高村 薫

 

黄金を抱いて翔べ
この作品はミステリーではないかもしれませんが、6人の個性豊かな男達がその手に金塊をつかむまでの心の葛藤や、出来事が細かく描写されていて、読む人の心を捕らえて離しません!
特に主人公の心理描写は素晴らしい。本がボロボロになるほど、何度も読み返してますが、何度読んでも、またすぐに読みたくなります。
金塊を手に入れるための手段が、いつ本当にこの作品を真似た事件が起きてもおかしくないほどのリアルさ、緻密さ。とにかく、圧倒されます。
作者の作品は、これからどんどん読んでいく予定です。

 

 

マークスの山《文庫版》
直木賞受賞のハード版からの全面改稿。
東京で起こる連続殺人。子供の頃南アルプスで両親とともに無理心中を図るもかろうじて一命をとりとめ、その16年後、連続殺人犯となった「マークス」。一方、被害者のつながりと犯人を追う、警視庁捜査一課七係の警部補、合田雄一郎。被害者たちとマークスを結ぶのはやはり16年前の南アルプスか?。魑魅魍魎の棲む「警察」という組織の中で合田もまたその一人として同僚を出し抜き、出し抜かれつつ「マークス」に近づいていく…。
いやもう、あいかわらず高村女史の緻密な描写にまず圧倒されます。警視庁捜査一課に勤めてたのか…?、と、思わせるところはさすが。と、同時にマークスと真知子、合田と加納。この二組
と、言っていいの?の関係に作者の「視線の優しさ」を感じます。硬い文章を書きながらも本来はとても女性らしい優しさを持った作家だということに改めて気づかされました。作者自身、弟さんを幼くして亡くした…という経験を持つためか、特にマークスに対する真知子の思いに何がしかの意図を感じずにはいられなかった…。
ストーリーとは少しズレるのだけれど、合田の同僚たちの個性的なこと!。さすがに捜査一課のツワモノ。出し抜かれたら、抜き返す。一般サラリーマンよりもずっと強い競争意識とキャリア組への対抗心が生み出すエネルギーがあるからこそ捜査一課員でいられるのだ…と、妙にリアルに思ってしまった。
ちなみにやはり全面改稿ということで、ハード版とは細部でかなり違うらしい…。ハード、読みたい…。

 

 

神の火《文庫版》
原発の技術者という立場を利用し、情報をにソヴィエトに流していた島田。謀略の世界に疲れ、訣別したはずの彼を、「原発襲撃計画<トロイ計画>」が幼なじみの日野とともに、再び闇の世界へと誘っていく。激しい諜報戦の中で出会った高塚良とは何者か。「トロイ計画」の真の目的とは何か。そしてその先に待つ島田の未来とは…。
「これぞ高村女史!」と思わせる重厚で濃密、緻密なストーリー。CIA、KGB、<北>、公安…。これだけの諜報機関?が出てくれば二転三転どころか、猫の目のようにくるくると変わる状況に、頭は混乱。おまけに難しい専門用語が出てきて「わけわからん」(苦笑)。でも原発プラントの専門用語なんてわからなくても、島田と同じスリルと興奮、楽しさを味わえるのが、高村作品.。
↑の『マークスの山』の感想でも触れたが、高村女史の「自らの帰るところを模索しつづける男たち」への優しさが痛いくらいに伝わってくる。下巻の残り2分の1からラストの一文までは特に目が離せない。言い換えればここに到るまでが「長い長いプロローグ」と言えるかもしれないが、島田を理解するためにはガマンして読むべし。最後、涙がつつつーっと、頬を伝いました。

 

 

照柿《文庫版》 ★★★★
ホステス強殺事件の捜査中、偶然目撃した轢死事故。現場から立ち去った佐野美保子に心を奪われた合田刑事。だが、美保子は合田の幼馴染で現在は熱処理工場に勤務する野田達夫としのびあう間柄だった。美保子をはさんで18年ぶりに相対する2人の男の行く末は…。
「マークスの山」に続く合田刑事シリーズ。なお、単行本から全面改稿されているらしいのだが、単行本版を読んでいないのでこの感想はあくまでも「文庫版を読んでの感想」だということを念頭においてくださいませ。
読み始めたときは正直、しんどかった…。相変わらず濃密でじっとりと汗をかくような筆致に読み始めは頭も身体もついてこない。ただ一文字ずつ丹念に追っていくと、いつの間にかぐぐっと引き込まれて自分が合田になったり、達夫になったり、時には美保子になっていたりする。そのときまぶたに映るのは「照柿」色だったり、青だったり…。2人の男の足元をどろどろに溶かしていく夏と達夫が働く熱処理工場の炉の熱さが頭の芯からじんじんと伝わってくる。この熱さの伝わり方はずっと昔に読んだ何かに似ている…カミュの「異邦人」を読んだときだった…と、思いながら全部読み終えて解説を読んでいたら解説者も同じようなことを書いていて驚いた。
葡萄のような瞳をたたえた美保子をめぐる「嫉妬」は自分が持たない「才能」や「生き方」を持つ相手への「嫉妬」…「羨望」だと2人の男は気づいているだろうか。2人の男が最後にたどり着いたあの瞳が失われてしまった美保子の醜い姿が本当は何を表しているのか、気づいただろうか。