2010年2月20日  甑  エガ瀬 小潮 満潮 10:16  のまんだけ

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 エガ瀬釣行記

エガ瀬釣行記
本日の釣りを終え、風呂に入り目を閉じた。
フラフラ、浴槽の水音を聞くと波音が思い出される。
では、本題へ

はやる気持ちを抑えつつ、午前1時に自宅を出発。
予想より、15分早くむさし様邸へ到着。
むさし様邸前に車を停車させたが、早すぎると思い、時の過ぎるのを待つ。
5分経過すると、近所の方々の不審車両の通報が気になり、むさし様に連絡。
車に道具を乗せ換え、川内港へ出発。降水確率10%なのに、小雨がチラつく。
ウキウキ状態で、川内港に到着。
私たちの乗り組み終了後、出航。
船長室の座敷にむさし様と足折りたたみながら添い寝。
(ドキドキ)女性だったら、腕枕できたのに残念。(この1行削除)
波も高くないのか、安定したクルージングで操行。船が停止し、グラグラゆれはじめた。

どんぶらこ、どんぶらこ。
むさし様にお聞きしたところ、「水道だからネ」とのこと。
数組渡し終わり、15分ぐらい経過後、気分が悪くなり、船外へ、揺れは強くなるばかりでついに吐いてしまった。
各組、波が高くて、瀬に渡るのが、むずかしい様子であり、断念した人もあり、天気予報と違う天候が感じられた。
(ここで教訓1:ネンガでも早く渡ろう瀬渡り)。

そうこうしているうちに瀬に到着した。(5時30分)。


早速、コマセの作成(オキアミ中、パンコ1kg、集魚剤1袋の配合)。
海水を舐め、吐気を抑える。うすうすと夜が明け始める。
むさし様に釣り場を解説していただき、キワの縁で波であらわるところにコマセをうつ、ウツ、うつ、うつべし。
夜が明けていたが、1時間は必要とうつ、ウツ、うつ、うつべし。
魚影は見えない。キワをせめるには、強い波。でも気合十分。
夜が完全に明け、7時すぎに第1投目(浮き:00号、針:くわせグレ6号、ハリス:2.5号2ヒロ3.4m)、むきえさでスタート。
撒きえと同調しているのか不明。
沖にドンドンながされていく。
次に右手に伸びるキワを狙うが波に流されてしまう。
時には、瀬がかり。生態反応0。でもコマセは、打ちつづけた。


8時30分にコマセのおかわり。好条件の季節で本日もまた○×▲か、とあせり、どうすればよいかと自問自答。
浮きを0号に変更。変化なし。魚影全くみえない。餌取りも見えない。
全遊動に変更し、竿1本弱から沖に流して、タナを深くとることにした。

10時20分全遊動浮きが12〜3m沖で沈んでいる。
引き上げる、重たい引き、慎重にあげなければ、右瀬に入りそうだったのでリールを巻く、ドラグを調整しながら、これは、本命か、大事にあげなければ。
タモに目が行く。でも魚の抵抗がひま一つかな。
姿が見え、クロでないことが判明。タモなしであげ。むさし様へ鑑別依頼。
「ウミゴイ(事後自宅にて測定33cm)ですよ。食べられますよ。」の返答。



これで、自宅へのお土産はどうにかゲット。
さあー今から、次、なんと、この時期、甑ではめずらしいネンブツダイ、その次は、ググーと引いたかなと思ったら、根掛かりで、全遊動の浮きとサヨウナラ。
波、風が強くなるため、浮きを3Bに変更。
ハリスを2号に変更。操作は、しやすくなったが、反応0。

12時30分終了。
その後、知らないおじさん船が現れ、むさし様と同じ釣り場でコマセを巻き始めました。
なんと、コマセは、オキアミとパン粉のみを少量撒いていました。・・・・・?
今日も厳しい釣りでした。でも最後まで気を抜かず、自分では、積極的に仕掛け、餌のつけ方を変更しました。
これは、成長です。でもまだまだまだ・・・・・ですね。
自然は、人間の想像を超えていて、天気予報がベストでも現場はきびいし気象条件であることがあることを学びました。
自然を相手にする時は、何時も慎重に対応し、自然に感謝しながら触れ合わなければならないということを今、思い出しながらこの記を終わりにします。

あとがき
言い訳ですが、本日は、全体的に皆様不調でした。
でも、絶対のれない黄金の瀬は30分で6枚との話であり脅威の瀬でした。(でもこの瀬は、高波で緊急瀬代わりして大変だったとのことでした。)ベストに近い条件でもつれないことがある。私の場合は特に・・・・・。
むさし様、ご一緒させていただきありがとうございました。
今後もよろしくお願いいたします。ウミコイを刺身で食べる件を帰りの車の中でむさし様にコンサルトしていただきました。
そして、結果はどうだったのか?調理法は、骨抜きが大変でしたが、食感はコリコリして、焼酎の肴には、グッドです。 
それから、船酔いは、嘔吐中枢性から発生し、ヒスタミンが遊離し、鼻水が出て、ムカムカし、便意を感じることを実感しました。
ということは、もしかすると、「乗り物酔いする人は、抗癌剤投与にて、吐気を催しやすいのではないか」という仮説が生まれました。
という釣行記でした。