宮部 みゆき

火車 蒲生邸事件 パーフェクトブルー 東京下町殺人暮色 魔術はささやく 
レベル7 理由 人質カノン 鳩笛草 クロスファイア 龍は眠る 模倣犯 
長い長い殺人 あやし ぼんくら  誰か

 

火 車
これは彼女の最大の代表作と言っていいと思います。
「楽しい」というよりは考えさせられることの多い、作品で、自己破産や戸籍、と難しいことが多く、何度も読み返しました。
でも、何度読んでも読みごたえのある素晴らしい作品です。
徐々に核心に迫っていく緊張感が最後まで続きます。

 

 

蒲生邸事件
2.26事件を背景に、偶然タイムトラベラーとなった主人公が遭遇する事件。
歴史的事件を背景にしているので、とっつきにくいかと思ったけど、この事件が「歴史上の出来事」としかとらえられなかったわたしにこの時代の複雑さを教えてくれました。
読後のさわやかさは彼女の作品の中で最高かもしれません。

 

 

パーフェクトブルー
彼女の長編デビュー作。
元警察犬、今は探偵事務所で番犬をしている犬の視点からみた事件。
衝撃的なプロローグに、ぐいぐいと引きこまれていくストーリー。
投薬実験の末に起こった事件を背景に、家族のあり方を考えさせられる作品です。

 

 

東京下町殺人暮色
何より、素晴らしいのはこの作品に出てくる少年達です。
好奇心・冒険心旺盛な少年達が事件を解決に導く作品。
彼女の作品には少年がたくさん出てきますが、どの少年もとても魅力的です。
この作品は太平洋戦争の犠牲となった人、戦争を知らない人、みんなに読んでもらいたい作品です。

 

 

魔術はささやく
これも少年が主人公のお話。
主人公の少年、守が天涯孤独となったあと、世話になっている叔父が交通事故を起こした…。事故の真相を調べて行くうちに、様々な謎が浮かんで来ます。守がどのような手段で謎に迫って行くのかは、読んでのお楽しみ。
「魔術」とは一体、何なのか。何故、守は天涯孤独の身となったのか。
ひとつの話が終わった後に、語られる別の話…。
守の心の葛藤が痛いほど伝わってきます。

 

 

レベル7
「レベル7まで行ったら戻れない」女子高生のみさおがそんな言葉を残して、失踪。カウンセラーの悦子はみさおを探し始める。
その頃、とあるマンションの一室で記憶喪失の男女が目覚める。
男女の腕にも「レベル7」…。この不可解な言葉の意味は何?。男女は何故、記憶を失ったのか?みさおは無事なのか…?緊迫の4日間が始まります。
とても長いお話ですが、まったくそれを感じさせません。
これぞ宮部作品の醍醐味、といったものが読めますよ。
ラストの一文は主人公と同じような思いにさせてくれます。

 

 

理  由
直木賞受賞作品である本書は雑誌記者が事件関係者へインタビューする形式で事件が語られて行くという斬新な「語り口」で話しが進んで行きます。というわけで全て事件が片付いてからのお話です。
この作品を読むと上記「火車」を彷彿させられました。
最後まで犯人像がはっきりしない点、社会的問題を事件の背景にしている点など…。
「火車」を読まれてる方は是非、読んでみてください。
事件の背景には登場人物ひとりひとりの「理由」があるのだ…、改めて「理由なき犯罪」はないのだ…と、思わされました。そしていかなる理由があろうとも「犯罪は犯罪なのだ」ということも…。

 

 

人質カノン
わたしには珍しく短編集です。実は短編集はなんかもったいないような気がしてあまり読まないんですけど、作者の短編は珠玉ですよ〜。
長編に負けない上質な短編ばかりです。
今回ももちろん、期待を裏切られることなく読みました。
作者の短編集は胸がじんわりと暖まってくる感覚なのです。
長編はどうも苦手…という人もいると思いますが、そんな人にこそまずはこの短編集をおすすめします。
ちなみに今回のわたしのイチオシは「八月の雪」です。
そしてこれを読んだら次は上記長編の「蒲生邸事件」を読んで下さい。
そうすればあなたももれなく宮部ワールドにはまることでしょう。

 

 

鳩笛草
超能力を持つ3人の女性の中篇3篇が収録されています。
ぴょんが一番印象に残ったのは表題作の『鳩笛草』。
『力』を失いつつある女性刑事、本田貴子の心の葛藤が細々とした事件の中で細かく描写されています。
「『力』を使って刑事になった…」そう思ってきた貴子が最後に事件を解決したのは『力』ではなく、刑事としての『勘』だった…。
そのことが読者に一縷の望みを与えてくれます。
他に『朽ちてゆくまで』、『燔祭』の2篇収録。
尚、『燔祭』の、青木淳子は↓の『クロスファイア』で再登場します。

 

 

クロスファイア
映画化された長編もの。
超能力で発火させることの出来る能力、パイロキネシスを持つ青木淳子は自分を「装填された銃」と、認識していた。
ある日、『溜まったエネルギー』を放出させるために廃工場へ行った淳子は若い男達による傷害…殺人現場に遭遇する。『力』を使い、犯人グループの4人のうち3人までは片付けることが出来たが、主犯の1人を取り逃がすところからこの長編が始まる…。
『燔祭』ではどうしても淳子の心理が納得出来なかったのだけれど、これを読んでやっと少し理解出来たような気がします。
「装填された銃」としてしか生きることが出来ない、淳子の悲しさ…。
衝撃の結末にしばし呆然としたけれど、「こうなることが淳子にとっていちばん幸せなのかもしれない…」そんな安易な感想しか書けない自分の語彙力・文章力の無さが情けなくなりました。

 

 

龍は眠る
雑誌記者の高坂が、二人の若い「超能力者」と出会い、彼らの「生きざま」を自の身の上に起こった事件を通じて思いしらされる…。
とても切ない結末だけれど、「超能力」も「目が見えること」や「耳が聞こえる」ことと同じ「能力」なんだ…という、叫びが胸に響きます。
「超能力」を使うにはあまりにもナイーブ過ぎる少年たちを優しい目で見てあげて下さいね。
ぴょんはこの少年たちの「無器用な一所懸命さ」が大好きなんです。

 

 

模倣犯
犬の散歩中の男女の高校生が散歩途中の公園で切断された腕を発見する…。それはこの長い事件の「始まり」にすぎなかった…。
そんな衝撃的なシーンで始まるこの作品はわたしの中では微妙な位置に存在することになりそう…。
それはあまりにも解釈が難しいから…。確かに大作で読みごたえは充分だし、登場人物の描写も細かくて感情移入しやすいです。
でも、きっと作者の意図するところなのでしょうが、他の人物描写は丁寧過ぎるくらい丁寧なのに、なぜ「彼」だけは読者の解釈に任せてるんだろう…?。
作者から「読みくだす能力」を試されてるような気がします。しかし、わたしはその試験に受かったとは思えないんですよね…。それでもいろいろと考えてみました。
そんなわけで時間がたっぷりある人は作者の挑戦を受けてください。
時間のない人には「是非、読んで!」とは言えません…(苦笑)。だって、とにかく長いんですもの。それに途中、やりきれなくなることもありますが、そこをなんとか乗り越えてくださいね。
とても奥の深い作品なので、途中で止めてしまうのはもったいない。
これを読んだら今の日本の犯罪ってみんな「模倣」だなぁ…って思うかもしれませんね。でも「心」の模倣はないと思います。
人間の心は模倣出来るものではなく、自分でしっかりと立つことの出来る「強さ」を誰もが持っている…、一時的に弱くなっても必ず、しっかりと自分の足で立つ日が来る…。そう信じさせてくれる結末でした。それがたとえ一見「救いようのない犯罪者」であっても…。

 

 

長い長い殺人
「連続殺人事件」の真相を10個のお財布が語るお話。
登場人物のお財布が「お財布の目」を通して持ち主の人間性や事件をあらわにしていく設定が面白いです。
実は今回再読なのだけれど、前回の読んだときの記憶がまったく思い出せなかったので「初読」に近い感覚で読みました。
で、なぜ思い出せなかったのか…というのはストーリー自体はそれほど奇抜なものではないから…なのだと思います。ただ、今回読み直して思ったのは作者はこの作品を書いたことで『模倣犯』が書けたのかな…と、いうこと。『模倣犯』に通じるものがある…いや、『模倣犯』だけではなく、これ以降、作者が書くすべてのものに通じているような気がします。
ストーリーそのものよりも「お財布」の視点で小説を書くアイディアや語りは「さすが宮部さん!」なのです。物事を公正な目で見据えることが出来ないとこういう視点では書けないだろうな…と、感心します。
やりきれない事件のはずなのにラストではきっちり「希望」を与えてくれるところにいつもながら安心します。

 

 

あやし
宮部女史お得意?の不思議で怖い時代物短編集。
さらりと読んでしまうと大して怖いとも思わないのだけれど、よーく考えるとゾンビ?が出てきたり、不老不死の人間(?)が出てきたりでなかなかに怖い。宮部さん独特のハートウォーミングな味付けでうまくごまかされたような気分。「梅の雨降る」は怪物は出てこないのだけれど、自分の中に「鬼」を飼ってしまった女の子の後悔が切なくて泣けます。こういうホラー?を読んでいつも思うのは、結局は人が心に持つ「闇」が「あやしいもの」となって形作られる…ということ。
いい意味で「所詮、人間なんてその程度のものでしかないんだよ」と、宮部さんに言われてるような気がします。心して生きましょう。

 

 

ぼんくら ★★★★
江戸深川の鉄瓶長屋で八百屋の太助が殺され、一部始終を目撃していた妹のお露は「殺し屋が兄さんを殺した」と言う。その後、鉄瓶長屋は人望厚い差配人が姿を消し、店子も次々と家移りしたり、失踪してしまった。さすがの「ぼんくら」同心、平四郎も鉄瓶長屋の異変に気づき…。
最初に…★4つとしたけれど、まだ迷ってます。宮部さんらしい下町の「生活人情物語」としては文句のつけようがない。「ぼんくら」同心・平四郎とその甥、弓之助、そして「手帳」がわりに使われている、おでこ等々、魅力的な人物が登場し、下町の風情たっぷりの描写はそこへタイムスリップしたような気にさせてくれるほど、見事なのに、肝心のミステリー部がちょっと凝りすぎて、回りくどくなってしまったように感じられるのだ。これが現代モノなら「そうきたか!」となるんだけど、そうするとこのトリックというかミステリーは成立しないような気もするし…。個人的には時代物はやはり、風情や人情を楽しむものなのではないかな、と思う。あまりストーリーに凝ると、時代物がニガテな人は素通りしてしまうような気がする。それともあたしの読み方が間違ってるのか?。これはやはり平四郎や弓之助など、人物を楽しむものなのか?。ま、それはともかくとして。宮部さんの時代物でおなじみの「あの人」の数十年後の近況がぼんやりと伝えられてるところが、ファンとしてはうれしかったし、平四郎&弓之助コンビはとっても気に入ったので、また読むとは思う(笑)。

 

 

誰か Somebody ★★★★
今多コンツェルンの広報室に勤める杉村はコンツェルンの会長であり、義父でもある今多から自転車に撥ねられ亡くなった自分の元運転手、梶田の残された娘たちから「父についての本を出したい」と依頼されたので相談に乗ってやって欲しいと頼まれる。杉村は梶田の過去と梶田を撥ねた犯人を探り始めるが、梶田姉妹の姉の聡美は過去に誘拐事件に遭ったことがあるらしく…。
久々の宮部作品。とても地味で読後に爽快感はない。しかし、人間の隠された欲望や疑心暗鬼な部分、心の醜さを書きつつも「悪いヤツだな」と切って捨てることが出来ない人間くささを同時に表しているのはさすが。必要以上に美化することなく、「人間なんてしょせんこんなもの」、ましてや他人にはうかがい知ること出来ない姉妹間でのことだ、と思えば後味の悪い結末にも「これはこれでいい」と思える。
そして、傍目には逆玉に乗ったことで幸せいっぱいに見える杉村も、杉村本人にとっては妻と娘を愛していられること自体が幸せなのだが、それを声高に他人に言うことなく自分の胸にだけささやかに秘めている。そんな杉村に少々やっかんでしまう「しょせん、こんなもの」程度の誰か…わたしであった。