恩 田  陸

 

月の裏側
詩的なタイトルに惹かれて、なんとなく手にした本作。
ところが、物語にはそんな詩的な部分はなく、突然失踪した人がまたひょっこり戻ってくる。それも記憶をなくして…。そんな事件が相次ぐことに疑惑と興味を持った元大学教授の協一郎、その教え子の多聞、協一郎の娘の藍子、新聞社支局に勤める高安の4人は真相を探る。九州の水郷の町で繰り返される事件は何故か大きな報道もされず、けれど、「静かに、確実に」協一郎たちの周りにも迫ってくる…。
不思議で不気味な怖さが読む者にも襲ってきます。「人」であって、「人」でないものがこの世の中に存在しているかもしれない…それも、もしかしたら自分の配偶者であったり、親や子供だったら…背筋に冷や汗が流れます。ただ、そう考えると無機質な「今の時代」も理解出来る様な気がしてくる…。そう思わせるところが本当はいちばん怖いことだと、気づきます。
でも正直言って、読むのは大変でした。あたしの読み方が甘いのか、それともあたしと作者の相性が良くないのかしら?(笑)。
作者の作品を読むのは2作目なので、よくは知らないのだけれど、これが「恩田ワールド」なのでしょうか?(苦笑)。

 

 

六番目の小夜子
はじめに一言「やられた〜っ!」です。↑の「月の裏側」の感想に相性が良くない…と、書いて以後、恩田作品は避けてきたのだけれど、これはツボでした。
地方の高校に10数年伝わる奇妙なゲームがある。その主人公「サヨコ」は生徒の中から密かに選ばれるのだが、津村沙世子という転校生が来たことでゲームは撹乱されていく…という内容。
あらすじだけ見ればただのホラーかミステリーと位置づけてしまうのだけれど、読み進めていくうちに「これは違うぞ」と気づかされる。「サヨコ」から見る「学校」や「学生」は本質的には何も変わらない…。特に生徒たちは毎年入れ替わりはあるが、輝くばかりの未来を持った「金の卵」であることはいつの世も同じなのだ。その「金の卵」たちが「サヨコ」の目を通して卵から雛へとかえっていく過程を見てみたい…そんなほんの少しの「嫉妬心」や「いたずら心」からこのゲームが始まったのだろう。そして卵たちは鮮やかに雛へとかえり巣立っていく…。
多少、「おや?」という疑問は残るのだが、さわやかな読後感にうまくごまかされてしまいます。

 

 

光の帝国〜常野物語 ★★★
人並み外れた記憶力、千里眼、尋常ならぬ長寿…「常野」の人々は不思議な力を秘めて市井にひっそりと暮らしていた。しかし磁石のS極とN極が引き合うように、静かにjけれど確実に「常野」へと導かれていく人々…連作短編集。
恩田さんニガテ…と言いつつ、この作品だけはずっと気になっていた。読んでみると自分でも気づかないうちに、この作品を読むことを「常野」の人たちに導かれたかもしれない…なんて思ってしまう。「常野」の人々のような能力は大昔の日本…「古事記」の頃…神々がまだあがめられることなく「普通の人」として存在していた時代には珍しいことではなかったのではないだろうか。何が人々からそんな能力を奪ったのだろう…。字を獲得したことで、それまでは頭にとどめておかなければならなかったことを紙に書き残し、2000年後の人々は各々、電話を持つようになり、テレビで世界中の出来事を知り、パソコンを操る…人は利便性と引き換えに「常野」の人たちのような能力を失ったのではないのだろうか。読了後、ちょっと不思議でありながら、さびしくて、やがて厳しい未来が彼らやわたしたちを待ち受けているんじゃないか…と、背筋がぞくっとする。物語は中途半端で続編を予感させる終わり方…と、思ってたら「蒲公英草紙」という続編が出版された。「常野」の人々、そしてわたしたちを待ち受ける「何か」を読まなくてはならない。
(bonさまからお借りしました。ありがとう♪)

 

 

夜のピクニック ★★★★★
北高では修学旅行がない代わりに全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通す「歩行際」というイベントが行われる。今年もまた「歩行祭」がめぐってきた。高校生活最後のイベントに甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いてのぞむ。親友たちと過去のこと、未来のことを語り歩きながらも、貴子はある決心に一喜一憂していた。そしてまた西脇融も胸にわだかまりを抱きつつ、歩いていく…。
ただ一晩中歩くだけの行事。淡々としている。だからこそ、却って静かに深く感動が広がっていく。キャンプや修学旅行など、親しい友人たちと一夜を過ごし、夜遅くまで、ときには朝までいろんな話をしていた記憶を持つ人ならば、登場人物を周りの誰かにダブらせ、貴子や融が友人たちと話すことに頷き「一緒に歩きながら」読めるだろう。登場人物ひとりひとりが生き生きと、特に主人公2人の揺れ動きが繊細に書かれているので、感情移入もしやすく、親友にも言えない悩みを抱え、そのことを言えないことに罪悪感をおぼえる二人がとても愛おしく感じられる。劇的なことが起こるわけでもないのに「奇跡の一夜」だと思えるのは「一緒に歩きとおした」高揚感がもたらす一種の「やさしい」集団ヒステリーのおかげなのかもしれない。心身が疲れたときにきっとまた読みたくなる。そして子供にもいつか読ませたい。一晩で少し成長した登場人物たちの未来が明るくあたたかいものでありますように…。