村上 龍

 

半島を出よ(上下) ★★★★
2011年4月。北朝鮮のコマンドが福岡に上陸し、プロ野球のゲームが行われている福岡ドームを占拠する。北朝鮮正規軍ではなく、反乱軍を名乗る彼らに日本政府は混乱。場当たり的に福岡を封鎖するが、反乱軍の後続部隊12万人が福岡沿岸に近づく。そんな中、いるべき場所を失いさまよい続けた若者達が密かに立ち上がる…。
北朝鮮の兵士が福岡に上陸、占拠…というのはあってもおかしくない…と思わせる反面、「宇宙戦争」のような現実感のなさがついてまわる。同じ北朝鮮を扱った作品でリアリティを求めるなら麻生氏「宣戦布告」の方がより緊迫感があったし、人と人との繋がりのあたたかさやエンターテイメント性を求めるなら福井氏「亡国のイージス」の方が楽しませてくれた。けれど、結果的にこの作品がこれらの作品と遜色ないと思わせるのは、反乱軍に戦いを挑む若者達の存在だ。この作品に出てくる若者たちは決してヒーローになりたいわけじゃない。世間から疎外され、また自らもそんな世間に背を向けて生きてきた若者達が「自分がやりたいこと」をやるだけだ。そんな若者達の淡々とした姿にいつの間にか魅せられ、肩入れしていた。そしてそんな若者達とともに、ところどころにちりばめられている「はっ!」とさせられる文章も見捨てるわけにはいかない。ただし、それが優しい美しい言葉とは限らない。むしろ痛い言葉の方が強烈に響いてくる。例えば、日本語の教育を受け、日常会話も問題なく出来る兵士が「退廃」という言葉にどうしても実感が伴わず苦悩し、やがて北朝鮮という国そのものが「退廃」していたいうことに気づいたときに受けるシーンの叙述は慟哭となり読む側に伝わってくる。それらを受け止めたり、消化不良になりながらも飲み込むうちに、原稿用紙1600枚超の大作を読破してしまったのだった。
最後に…「ヤドクガエル」の毒性の変化に関するシーンにこの作品全体におけるテーマが隠されていると思うので、見落とさないで読んでいただきたい。