同僚、家族をも「事故」に巻き込み、自らも何度も窮地へ追い詰められていく。峰岸は「国家」を守ろうとする英雄か、ただの復讐の鬼なのか…。
…うーん。途中までは何がなにやらわからないし、登場人物は多いし、かなり苦労させられた。しかし、中巻の途中からなんとかついていくことが出来たのは困難なミッションを全うした海自の潜水艦乗組員たちの奮闘ぶりに胸を打たれたからだ。あのシーンが無ければ、いくら「諜報モノ」好きのあたしでもリタイアしていたかもしれない。それくらい複雑な諜報の世界。隣で笑いあってる友人が別の組織のスパイであることが日常茶飯事であるかのような世界に生まれなくてよかった…と正直、心から安堵した。中国の「警察」や「公安」の機構もややこしくて、最後まで読んでも結局理解は出来なかった。けれど、読み進めていくにつれ手に汗を握るシーンが増え、その世界独特の「倦んだ温度」を体感させてくれたのはさすがに麻生さんだ。ラストで「えーっ、そうだったの?!」と思わず言わせた大どんでん返しは「さもありなん」とは思ったけれど、わたしとしては別に要らないのでは…という感想も持った。
しかしながら、峰岸ほど過酷ではないにしても、日本にも「公安警察」は存在し、苦労している警察官はいるはずだ。国家のために決して目立たず、文字通り身を削って職務に就く警察官、自衛官など「職人」に思いを馳せることが出来る作品だった。