山本 文緒

 

群青の夜の羽毛布
丘の上の一戸建てに暮らす母と娘二人。「憎悪」という絆で結ばれた「家族」であり、その家族で一つの「秘密」を守ってきた女たちだったが神経症気味の長女さとるに恋人が出来たことから、「家族」と「秘密」の瓦解が始まる。「家族」という足枷と意地にとらわれた女たちの未来は「破滅」なのか「再生」なのか…。
これはホラーなのでしょうか?。視覚的なものではなく、内面にひたひたとうち寄せてくる怖さがたまらない。女三人が住む家はまさにホラーハウスなのだ。24歳にもなったさとるを折檻し続ける母、それから逃れることなく「ごめんなさい」を繰り返すさとる。唯一、次女みつるの人間らしさにホッとさせられるのだが、そのみつるですら、振り払って出て行くことが出来ない「家」や「家族」って、一体何なんだろう。ひとつ、ふたつ歯車が狂ったとき、どこの家族でも起きうることなのだ。
ラスト間際の母とさとるの闘いと、なにもかもを葬り去ろうとしたもう1人の秘密保持者とさとるの行為…。そして母はさとるを憎悪し、折檻しながらもやはり必要としていた…ということなのでしょうか?。
だとしたら、これは家族「破滅」の話ではなく、「再生」の物語なのだと思えるのだけれど…。

 

 

絶対泣かない
女性の社会進出は珍しくもなんともないが、その理由や仕事に対する情熱は人それぞれ。、惰性で働いてることを自覚し、疑問を感じながらそれでも奮闘するのは誰のためでもない、自分のため。…そんな15人の女性の姿を描いた短編集。
1編がせいぜい文庫で10〜15ページくらいの超短編で、読みやすい。読みながら「うん、うん」頷いたり、「がんばれ!」とエールを送ったり、全編読み終えたあとは憑き物が落ちたような清々しい気分になる。
印象に残った文があるので紹介…。
私が美しくないのはお金がないせいだけでない。「自信」というダイアモンドを彼女
が持っているのと逆に、私は「卑屈」という名の生ゴミを胸の中にもっているからだ。
どうです?。身に抓まされませんか?。少しずつでも胸の中の生ゴミを捨てていきたいな…と、思ったあなたに、この本を読むことをオススメします。「がんばれ、貴女。がんばれ、わたし」というところかな?。

 

 

ブラック・ティー
置引きを文字通り「生業」として都会の片隅で細々と生きる「私」や、演歌歌手の追っかけをするために娘の貯金に手をつけ、家出した「ママ」、記憶力皆無のニワトリのような「私」、別れた元彼女の留守番電話を盗聴し、嫉妬に狂う「僕」…。いけないとわかっていても、やめられなかったり、直せない癖を持つ10人の物語。
人は誰でも程度の差はあるが、罪を犯しながら生きている。だからこそ、それは人として「生きている」ことの証になるのかもしれない…そんなことを思いながら読んでいた。山本文緒という人はそんな「生きている人」を描写するのがとても上手な人だと思う。それは作者自身が自分も罪を犯しながら生きていることを自覚し、「罪を憎んで人を憎まず」という深い懐の持ち主だからだろう。人としての大きさを感じる作家だと思う。

 

 

恋愛中毒 ★★★★
吉川英治文学新人賞受賞作。
弁当屋のアルバイトとして働く水無月。彼女は人を愛しすぎることが怖かった…。しかし作家の創路はそんな水無月の胸のうちを知ってか知らずか、どんどん彼女の心に入り込んでいく…。
こっぴどくフラれた経験のある女なら「二度と人なんて好きにならない」と思ったことがあるだろう。けれど、それでも立ち直り、また新たに人を好きになる。水無月もそうだ。ただし、水無月は過去の恋愛の教訓を生かすことができない。恋愛の駆け引きや愛し、愛されることのバランスなど水無月には関係ない。ただただ愛しすぎ、気づいたときには重症の「中毒症状」で喘いでいるのだ。
そんな水無月の恋愛を語る上で外せないのは母親の存在だろう。自分がしたかったこと、できなかったことを娘に托そうと躍起になって、児童劇団へ入れたり、中学高校と水無月の成績が上がった途端に「医者にでもなってくれれば…」と、真綿で締めるように束縛する。水無月はその時に束縛されること嫌悪したはずなのに、成長し、恋愛をしていくうえで相手を束縛し、自らも恋に縛られる…この作品は成長できなかった水無月の皮肉な後日談ともいえるだろう。
でも、女性なら水無月に共感する人は少なくないだろう。恋愛の過程において「私だけを見て!」「あなたはわたしだけのもの」と思う一時期…長い短いは別にして…は必ずあるはずだから。男性は創路言うところの「過去を見るな」式の恋愛感を持つ人が大半だろうけど、女性はいいにしろ、悪いにしろ過去の恋愛は引きずる。悪い面を引きずった場合、水無月が出来上がる…という次第。
こういう女性の微妙な心理や経験を小出し(?)にする山本さんの手腕に「おぬし、やってくれたな」と思ったときには「恋愛中毒」ならぬ「山文中毒」に罹っているのだ。

 

 

きっと君は泣く ★★★★
美貌だけが取り得の椿。しかし、23歳になり失いつつある若さと、大好きな祖母の痴呆や父の病気と破産が重なり、それまでの場当たり的な生き方に翳りがさす。祖母の隠された秘密や母の父への思いを知ったとき、本当に大事なのは外見の美しさではないと思い知る…。
正直、椿は「ヤな女」だ。こんな高慢でバカな女とは絶対にお友達にはなりたくないし、向こうもお友達だとは思わないだろう。けれど、読み進めるうちに段々、それほど「ヤな女」に思えなくなるのだ。程度の違いはあれ、自分も椿に通じるものを持っていることに気づかされ、そして椿に自分を重ねて、椿の将来を本気で案じ、心配する自分がいる…。
椿の腐れ縁男、グンゼが放った「鏡っていうのはありのままの姿を映すんだよ」という言葉に強烈なパンチを食らわされたのは椿だけではないはず。鏡は外見を映すものではなく、内面からにじみでる人の本性を映すものなのだ。そのことに気づいたとき、椿は…人は大人になるのかもしれない。