メッセージ 286


 「母牛の最期の愛」


  午後4時すぎに突然電話が鳴りました。
  「もしもし、先生ですか、○○ですがこっこの頭がさがって
  分娩できないみたいなんです。すぐに来てください!!!」
  「わかった・・・今すぐに行くから。」

  母牛の産道は完全に開いていませんでしたが・・・
  すでに破水しており、胎位を正常にもどして、強制分娩させる
  ことにしました。幸いにも仮死状態だった子牛も元気になり、
  母牛がその子牛をやさしくやさしくなめてくれました。

  「よかったね。子牛も母牛も元気で・・・」
  「おかげさまです。」

  農家の人とそんな会話を交わしながら・・・
  帰宅して・・・
  すぐに町内で亡くなった方の御通夜のお手伝いにいきました。

  2時間ぐらいたってから・・・
  携帯に電話がありました。

  「もしもし・・・○○です。先生に難産をしてもらった母牛が大変なんです。」
  「今、牛舎にいったら子宮が全部外にでてしまったんです。」
  「大至急きていただけますか!?」

  「わかった・・・すぐに行くから!!」

  そして・・・
  御通夜のお手伝いを途中で終わらさせていただいて・・・
  作業服に着替えて・・・
  その農家に向かいました。

  元気を失って立てない母牛の子宮は出血がひどい状態でした。
  その周りを元気になった子牛がヨチヨチ歩いていました。

  母牛は出血のせいで貧血状態になっていたんです。
  それでもなんとかしようと血まみれになっていろいろと試みましたが・・・
  だんだんと母牛の意識が薄れてゆくのがわかりました。

  そんな時・・・
  突然にふらふらと母牛が起き上がったんです。
  目は朦朧としています。
  立っているのが奇跡のようでした。
  その母牛のお乳のところに子牛が近づいていきました。
  危ないので農家の方に守られながら・・・
  そして・・・
  子牛は母牛のお乳から、少しだけど初乳を飲んだんです。
  母牛はあたかもそれを確認するかのように・・・
  その後倒れこんでしまいました。

  意識はほとんどなく・・・
  症状は死の直前の状態でした。

  なすすべもなく・・・
  農家の人とともに・・・
  母牛の最期を見届けました。

  獣医として・・・
  自分の力のなさに・・・
  自分の未熟さに・・・
  ふがいなかったです。
  悲しかったです。

  せっかく・・・
  無事にお産が済んだのに・・・

  せっかく・・・
  子牛も母牛も元気にいてくれたのに・・・

  やるせなさと悔しさが・・・
  心を辛くさせました。

  でもね・・・
  母牛の最期の愛の姿は・・・
  忘れない体験になりました。

  普通ではありえない・・・
  衰弱した状態で・・・
  意識が朦朧としながら・・・
  無事に産まれてくれた我が子に・・・
  お乳をあげた姿。

  そして・・・
  それを見届けて・・・
  倒れてゆく姿。

  本当に尊い姿を見せていただきました。

  母牛の最期の愛・・・

  確かに心に刻んで・・・
  獣医として・・・
  これからさらなる精進をしてゆこうと思いました。

  辛く悲しいことだけど・・・
  感謝の心を湧きあがらせてくれた・・・
  母牛さんに・・・
  心からありがとうございます。

  子牛は元気だからね・・・
  安心してくださいね。

  すべての存在が・・・
  わたしの先生です。

  すべての存在に・・・
  感謝いたします。
 
  ありがとうございます。