矢作 俊彦

 

ららら科学の子 ★★★
1968年。学園紛争真っ只中の時代、彼は殺人未遂を犯し中国へと密航する。それから30年が過ぎ、彼は密かに帰ってきた。30年ぶりに見た日本に彼は戸惑い、そして30年を振り返る…。父母、妹、友,。そして中国にいるはずの妻…。彼はこれからどう生きるのか。
30年ぶりに「密航」で帰国した男が何か事件を起こしたり、引っ掻き回したり、回されたりするのか…と、思っていたらさにあらず。淡々と30年の月日の流れを振り返るだけの物語。テレビを見ること、新聞を読むことも稀な中国の辺境の地に住んでいた彼が21世紀…世界でも最先端を行く都市、東京に帰ってきたのにさほど、カルチャーショックを受けていないのは「鉄腕アトム」をリアルタイムで見て「いつかこんな日がやってくる」と、信じていたからなのだろうか。
いわゆる「学園紛争」「全共闘」の時代を生きた若者の中に何人かの「彼ら」がいるんだろう。特に強い信念を持って行動したわけではなく、気がつけばこっちにいた…というような。「彼」はその中の一人にすぎない…ということだけがなんとなくわかったような気がする。「彼」は当時からずっと浮遊したままなのだ。地に足をつけて歩くときが来るのは「彼」が自分の名前を取り戻し、高価でない時計を腕に巻き、飛行機から降りたときなのだろう。そこに信念は要らない。ただ、「地」があればいい。