横山 秀夫

 

動 機
4つの短編からなる1冊。表題作『動機』は日本推理作家協会賞短編賞受賞。
やはり4作のうち『動機』がいちばんストーリー的によく書かれているし、個人的にも好きな1作。署内一括管理下に置かれていた警察手帳30冊が紛失。一括管理することを提唱した刑務課企画管理官、貝瀬警視が、警察という組織とそこに身を置く自らに疑問を抱きながらも孤独な捜査を始める…。この短い作品の中に貝瀬他、登場人物の「警察官としての誇り」が何度となく出てくる。貝瀬はいわゆる「キャリア組」なのだが、地に足をつけたたたき上げの警察官の誇りにはキャリア組など、とうてい勝てない。警察の見えない影の部分をあぶりだした秀作。
他の3作も人間の弱さやそれに立ち向かおうと、もがく姿を描いてるが、公判中に居眠りをした裁判官の顛末を書いた『密室の人』。主人公の葛藤もさることながら、妻の心の動きに同性として共感出来る。
気になったのは『逆転の夏』。よく練られた人物像と構成なのだが、高野和明の『13階段』と似たような展開なので、短編の悲しいところ…個人的には点が辛くなってしまった。
作者は『動機』の益川と貝瀬のやり取りの「てめぇは何を守ってんだ?」「馬鹿野郎、そんなもん家族に決まってんだろうが!」…ということを基軸に、この4作を書いたのではないか…そんな気がします。『逆転の夏』の山本、カサイ、及川。『ネタ元』の矢崎。そして『密室の人』の安斎も…。
家族をどう守るか、守っていくか…その形の違いをそれぞれの作品で味わうことができる1冊です。

 

 

顔−FACE− ★★★★
D県警の鑑識課に似顔絵作成の警察官として勤務する平野瑞穂はある事件がきっかけで閑職へと追いやられていたが、どこで勤めようと「婦警」としての職務をまっとうしようと奮闘する…。5作からなる短編集。
仲間由紀恵主演でドラマ化された作品で、そのドラマを見ていたせいか、読みながら仲間ちゃんの顔がちらついてしまった。けれど、原作を読んでみてなかなかいいキャスティングだったな…と、思う。
意に沿わない配置転換で、ともすれば「腐り」そうになるところを懸命に踏みとどまり、婦警としてのプライドを捨てずに無器用ながらも職務を遂行しようとする瑞穂がいじらしく、また頼もしい。仕事に、家庭に行き詰ってる女性が読むと「瑞穂に負けないよう、がんばろう」と思えるんじゃないかしら。作を追うごとに少しずつ成長していく瑞穂の将来が楽しみ。いつか瑞穂を主人公にした長編を読んでみたい。

 

 

陰の季節 ★★★★
D県警で人事を担当する二渡は天下り期限が迫ったOBが辞職しようとしないことに疑問を覚え、調査を始めるがまもなくある未解決事件が浮かんできて…「陰の季節」他、4編からなるD県警シリーズ短編集。
短編集でありながら、短編にしておくにはもったいないような密度の濃い内容で、短編がニガテなわたしも十分満足させられた。警察小説といえば「事件」が起こり、それを「解決」するべく、捜査したり、推理する話…を想像するけれど、これは違う。捜査畑ではない、人事や監察など管理部門で起きた起きた事件にもならないような「身内のちょっとしたもめごと」を描いたもので、警察官といえどサラリーマンであり、人間なのだ…ということを改めて認識させられる。その人間が警察官だった…というところに更に悲哀感が増して、ぐっとくる。
尚、「顔−FACE−」のヒロイン、平野瑞穂が閑職へ追いやられた原因となった「身内のもめごと」がこの本に収録されている「黒い線」。「顔−FACE−」を読もうと思っている人はこちらから先に読んだほうがいいかもしれません。

 

 

第三の時効 ★★★★★
F県警捜査第一課強行班。まさに捜査のプロ中のプロ。その中でも1〜3班の各班の班長は強烈な個性と矜持の持ち主だ。…殺人事件の時効は事件発生から15年。しかし容疑者が事件後7日間海外に滞在していたため、時効が延長されている。その7日目の「第二時効」が切れた瞬間「第三の時効」により、犯人が捕らえられた。強行班二班、班長・楠見が仕組んだ「第三の時効」とは?…表題作「第三の時効」含め6作の短編集。
ひゃーっ、恐れ入りました。参りました。と、思わず言わずにはいられない読後感。短編でありながらそのどれもが並みの長編小説以上の重量感を持ち、「読んだ!」という気にさせてくれる。元々、短編はあまり好きではないのだが、横山作品は別格。決して笑わない一斑の班長・朽木。公安から移ってきた冷酷な二班の班長・楠見。刑事として天性の勘を持つ三班班長・村瀬。3人とも決してお友達にはなりたくない、冷ややかな怖さに震える思いをしつつも、決して嫌悪感は感じない。彼らがわたしたちなら避けて通りたい人間という生き物の裏側にある「毒」を食らいつつ「刑事」に徹しているからだ。そこを描いた横山氏も「毒」を味わったことがあるのだろう。そうでないとこんな小説書けるわけない。

 

 

クライマーズ・ハイ ★★★★
1985年、8月。御巣鷹山に乗員乗客500人余りを乗せた航空機が墜落。地方新聞の記者、悠木は世界史上最悪の航空機事故の「全権デスク」を任される。道なき道を踏み分け、御巣鷹の尾根にたどりついた記者や社に残り紙面作りに奮闘する者、「組織」の圧力、家族との葛藤…それらの重圧と戦いながら悠木がたどりついた「新聞」「報道」とは…。
わたし自身、この「日航機墜落事故」はよくおぼえているし、いろんな偶然が重なり、事故から20年以上経った今でも忘れられない。だからこそ、この事故を扱った作品を手に取ることをためらっていたのだが、短編を読んで横山氏との相性の良さを感じ、ましてやその事故を現役新聞記者として関わったご本人が書かれたものなら間違いはないだろう…と、期待して読んだ。確かに「地方新聞社」という組織のあり方や紙面づくりなどはリアリティがあり、事故報道に対する息詰まるほどの熱気や思いは伝わってきたのだが、いろんなものを悠木1人に背負わせすぎたせいかどこか散漫で、山の姿も描ききれていないような印象を受け、今まで読んだ短編集ほどの密度の濃さは感じられなかった。それでも横山氏の「力技」で最後まで読ませるあたりは「さすが」なのだ。