雫井 脩介

 

犯人に告ぐ
神奈川県警警視・巻島は児童誘拐事件の際、実質的な捜査指揮をとっていたが、事件は最悪の結末に終わり、経緯説明のために記者会見に臨む。しかし、マスコミの容赦ない追求に失態を演じ、閑職へと追いやられる。6年後、また連続児童殺害事件の指揮を取ることになった彼は皮肉にもマスコミの頂点ともいえる、ニュース番組に出演、前代未聞の「劇場型捜査」を展開する…。
「劇場型犯罪」というのはたびたび耳にすることがあるが、「劇場型捜査」なんて聞いたことがない。そこに目をつけた作者の「作戦勝ち」と言ってもいいのだが、内容もなかなか濃い。巻島の心情が細やかに描かれ、過去に負った「罪」と「傷」に心を揺さぶられながらも、「自分の事件」の捜査をまっとうしようとする姿に胸を打たれる。一方、年下の「上司」植草の浅慮には閉口させられる。もしこんな警察官僚が実際にいるのなら安心してこの国の治安を任せることはできない。警察に限らず、一般社会においても出世争いは厳しいものがあるだろうが、どうか上に立つ人にこそ、津田の「叩けば誰だって痛いんですよ…痛そうじゃないから痛くないんだろうと思ったら大間違いだ…それは単にその人がガマンしてるだけですからな」という言葉を肝に銘じて欲しい。
ミステリーとしては真犯人があまりにも唐突に発見されて、「えっ?」という感じがしたのが少々残念。しかし、作者は「捕り物」よりも、「社会システムのゆがみ」を警察内部の「キャリアとたたき上げの温度差」に形を借りることで表現したかったのだろう。
あと、「マスコミのあり方」についても一考させられる。「表現・報道の自由」という「伝家の宝刀」を振りかざす限り、時にはその宝刀で人や自分自身をも傷つけることがある…ということを理解し、そういうことがないように心がけて欲しい。
一気読みするにはちょうどいい長さで、エンタメ性も十分。巻島と津田の人柄も好感が持てるので、万人受けする作品でしょう。

 

 

火の粉 ★★★★
元裁判官、梶間勲は2年前、ある事件の裁判で無罪判決を下した。退官後に建てた家の隣にその裁判の被告人、武内が越してきた。武内は善良そうな笑顔と親切で梶間家に入り込む。しかし、不審な出来事が起こり始め、いち早く異変を嗅ぎ取った勲の息子の嫁、雪見は武内を怪しむが…。
本のカバーには「犯罪小説」と書かれているが、サイコサスペンスといっていいと思う。読者は雪見と共に心理的にジワジワと追い詰められていく。善良そうな武内に姑の尋恵や夫の俊郎は露ほども疑いを持たず、頼みの舅、勲は武内には着かず離れずで何を考えているのかわからない。しかし、読む側は追い詰められるコワさがだんだん面白くなってくるのだ。
ストーリー的には降りかかった「火の粉」が完全に「飛び火」と化して、大火になる前の小火で消し止めた…という展開で、落ち着くところに落ち着くし、2年前の事件のトリックは当人たちよりも読者のほうが先に思いつく人が多いんじゃないかと思うが、そういうストーリー的なものよりも「あんな人って実はよくいるのかもしれない。人をモノや地位でつったり、ひきとめようとする人に出会ったことがあるような気がする…」と、自分の実体験を思い出したときに改めて背筋が凍る思いをするのだ。
また、コワ面白いだけでなく、伏線となる介護問題や育児の難しさなど、男性に正当に評価されない女性の家事に対する作者の公平な目や優しさを感じる作品だった。