コロンビア年表 その3

1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年  2001年 2005年 2006年

 

1995年

95年1月

1 94年度の誘拐事件は1,378件.実際にはこれよりはるかに多い.とくにELNは誘拐による身代金を主要な資金源とするようになる.これに対しFARCは,コカレーロ保護の口実でコカイン・マネーに手を染めるようになる.

1.14 セサル州アグアチカのパティノ村で,准軍事組織「ロス・マセートス」が村人を襲撃.ELNに協力したとして9人を誘拐・虐殺.アグアチカはボリーバル州に近いマグダレーナ流域の町.

1.26 ELN,ラ・ビクトリアでベネズエラ人鉱山技師4人を誘拐.内一人を殺害.

1月 カスターニョの準軍事組織が、パナマ国境を越え、パヤなどいくつかの村を襲撃。パナマ人4人が殺される。フィデル・カスターニョが殺されたことに対する報復と見られる。

2.08 マグニチュード6.4の地震が起こる.死者38人.

3 警察と軍,数千の要員を導入してカリ・カルテルを捜索.ロドリゲス・オレフェラ兄弟の三男ホルヘ・エリエセルを逮捕するなどの成果を上げる.

これはサンペルとの“出来レース”で、米国に引き渡さないという条件で「逮捕」ないし「自首」し、身の安全を図るという作戦。ついで6月には長男ヒルベルト、8月には次男ミゲルが自首する。翌年3月には、兄弟に代わり最高幹部となったフアン・カルロス・ラミレスも当局に出頭。

4.19 ELN,バランカベルメハでイタリア人石油労働者二人を誘拐.その際車を運転していたコロンビア人を殺害.

5.31 ELN,サラゴサのベルデ・リモン金鉱山で米国人をふくむ4人を誘拐.コロンビア軍との銃撃戦で,人質一人とゲリラ二人の死体を残し逃走.人質は解放される.

95年6月 ナルコゲート事件の発覚

6.09 警察,カリ・カルテルの首領ヒルベルト・ロドリゲスら幹部多数をカリ市内で逮捕.

6.10 メデジン市の中央公園で爆弾テロがあり,28人以上が死亡する.FARCを名乗るグループが地元テレビを通じ犯行を認める.

7.26 アルフォンソ・バルディビエソ検事総長、サンペル政権に対する追及を開始。サンペル選挙事務所のサンティアゴ・メディーナ元財政部長が、大統領選挙の期間を通じてカリ・カルテルからサンペール陣営に選挙資金が流入したことを自白.ナルコゲート事件として大問題になる.

7月 ホルメス(Holmes Trujillo)和平問題高等弁務官,FARCとの交渉のためラ・ウリベ州を非武装化することを提案.軍司令官の強硬な反対にあい,ホルメスは辞任を迫られる.

7 ACCU、北部の他に中部マグダレナ州,カウカ州の中部と南部,トリマ州,ナリーノ州でテロを激化.パナマおよびベネズエラ国境地帯の麻薬取引の大部分を統制下におく。パラミリタリー組織にはこのほか,マセトス・パラミリタリー組織(サンマルティン),「フッズ」(カルタヘナ)など.

95年8月

8.01 下院,ナルコゲート事件特別調査委員会を設置.議会はサンペール弾劾の構えを見せる.米国はサンペールへのビザ発給を拒否.

8.02 サンペールの選挙参謀を務めたフェルナンド・ボテロ国防相,辞意を表明.サンペール大統領は,後任に弁護士のフアン・カルロス・エスケラを任命(7日).

8.12 ハイメ・バテマン・カジョン戦線,トリーマで英国外交官ティモシー・カウリーを誘拐.このゲリラ部隊は,M19の武闘派分派.

8.15 ボテロ前国防相,カリカルテルからの収賄疑惑で逮捕される.

8.16 政府,全土に非常事態を発令.

8月 カトリック教会の主催で国家和解委員会が開かれる.平和のためのオールタナティブをもとめ議論.

95年9月

9.01 FARC,サンタマルタでドール社のバナナ・コンテナーを破壊.

9.26 サンペール大統領,麻薬密売組織からの献金疑惑で下院懲罰委員会の聴聞を受ける.

10.14 カルタヘナで,第11回非同盟諸国会議が開かれる(20日まで)

10.18 憲法法廷、サンペールの非常事態を無効と判断。

95年11月

11.02 元大統領候補で保守党幹部のアルバロ・ゴメス・ウルタード,暗殺される.ゴメスは「エル・シグロ」紙でサンペル批判の論陣を張っていた。地元テレビ局などに「コロンビアの尊厳」と名乗る組織から犯行声明が寄せられる.

11 サンペール大統領は全国に非常事態宣言を宣言するいっぽう,FARCに対話を呼びかける.

95年12月 

12.10 FARC,キトでナザリメ教団所属の米国人を誘拐.ゲリラ・メンバーの自白をもとに救出に成功.

12.14 下院懲罰委員会,サンペールのカルテルからの献金疑惑事件に関し,証拠不十分で調査を打ち切ることを決定.

12.20 アメリカの旅客機ボーイング757が,カリ空港近くの山中に墜落.乗客・乗員164人のほとんどが犠牲となる.

12.28 軍当局,1年間にゲリラ3,284人を捕らえたほか,戦闘で657人を殺害と発表.

12 英国外交官カウリー,警察により解放される.

95年 ELN,「我々は麻薬業者といかなる関係もない」とした上で,EUに対し,農民の転作支援の具体的行動を起こすなら,支配区におけるコカ栽培をやめると提案.

95年 FARC、自治体に影響力を増大させる戦略を展開。全国1,071自治体のうち173を支配下に置く。98年には622自治体に支配を拡大。戦線の数はおよそ60まで増加、戦士の数は9千に達する。

95 ウリベ、アンティオキア州知事に当選。サンペール大統領の提唱した共生(Convivir)計画のモデル州として自警隣組制度を奨励、また準軍事組織の合法体制化に力を注ぐ。この間に数千の人々が殺され、捕らえられ、土地を追われた。ウリベは3ヶ月間メデジン市長を務めた後、カルテルとの癒着により更迭され、その後民間航空会社の社長として、エスコバルのコカイン密輸作戦に関わっていた。

 

 1996年

1.19 FARC,米国人を誘拐,身代金100万ドルを要求.人質は5月22日に解放される.

1月 ボテロ前国防相、獄中インタビューで「サンペルはカリカルテルから資金を受けた事実を知っていた」と発言。検察はサンペルを不正蓄財容疑で告発。下院懲罰委員会も調査を再開。

2.14 FARC,北部一帯で一斉行動.バナナ栽培業者10人を暗殺.

2.16 ELN,米国人一人を誘拐.9ヵ月後に解放.

2月 ELN,政治・社会・経済の問題を議論するため幅広いベースの全国大会を提案する.

3.01 米政府,国別麻薬対策評価を報告.コロンビアを麻薬対策に非協力的な国と断定し、経済援助を打ち切り世銀融資を規制する.麻薬疑惑の掛けられたサンペール大統領に対する事実上の辞任勧告.

4.02 セサル・ガビリア前大統領の弟ファン・カルロス・ガビリア,ボゴタ西部の出身町ペレイラで誘拐される.ホルヘ・エリエセル・ガイタン革命運動(JEGA)のウーゴ・アントニオ・トロ・レストレポ(ボチカ司令官)らが,獄中から作戦を指導.トロは83年のベタンクール大統領の弟の誘拐にも関与した.

4.04 FARC,ウラバ州でパラミリタリーの溜まり場となっていたビリヤード場を襲撃.19人を射殺.

4月 国連人権委員会,コロンビアに事務所を創立することをもとめる.コロンビア政府の同意の下,1年後に開設される.

5.19 ボゴタの人権活動家マリオ・カルデロンとエルザ・アルバラード,パラミリタリーの手により暗殺される.

6.12 ファン・ガビリア,無事に解放される.8人の犯人グループはキューバに亡命.

7.11 アメリカ政府,麻薬取引を援助しているとして,サンペール大統領の入国ビザを無効とする.

96年8月 FARCの和平提案

8  FARCのマルランダが書簡を発表.和平交渉の条件として,四つの地区からの軍の撤退,「弾圧法令」の撤回,立憲議会選挙の実施をもとめる.

8.30 400名からなるFARCの攻撃隊,南部プトマヨ州の密林地帯のラス・デリシアス兵営を襲撃.綿密な情報収集に基づき夜襲をかけ、15時間の激戦の末、兵士27名(一説に54人)を殺害,60名を捕虜とする.基地は全面的に破壊され、軍はプトマヨ州への影響力を消失。FARCは人質解放の条件として、カケタ州内に「治安部隊撤退地域」(デスペヘ)を設定するようもとめる。

9.04 FARC、グアビアレの軍駐屯地を攻撃。その後三週間にわたり各地で軍基地への襲撃作戦を展開。130人を殺害。

9.27 カレパのコカコーラ・ボトラーズ工場長アリオスト・ミラン・モスケラ,「準軍組織に対して労組破壊の命令を与えた」と宣言.

10月 平和をもとめる子どもの行進.全国で250万人の子供たちが参加.

10月 メタ州人権委員会のホセ・ヒラルド議長,テロリストにより暗殺される.

12.05 コロンビア・コカコーラ労組のイシドロ・セグンド・ヒル執行委員,カレパ工場の入り口でAUCに射殺される.当時コカコーラ労組は会社側と契約交渉中だった.AUCは,7日にはコカコーラ組合本部を破壊し,組合員に脱退を強要.

12.11 グアヒラ州でメタンガスを探索中の米国人技師が,FARCに誘拐される.この米国人はフランク・ペスカトーレといい,地質学者兼鉱業会社コンサルタントだった.のちに殺害される.

96年 FARC,90年以来の非勢を挽回する.本拠地をカウカ州に置き,7人からなる書記局が政治・軍事を統括.ラジオ放送を通じて宣伝活動を展開.指導者のマヌエル・マルランダは60才台のベテラン戦士で,政府から百万ドルの賞金がかけられている.96年後半からは首都近郊でも影響力を拡大し,新たに一部隊を編成.

1997年

97年1月  FARCのコカイン工場が明るみに

1.05 アラウカで,ゲリラが刑務所を襲撃.拘留中の政治囚19人が脱走.アラウカはボゴタ東方450キロ,ベネズエラ国境付近の町.

1.08 軍当局,昨年度のゲリラ活動の概要を発表.1年間の犠牲者はゲリラ780人,内訳はFARCが462人,ELNが248人,EPL系二派が60人.軍・警察側の犠牲者も500人に上る.このほか少なくとも80人が行方不明.

1.30 麻薬取り締まり部隊,グアビアレ州に本拠を持つ東部平原カルテルのコカイン工場に強制捜査.このカルテルはFARCの支配区にあり,事実上その庇護の下にある.

1 カリ・カルテルのロドリゲス・オレフェラ兄弟(ヒルベルトとミゲル),懲役10年の判決を受け下獄.

97年2月  サン・ファニートの攻防

2.01 FARCゲリラ,ボゴタで誘拐作戦を展開.軍部隊がボゴタ東南50キロ,メタ州サン・フアニート村まで追走.山中でゲリラ約4百人が迎え撃ち,激しい銃撃戦となる.

2.02 サン・ファニートでの激戦が続く.軍のヘリは険しい山並みと激しい対空砲火のため現地に接近できず.40人からなる軍部隊が霧のなかで行方不明となる.

2.03 サン・ファニートでのゲリラと軍との銃撃戦,3日目にはいる.赤十字の発表によれば少なくとも20名の遺体と8人の負傷者を収容.

2.07 FARCゲリラ,パナマ国境地帯のチョコ州ロス・カティオス国立公園(ダリエン自然保護区)で,ドイツとオーストリアの観光客4人を誘拐.150万ドルを要求.3月4日には政府軍による「救出作戦」が行なわれ,銃撃戦の末,人質二人が殺害される.

2.12 ELN,ベネズエラ領内アプレで米国人石油技術者ら2人を誘拐.20日には,ウラでスエーデンの建設会社に働くノルウエー人従業員を誘拐.当初,捜査当局はFARCによる犯行と発表.

2.23 昨年12月にFARCに誘拐された米国人技師ペスカトーレ,遺体となって発見される.

2.24 FARC,ラスベガス金鉱山会社所属の米国人,同僚のコロンビア人を誘拐.250万ドルを要求.彼らは会社に雇われ金鉱を探査中だった.二人は身代金を払った上11月に解放される.(一説に3月7日)

97年3月

3.29 シモン・ボリーバル・ゲリラ調整機構を名乗る5人の重武装したグループが,ベネズエラのスリア州に出現.牧場主を誘拐.この牧場主はスリア州知事の名付け親に当たる有力者.

3 ELN最高幹部の一人イケ・デ・ヘスス・ベルガラ,ボゴタ市内潜伏中を逮捕される.

3 ジャーナリストのヘラルド・ベドヤが射殺される.ベドヤは米国への麻薬犯罪者引き渡し制の復活を主張していた.

97年4月

4.01 ベネズエラ領内アプレ州エル・リピアルで,ベネズエラ海軍巡視艇にELNゲリラ約30人が発砲.海軍将兵二人が死亡.ベネズエラ軍はコロンビア軍と協力し,国境地帯でのゲリラ掃討作戦を展開していたとされる.

4.08 FARC,エル・コレホンの鉱山を襲撃.鉄道を500メートルにわたり破壊し,車両,石炭,ディーゼル油施設を破壊.この鉱山はエクソンの子会社インテルコルが経営.

4.30 ボゴタのケーブルテレビ局に,MRTAの3人組が押し入ってスタジオを一時占拠する.日本大使館を襲撃したメンバー全員が虐殺されたことに抗議して,フジモリ大統領への報復宣言を放送したあと逃走.

4月 麻薬カルテル,新聞社と外国記者あてに「死の脅迫状」を送りつける.

4月 ACCUを中軸に全国パラミリタリーを統合し,コロンビア自衛組織連合(AUC)が結成されたと発表される(実際の結成は96年初めといわれる).

コロンビア自衛組織連合(Autodefensas Unidas de Colombia: AUC)
89年ころフィデルとカルロスのカスターニョ兄弟が,故郷のウラバ州で反共武装集団を創設した.93年にコマンド部隊「ロス・ペペス」と名乗る.PEPESは「パブロ・エスコバールに反対するもの」の頭文字をとったもの.アメリカの意向を受けた軍の別働隊として,「カルテルとの対決」をうたうが,メデジン・カルテルのライバルであるカリ・カルテルから資金供与を受けていた.93年エスコバルの死とメデジン・カルテルの壊滅後は,軍とともにFARCとの闘いに集中.数々の住民大量虐殺事件に関与する.ACCUという名称がいつごろからのものかは、諸説紛々で目下同定不能。これらについては「カスターノとAUC」を参照のこと。
94年フィデルが銃撃戦で死亡.ロス・ペペスの指揮権を握ったカルロスは,コルドバ・ウラバ地方自主防衛グループ連合(ACCU)を結成し,アンティオキア,コルドバ,スクレ,ボリーバル,アトランティコ,マグダレーナ州など北西部に勢力を拡張.伝統的にゲリラの基盤であったコロンビア南部でも攻撃を開始するようになる.
さらにカルロスは95年,軍の支持の下にパラミリタリー組織の統合に動き出す.麻薬カルテルと大地主をバックに豊富な資金量を誇るACCUは,約70といわれるパラミリタリー組織を統合.推定4000から5000人の現役兵士を擁する一大軍事組織に拡大.実体は現役の軍人・警察官が主体とされる.

97年5月  非武装地帯の創設

5.05 ELN,ブラジル人建設労働者を誘拐.赤十字の仲裁の結果,10月にサンタマルタで解放される.

5.14 米グリーン・ベレー,バラコン島の訓練基地でリノ・サンチェス大佐指揮下の特殊部隊に対ゲリラ戦を指導.

5.16 ベネズエラのウレナ州で,4人のゲリラが地方の政治家を誘拐.コロンビア領内に連れ去る.この政治家は逃亡を試み射殺される.

5.19 イエズス会系の大衆教育・研究センター(CINEP)活動家二人がボゴタ市内で殺害される.准軍事組織の「汚い戦争」の結果,百万人以上が国内難民と化したといわれる.

5.23 サンペール大統領,昨年8月のゲリラ攻撃で,FARCの捕虜となった兵士59名を解放するため,カケタ州レモリノ・デ・カグアン地区からの軍の1カ月にわたる撤収を指示.

5月 北西部ウワ族居住地での油田開発を狙うオキシデンタル石油、「住民代表」の抱きこみに成功。「環境保全を条件に油田開発を望む」との合意を取り付ける。反対派住民はFARC、ELNとともに陸軍の干渉と戦う。

97年6月

6.01 FARC指導者のルイス・サエンス,テレビ番組「24時間」と会見.兵士捕虜たちの安全を保障するためにも,その解放はメディアによって全世界に伝えられなければならないと語る.

6.02 軍のカケタからの撤収完了.釈放の方法,条件をめぐる政府とFARCの代表会談開始.解放は国際赤十字とマスコミの監視のもとでおこなわれることとなる.

6.15 FARC,南部平野地帯の実効支配承認と引き換えに,軍兵士70名を解放.ゲリラとの交渉に最後まで反対した軍部と政府のあいだに亀裂.サンペールは政府直属の和平委員会にゲリラとの交渉の枠組みづくりを指示.

6.27 ELN,60人の部隊によりサンパブロのブラジル系鉄道敷設会社を襲撃.三人を人質にする.この会社はセサール,マグダレナ州内の鉄道の修復を請け負っていた.

6 ゲリラ攻勢活発化.FARCとELNは部分共闘で合意.6月だけで政府軍兵士30人以上がゲリラの攻撃で死亡.FARCは「希望・平和・自由」(旧EPL)に武装闘争復帰を迫り,合法派幹部の暗殺を繰り返す.

6 FARC,メデジン市内で連続爆弾テロ.民家二軒,バス五台が爆破される.

6 ELN幹部のディエゴ・アントニオ・プリエト,ボゴタ警察により射殺される.

6月末 政府とFARC,70人の兵士を解放することを認めた「人道合意」協定に署名する.

97年7月

7.06 軍のヘリが,パイプライン破壊工作中のELNゲリラに攻撃.ゲリラに撃墜され兵士20人が死亡.

7.15 AUCに属するパラミリタリー部隊「キャノン・カスタイト」の200名,メタ州中部のコカ生産地マピリパンに侵入.5日間で土地を求めて行動していた農民30人(一説に49人)を連行し,拷問の末虐殺.

マピリパンからの現地報告: 「彼らは情報提供者から与えられた容疑者リストを持って、一軒一軒を捜索し。容疑者を町の広場に連れ出した。毎晩,彼らは5人から6人の身を守るすべを持たない人々を尋問し殺した.これらの人々は拷問を受けたあと,冷酷に怪物的なやりかたで殺害された.許しを請い助けを求める人々の叫びが聞こえた。遺体はチェーンソーで細切れにされグアビアレ川に投げ込まれた」

7.19 ELN,鉱山会社に雇われ人質解放交渉にあたっていた,カナダ=コロンビアの二重国籍者エージェントを誘拐.

7.22 ゲバリスタ革命軍を名乗るゲリラが,アンティオキア州の山間部で電力会社の調査ヘリを捕らえ,調査員6人を人質にする.30日に政府軍の手により解放される.

7.23 サンペール大統領,軍最高司令官のハロルド・ベドーヤ将軍を更迭.マスコミは政府が完全に文民支配の下にあり,コロンビアに民主主義が根付いている証と賞賛.

7.30 北サンタンデル州カノ・リモン=コベナス間のパイプライン,ELNにより爆破される.数百万ドルの被害.

7 ハイメ・バテマン戦線のトップ,ホルヘ・エリエセル・サパタ,カリで逮捕される.

7月 カリカルテルの元会計係ギジェルモ・パジョマリ、DEAと司法取引。マイアミの法廷で、秘密献金の受け渡しの事実関係を詳細に証言する。この後国内はほとんど無政府状態となる。

97年8月 FARCとの和平交渉開始

8.06 グアテマラで6年ぶりにFARCと政府の和平交渉再開.FARCは昨年のマルランダ書簡に基づく和平提案.政府側からはエチェベリア国防相が出席.

8.07 ジョパル(Yopal)州でゲリラがブリティッシュ・ペトロレアムの子会社工場を襲撃.設備に火を放つ.

8.13 憲法裁判所が,麻薬対策強化法を賛成5,反対4の小差で合憲と判断する.この法律は20年前まで遡って麻薬マフィアの不当収益財産を没収する権限を政府に与えるもの.

8.17 ELN,ボリバル県で二つの市を襲撃.計12人の市会議員を拉致.

8.17 ゲリラ部隊15名,ベネズエラ領内チョロスケーロでベネズエラ軍将校1人と市民一人を誘拐.他の将校4人は川に飛び込み難を逃れる.

8月 オクシデンタル・ペトロリアム社,一時的に生産を停止.97年だけで油送設備に90回の破壊攻撃が加えられる.また80年以来,少なくとも85人の米国人が,ゲリラにより誘拐される.

9月 メデジンの新聞社前に550ポンドの車爆弾.警察の処理により爆発を免れる.引渡し協定反対派が犯行声明.

97年10月

10.03 一斉地方選挙を前にゲリラのサボタージュ、脅迫や誘拐など妨害作戦が激化。サンカルロス・デ・グアロアで,検事局員が乗った自動車列がFARCに襲撃され,少なくとも30人が死亡.

10.23 ELN,道路封鎖.通りかかった地方選挙監視団のOAS外国代表2人,コロンビア人権委員1人を誘拐.ELNは「選挙が茶番であることを国際社会に暴露するための行動である.選挙が終わり次第彼らは釈放される.ただし選挙は武装ストライキにより阻止されるだろう」と声明.

10.26 コロンビアで一斉地方選挙.同時に行われた国民投票で、紛争の平和的解決が大多数により支持される。FARCは選挙のために政党「新生コロンビアのためのボリーバル主義運動」を秘密裏に結成.

10.28 ELN,OAS外国代表の解放条件を提示.ボゴタ=メデジン間のハイウエイでの軍の検問を中止,ラ・ピヌエラ基地およびグラナダ州からの軍の撤退,釈放前後8日間の休戦を条件とする.

10月 「平和・生活・自由のための市民行動」に,全国でほぼ一千万人が参加.

10月 メデジンの第四旅団兵士とACCU,エル・アロで共同作戦を展開.いつもと同様の虐殺,拷問,殺害が実施される.遺体にゲリラの軍服を着せ,ゲリラとの戦闘のように見せかける「合法化」が施される.

11.01 ELNの捕らえたOAS外国代表ら,赤十字代表,カトリック教会,中央および地方平和委員会に手渡される.ELNは軍服姿に覆面で現われる.

11.16 FARC,3月に誘拐した金鉱探査技術者の米国人ら二人を,5万ドルと引き換えに釈放.

11月 憲法裁判所、CONVIVIRの活動に制限を加える判決。情報収集活動を禁止し、武器の携行を認めないこととする。この決定に基づき、数十のCONVIVIRグループがライセンスを取り消される。彼らの多くは既存の準軍事的なグループに加わったといわれる。

97年12月

12 97年末現在でFARCは6割の自治体で活動展開.とくにカケタ,グアビアレ,プトゥマヨ,アマゾン地帯など南部一帯で活発な活動.さらに北部のアンティオキア,サンタンデル,北サンタンデル,メタ,クンディナマルカ,ボリーバルなど旧来の地盤である北部諸州でも勢力を伸張.これに対し北部では牧畜業者,バナナ栽培業者などがパラミリタリーを編成し対抗.ゲリラ支持者に対するテロを強化.これに便乗した麻薬業者は農民を駆逐し広大な農地を獲得.

97年 米国務省の人権報告.同年最初の9ヶ月における武力攻撃の60%が準軍組織によるものであり,23.5%がゲリラによるもの,そして7.5%が軍によるものであることを明らかにする.人権団体のコロンビア法律家協会(CCJ)によると76%は準軍組織によるものであり,17%がゲリラによるもの,7%が軍によるもの.(したがって,この年表には相当のバイアスがかかっている)

97年 アラチュロ・アラベによれば,1年で2万5千名が殺された.これは1日平均70名に相当する.政治的理由による虐殺が185件発生した.1658件の誘拐事件が起き,国内難民が100万人以上いる.

97年 米国防衛情報局(DIA),「コロンビアの政府が政治的権威を再獲得し,また,軍が大規模な再建をしないならば,コロンビア軍は5年で敗北する」と報告.

97年 ワシントン・ポスト紙,「96年度内に26回,米軍がコロンビアに派遣された」と報道.「訓練が主として米軍部隊の利益になるなら,外国の地で米軍特殊部隊が訓練を行うことを許可する1991年の法律のもとで」行われたもの.

97年 米国麻薬取締局、サンフランシスコで係留中の船から50トンの過マンガン酸カリを差し押える。過マンガン酸カリは、コカインの生産において使われる。50トンの過マンガン酸カリは、コカイン150億ドル分の生産をまかなう量とされる。この積荷は「GMP化学会社」の所有で、コロンビアへ向かう途中であった。DEAは、GMPが1994と1998の間の過マンガン酸カリウムのコロンビアの最大の輸入業者であることを確認した。この会社の持ち主ペドロ・モレノ・ビリャはウリベ大統領候補の選挙責任者を務めていた。

1998年

1 ボゴタ西方400キロのクマリボでFARCが軍の部隊を待ち伏せ攻撃.兵士7人が殺害され,5人が負傷.

2月 政府とELN,マドリードのビアナ(Viana)宮殿で,和平交渉の道筋を定めた予備合意に署名.

3.08 国会議員選挙。FARC,ボゴタ近郊で道路封鎖作戦を展開.3人を殺害,14人を傷害,27人を誘拐.この中には米国人4人,イタリア人1人が含まれる.また全国選挙管理委員会の委員長代理と,その妻も含まれる.

3.02 約700人のFARC部隊,国軍の大規模部隊を攻撃。この部隊は第三機動旅団の第52対ゲリラ大隊で、カケタ州南部のFARC支配区に入り掃討作戦中だった。部隊はカグアン川を下り、ペナス・コロラダスの町を確保。付近のエルビジャールに駐屯していた。

3.04 FARC、三日間の戦闘で兵士107人を殺害し100人を拉致(一説では死者62人、捕虜43人).軍の空からの攻撃は悪天候と深いジャングルに阻まれ、成果を上げられなかった。

3.21 FARC,サバネタで米国人1人を誘拐.

98年4月

4.18 人権派弁護士エドゥアルド・ウマナ,ジャーナリストを装った男女3人組に射殺される.

4.20 サンタフェ・デ・ボゴタ空港を離陸直後のエクアドル・タメ航空のボーイング727型機が,市東部の山中に墜落.乗客・乗員53人全員が死亡.

4.28 コロンビアとベネズエラ,米州機構へのキューバ復帰を支持すると声明.

4月 ELN最高幹部のマヌエル・ペレス・マルティネスが死亡.

98年5月

5.02 保守党のパストラーナ大統領候補,カケタニアのFARC基地を訪問.マルランダと会談.和平交渉再開で合意.

5.04 メタ州マピリパン県のプエルト・アルビラ村で,パラミリタリーが少なくとも18人の一般人を虐殺.報道の直後から軍の関与が指摘される.

5.16 準軍組織,バランカベルメハの左翼拠点を一斉攻撃.労組活動家11人が殺され,25名が「失踪」する.作戦のあいだ軍が市の周囲を封鎖.作戦後カルロス・カスタニョが記者会見.AUCに属する「サンタンデル及びセサル南部自衛軍」のおこなった作戦であると発表.拘留した25名はELNもしくはEPLゲリラであることが判明したため殺害し焼却したと述べる.

5.23 カウカ県ポパヤンで,FARCがサンイシドロ刑務所を襲撃し,受刑者330人を解放.

5月 二人の人権活動家が暗殺された1周年を期して、数千の市民が平和をもとめるデモ。10年来最大の規模となる。

98年6月

6.15 保守党の大統領候補アンドレス・パストラーナ、腹心のビクトル・リカルドがFARCのマルランダと会見したことを明らかにする。平和問題が大統領選挙の最大争点となる。

6.21  大統領選決戦投票.和解の実現を呼びかける保守党のパストラーナが,対ゲリラ強硬派の自由党セルパを破る.保守党政権は12年ぶり.

6.21 ニューヨーク・タイムズの報道によれば、サンペルがダウケミカルのティプシウロンの使用を許可。ダウケミカル社は「河川や湖水を汚染する可能性がある」として、反対の声明を発表した。

98年7月 パストラーナとマルランダの会談

7.09 パストラーナ,大統領就任を前に,FARC支配区に潜入.(約7500人)最高指導者のティロフィホ(マヌエル・マルランダ)と会談.11月7日から90日の間,南部ジャングル地帯(5地区)から軍を撤退させて中立地帯(4万2139平方メートル)を設ける方向で合意.来年1月7日に大統領自ら出席して政府とFARCとの和平交渉を行うこととなる.

パストラーナ=マルランダ会談のフィクサー: 会議を設定したコスタリカのアルバロ・レビアは保守党の前上院議員で元エネルギー鉱業相.コロンビアの麻薬カルテルとも関係を持つといういわくつきの人物.

7.12 ドイツのマインツで,ELN(約3500人)とコロンビアの市民団体代表者による初めての和平対話.ELNは「社会全体の合意を基本としなければ,和平は確固たるものとはならない」とし,紛争を終結させるための「国民会議」構想を明らかにする.「天国への扉」合意(La Puerta del Cielo)が結ばれる.国内ではマインツ合意を受けて,第1回「恒久的平和のための市民社会会議」が開催される.

7.26 労働、ビジネスと市民社会リーダーのグループが、カルロス・カスターノの本部のあるヌド・デ・パラミージョ(Nudo de Paramillo)でパラミリタリー代表と会見。和平交渉および市民攻撃の停止への支持を取り付ける。

7.30 市民社会グループが主催し、ボゴタで「平和のための恒久会議」を開催。参加NGOは予想の3倍を超える。

98年8月

8.03 政権交代を控え,FARCとELNによる一斉攻勢.FARCはグアビアレ州南部のミラフローレス基地(一説にミラフローレスの反麻薬基地)を攻撃・破壊.米国企業ディンコープの雇った,飛行機のパイロットなど20名から30名の退役米軍人を標的とする.

グアビアレ(Guaviare)はボゴタ南方の州。4つの県(Municipalities)からなる。その中のひとつがミラフローレスであり、もうひとつが州都をふくむサン・ホセ・デル・グアヴィアレ県である。この反麻薬基地がいずれにあるのかは不明。

8.05 政府,ゲリラ200人を殺害し100人以上を捕虜にしたと発表.

8.07 コロンビア新大統領にパストラーナが就任.平和問題高等弁務官にはビクトル・リカルドが任命される.サンペール前大統領は国外に退去.

8月 ボゴタに国連難民高等弁務官事務所が開設される。

98年9月

9.02 今年に入って軍部との衝突でゲリラ460人,民兵14人が死亡.

9.08 パストラーナ大統領,州知事や国会議員の選挙法を改正するなど政治改革プロジェクトを提案.改正の是非を問う国民投票を実施へ.

9月 コロンビア政府,ELNの政治勢力としての存在を認め,対話を開始する.

9月 ボゴタ近郊の農場で永住日本人の志村昭郎さんがFARCに拉致される。志村さんは元山梨県会議員で、クンディナマルカ州パスカに農場を開いていた。翌年2月に解放されるが、01年8月にもふたたびFARCに捕らえられ、2ヵ月後に解放される。

98年10月

10.08 政府とFARCが非公式協議。FARCは交渉場所を確保するために、一時的な「クリアランス地帯」をつくることを提唱。コロンビア南部の5つの地方自治体から、全ての治安部隊を撤退させることをもとめる。

5つの地方自治体: メタ州のビスタエルモサ、ラ・マカレーナ、ウリベ、メセタ。カケタ州のサンビセンテ・デル・カグアン。とりわけカグアンに駐留する「Cazadores」歩兵大隊の全面撤退を強くもとめる。

10.11 アンティオキア州リオ・ベルデの山中で,民間人代表とELNが会談.軍は会談の期間中一時撤退。99年2月までに国民公会を開催するなど,幅広い計画に同意する.国際人道法と人権,エネルギー政策,国家と軍隊の改革,経済・社会問題,農業の問題そして麻薬取引など包括的計画.さらに政府にも対話への参加を呼びかける.スペイン大使館,国際赤十字当局者がオブザーバーとして提示される。

10.14 パストラーナ大統領は,FARC(コロンビア武装革命軍)との会談を容易にするために,南部平原地帯に42,000平方kmの非武装化地帯(DMZ)の作成を命じる.これはスイスと同じ面積.Cazadores大隊の一部は非武装で残留することとする。

10.18 アンティオキア州マチュカ県カニョ・リモンとコベニャスの間で,ELNによるオセンサ・パイプラインの爆破事件.誘爆を引き起こし、巻き添えとなった住民71人以上が死亡し,すくなくとも100人以上が負傷.

10.20 パストラーナはELNとの交渉を断念.FARCとの単独交渉に切り替え.アムネスティ・インターナショナル(AI)はELNの犯行を非難。

10月 米国議会,コロンビア麻薬対策として向こう3年間で2億9000万ドルの支出を承認.予算の大部分は,「コカを根絶させるために使う」ヘリコプターや武器をコロンビア軍と警察が購入するためにあてられ,そのまま米軍事産業の懐に入る.代替作物プログラムに割り当てられたのは,4500万ドルに過ぎない.

10月 DEA、下院で証言。カスターノが、「コロンビアの今日もっとも著名なコカイン密売人」Henao-Montoya兄弟と結びついており、「彼自身がコカイン密売人の主要な一人である」ことを確認。カスターノはテレビのインタビューに答え、「麻薬密売人との取引」がAUCの活動の最高70%をまかなっていることを認める。

98年11月  中立地帯の設定

11.01 FARCの千名の大部隊,南東部ジャングル地帯のバウペス州都ミトゥ市を襲撃.過去30年で最大規模の攻撃で軍・警察の死者は約150人.空港にもダイナマイトが仕掛けられ民間機2機が爆破される.FARCは三日間にわたりミトゥを占拠。兵士,警官43人が捕虜となる.

11.04 政府軍がミトゥを奪還。政府はジャングル地帯の3県に午後6時から午前6時までの間の外出禁止令.

11.05 カリ・カルテルの資金洗浄を担当する大物幹部エルメル・パチョ・エレラ,パルミラ刑務所内で,弁護士になりすました殺し屋に殺害される.

11.07 5か所の中立地帯が,3か月の期限で設定される.政府は軍・警察関係者約2000人を撤退させる.中立地帯はカケタなど南部3州にまたがる4万2000ヘクタールのジャングル.

11.09 DEA,備品受け取りのためにフロリダ州フォート・ローダーデール入りしたコロンビア空軍機から,700袋に小分けされた大量のコカインを発見.サンドバル空軍司令官が引責辞任.

11.11 クンディナマルカでドイツ人実業家が不明のゲリラにより誘拐される.

11.12 FARC,水力発電プラントを襲撃.大量のダイナマイトを捕獲し,メキシコ人とコロンビア人技師を誘拐.

11.13 「ノルテ・デル・バジェ・カルテル」(カリ市)の幹部のホセ・オルランド・エナオ・モントヤがボゴタ刑務所内で暗殺される.背景に両カルテルの抗争.

11.15 クンディナマルカで武装強盗団が米国人実業家の家を襲撃.金品を強奪の上,本人・家族を誘拐.身代金百万ドルを要求.

11.18 アンティオキア県フラグアスで同国最大の石油パイプライン「セントラル」が爆発,これまで46人が死亡し59人が負傷.ELNの破壊作戦.

11.19 FARC,アンティオキア県ウラバ地区ムタタ村でACCUのキャンプ地を襲撃.AUCの発表によれば,FARC16人,ACCU19人の計35人が死亡.

11.26 上院憲法問題委員会,収監中のゲリラ(約450人)を釈放する特別権限を大統領に与える決議.

11  ELN,北西部でフランス人地質専門家クロード・ロジェを誘拐.翌年3月には殺害.

98年12月  FARCとAUCの激突

12.01 カルタヘナで米州国防相会議。米国William Cohen国防長官は、コロンビアの国防相ロドリゴ・ジョレーダ(Lloreda)と会談。両国の軍事協力を強化する合意に署名。両軍の合同作業グループを創設し、定期協議するとともに、コロンビア軍内に対ナルコ大隊を創設することで合意。

12.12 ベネズエラ国境地帯のアラウカで,軍によるFARC掃討戦.子供5人を含む14人が死亡,20人が負傷.

12.13 コロンビアの空軍ヘリ、東部のアラウカ州サントドミンゴに、米国製のクラスター爆弾を誤って投下。子供5人をふくむ17人が死亡。30人が負傷する。米政府はコロンビア空軍の同州担当部隊への軍事援助を打ち切る。

コロンビア空軍は、クラスター爆弾の使用は、エアースキャン社の指示によるものであると反論した。エアースキャン社はフロリダ州に本社を置き、オキシデンタル石油会社の送油管などの施設監視を請け負っている。

12.13 米国国務省のアンデス担当局のフィリップ・チコラ、コスタリカで秘密裏にFARC対外代表ルイス・エドガル・デビア(通称ラウル・レジェス)と会談。チコラは、コロンビアでの対ドラッグ作戦を引き続き強化する意志を表明。コロンビア在住の米国市民に対する攻撃を中止すること、和平プロセスへのよりはっきりした意志を表明することをもとめる。この会議は、FARCによってコロンビアの政府を通して要請されたもの。

12.14 マルランダと政府のリカルド代表、1月7日から対話を開始することで合意。リカルドは軍との協議なしにCazadores大隊の全面撤退を約束する。

12.18 FARC,北サンタンデル州のコカコーラ社を襲撃.4人を人質にする.FARCは身代金を要求する一方,コカコーラ社に安全保証税を要求.

12.19 サンホセ市内のアルバロ・レビア私邸で,FARC代表ラウル・レジェスと国務省中南米局長ピーター・ロメロとの非公式会談.米国は和平対話への支援の意思を表明.FARCに誘拐されている米国人の解放を要求.

12.20 AUC,1月6日までのクリスマス休戦を一方的に発表.中立地帯に残っていた最後の軍130人が撤退を開始.

12.24 政府の誘拐対策責任者ホセ・アルフレド・エスコバル,今年度の誘拐事件の概要をラジオ放送の中で明らかにする.

暴力の犠牲者: 誘拐事件1678件,60%は武装ゲリラ集団,40%が犯罪グループによるもの.コロンビア人450人および外国人9人が未だに誘拐されたまま.なお,この人数にはFARCが誘拐している軍・警官308人は含まれていない.
過去10年間で政治的理由で「失踪」した人の数は1500名以上と推定されている.暴力により家を追われた国内難民は100万人にたっする.

12.26  FARC,同国南部のジャングルから軍が完全撤退したことを確認.来年1月7日予定の和平交渉への参加を表明.

12.27 FARCの第五および第37戦線が,北西部コルドバ州の山岳地帯ティエラルタ(Tierralta)のNudo de Paramillo村でACCU(コルドバ&ウラバー農民自衛軍)の拠点を制圧,破壊.メンバー24人を殺害.戦闘で民間人34人も死亡.ACCUはパラミリタリーの連合組織AUCの最大武装組織で,AUC議長のカルロス・カスターニョ・ヒルを首領とする.

12.29 チエラルタの戦闘続く.FARCのホセマリア・コルドバ師団,コミュニケを発表.この戦闘でカスタニョが死亡した模様と発表.しかしカスターニョの遺体は確認されず.

12.30 AUC,カスターニョの死を否定する声明を発表.また同地に捕らえられていたELN中央司令部員“エステバン”が銃撃戦の最中に死亡したと発表.

12.31 AUCスポークスマン,共同記者会見.カスターニョの生存を確認と発表.

12.31 ホルヘ・エリエセル・ガイタン革命運動(JEGA)のウーゴ・アントニオ・トロ・レストレポ(ボチカ司令官)ら3人,ボゴタ市内のラ・ピコタ刑務所を脱獄.当局は6万5千ドル相当の懸賞金をかける.

12 コロンビアの空軍ヘリコプターが,アラウカ州のサントドミンゴ・デ・タメで,住民を機関銃火,空対地ロケット,クラスター爆弾で攻撃.これにより9人の子供を含む19人が死亡.当初,空軍は,FARCによる車爆弾犯行と報道.のちに空軍ヘリコプターによる虐殺であったことが判明.

98年 FARCは全国1,071の自治体のうち622をコントロール下におく.(85年には173)

98年 ELN議長のマヌエル・ペレス神父が肝炎のため死亡。

98年 この年の誘拐件数は1,658件にのぼる。これは圧倒的に世界一。この年だけで30万人が故郷を追われる。うち3万人がエクアドルに流出。

98年,米国政府はコロンビア政府に対して,Tebuthiuronという薬剤を使うよう圧力をかけた.コロンビア政府は,環境に対する憂慮を理由に,Tebuthiuron利用を拒否.

テブシウロン
触れたものほとんどすべてを殺害する非常に強力な化学物質とされる.製造者のダウ・アグロ科学すら,「広範囲のコカ根絶にこの薬剤を使うべきではない」と警告.「Tebuthiuronは,コロンビアの作物にはいずれも使うに不向きであり,我々は,これが不法作物根絶に使われないことを希望する.これは,傾斜地で,降雨量が多く,残しておきたい植物や木が近くにあって,なおかつ理想的とは言い難い状況で使われるなら,非常に危険である 」

1999年

99年1月 FARCとの和平会談開始

1.04 コロンビアのパラミリタリー組織,人権活動家への宣戦布告.

1.07 新たに設定された非武装地帯サン・ビセンテ・デル・カグアンで,FARCとの和平会談開始.開会式にはパストラーナ大統領も出席.マルランダ司令官を信頼していると挨拶.マルランダは式典に出席せず. FARC代表のラウル・レイエスは,和平対談に尽力した各国への感謝の声明を発表.FARCは政府軍兵士300名とゲリラ450名の捕虜交換を主張.

1.07 和平会談の開始を期して,パラミリタリーはいっせいに「ゲリラ同調者」へのテロ作戦を開始.アンティオキア州など6つの州で5日間に農民ら150人が殺害される.

1.11 コロンビア政府,FARCに対し人権尊重,休戦や誘拐を実施しないことなど10項目からなる提案.その後,サンビセンテ・デル・カグアンの非武装地帯の扱い,和平対話の議題や和平プロセスの日程について協議にはいる.FARC側の交渉委員ホアキン・ゴメス司令官は,軍の最高幹部がパラミリタリーのテロ活動を支援していると非難.

1.12 パストラーナ大統領,パラミリタリーによる農民虐殺事件を徹底捜査すると発表.安全保障会議を招集して対応強化を検討し,パラミリタリー取り締りのための「情報分析計画技術委員会」を創設.

1.14 パストラーナ,キューバを訪問しカストロおよびチャベス・ベネズエラ次期大統領と会談.コロンビアの武装左派ゲリラとの和平プロセスについて話し合う.カストロとチャベス次期大統領は和平を支援することを確認.

1.14 AUC,テロ活動をいったん停止すると声明.

1.16 カルロス・アルトゥロ・マルランダ,パラミリタリーを組織して農民らを殺害した容疑で,検察当局から起訴される.マルランダはコロンビアの元EU代表部大使.マルランダ家が所有する同国北東部セラル県のバジェクルス農場では,農民30人以上が殺害され,200人以上の農民が土地から追い払われた.

1.18 コロンビアの民間機関「パイス・リブレ」,昨年度の誘拐事件について報告.事件発生は前年比で30%増加し,誘拐者数は2216人.うち外国人は42人.1日当たり6人が誘拐された.誘拐事件の三分の二はゲリラ組織が関与(FARC667人,ELN566人).721人が12月31日現在いまだに誘拐されたままで,82人が殺害されている.

1.20 FARC,政府との対話を停止.交渉にあたったラウル・レジェスとホアキン・ゴメス,ファビアン・ラミレスは「パラミリタリーの解体について明確にされない限り対話の再開はありえない」と声明.責任を問われるべき軍人として10人の将軍の名を挙げる.

1.25 ボゴタの南西約400キロのオバンド(バジェ・デル・カウカ県)を震源地とするマグニチュード6.3の大地震発生.コロンビア西部のコーヒー農園地帯キンディオ州,リサラルダ州を中心に,被害はキンディオ州都アルメニア,カラルカー,ペレイラなど17都市に及ぶ.総計940人が死亡,負傷者は少なくても3400人に上り,20万が家を失う.

1.25 政府とFARC,地震に伴う緊急事態のため,和平対話交渉を4月20日まで中断することで合意.軍や警察官の捕虜と収監中のゲリラ・メンバーとの交換交渉も4月26日まで中断

1.28 AUCのカスタノ,国連人権委員会に当てた手紙の中で「遺憾ながら,闘争の現段階に不可欠な手段として」メデリンの人権活動家4人を誘拐したと声明.「非政府組織のメンバーにゲリラが潜入するのを防ぐため」と説明する.誘拐されたのはメデジンに本拠を置く公衆訓練協会(IPC)事務長のハイロ・ベドヤ・カラバハルら.

1.29 最大の震災被害地アルメニアでは略奪事件が横行.数百人の難民がアルメニアの赤十字補給センターを襲撃.順番を待つ人を押しのけ救援物資を奪う.現地入りしたパストラナ大統領,30日間の「社会経済非常事態宣言」を発する.約2000人の軍隊および700人の警察官をアルメニアに派遣.市民の自由移動の制限,武器使用禁止,アルコール飲料の禁止,18時以降の外出禁止などが発令される.命令違反で120人が逮捕される.

1.31 AUC,政治囚連帯委員会(CSPP)のカリ,アンティオキア地方委員会の活動家二人が乗っていたバスを襲撃.誘拐しようとして抵抗した二人を射殺.

1.31 マルランダ司令官,「対話の窓口は閉ざしていないが,政府がパラミリタリーを解体することが先決」と語る.

99年2月 ELNとのカラカス和平交渉

2.02 カスタノ,誘拐した人権活動家のうち二人を釈放すると発表.残るベドヤともう一人はゲリラ活動家であることが明らかとし,捕虜として引き続き拘禁する.人権組織によれば,AUCは人権活動家250人を誘拐し,その解放と引き換えに政府に捕らえられたAUC兵士の釈放を目指す計画.

2.02 全国原住民組織連合(ONIC)の執行委員会,コルドバ州アルト・シヌー県エンベラ・カティオ郡におけるAUCのテロ活動について報告.1月31日テロ部隊がシヌー川を封鎖,リオ・ベルデ村を襲撃,エンベラ族を含む40人を誘拐したと発表.彼らはゲリラを支援したとされ,居留地からの移転を強要されていた.

2.04 最高裁,捕虜交換は違憲と判断.ゲリラに捕らえられた政府軍兵士は政治囚とは認められないという不可思議な理由.

2.05 パストラーナ大統領,南部非武装地帯4.2万平方キロの指定を90日延長すると発表.人権活動家は,IPCメンバーの解放を求め国会前で抗議活動.

2.05 政府和平委員会,違法なマリフアナ栽培を根絶する共同計画で,FARCと合意と発表.

2.05 ELNのニコラス・ロドリゲス・バウティスタ代表(ガビーノ司令官),パストラーナ大統領と近日中に会見予定と発表.

2.06 FARC,パラミリタリーが武装解除するまで和平交渉を中断すると発表.ただし政府が非武装中立地帯(5か所)の設定を90日間延長したことについては評価.

2.09 「オスポゾス協定」 ①国際使節団がゲリラ支配地域を査察する、②ゲリラによる誘拐、子どもの兵士、および非通常兵器の使用などの禁止、③ゲリラ側が資金の80%を社会サービス部門に投資し、20%を麻薬撲滅に使用するという条件で「コロンビア計画」に同意する、など13項目について合意。

2.09 ビクトルG.リカルド高等弁務官とELNのアントニオ・ガルシア司令官によるカラカス和平交渉始まる.14日には第二回目の交渉.ELNは拠点となっているボリーバル州南部にDMZの設置を求めるが,政府はこれを拒否.

2.12 FARC,メデジンのアンティオキア大学事務局などを爆弾で破壊.人身への被害なし.

2.16 ELNとの交渉決裂.政府側委員ビクトル・リカルドは「合意事項はないが失敗ではなかった.近く対話交渉が再開されることを確信している」と述べる.一方,ガビーノ司令官は「カラカス和平対話は失敗に終わった.真の和平への進展がなければ対話する必要はない.次の政権まで交渉を待つ」と発表.

2.17 コロンビア人民保護局,パラミリタリー,ゲリラおよび軍警察による殺害事件が昨年計で194件発生し,1231人が死亡したと報告.発表によれば47%がパラミリタリー,41%がゲリラ,残り8%が軍警察による犯行.

2.19 政府軍第18師団長のルイス・エルナンド・バルボサ将軍,ベネズエラとの国境地帯アラウカ県の戦闘について報告.最近8日間のFARCおよびELNとの激戦で少なくとも71人(ゲリラ59人および軍兵士12人)が死亡.

2.21 スペイン民間人サンティアゴ・カバニャス,アンチオキア州内を自動車で走行中にFARC第47部隊に襲われ誘拐される.1週間後に「人道的な配慮」により解放される.

2.25 FARC第45部隊,ベネズエラとの国境付近のボヤカ県クバラで,米国人人権活動家の男性一人,女性二人を誘拐.クバラではオキシデンタルとシェルの現地法人が油田開発を95年より行っており,ウワ族(4000人)は油田開発の中止を求めて「集団自殺」予告などの反対運動を展開していた.

三人の犠牲者: Terence Freitas, Lahe'ena'e Gay, and Ingrid Washinawatok。名前のとおり三人とも先住民系活動家で、先住民ウワ(U'wa)族の教育支援にあたっていた。ウワ族内部では石油開発賛成派と反対派が分裂しており、FARCは彼らをCIAのエージェントと見て殺害した。

2.25 FARC,昨年9月に誘拐されていた志村昭郎さんを解放.

2 チャベス・ベネズエラ大統領,国境付近で活動するELNに対し,武装放棄に応じればベネズエラ亡命を認めると発表.

99年3月 FARC、米国人人権活動家三人を殺害

3.03 アンチオキア州ダベイバで,FARCが警察署を襲撃し,捜索隊を待ち伏せ攻撃.兵士5人と警官2人がゲリラにより殺害.他に6人が負傷4人が行方不明.他にラ・ウビタとでもゲリラの攻撃.町役場と銀行を襲撃し警官一人を殺害.

3.05 ベネズエラ当局,コロンビアとの国境アラウカ川で,クバラで誘拐された米国人人権活動家三人の遺体を発見.FARCは事件への関与を否定し,米国政府に対して哀悼の意を表明.

3.09 ELN,フランス人地質専門家クロード・ロジェの遺体を赤十字国際委員会に引き渡す.ELNは4日にロジェを殺害した模様.

3.10 ボリーバル州でパラミリタリーにより住民11人が殺害される.

3.11 FARC、米国人人権活動家の殺害について責任を認める。現場の野戦司令官ネルソン・バルガスの判断の誤りとしたうえで謝罪。コロンビア政府は、下級士官の判断ではなく、アラウカ線戦司令官German Briceno ("Grannobles")の指示であったと主張。Grannobles司令官はFARCナンバー2の Jorge Briceno(モモ・ホホイ)の兄弟である。

3.12 米国務省は、人権活動家殺害の犯人を司法当局に引き渡さない限り、FARCとの交渉再開の余地はないと声明。

3.12 米州人権委員会(CIDH)が年次報告書を発表.コロンビアは西半球でもっとも人権が侵害されている国と報告.「ラテンアメリカのボスニア」と表現.3月現在,コロンビアでは外国人を含めて約900人が誘拐されている.今年に入ってから新たに200人近くが誘拐された.

3.14 FARCによる一斉報復・虐殺行動.中央部のカパラピでは9人が殺害され,2人が負傷.カウカ県キンディオでは男3人,女1人,ボリーバル県では男4人が殺害される.地域住民が都市部へ避難を始める.

3.17 政府軍,空爆援護を受けウラバのFARC拠点を攻撃.発表によれば少なくとも50人のゲリラが死亡.

3.23 ELN,ボヤカで米国人1人を誘拐.40万ドルを要求.

3月 コロンビア検察当局、第12旅団の作戦主任リノ・サンチェス大佐を告発。サンチェスはカスタノに指示を与え、マピリパンの虐殺を実行させたとされる。サンチェスはグアビアレ川に浮かぶバランコン(Barrancon)島で米軍グリーンベレーの特殊訓練を受けた殺しのプロ。

99年4月 ELNの大量ハイジャック・誘拐事件

4.12 アビアンカ航空のフォッカー50型機(ブカラマンガ発ボゴタ行き)が,ELNにハイジャックされてボリーバル州南部シミティ近郊マハグァル滑走路に強制着陸.その後乗員乗客46人が川舟でアジトに連行される.麻薬警察が,マグダレナ川近くのに着陸していた機体を発見.

4.15 ELN,「コロンビア北部でアビアンカ航空をハイジャックし,現在も35人を「捕虜」としている」と発表.政府側は「ELNが和平プロセスを非道行為で妨害している」と糾弾.無条件釈放を求める.

4.20 南の非武装地帯で政府とFARC代表の間の非公式の会談が再開。FARCは政府のAUCへの対処を評価するあいだ、公式交渉は凍結したままとすると述べる。

99年5月 ELNの教会襲撃・大量誘拐

5.02 パストラーナ大統領、ふたたびカグアンに入り、マルランダ司令官と会談.「12ポイント計画」にもとづく公式和平交渉開始で合意.政府は,30日間DMZを延長する.

12ポイント計画: 農業・天然資源の保護.経済・社会・司法・軍隊・政治の改革.麻薬取引,人権そして国際人道法(IHL)さらに国際関係などをカバーする.さらに個々のテーマ別委員会が市民組織の提示した改革案を評価することとなる.

5.06 国家警察、準軍事組織の保護の下にあった北コロンビアのマグダレーナ川谷で、3つのコカイン工場を急襲。これらの工場は 1ヵ月8トンのコカインを生産することができた。コロンビアの当局は次の三ヶ月にわたって、北コロンビア各地で12ヶ所のコカイン工場を摘発。これらはいずれもパラミリタリーの庇護下にあった。

5.08  ELN,さらに7人を解放.残りは25人に.ヨハネ・パウロ2世も,即時解放を呼びかける特別発表.

5.21 リカルド高等弁務官、DMZの無期限延長を示唆。

5.21 コロンビアの上院議員ピエダ・コルドバ,メデジンでAUCにより誘拐.半月後に解放される.

5.26 ロドリゴ・ジョレーダ国防相,「中立地帯」の事実上の無期限延長などFARCへの行きすぎた譲歩に抗議し辞任.30人の将軍のうち管区司令官を含む18人の将軍が辞表を提出。50人の高級将校をふくむ200人の将校などが連帯辞任を表明.タピアス国軍総司令官,パストラーナ大統領の必死の説得受け,「軍は和平交渉を支持する」と発表.

5.27 平和イニシアティブの一部として、DMZにおける行政権限の委譲措置が発効する。

5.30 ELN,カリ郊外シウダ・ハルディンのラ・マリア教会を襲撃.ミサを行っていた市民143人を誘拐.パストラーナ大統領は緊急声明を発表.「戦争行為に等しい.ELNはテロ集団と化した」とし彼らとの絶縁を国際社会に呼びかける.バチカン・国会・和平機関などもこの行為を非難.

5.30 ELNによる誘拐事件、軍の緊急出動と圧力で,人質のうち半数の85人は解放されたが,63人が監禁されたままとなる.軍の諜報部は、ELNの誘拐担当者があまりの人数の多さに嘆いている,との会話を傍受.

5月 パストラーナ、「社会再生開発総合計画」を発表。全土の実効支配を確立し、①内戦終結、②麻薬産業撲滅、③法治体制の強化、④地域開発の4本柱からなる。「コロンビア計画」と呼ばれるようになる。

99年6月 軍のベネズエラ国境地帯掃討作戦

6.01 政府,ELNとの会談を停止,政治団体としての承認を取り消す.ELNは17日までに人質全員を解放と政府に約束するが,後に撤回.

6.03 ベネズエラ国境地帯で政府軍の掃討作戦展開.農民2千人がベネズエラ領内に避難.チャベス大統領はこれら農民の亡命を認め,コロンビア政府との間で安全な帰還について交渉.

6.04 William Delahuntを団長とする米下院代表団、リカルド高等弁務官とともにカグアンに入り、FARC司令官ラウル・レイエスとの会談。①紛争の政治解決に向けたFARC側の誠意、②麻薬取引とのその関連、③相次ぐ誘拐作戦、④米国人権活動家殺害に対する懸念を表明。

6.05 政府,FARCとの和平交渉のため,南部の非軍事地帯の期限を12月7日まで延長.FARCもこれを受け入れる.

6.10 全国でアビアンカ航空とラ・マリア教会誘拐事件に対する抗議デモ実施.パストラーナ大統領も参加.カリ市では15万人が結集.

6.20 政府、FARCとの正式な交渉が7月7日に開始されると発表。

6 パストラーナ,欧米諸国を歴訪.和平への財政的支援を訴える.オルブライト米国務長官は軍撤退地区に対する国際監視が必要と述べる.

6月 カケタ州南西部のトレス・エスキナスに軍の基地が完成。FARC支配区に楔を打ち込む最前線基地となる。編成されたばかりの特殊部隊一個大隊、米国製高速艇120隻と補給船40隻が配備され、米軍事顧問も派遣される。

6 コルドバ州ブエルト・リベルタドールでFARC700人と自衛武装団500人が戦闘.軍がヘリで出動したが包囲され多数死亡.

99年7月 FARC,ボゴタに接近

7.06 政府とFARC、和平会談を7月19日まで延期する。FARCの3人の代表のカグアン入りが遅れること、国際的委員会の役割に関し合意が遅れていることが理由として挙げられる。

7.08 FARC,20日から始まる対話交渉を前に,全国32県のうちの13県23都市で4日間にわたる大規模な攻勢.FARCは軍撤退地区を利用して密かに戦闘態勢を整えていたと見られる.死者は,4日間で民間人9人含む274人に達する.軍の発表によればゲリラ202人が死亡.

7.09 約500人からなるFARCの先鋒部隊は,首都ボゴタ近郊に到達.ボゴタ南方50キロのグティエレス、Hato Corozal and Doncelloで国軍と衝突し,ゲリラ38人と兵士39人が死亡.

7.10 FARCはミタ、グアビアレ、ウイラ、プトゥマヨ、カケタの各州で軍事基地への攻撃作戦を展開。パストラーナ大統領,10州で夜間外出禁止令を発表.街道での自動車走行や河川での交通を制限.コロンビア軍は米国の衛星情報を受け、FARC補給部隊を空爆。

7.12 政府軍とFARCの武装衝突が続く.FARCのホルヘ・ブリセニョ・スアレス(通称:モノ・ホホイ司令官)が「ボゴタ進軍」を命令したとの情報.ボゴタ市警は刑務所や治安当局の施設での警戒を更に強化し,約1万8000人の警察官に「警戒」命令.

7.15 IMF,総額30億ドルのコロンビア支援融資で合意.コロンビア政府はマクロ経済と為替相場の安定化を迫られる.今年第一クォーターのGDPは昨年より2.2%減少,失業率は19.5%に達する.

7.16 政府とELNとのあいだで,ハイジャック事件の人質70人の解放について交渉開始.

7.19 政府とFARCの和平交渉、非武装地帯における国際検証委員会の構成と権限に関し合意に至らず、暗礁に乗り上げる.公式会談は30日まで再延長される。

7.20 パストラーナは「平和を望むが,戦争準備も進める」と発言.和平交渉を無期限に延期すると発表.FARCスポークスマン・ラウル・レイエスは、軍隊が対外援助を得るためにFARCの脅威を誇張していると主張。

7.28 行方不明の米軍機が発見され、乗員7人の死亡を確認.

7.31 FARC、アンティオキア州ナリーニョで攻勢。3日間にわたり警察署などを襲撃。

7月 アビアンカ航空とラ・マリア教会事件の人質解放を目指し,「解放促進市民会議」(CFC)が結成される.政府はCFCによるELNとの連絡を承認.

99年8月

8.03 アナン国連事務総長、平和的な交渉を訴える。

8月上旬 準軍組織「カリマ戦線」(Frente Calima),トゥルとその周辺地域で虐殺作戦を実施.カリマ戦線はコロンビア軍第三旅団が創設し,武器と情報を与えていたことが明らかになっている.

8.21 AUC,アンティオキア大学の学生活動家など市民36人を暗殺.学長は学生の安全保障のため一時大学を閉鎖.

8.22 国連安全保障理事会、アンティオキアの学生虐殺事件でコロンビアの政府を非難する決議。コロンビア政府が住民の「生命と安全を守るために必要な手段」をとっていないとする。

8.31 FARCが水力発電所を占拠 電力料金引き下げを要求.

8 FARC,ベネズエラ民間機をハイジャック.乗客は全員解放される.

8月 パストラーナ、5月以来三人の将軍を含む5人の治安当局幹部を更迭。パラミリタリーの一般人攻撃を支援したとされる。

8月 テレビ・タレントで強力な和平支持者のハイメ・ガルソン、ボゴタ市内でオートバイの二人組に殺害される。

99年9月 コロンビア計画の発表

9.01 軍とFARCが衝突.軍の発表によればゲリラ側50人以上死亡.

9.23 パストラーナ大統領,クリントンの要請を受けコロンビア計画を具体化.3年間で75億ドルをかけて,経済そして民主主義を強化し,麻薬取引と戦うというもの.コロンビア政府は40億ドルを拠出,残りの35億ドルを海外からも援助でまかなうとする.実際には40億ドルを拠出するつもりはなく,米国からの35億が頼りの計画.

9月 Curtis Kamman米国大使、ボゴタで記者会見。「ドラッグとゲリラとの戦いのため、コロンビア軍への援助を強める」と述べる。

9月 ELN,アビアンカとカリ教会の人質の一部を解放.これを見た市民組織は,ベネズエラで対話を再開する.

99年10月 1300万人(国民の3分の1)の平和行進

10.05 解放人民軍(EPL)が児童を誘拐,政府軍により全員解放.

10.13 米政府,コロンビアで大規模な麻薬マフィア掃討作戦「千年紀作戦」を展開.エクアドルおよびメキシコ当局が協力.麻薬密売やマネー・ロンダリング・グループの31人を逮捕.アレハンドロ・ベルナル・マドリガルとファビオ・オチョアの2人の大物を含む.DEAによると,ベルナル・マドリガルとオチョアは,毎月30トン(50億ドル相当)のコカインを米国に密輸していた.

10.18 政府とELN代表者がハバナで最初の会談.フェルナンデス・デ・ソト外務大臣は,キューバが和平交渉で『賢明で丁重な』役割を演じていると賞賛.

10.24 政府とFARCの和平交渉が再開される.政府はDMZにおける検証委員会の基準を下げることで妥協.

10.24 和平交渉の再開にあたり,Pais Libre, Redepaz、Viva la Ciudadaniaなどの平和と人権グループが、交渉を支持するデモを組織。国民の3分の1にあたる1300万人が,「誘拐・暴力の停止」を求めて全国各地でデモ行進.ボゴタ市内でおよそ100万人.

10.25 AUC,パストラーナ大統領への公開状.ゲリラが全ての誘拐犠牲者を解放すると約束するならば,一方的停戦を提供すると声明.

10.26 左翼ゲリラがカメラマンを誘拐.

10.29 左翼ゲリラがジャーナリスト7人を誘拐.

10.30 平和問題担当のビクトル・リカルド高等弁務官,キューバでELN代表と会談.リカルドはEPLとの和平交渉も進展していることを明らかにする.

99年11月

11.09 コロンビア司法当局,ヘロイン密輸疑惑でハイメ・ララ・ナウサを米当局へ引き渡す判決.この日ボゴタで自動車爆弾事件.

11.10 コロンビア司法当局,収監中のエル・ゴルドの米国への送還判決.エル・ゴルドは本名ホセ・フェルナンド・フローレス.ベネズエラ人でカリ・カルテルの幹部.

11.10 パストラーナ大統領,12月15日から1か月間の休戦を提案.

11.10 FARC,13の州で一斉攻勢を開始.左翼ゲリラがジャーナリストら6人を誘拐.この後1ヶ月間で220人の民間人と兵士が殺害される.AUCもELNもパストラーナによる停戦の呼びかけを無視.

11.11 ボゴタで自動車に仕掛けられた80キロのダイナマイトが爆発.6人が死亡し12人が負傷.一連の自動車爆弾事件は,麻薬密売グループの犯行とみられる.

11.14 FARC、グアイニア州の州都プエルト・イニリーダの奪取を試みるが、政府軍により撃退される。

11.15 FARCと政府,市民組織の参加を促すため,12月末に「公聴会」を開始することで合意.FARC,パストラーナの休戦提案に,条件付きで応じると声明.当面クリスマス-新年休戦を提案する.パストラーナ大統領は無条件での休戦を求め,FARCの条件付き休戦案を拒否.

11.25 政府とELNとの交渉が続く.国民公会の時間と場所について,具体的な検討に入る.

99年12月 和平交渉の再開

12.05 FARC代表と政府当局者がメタ州ロス・ポソスでテレビ会談。メール・ファックスなどによる視聴者の参加を求める。この試みは技術的な困難から失敗に終わる。

12.09 FARC、7つの州で11日間にわたる攻勢を開始。政府軍はウイラ州オボのFARC拠点を空爆。

12.11 FARC、サンルイスを攻撃。

12.11 FARC、パナマ国境地帯のチョコ州フラード(Jurado)海軍基地を襲撃。軍の発表では兵士27人とゲリラ42人が死亡。

12.13 FARC、クバラ(Cubara)を攻撃。

12.15 政府軍はウイラ州オボ(El Hobo)のFARC拠点を空爆。ゲリラ66人が死亡。

12.14 ダム建設に反対するエンベラ・カティオの先住民が環境省のビルを占拠.米州人権委員会,ILOなどが調査に乗り出す.彼らは半月前,コルドバ州ティエラルタから行進してきた.彼らの主張はこのページで http://www.gratisweb.com/embera_katio/index.htm

12 キューバでリカルド和平最高顧問,ウリベ上院議員らがELNと会談.ELNは国民公会開始のため,年内に拘束中の人質全員を解放すると約束.クリスマス休戦を提案.低収入者向けの住宅のための特別基金の供給,およびガソリン価格凍結を条件とする.政府はボリーバル州南部におけるDMZの設置を事実上承認.

12.20 FARC,クリスマスを前に20日間の一方的停戦に入る.予定された最初の公聴会は1月13日まで延期される.

12.20 ラ・ウリベでFARCとの和平交渉再開.リカルド和平最高顧問,マルティネス内相,上下両院議長など政府の要人が多数参列.和平交渉を中断しないことを相互確認.FARCは,各々の計画アイテムの交渉にはさらに約6ヶ月を要するとの評価を明らかにする.

12.26 政府軍とELNが3日間にわたり武力衝突。兵士1人、ゲリラ30人が死亡。

12 政府,IMFから27億ドルの緊急借款.99年度の経済はマイナス4.48%.都市失業率は20.4%に達する.これはラテンアメリカで最悪.政府はIMFの勧告に基づき公共支出を大幅削減,新たな税制を導入.銀行や国営のエネルギー,鉱山,通信企業は民営化される.

99年 米国国務省によると、この年399件の虐殺事件。これは昨年の239件よリ大幅に増加。その80%はパラミリタリーによるものとされる。

99年 米国のコロンビアへの軍事援助は、この年3億800万ドルに達する。これは世界で3番目に多い数字。

99年 この年のGDP成長率はマイナス3.5%に落ち込む。マイナス成長は世界大恐慌以来のこと。

99年 コロンビアのヘロイン・マフィアの大物ハイメ・ララが逮捕され、米国に引き渡される。

2000年

00年1月 12項目の停戦交渉

1.01 マルランダ、ロス・ポソスの交渉議場に突如出現。「12ポイント」の実質的な話し合いが近く始まるだろうと述べる。

1.01 新年のお祭り騒ぎなどで88人が殺害される.

1.01 国連事務総長,本格的な和平交渉開始に備え,コロンビア国際援助担当特別顧問を設置.ノルウェーの外交官ジャン・エゲランド(Egeland)が指名される.

1.05 ボリーバル州南部でELNのためのDMZ設置に反対する民間組織が最初の抗議行動を展開.

1.10 政府とFARCとの間の停戦期間終了.FARCはナリニョ県で戦闘再開.政府はさらに6ヵ月間DMZを延長する.

1.11 クリントン,「プラン・コロンビア」を支持し,コロンビア政府に麻薬密輸対策で13億ドル援助の意向を明らかにする.「対麻薬作戦を支援しコロンビアの平和と繁栄を促しその民主主義を深化させる」ものとされる.オクシデンタル石油はプラン・コロンビアが採択されるよう35万ドルを使ったといわれる.

13億ドルの内訳: 5億ドルが米軍事顧問団派遣による要員950人づつの特殊部隊二個大隊育成、5億ドルが武装ヘリ63機の購入と航空レーダー網建設用、残り3億が枯葉剤散布、難民村対策など「民生」に向けられる。真の解決策のひとつである「コカ代替作物」への転換プログラムの資金はわずか8100万ドルにすぎない。

1.11 ボゴタ市内に逃げ込んだ国内難民が,国連などによる人道援助を求め国際赤十字(ICRC)事務所に押しかける.事務所前で炊き出しするなど事実上の占拠状態.赤十字側は人道援助を一時中止.

1.12 FARCと政府軍との戦闘.住民ら24人死亡.

1.13 ロス・ポソスで政府=FARC会談が再開される.最初に交渉するべき計画アイテムを決めるための議論.

1.13 EPLの指導者ウーゴ・カラバハル、政府軍により殺害される。

1.15 ボゴタ東南50キロのグアヤナバルでFARCと政府軍との戦闘.FARCの警察官舎などの襲撃で民間人含め50人以上死亡.軍によればゲリラ11人,兵士など3人が死亡.

1.18 学校に手榴弾 子供1人死亡 大人5人負傷.

1.20 「12ポイント」の最初となる経済モデルについて議論するため、フアン・カミロ・レストレポ財相がロス・ポソスに飛ぶ。マルランダと7人のFARCリーダーが出迎える。和平のコストおよび失業問題の解決について議論が集中したという。

1.28 政府=FARC会談.「12ポイント計画」を①経済・社会問題,②人権・外交方針,③民主主義そして国家構造,の3グループに分割して討議することに同意.さらに①経済・社会問題から着手することでも合意.両者は,『急進的なモデルではなくて,グローバル化された世界標準にあわせて』議論することに同意する。これは包括的な和解の前兆と評価される.

1月 米南方軍司令部のチャールズ・ウィルヘルム将軍,コロンビアは今や西半球の治安にとって主な問題となっており,米国プレゼンスの増強が必須であると述べる.

00年2月 政府=FARC合同欧州派遣団

2.02 ビクトル・リカルド平和問題高等弁務官を団長とする政府=FARC合同派遣団が,3週間にわたりヨーロッパ各国を視察.スウェーデン,ノルウェー,スイス,イタリア・バチカン,スペイン,フランスを歴訪.ヨーロッパの経済システムを学びつつ,和平交渉に対する財政的・政治的な支持を求める.このツアーは国連事務総長のコロンビア特使エゲランドが企画したもので、参加者に混合経済のモデルを見せること、欧州各国にFARC幹部の顔見世をすることを目的とする。

2月 オスロ駐在のFARC代表,ラウル・レジェスは,最終的な和平協定が成立するまで少なくとも2年を要すると予測.

2月 政府-ELN会談,カラカスに場所を移し再開される.ELNは,電気民営化に反対してパイプラインを爆発する作戦を続ける.

2月 ボリーバル州南部の住民,ELN会談地帯の設立に抗議して道路封鎖行動を展開.

2月 クリントン大統領がおよそ16億ドルの対コロンビア軍事援助の承認を議会に要請.「人権犯罪を犯していない外国軍にのみ訓練を施すことが出来る」というこれまでの国策に反していないかどうかが議会での論争の焦点となる。

2月 コロンビア計画に反発するFARC,ELNが一斉に破壊・テロ活動を開始.ボゴタ=ビジャ・ビセンシオ間の街道では,FARC部隊500人が軍と衝突.

00年3月 「新コロンビア・ボリーバル運動」の創立

3.01 カルロス・カスターノ,TVインタビューに出演.はじめて公衆の面前に姿をあらわす.インタビューの中で資金の70%が麻薬から来ると認める.

3.08 左翼ゲリラが刑務所などを襲撃 囚人100人脱走.

3.15 America Onlineの共同創設者ジェームズ・キムゼー、マルランダと面会するためDMZに赴く。会談の目的は、新技術と国際的な投資の流れによって作られた世界経済の変化について、ゲリラを教育することである。

3.17 コロンビアの最も重要なビジネスマンを含む“ロス・カカオス”グループがDMZを訪問。マルランダおよびFARC指導者と会談。

3.21 左翼ゲリラが発電所を襲撃.ボゴタを含む広い範囲が一時停電.

3.25 FARC,非合法下に政党「新コロンビア・ボリーバル運動」を創立.100人からなる愛国評議会を作り,全国書記局メンバーが指導する.

3.27 FARC部隊がチョコ州Vigia del FuerteとBojayaを襲撃。国家警察兵21名を殺害、市民にも犠牲者を出す。

3.30 爆弾テロで4人死亡,14人が負傷.

3月 政府とELN,1ヶ月間に三回の会談.ハバナで1回,カラカスで二回.

00年4月 ELNと会談地帯の設置で合意

4.04 ボヤカで政府軍とFARCの衝突。ゲリラ17人が死亡。 

4.11 政府とFARC,DMZのロス・ポソスで「市民公聴会」を開催.失業問題を主題とする.会議は企業側と労組指導者の激しい論争によりまとまらず.ただし両者ともに、FARCに対して誘拐作戦の停止と紛争における国際人道法の尊重を要請。

4.12 パストラーナ、アメリカを訪問しオルブライト国務長官と会談。コロンビア計画支援法の米議会通過への協力を要請する。

4.13 パストラーナ大統領,ロンドンを訪問.コロンビア計画と和平交渉に対する英国の支持を求める.英国は,①和平交渉に対するEUの支持を動員する,②6月にロンドンで,利害関係を持つ党の会談を主催する,と申し出る.

4.13 政府・FARCの交渉責任者、「無期限の停戦協定案が俎上に載せられている」と報告。政府が右翼パラミリタリーの戦闘を抑止できるか否かが最大の焦点となる。

4.13 ELN,セマナサンタの10日間,一方的停戦を宣言.

4.15 第二回目の「市民公聴会」がロス・ポソスで開催される。

4.19 オスロのラウル・レジェスFARC代表が新聞とのインタビュー.相互停戦の提案内容を概説する.和平交渉にあたっての条件はすべて外される.

4.24 FARC,和平実現後を目指し,愛国同盟に代わる合法政党「新コロンビア・ボリーバル運動」を旗揚げすると発表.地下では、コロンビア共産党から最終的に分離し、93年以来の二重構造を解消。もうひとつのコロンビア共産党を立ち上げる。

4.24 政府とELN,緊張緩和地域の設定で合意.サン・パブロ,カンタガジョ(ボリバル州南部)およびヨンド(アンティオキア州)の間,のべ4,727平方キロメートルの地域を指定する.協定の施行を監視するため,国内外の検証団が入ることとなる.

4.25 FARCのJorge Briceno Suarez(モノ・ホホイ司令官),「法令第二号」を発表.『平和税』を「合計資産が100万ドルを上回る」すべての裕福なコロンビア人に課す.支払わなければ誘拐するという脅迫が添えられる.

4.25 政府,ELNの要求を認め,「会談地帯」(zona de encuentro)の設置で合意.和平会談と国民公会の開催場所を保障するという名目.ボリーバル州南部とアンティオキア州東部にまたがる4,700平方kmの地域が設定される.当面9ヶ月の期限つきとし,何らかの国際検証を含むことを条件とする.

4.26 ビクトル・リカルド,平和問題高等弁務官を辞任,英国大使に転出.後任には政府側交渉団員の一人カミロ・ゴメス.リカルドは「和平交渉がもはや後戻りのできない地点に達した」ことを辞任の理由とするが、多くの観測によれば、頻繁な死の脅迫が彼の決定に影響したと見られる。

4月 ボゴタの刑務所で受刑囚同士の抗争。武器を所有するAUC系囚人が26人を殺害、18人に傷を負わせる。

00年5月 FARCとELNが和平案を発表。

5.17 ボヤカ州チキンキラーで女性が首に爆弾を巻かれ殺害される。パストラーナ大統領は、真相解明まで和平会談を中断。FARCの犯行との確証がないことから、数日後に交渉を再開。

チキンキラーの虐殺: FARCが7500ドルの革命税支払いを拒否した52歳の女性酪農経営者エルビラ・コルテスの首に、時限爆発装置をつけた爆薬入りの塩ビパイプを巻きつけ、爆殺した。パイプを取り外そうと9時間も奮闘していた爆発物処理専門の兵士5人も死傷した。(伊高による)

5.26 ELN、「国民協定案」を発表。

5.30 マスコミがFARC側の停戦提案の詳細を一斉に報道.①両者による攻撃的な作戦の完全停止.②FARCを交戦団体として承認すること.③FARCに毎月百万ドルの維持助成金の支払い.④FARCが集中する特定の農村地帯の非武装化.政府とFARCは,7月3日に会談を開き,敵意の休止そして停戦に関する提案を交換することに同意する.

00年6月 DMZで初の国際会議

6.02 マグダレーナ川中部地域の地方住民,ELN会談地帯の設定に抗議する.政府は,住民との協議なしで会談地帯を結成しないことに同意.

6.02 FARC,行政上の腐敗を厳しく取り締まる「法令第3号」を発表する.政府は,「FARCには法令を発布するような権限や強制力はない」と非難.

6.06 政府,ELNとの政治折衝を再開.またFARCの支配地帯をさらに6ヶ月延長すると発表.

6月中旬 AUC,政府の交渉担当者がFARCに対してあまりに寛容過ぎると非難.

6.17 ELN,政府,ボリーバル州南部地域の当局が合同会議.会談地帯の創設に対する地方住民の心配への対処について議論.

6.19 ロンドンでコロンビアに関する国際会議.英政府が主催し,コロンビア政府代表のほか米国,EU,スイス,ノルウェー,日本,カナダ,IDB,世界銀行,国連事務総長のコロンビア問題特別代表が出席.和平交渉に対する国際支援の調整を討議する.会議にはアムネスティなどのNGOも参加.

6.22 ボリーバル州南部の非武装地帯で,政府とELNの会談.両者は,ヨーロッパで交渉を続け,「友好・促進国グループ」の結成により国際的な支援も得ながら,議論を進めることに同意する.

6.26 FARC、アルヘシラス(Algeciras)を攻撃。

6.29 日本を含む22の諸国と国際組織の代表が参加して,FARC支配区でのコカインに代わる代替開発と環境に関する「公聴会」が開かれる(カグアン).米国は欠席.「公聴会」では,FARCの侵した人権侵害の事例に対して強い国際的非難が集中.FARCは衝撃を受ける.

6月 カスタニョ,西部のコルドバ州ヌド・デ・パラミジョの基地から,ELNの根拠地サンルカス山岳地帯のふもとに移転し,基地を建設.「1年以内にサンルカスからゲリラを追い出す」と宣言.支配下の村に「アソシパス」,「ノ・アル・デスペヘ」のふたつの反ゲリラ運動を組織し,緊張緩和地域の指定に反対する策動を展開.

この作戦は同地域のコカ権益確保のためといわれる,元軍最高司令官ハロルド・ベドヤと北部元アンティオキア州知事アルバロ・ウリベ・ベレス,ウンベルト・マルティネス内相が背後で動く.

6月 コロンビア北部で最大級の油田があらたに発見される.オクシデンタル石油会社は「新規石油開発のための治安を強化するため」に軍事作戦の拡大を提唱.プラン・コロンビアを推進するよう強力なロビー活動を展開.

2000年7月 プラン・コロンビアが発効

7.03 政府とFARC,停戦提案の密封文書による交換.相互の検討のため1ヶ月の猶予期間がおかれる.政府は,敵意(誘拐,強要,その他を含む)の全般的な休止を望むが,FARC側は,より限られた相互的な停戦を提案.

7.06 メディアで,FARC地帯に子どもをふくむ多くの誘拐人質が拘留されているとの報道.コロンビアの経済団体は,市民誘拐作戦が停止されない限り,FARCとの和平協議は停止すべきであると声明.

7.06 マドリードでコロンビアに関する国際会議.IDB,国連,スペイン政府が後援する.和平交渉に対する強い政治的な支持が表明される.国連は1億3千万㌦,スペイン1億ドル,ノルウェー2千万ドルの供与を提示.日本は7千万㌦の長期低利貸し付け,IDB・世界銀行・Andean Development Corporationは3億ドルの融資を提案。

7.07 パストラーナ大統領,検事総長に対し,FARC地帯におけるFARC犯罪(未成年者の誘拐)を調査するようもとめる.

7.08 ボリーバル州で政府軍とELNが武装衝突.29人が死亡.

7.12 政府とFARC,FARC地帯において4月前半以来16回の公聴会が持たれたと発表.8月中旬までにさらに7回の公聴会が予定される.

7.13 パストラーナの「社会再生開発総合計画」に対する13億ドルの支出法(プラン・コロンビア)が、米議会で承認される.クリントン米大統領が法案に署名.

コロンビア支援支出法の内容: 「麻薬業者および麻薬取引を保護し利益を得ているゲリラとたたかう」ことを目的とする.①コロンビア南部での対麻薬作戦のためブラックホーク16機,新型のヒューイ30機が供与される.②コロンビア軍の対麻薬部隊2個大隊の創設のために訓練・資材の援助.国家警察への援助,③人権・司法改革・代替作物のための援助,などを柱とする.

7.20 ガビノ司令官の暫定基地で,ジュネーブ合意の検証のためELN,政府の和平特使,市民代表が会談.場所はサンルカス山岳地帯のエル・ディアマンテとバレシトの間のポイント.

7.21 和平会談破壊を狙うAUCと,ELNの武装衝突.約100人が死亡.一連の攻撃で,バレシトとエル・パライソのELN基地は壊滅.エル・ディアマンテも甚大な被害を受ける.

7.24 ジュネーブで民間代表を交えた政府とELNの和平予備交渉.「友好国グループ」の創設を確認(スイス,ノルウェー,フランス,スペイン,キューバ).国民公会(平和のための国民合意を目指すコロンビア会議)や公式和平会談の日取りについては合意に達せず.

7.24 FARC、ナリーニョ州とマグダレナ州で政府機関を襲撃。ナリーニョ州では警察軍11名が殺害される。

7.25 AUC,兵士200名を動員しELN掃討作戦.ガビノ司令官の基地に対して一斉攻撃.数時間にわたりガビノ司令官は生死不明となる.ジュネーブ会談は即時中止となる.AUCの実体は政府軍のグアネス部隊やエロエス・デ・マハグアル部隊.

7.27 検察庁,98年5月のプエルト・アルビラ虐殺事件で,軍幹部三人を正式に告発.準軍事組織の暴行に対し,充分な予防措置を取らなかったことの責任を問うもの.

7.30 FARC,カルダス州アルボレーダで警察を襲撃.警官13名が死亡.

2000年8月 AUC(実体は軍)、ラス・ルカス山地のENL基地を攻撃

8.03 コロンビア国家公務員全国連合(フェナルトラセ)がゼネストを指示.70万人の政府職員が民営化政策に抗議し,24時間のストライキに入る.

8.06 AUC,300人の部隊でミナ・カリベとミナ・ガジョを攻撃.主体はグアネス部隊.ラ・グアラペラにある禿山の頂を占拠するが,ELNの反撃によりミナ・ビエハ方面に撤退.全日続いた迫撃戦で,双方合わせ58人が死亡.ミナは鉱山の意.ラスルカス山地は金鉱が点在する.

8.11 ELN,米国人ら26人を誘拐.

8.15 政府軍による誤射事件.子供6人が死亡.

8.17 政府,和平交渉の実質的進展を目指し「全国平和評議会」を復活させる.70人からなる諮問機関で当初98年に創設されたが,その後の闘争激化の中で無力化していた.

8.17 パストラーナ大統領,平和問題に関する大統領顧問委員会を創設.これと並行して,和平会談の主題別委員会に対応する次官級の担当者を指名し,住民対話のためFARC地帯に送り込む.矢継ぎ早の決定の背景に,和平会談の停滞へのあせり.

8.18 左翼ゲリラの爆弾テロで子供二人が死亡.

8.22 市民運動団体が9月日から1週間の停戦を呼びかける.カスターニョ,ゲリラが応じるなら一時停戦を行なうと声明.

8.24 サンタフェ・デ・ボゴタ,ふたたびボゴタ市と改称.

8.26 対FARC和平会談のテーマ別委員会,4月から23回の公聴会が開催されたと報告.経済成長と雇用抄出に関する討論の概要は,政府とFARCの交渉者に提出される。

8.30 クリントン,コロンビアのカルタヘナを訪問.麻薬取締まり支援を表明.「プラン・コロンビア」(総額75億ドル)への国際支援が決定したと発表.滞在時間はわずか10時間.FARCは米国がコロンビアをベトナム化しようとしていると抗議.ゲリラのクリントン訪問抗議行動で20人が死亡.

8月 コロンビア計画支援法に基づき、米軍事顧問団83人がトレス・エスキナスに配備される。特殊部隊は二個大隊規模に増強される。

2000年9月 マングローブ作戦の開始

9.01 ブラジリアで南米諸国サミット.コロンビアの和平交渉を支持する決議.

9.02 1日深夜から2日未明にかけラス・ルカス山地で軍とELNとの大規模な衝突.発表によれば,軍用機が墜落するなどして政府軍15,ゲリラ62人が死亡.

9.07 平原地帯のウワ族(U'wa)の住む土地で石油油田の掘削が始まる.開発に反対して占拠した先住民を警察が強制排除.

9.08 FARCのアルヌビオ・ラモス,脱獄の後国内路線の旅客機をハイジャック.カグアンに強制着陸させる.FARCは、犯行はラモスの自発的計画によるものであり、FARCに責任はないとしつつ、政府のラモス引渡し要求を拒否.

9.09 政府はラモス問題の解決まで和平会談を凍結.FARCもパラミリタリーの泳がせ政策に抗議して会談参加を拒否.

9.12 米国の支援を受けた麻薬取り締まり警察の部隊,エクアドル国境近くのナリーノ州で「マングローブ作戦」を展開.飛行機から枯葉剤Glyphosateを散布.ゲリラの反撃を防ぐため,3機のブラックホーク型武装ヘリが警戒にあたる.

マングローブ作戦の実態: ナリーノ州平和評議会のアルフォンソ・パアルドは,当局が先住民を暴力的に追い出し,マメ畑に枯葉剤を散布した.約6千の農民が食料も持たずにエクアドル領内に逃げ込んでいる,と報告.

9.14 アンティオキアで3日間にわたり政府軍とFARCが衝突。政府軍19人、ゲリラ7人が死亡。

9.17 ELN,カリ近郊で大規模な民間人誘拐作戦を展開.市民ら45人を誘拐.産業協会(ANDI)は政府に,全ての誘拐犠牲者が解放されるまで ELNとの接触を停止するよう要求.

9.20 ラスルカス山地のELN拠点に侵入したAUC部隊,ラ・トレハ,シミティ,サン・ブラス,モンテレー,ポソ・アスルなど全線で戦況不利となり撤退開始.撤退には政府軍のブラックホーク輸送ヘリがあたる.

9.22 AUC,二つの村を襲撃.住民10人以上が死亡.村の有力者を八つ裂きにし,見せしめとする.

9.24 FARC、コロンビア計画にもとづく軍事作戦の中止を要求し、南部プトゥマヨ州で「武装ストライキ」作戦を展開。州内の交通路をすべて遮断。米国の支援する反麻薬攻勢に対抗するもの。孤立した町と村落は、食物、ガソリンと飲料水の厳しい不足に悩む。

2000年10月

10.09 メディアがFARCの3項目提案を報道.ゲリラに捕らえられた警察官・兵士500人の解放を提案.議会は恒久的な「捕虜」交換法を承認.中立国で拘束されたゲリラと軍・警察兵士の交換を,その都度承認することとなる.

10.16 ブラジルにおけるFARCスポークスマンであるフランシスコ・アントニオ・カデナス(別名オリベリオ・メディーナ),当局に一時逮捕される.パラナ州フォス・ド・イグアスーの連邦裁は,カデナスの釈放を認め滞留を許可.

10.16 コスタリカのサンホセで,『平和,人権,国際人道法に関する国際会議』が開かれる.和平交渉支持のNGOの連合「Paz Colombia」が主催.産業界をふくむコロンビア民間組織,ラミレス・オカンポ経済発展相を代表とするコロンビア政府,ELNが参加.諸国の外交関係者がオブザーバーとして列席.FARCは保安上の理由から出席を拒否.「会談はFARC地帯における会談を無力化しようとする試みである」と非難.

10.17 コスタリカの国際会議で,民間組織・政府・ELNが共同声明.武装闘争を平和的交渉により解決すること,とりわけ検証問題および人道問題での合意事項を早急に実施することをうたう.「パス・コロンビア」は100日間の停戦をもとめ,「コロンビア計画」を非難する独自の声明を発表.

10.19 AUC,パストラーナ大統領への公開状.いかなる政府―FARCの捕虜交換協定にも反対,コロンビア計画が政府・FARCの交渉を洗い流しつつあると声明.

10.21 AUC,国会議員7人を誘拐.うち一人は前国会議長で議会停戦使節団長のミゲル・ピネード.カスターノはFARCと政府の停戦交渉にAUCも加えるよう要求.

10.23 政府とFARC,ハイジャック問題解決のため特別委員会を設けることで合意.和平交渉と公聴会が再開されることとなる.

10.23 ブラジルのカデナスFARC代表,コロンビア国外への軍事攻撃を実行するつもりはないと声明.同時に隣接国の紛争介入に対し警告.

10.24 ボゴタで第二回コロンビア問題諮問国会議が開かれる.欧州委員会は和平実現のため,6年間で1億500万ユーロの支援パッケージを発表.日本は代替作物プロジェクトに1億ドルの供与を提案.

10.26 政府とFARC,FARC地帯で会談.「収入分配と社会開発」について,公聴会の第二ラウンドを開催することで合意.相互の停戦提案のすり合わせは11月に実施されることとなる.

10.27 アムネスティ・インターナショナル(AI)、ELNを非難する声明。

10.29 地方自治体選挙が行われる。FARCが防害作戦を自制したことから、一部地域での散発的戦闘を除き、ほぼ平穏に終わる。ダベイダではFARCが軍・警察に対して攻撃。兵士・警官ら54名を殺害。救援に向かったUH-60 Black Hawkヘリが撃墜され、乗員・兵士22人が死亡。

10.29 FARC,アルト・シヌのエンベラ・カティオ先住民居留区を襲い,住民二人を射殺.ここの住民運動家は5~6月には右翼武装勢力にも殺害されている.

2000年11月 AUCがアイティオキアで攻勢

11.01 ラルフ・ネイダー米大統領候補は,オクシデンタルに対し,ウワの土地での採掘プロジェクトを中止するよう呼びかける.

11.01 「コルドバ・ウラバ自衛隊」(ACCU),アンティオキア州イトゥアンゴで農村を襲撃.農民8人を殺害し村を略奪し焼き払う.400人の村人は村を離れる.3日には,AUCのコマンド部隊がアンティオキアの三つの村を襲撃.27人を殺害.4日には,バランカベルメハ近郊の村で7人を殺害.犠牲者はいずれもELNシンパと目されていた.

11.03 米国の石油 会社「オクシデンタル石油会社」,北サンタンデル州の先住民 ウワ族居住地区で採掘試験を開始.推定埋蔵量は約20億バレルといわれる.この試験は半年前に予定されていたが,差し止め訴訟や先住民の抗議,ゲリラの襲撃などにより大幅に遅れていた.

11.07 デ・ラ・カジェ内相とカスターノの間に合意成立.AUCによって誘拐されていた5人の国会議員(すべて自由党)が解放される.その後保守党の二人も解放.FARCはこの会談を強く非難.

11.09 パストラーナ大統領,野党自由党オラシオ・セルパ委員長と会談.暴力に対する共同の戦線の結成で一致したと発表する.セルパは「和解交渉を引き続き支持するが,成果のない対話には意味がない.ゲリラの非妥協性は多くのコロンビア人を軍事解決の道へと追い込んでいる」と非難.

11.14 FARC,政府とパラミリタリーの談合を強く非難。政府がパラミリタリーに対して何らかの行動をとるまで,和平交渉を中断すると発表.

11.14 ペルー特別捜査官ウガスによれば,89年の大統領選挙において,コロンビアのエスコバル一家からモンテシノスを通じて,フジモリ陣営に100万ドルの資金が流れた可能性があるという.ただし,89年にはフジモリとモンテシノスの間につながりはなかったという見方が圧倒的である.

11.14 エスコバル一家の一人ロベルト,コロンビアの「カンビオ」誌とインタビュー.86年から92年にかけて,モンテシノスと数度にわたり麻薬取引したと述べる.

11.15 FARC、政府が準軍事的なグループに対しより強硬な処置をとるまで、和平プロセスを一方的に凍結すると声明。

11.21 ベネズエラ国会でコロンビア計画についてのフォーラム.FARC代表が会議に出席したことからコロンビア=ベネズエラ両国関係が悪化.一時大使の召喚にまで至る.

11月 ELN、9月の誘拐作戦による人質をすべて解放。

11月 プトゥマヨ州オリートの市長カルロス・フリオ・ロサスが暗殺される。2000年に入ってから17人目の市長暗殺。

11月 米下院における援助計画の支持者ベンジャミン・ギルマン議員、麻薬対策議連のバリー・マカフリーへの手紙で、「この計画は重大な失敗」と述べる。

2000年12月 組合指導者ボルハへの襲撃事件

12.01 カミロ・ゴメス政府側主席、マルランダと会見。公式には交渉「凍結」のまま話し合いを進める。

12.01 パストラーナ,幅広いベースの全国平和評議会を召集する.評議会は和平交渉を支持し国際人道法を遵守することで合意.

12.03 エル・ティエンポ紙の世論調査.76%がFARC地帯の更新に反対,83%がFARCは平和に関心を持っていないと答える.

12.06 パストラーナ,FARCとの交渉再開とELNとの交渉開始で実質的合意に達したと発表.FARC地帯の延長に同意する.ただし期間は大幅に短縮され,01年1月末までとされる.

12.06 FARC、政府側の姿勢に応じ、プトゥマヨ州の道路封鎖作戦を解除。

12.12 ホルヘ・モーラ国軍総司令官、「求められればいつでも、FARC非武装地帯を取り戻す準備ができている」と発言。

12.12 国防相ルイス・フェルナンド・ラミレス,「若干の将校が,小遣い稼ぎで準軍事的なグループに参加した」と語る.

12.15 パリでEU三カ国とFARC代表が会談.EUはすべての人質の解放,政府との交渉の早期再開,人道憲章の合意を促す.

12.15 労組活動家ウィルソン・アルフォンソ・ボルハ・ディアス,ボゴタ市内の自宅前で殺し屋の襲撃を受ける.三発の銃弾を撃ちこまれるが,奇跡的に死を免れる.ボルハはコロンビア国家公務員全国連合(Fenaltrase)議長で,共産党のルイス・エデュアルド・ガルソンらと,総選挙に向け「社会政治戦線」を結成.下院議員に当選していた.またボルハは、和平委員会のメンバーとしてELNとの和平交渉に取り組んでいた。

12.18 統一労働者連合(CUT),民主労働者総連合,コロンビア労働者連合(CTC)は,ボルハ襲撃に対する抗議のストを呼びかける.ボルハは療養のためキューバに向かう.この年だけで、労働運動指導者300人など約千名の労働組合員が襲われ、そのうち128人が殺害された。

12.19 対麻薬部隊2個部隊,プラン・コロンビアの最初の作戦として,6週間にわたりプツマヨで枯葉剤散布作戦を展開.6万2千エーカーのコカが破壊されたと発表.

グリホサート除草剤
85000ガロンにのぼると見積もられるグリホサート除草剤が,100フィートの高さから定期的に散布された.散布されたグリホサートの量は1エーカーあたり5リットルであり,通常の推奨量1リットルを大幅に上回る.
製造元のモンサント社は,10フィート以上の高さからの散布に注意を促している.モンサント社によると,高所から散布すると飛散の恐れが増し,「非常にわずかな量でさえ隣接する地域の穀物にダメージを与える」 

12.23 ハバナでELNと政府代表の和平交渉.ガビノ司令官がELN代表として出席.和平特使カミロ・ゴメスは,緊張緩和地域を正式に設置し,AUCの軍事行動に対する取締りを行う意向を表明.ELN,一方的に45人の誘拐兵士と警官を解放する.指導者は「平和のためのポジティブな意思表示」と説明.

12.26 パストラーナ大統領,中部マグダレーナ地域の地方住民コミュニティと会見.ELN地帯創設の提案について議論する.

12.29 下院平和委員会議長で自由党幹部のディエゴ・トゥルバイ,母親と三人の護衛,記者一人が,カケタ州フロレンシアのハイウエイで武装グループにより殺害される.警察はFARC第14戦線の犯行と発表.

12月 コロンビア・ブラジル共同のコブラ国境作戦.ブラジル軍隊は6,000人を動員.コカインとの関連が疑われる滑走路9本を破壊し,コカ1.3トンと麻薬業者の一味と疑われる26人を逮捕.

2001年

2001年1月 AUCが浄化作戦を強化

1.07 マルランダ司令官,和平会談開始2周年にあたり声明。政府との最近の接触を「お互いが違いを狭める方向で努力しており,丁重かつ建設的」と評価.「これから何か生じるだろう」と予測.さらに病気の囚人の交換に関する合意ができれば,一方的に警察・兵士捕虜を解放すると発表.新聞各紙はその数100ないし150と推定.

1.09 ナリーニョ州のバイエルン・ビール社の組合書記長が覆面した男たちに襲われる。社長が書記長に直接、死の脅迫。

1.13 政府とELN,会談地帯のための詳細な基礎的ルールで同意.当面9ヶ月間,ボリーバル州南部の3,500平方kmから軍の撤退を定める.これに代わり国家司法当局が特殊警察部隊とともに残留することとなる.ELNはこの地域での資金強要や誘拐を停止.100人のコロンビア人,50人の国際メンバーからなる検証委員会の監視を受け入れる.ELNのベルトラン司令官は,政府との相互停戦の可能性を示唆する.

1.13 政府と中部マグダレーナ地域の住民の話し合いが不調に終わる.住民組織はELN地帯の設定に強い不満を表明.パラミリタリーはELN地帯の設定を拒否すると声明.ELNの支配区での浄化作戦を強化.

浄化作戦の一端: 14日,セサル州のバジェドゥパルで,8人がAUCによって殺される.犠牲者は,家族の目前で殺害されたという.グアヒラ州サンフアン・デ・セサルでも農民七人が殺害される.ノルテ・デ・サンタンデル州サルディナータでは少なくとも6人が殺される.15日には,カウカ州カヒビオで少なくとも10人が,AUCにより殺害される.17日にはスクレ州チェングエで,AUC部隊が農民24名を殺害.10名を誘拐.

1.17 マルランダ司令官,誘拐した兵士・警官500名の解放の条件としてFARC地帯の無期限延長を要求.少なくとも02年8月までのパストラーナ大統領の任期中の継続を求める.

1.18 チョコ州フラード郡で,エンリ・ペレア郡長(先住民社会同盟)が公務中に射殺される.ペレアは1月1日に就任したばかりだった.先住民社会同盟はFARC第57戦線の犯行と非難する声明.

1.19 クリントン政権,「コロンビアにおける人権報告」を発表.パラミリタリーと軍の人権侵害は止まらず,昨年夏実施されたコロンビア軍への緊急援助13億ドルは,有効に機能しなかったとする.この後ブッシュ政権に移行。

1.19 AUC,アンティオキア州サンタ・バルバラで少なくとも6人を殺害.AUCのサンタバルバラ襲撃はこれまで15回に達し,延べ170人が殺害されている.

1.20 AUCのカスターノ司令官,ボリーバル州南部のELN地帯設置を拒絶すると声明.代案としてコルドバ州の1県を非武装化するよう示唆.ここはパラミリタリーの伝統的な拠点.

1.23 FARC、会談再開に関する政府提案を拒否。

1.23 軍当局、戦闘再開に備え、対ゲリラ部隊600名をDMZ付近に配置する準備を完了したと声明。

1.24 バチカン法王庁、軍事的敵対行為の休止を訴える。

1.26 メデジン郊外のコパカバーナで、教員組合のウォルター・ディオネ・ペレアが自宅を襲われ殺害される。

1.31 パストラーナ,停戦期限の当日,FARC地帯をさらに4日間延長し,その間にマルランダとの直接会談を求める.

2001年2月 パストラーナとマルランダの直接会談

2.01 AUCの「グスタボ司令官」,ボリーバル州のELNに対する攻撃を開始.元国軍司令官ベドヤが背後で策動し,政府軍の出動を促す.AUCに先導された軍部隊が,1ヶ月にわたりゲリラの分隊と衝突を繰り返す.この間,住民の集団殺害(マチュカ村),家畜の略奪などがあいつぐ.AUC,「ゲリラの手先で国の裏切り者」として,104人の労働組合員を軍事標的とすると宣言.

2.01 コフィ・アナン国連事務総長、和平交渉の継続を訴える。

2.02 マルランダ司令官,囚人交換,準軍事的組織,コロンビア計画に関してパストラーナ大統領との直接会談を示唆.

2.03 パストラーナ,FARC地帯を電撃訪問.外相と内相のみが同行.

2.05 政府軍,AUCのコカイン取引に本格介入.3500人を動員した「ボリーバル作戦」を発動.作戦の目的は「AUCを叩き,コカインの製造工場を破壊する」こととされる.2カ月の作戦中で戦闘は皆無.コカインもまったく回収されずに終わる.サンタ・ロサ基地から15キロのコカイン精製工場は,1週間前に事前通告を受け,カウカシアのAUC貯蔵基地までヘリでコカを運び出していた.(一説ではボリーバル作戦は「ELN会談地帯」の予定地域に対する掃討作戦とされる)

2.07 ボルハ暗殺未遂事件で、カルロス・フレディー・ゴメス警部が逮捕される。ほかに警察官3人と陸軍将校10人が検挙される。

2.08 パストラーナとマルランダが2日間にわたり直接会談.和平交渉を継続することで合意に達する.会談の行なわれた場所にちなみ,「ロス・ポソス協定」と呼ばれる.この合意にもとづき,FARC地帯は10月9日までの8ヶ月間延長される.

ロス・ポソス(Los Pozos)協定の柱: 
停戦と敵対行動の終結を目指す和平交渉の再開,特別委員会の設置,パラミリタリーの解体への方向で合意.紛争の強度を下げ,会談のこれ以上の中断を避け,交渉のペースを速めることでも合意.また定期的に国際社会の代表者と会談し和平交渉の経過について報告することを申し合わせる.
一説では、ロスポソス協定は昨年締結された13項目協定を指し、今回はその復活が確認されたものとされる。

2.10 カニョ・フリオで緊張緩和地域の設置を支持する農民数千人がデモ.政府軍は戦闘機の機銃掃射で応える.

2.12 軍事法廷,マピリパン住民虐殺事件の責任を問い,ハイメ・ウスカテギル大佐に40ヵ月の服役を宣告.初めて高級軍人がパラミリタリーとのつながりのために有罪と判決される.

2.14 FARC、カウカ州Neiva刑務所を襲撃。19人の囚人を解放.

2.16 FARC地帯において公式和平交渉が再開される.雇用創出と収入分配,停戦と敵対行動の終結,支持委員会の立ち上げについての議論が行なわれる.

2.22 自動車部品大手の矢崎総業の現地法人「ヤザキ・シーメル」副社長の村松治夫さん,ボゴタ市内を自動車で帰宅途中に,警察官を装った「誘拐屋」の2人組みに誘拐される.身柄は10日後、FARCに25万ドルで引き渡される.FARC側は身代金として500万ドルを要求.その後現在(06年)まで、村松さんは行方不明のまま。

2.27 パストラーナ、ワシントンを訪れブッシュと会談。FARCとの和平交渉における米国の役割発揮をもとめる。ブッシュはパストラーナ提案を拒否。

2月 ELN会談地帯の設置に反対する住民2000人が道路封鎖作戦で抗議.政府は,コミュニティとの合意なしに地帯を創立しないことで同意.

2月 ブッシュ政権,「米国企業の危険を伴うビジネス投資を保護する」ためのコロンビア軍部隊を創設すると発表.オクシデンタル石油の「カニョ・リモン」パイプラインを左翼ゲリラによる攻撃から守ることが主目的とされる.武器と訓練費用のために,議会に9800万ドルを要求.

2月 欧州議会,パストラーナ=マルランダ会談を評価.474対1でプラン・コロンビアに反対の決議.

2001年3月 ブッシュ政権,FARCを「最も危険な国際テロリスト」に指名

3月初め ELNは,ボリーバル州南部での会談は保安上信頼が置けないとし,一方的に和平会談を停止.

3.08 ロス・ポソス協定にもとづき,FARCが国際社会の代表者を招待.ロスポソスでマルランダによる状況説明会が開かれる.20カ国の大使、国連・EU・OASなどの代表が参加するが、米国は参加を拒否。

3.09 ロスポソス会議参加の諸国の中から、ベネズエラ・キューバ・メキシコ・カナダ・欧州6カ国(フランス、イタリア、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、スイス)の10カ国が、「友好国グループ」として仲介委員会を構成。交渉を国際的に保障し、側面援助することとなる。

3.30 コロンビア政府は、ELNとの交渉再開の機が熟しつつあると声明。

3月 ブッシュ大統領,オットー・ライヒを中南米担当国務次官補に指名.オットー・ライヒは83年から国務省の公共宣伝局(OPD:Office of Pulic Diplomacy)主任をつとめ,コントラのイメージアップとサンディニスタのイメージ・ダウンに尽力した.87年イラン・コントラゲートに連座し失脚.ライヒの下にエリオット・アブラムズとジョン・ネグロポンテが集まり,中南米政策の策定にあたる.

3月 ブッシュ大統領,議会に対し麻薬撲滅作戦に関する報告.米国による軍事援助の制限条項をすべて解除するよう求める.

3月 米国務省の対テロリズム調整官フランシス・テイラー,FARCを「西半球に本拠地を置く最も危険な国際テロリスト」と指名.麻薬貿易への関与をもってFARCを国際テロ組織であるとする立場を正当化.

3月 米ドラモンド社の所有する北部のロマ鉱山で,社員の乗ったバスがAUCに襲われる.バルモレ・ロカルノ・ロドリゲスとヴィクトル・ウーゴ・オルカシタが「処刑」される.この2名は,鉱山労働組合の組合長と副組合長であった.ドラモンド社は,準軍組織の脅迫があるので鉱山で寝泊まりしたいという労働者の要求を拒否していた.

2001年4月 AUC、サン・ルカスへの第二次攻撃

4.05 「友好国代表団」と政府・FARCの代表が会談。友好国代表団の活動ガイドラインを創設する。政府とFARCは人道主義に基づいて可能な限り交渉を続ける努力を約束。FARCは500人の兵士・警察官とFARC囚人の交換を求め、85人の囚人リストを提出する。

4.07 検察当局、 カリの第三旅団幹部がボルハ暗殺未遂事件に関係していたと断定。

4.10 800人からなるAUC部隊が,再びラス・ルカス山地に侵入.サン・パブロ,シミティ,サンタ・ロサ,モラレス,アレナル,モンテクリストなどで激しい戦闘.エル・パライソ,エル・ディアマンテ,バレシトは再び灰塵に帰す.

4.12 カウカ州のパラミリタリー部隊が,アルト・ナヤ村で住民130人を虐殺.そのほか4月だけで150人の先住民や黒人を殺害.遺体の大部分は行方不明.

アルト・ナヤの虐殺: カリーマ戦線を名のる部隊約90人がアルト・ナヤの集落を包囲。住民を集めゲリラ協力者は皆殺しにすると宣言。マチェーテで喉をかき切り、チェーンソーで死体を切断した。村人は1時間歩いて第三旅団本部まで行き、救援を要請したが、兵士は「我々は知っているが、命令はない」と出動を拒否。

4.17 FARC,カケタ州フロレンシア刑務所を襲撃.壁を吹き飛ばし35人の囚人を解放.

4.18 ベネズエラのチャベス大統領、コロンビア政府とELNとの交渉に、会談場所の提供などで協力すると提案。

4月 AUC,ラス・ルカス山中サン・ロレンソに前進基地を建設.数百名の兵を配置する.ELNをFARCのマグダレナ・メディオ部隊数千人が支援.合同部隊はFARCのパストル・アラペ司令官とELNの「ガジェロ」司令官の指揮のもと,サンロレンソ基地を破壊.別の合同部隊は,ノ・テ・パセス=パティオ・ボニト基地を破壊.マルコス司令官の率いるELN精鋭部隊はバレシトを奪回.このほかポソ・アスル,ブエナビスタ,カニャブラバル,ラ・プンタなどを攻撃.FARCのアラペ司令官は「政治的,思想的な違いを保留してELNに加勢した」と述べる.

4月 ELNは会談の無期限の停止を発表.政府の安全確保に対する「意志の不足」を厳しく批判.

4月 国務省副長官リチャード・アーミテージ,下院予算委員会外交活動小委員会で証言.アルカイ-ダとヒズボラーが,エクアドル・コロンビア・ペールの国境地帯で活動していると主張。エクアドル政府は,この主張を「ナンセンス」と批判.

4月 米国務省,「世界のテロリズム2000」を発表.AUCが初めてテロリストのリストに上げられる.コロンビアにおける市民虐殺と人権侵害の大多数はAUCによるものであり,誘拐と麻薬取引にも関与していると認められる.いっぽうで、「米国の安全の脅威とならない第二集団に分類されるテロ組織」とし、事実上容認する姿勢を示す。

4月 国務省のハル報道官は,AUCをテロ集団にリストアップしたことについて,「昨年,活動が劇的に活発になり,誘拐や一般市民の殺害といったテロ行為へと戦略を変えていく傾向が見られたからだ」と述べる.

4.21 フェルナンジーニョ・ベイラマル(本名はLuiz Fernando da Costa)、コロンビアに潜入しビチャーダ州上空を軽飛行機で飛行中、コロンビア空軍により強制着陸させられ逮捕される。コカインと引きかえに武器をFARCに売る予定だったといわれる。

フェルナンジーニョ(33): 「ブラジルの麻薬王」といわれる。リオの三大麻薬マフィアのうちのひとつ「赤いコマンド」の最高幹部。リオ北部のスラム街シダージ・ジ・デウスを地盤とする。現在も刑務所内からマフィア組織を仕切っているとされる。

2001年5月

5.07 FARC,Caloto県(Cauca州)で刑務所を襲撃.ダイナマイト,機関銃,ロケット弾,ランチャー・ミサイルを使い入り口を爆破.FARCメンバーを含む61人の囚人を解放する.2日前にカロトでパラミリタリーにより農民七人が殺害された事件に対する報復作戦.

5.11 FARCと政府代表、パラミリタリー排除の計画を立案する委員会、非武装地帯の状況評価委員会を創設。

5.15 医療・教育予算を削減し,民営化をねらうIMF関連法案に反対して,30万人の教師がストに入る.医療労働者13万人も部分ストを打つ.教師たちは,連邦の財産を州や県に委譲する「財産譲渡法」の改正に反対して闘っている.

5.15 先住民ら2万5千人がカウカ州の州都ポパヤンを出発.55キロ先のバジェ・デル・カウカ州都カリに向けて行進を開始.相次ぐ住民虐殺に抗議することが目的.

5.16 ブッシュ政権,ラテンアメリカ7カ国に対する包括援助法案を発表.総額9億ドルのうち45%〔4億ドル〕がコロンビアを対象とする.

5.17 ポパヤンからの行進団,カリに到着.集団は3万2千にまで膨らむ.翌日の集会には4万2千人が参加.

5.22 FARC第6戦線,エンベラ・カティオ族にゲリラとなることを強制.従わなかった9名を殺害.

5.29 パストラーナ、ELNとの停戦交渉開始の意欲を示す。

5.30 AUCのカルロス・カスターニョ,総司令官を辞任して政治・宣伝作業に専念すると声明.正式にAUC議長に就任。後任司令官にサルバトーレ・マンクーソを指名.一説では、ELN攻撃作戦に失敗し多くの幹部を失った責任を問われた人事とされる.

5月 政府軍,ナリーニョ州で三週間にわたり,「ツナミ作戦」を展開.約4,000人の兵士により,4つの町を攻撃.空軍と海軍も支援行動.この作戦でゲリラとコカイン関係者120名を殺害.

5月 友好国グループと検証国グループがコロンビア政府と会談.会談地帯の現状について意見を交換.

2001年6月 エンベラ・カティオ族への攻撃

6.02 政府とFARCの捕虜交換合意が成立。FARCは軍・警察関係者捕虜のうち病気の42人を解放。交換に収監中のゲリラ有病者15人の釈放を実現。

6.02 エンベラ・カティオ族の指導者キミ・ペルニア・ドミコ,コルドバ州ティエラルタの役場前で武装した三人に襲われ誘拐される.犯人はACCUのメンバーと思われる.またその背後にはコロンビア軍の第11旅団がいると思われる.エンベラ族はシヌ河とベルデ河流域を水没させることになるウラ・ダムの建設に反対している.

6.04 コルドバ州警察当局のヘンリー・カイセド大佐,「アルト・シヌ地区の先住民はFARCを支持している.今回の事件は先住民が麻薬栽培に手を着けようとしたため,麻薬業者の制裁を受けたもの」と述べる.コロンビア全国先住民機構(ONIC)執行委員会は,ただちにこれを否定.シヌ河流域の先住民は麻薬栽培に大して強い反対の姿勢をとりつづけていたと強調.

6.04 パストラーナ大統領あてのペルニアの安全確保の要請に,カナダの議員50人以上が署名.

6.05 FARC、囚人交換合意に基づきアルバロ・レオン警察大佐ほか3人の将校を解放する。

6.05 ナリーニョ県の教師3千名が,エクアドルとの国境にかかるルミチャカ橋を封鎖.財産譲渡法(学校民営化)に抗議.

6.07 IMFの圧力の下での経済改革に反対する労働者が,24時間全国スト.ボゴタでは警官隊が放水車でデモ隊を攻撃.病院に逃げ込んだデモ隊に対し,催涙弾を浴びせる.サンタンデル州のブカラマンガではハイウエイを封鎖しようとした民衆と警察が衝突.数人が負傷.

6.12 コロンビア東北部の町ティブで,コカレーロス3千が除草剤の空中散布に抗議し,3時間にわたり暴動.

6.12 エンベラ族の訴えに応じ,先住民活動家と内外の人権活動家約千名が,ティエラルタに結集.大規模な調査団を結成する.

6.13 タメ事件〔98年12月〕で公判中の空軍パイロットが証言.三人の米国人パイロットが操縦するセスナ機の指示にしたがって村を攻撃したことが明らかになる.

タメ事件の概要: 
このセスナ337スカイマスター偵察機は,フロリダに本社を置くエアー・スキャン社の所有であり,レーダー,赤外線,ビデオ記録装置を備えている.エアースキャン・インタナショナル社は,石油採掘・輸送の安全確保について,ロスアンゼルスのオクシデンタル石油会社と契約を結んでいた.オクシデンタル社はコロンビアの国営石油会社「エコペトロール」と共同で,カノ・リモン油田の開発に当たっている.この油田は左翼ゲリラ・グループによってしばしば目標とされる.

6.13 エクトル・ファビオ・ベラスコ空軍司令官,スカイマスターがコロンビアの空軍の資産であり,主にコロンビア人によって操されいたが,事件の時点で米国民間人インストラクターが搭乗していた可能性はあると述べる.コロンビア司法当局は米国人パイロットの召喚を決定.

6.14 コロンビアの下院,論争の的となる「戦争法」を承認.司法の手が届かない地域で,軍が警察・司法機能を持つことを認める.

6.14 コロンビアの国家公務員労働組合連合(Fenaltrase),7日に続き48時間のストライキ.ブカラマンガを中心に教師のストライキが続く.約2,500人のストライキ参加者は,ベネズエラに通じるハイウエイをバリケード封鎖.

6.18 コロンビア政府,FARCと捕虜交換で合意.FARCは兵士・警官など55名を解放.政府はこれと交換にFARC政治犯14人を釈放.さらにFARCは242人の捕虜(一説に359人)を一方的に解放すると発表.パストラーナ大統領は,和平交渉の成果と歓迎.

6.22 FARC南部戦線の約500人,プタマヨ州プエルト・レギサモ近くの戦略拠点コレグアヘ基地を攻撃.コレグアヘには麻薬戦争のため米軍の指導を受けたエリート部隊「南部機動部隊」が駐留してた.この戦闘で兵士30人,ゲリラ26人が戦死.

6.23 キミ・ドミコ捜査団,なんらの情報も得られないまま解散.先住民のリーダーは,他の手段によってドミコを捜し続けると声明.この2年間で指導者5人を含む17人のエンベラ・カティオ活動家が暗殺若しくは行方不明となる.

6.23 エスメラルダ河居留地(コルドバ州ティエラルタ県)でペドロ・アリリオ・ドミコ(エンベラ・カティオ族)が,AUCにより誘拐.26日7発の銃弾を打ち込まれた死体が発見される.ペドロ・ドミコは自治区の執行委員長としてウラ水力発電所に反対する闘争を指導していた.

6.23 FARC,ボゴタ市内のラ・ピコタ刑務所を襲撃.ダイナマイトで壁を爆破したあと,140人以上の囚人を解放.内少なくとも19人は,FARCメンバー.FARC-EPの東部ブロックの「アントニオ・ナリーニョ都市ネットワーク」参謀本部が犯行声明.

6.25 コロンビアのパエス先住民の指導者で,カウカ州先住民評議会議長,コリント先住民保留地の執行委員長クリストバルセクエ・トンベ,カウカ州コリントの郊外で暗殺される.セクエ・トンベは,4月にも二度にわたり暗殺攻撃を受けていた.犯人はFARC第6戦線といわれる.自治指導者17人のうち5人が,この二年間で殺される.

6.27 FARCのホルヘ・ブリセノ副司令官(別名,モノ・ホホイ)は「政府が捕虜交換を拒否する限り,今後も刑務所襲撃を続ける」と声明.政府は,FARCが攻撃準備・麻薬貿易のためのシェルターとして安全地帯を使っていると非難.

6.28 FARC、242人の軍・警察関係者を一方的に解放。モノ・ホホイは囚人たちを前に「我々は国会議員、判事、大臣その他すべての権力者を捕まえて、泣き喚くさまを見なくてはならない」と語ったという。

6.29 FARC、コロンビアサッカー連盟副会長のエルナン・メヒア・カンプサノを誘拐。7月にコロンビアで開催予定のコパ・アメリカ大会の流会を図る。

6月 マグダレナ・メディオで開発・和平計画を進めていた女性弁護士アルマ・ロサ・パラミジョ,モラレスでAUCに拉致され,生きたままチェーンソーで切り刻まれる.

バランカベルメハ: 
マグダレナ河中流部の中心.マグダレナ河畔の港町でサンタンデル州の州都.石油産業の中心地で,元は労働運動の拠点だったが,現在はAUCの牙城のひとつとなっている.周囲山間部がELNの根拠地となっていることから,第45部隊,ヌエバ・グラナダ部隊,特殊部隊など5千の兵士が駐屯している.

6月 英化学工業会社「ICI」,プラン・コロンビアによる薬剤散布が「焦土作戦」に他ならないとし,支援を取りやめる.

2001年7月 アンティオキア州ペケの激戦

7.04 約300のAUC部隊,ELNの拠点にいっせい攻撃.アンティオキア州ペケ郡(Peque)を制圧.居住者に7月7日までに去るよう命令.青年を徴発し多くを虐殺.少なくとも11人が死亡を確認,さらに22人が行方不明となる.

7.06 AUC,ペケから北方に展開.北側のイトゥアンゴ郡で5人,東側のレメディオス郡カナベラル村では少なくとも14人の住民を殺害.ペケ郡の地方住民6千のうち多くがペケ市に集中.残りの2千は南側のブリティカ郡に避難.

7.07 ヨルダンのQueen NoorとAOLのキムセーがDMZを訪問。マルランダとカミロ・ゴメス高等弁務官と会談。

7.09 FARCの「ホセマリア」名称コルドバ師団,ペケでの戦闘を報告.「Pequeを攻撃したのは軍の第11の旅団とAUCの混成部隊で,これらの兵力は軍の第11,第4の旅団のヘリコプターで輸送された」と述べる.

7.11 コロンビアで,サッカーのアメリカズ・カップ大会が始まる.

7.12 コロンビア軍当局,ペケ郡の支配権を回復したと発表.

7.15 コロンビア政府、カウカ州で枯葉剤の散布を開始。

7.15 FARC、メタ州でアラン・ハラ前知事を誘拐。このときハラは国連所有の車に乗っていた。FARCはハラがパラミリタリーと深い関係にある人物であり、国連の乗用車に乗るのにふさわしくない人物であると批判。さらにハラを人民裁判にかけると宣言。

7.16 FARC、カウカ州で3人のドイツ開発労働者を誘拐。これを人質として枯葉剤散布の中止を要求。国連とEUは、国際支持運動に悪影響を及ぼすものとして、FARCの行動を強く非難。

7.21 国際労働者権利基金と米国鉄鋼労組,イシドロ・セグンド・ヒルの死に関与していたとし,コカコーラ社を相手取り,マイアミの連邦地方裁判所に提訴.

7.31 パストラーナ政権、FARCとの交渉に当たる新チームを編成。マヌエル・サラザール社会政策担当大統領補佐官、リカルド・コレア全国産業協会事務局長ら4人が「コンサルタント」として指名される。

7.31 無期限の全国農民ストを開始.低利の融資,外国農産物の輸入停止,FTTAへの加盟反対を訴える.九つの州でハイウエイの封鎖作戦を始める.

7月 ベネズエラのマルガリータ島でELN-政府会談.CFC代表者はこれに先立ちカラカスでELNと会談.

7月 ELN最高指導者のニコラス・ロドリゲス・バウチスタ(ガビーノ司令官),インタビューで麻薬業者との関わりを全面否定.

ガビーノ司令官の発言要旨: 
「我々は麻薬取引に手を染めたことはないし,これからもしない.我々は,麻薬を人類の災いのもととみる.国家の機関はどれも汚いカネに毒されている.そこに加わるぐらいなら貧しいままの方がましだ」と述べる.ただし,その温床が社会的窮乏にあるとの認識から,コカの「不法栽培」を禁じることまではしていない.一方,FARCはコカ栽培業者から「税金を徴収」していることを認める.

2001年8月 パストラーナ、ELNとの交渉を中止

8.01 機動隊,農民の道路封鎖に対し催涙ガス,放水砲及び警棒による強制排除を開始.

8.02 警官隊,ウイラ州プエルト・セコでバリケード排除を妨害した農民を射殺.さらに百人が負傷.

8.02 ボゴタのタクシー,バス運転手がストライキ.市当局が提案した週2日の強制休業案に抗議するもの.市警察は封鎖を強制排除.88人の運転手と55人の労組活動家を逮捕.

8.08 パストラナ,軍の観閲式の席上,「ゲリラ組織には和平プロセスを進めようという意思がない」とし,ELNとの一切の接触を中止すると宣言.フェルナンド・タピアス最高司令官は,「ELNは,ボリバル州南部を非武装地帯とし,国民会議を開くという考えを完全に捨て去るべきだ」とのべる.

8.11 コロンビア政府、ボゴタ空港でシンフェイン党員3人を逮捕。アイルランド共和国軍(IRA)のメンバーとされる。メンバーの一人ナイル・コナリーは、シン・フェイン党のハバナ駐在代表。

IRA疑惑: 発表によれば、この三人は7月初め偽造旅券で入国。DMZに入り、5週間にわたり爆弾テロの訓練を指導したとされる。三人は「取材、FARCとの意見交換が目的」と反論。マルランダは「シンフェイン党員三人が来訪したが、武器訓練の事実はない」と否定。

2001年9月 サンフランシスコ・デ・ラ・ソンブラ合意

9.04 AUC,国民民主運動と称する政治団体を結成すると発表.

9.10 ククタの裁判所,米国人の原住民の権利活動家三人を99年2月に誘拐・殺害した罪で,FARC司令官ヘルマン・ブリセノに懲役40年を宣告(本人不在).ヘルマン・ブリセノ司令官は,FARC最高指導者ホルヘ・ブリセノ(モノ・ホホイ司令官)の弟.

9.10 コロンビア軍はFARCのモノ・ホホイ司令官が「米国を攻撃すると示唆している」無線会話記録なるものを公開.

9.11 ニューヨークの国際貿易センター爆破事件.この後ブッシュ政権は急速に凶暴化し,1ヶ月後にアフガン攻撃を開始.

9.19 5月に作られた「特別委員会」が、パラミリタリーに対する規制のプランを提出。政府とFARCは,停戦手続きを決めるためのサンフランシスコ・デ・ラ・ソンブラ合意に署名.パストラーナは,さらに3ヵ月間,安全地帯保障を延長する。FARCは誘拐と献金の強要を控え、政府は小規模コカ栽培農園への枯葉剤散布を抑制することで合意。

9.24 FARC、セサル州バジェドゥパル付近の道路で、通りかかった前文化相コンスエロ・アラウホ・ノゲラ、エドガルド・マヤ前検事総長の夫妻を拘束・誘拐。

9.25 軍はさらに3名のアイルランド共和国軍(IRA)メンバー,イラン人2人を逮捕.発表によれば,彼らはFARCによる5週間の爆弾取り扱い訓練に参加したとされる.その後の捜査で彼らはFARCともテロ組織とも無関係と判明.

9.29 自由党大統領候補Horacio Serpa、FARC非武装地帯に向け抗議デモを組織。FARCは銃砲で威嚇射撃し、非武装地帯入りを阻止。この事件から非武装地帯の意味について国民のあいだに疑問が広がる。

9.30 FARCにより殺害されたアラウホ・ノゲラ夫妻の遺体が発見される。

2001年10月 米大使、「コロンビア計画は反ゲリラ作戦」と発言

10.05 FARCとコロンビアの政府交渉者、「サンフランシスコ・デ・ラ・ソンブラ協定」に署名。FARCは道路検問と身代金目当てに旅行者を誘拐する"miracle fishing"を中止すること、政府側はパラミリタリーの活動抑制に引き続き努力することで合意。DMZは1月20日まで延長される。FARCはDMZが大統領の任期終了まで延長されなかったことに失望感を表明。

10.10 米国務省対テロ担当者のフランシス・テイラー、下院小委員会で証言。FARCを「この半球において最も危険な国際的テロリストのグループ」と非難。

10.15 フランシス・テイラー、OASで記者会見。「わが国の総力を挙げて、また米州すべての国家を挙げてテロリズムと戦う」と宣言。

10.17 マヌエル・マルランダ、コロンビア軍がDMZの上空を侵犯し、領内に侵入していると抗議。これをやめるまで政府との会談を中止すると声明。

10.21 ELNとFARC、アンティオキアおよびGuajira州で軍事行動を展開。市民9人が犠牲となる。

10.23 国会で反テロリスト法が承認される.裁判所命令なしで容疑者を逮捕でき,テロ協力者を最高10年の禁固に処することが可能となる.

10.24 政府とFARCの和平交渉が,米国の圧力を受け中断.パストラーナ,「FARCにとって宣言を実行する時が来た.これ以上の延期や弁解は認めない」と演説.

10.25 アン・パターソン米大使、ボゴタ市内で演説。「米国はコロンビアにおいてテロリズムと闘うために、さらに多くのことをなさなければならない。我々が政府は、DMZがテロリストの活動基地として利用されていることに憂慮している。コロンビア計画は、我々が作り上げたもっとも効果的な反テロリスト戦略として引き続き展開されるだろう」と述べる。

10.26 アンティオキア州東部の23市長がELNとひそかに停戦交渉。政府はこれに強く反対。

10月 トバル元陸軍司令官,「コロンビアプランにより軍情報活動が再組織され,米国の支援によって,軍は内戦の主導権を握った.その結果ゲリラ側は,ここ3ヶ月に大損害を被った」と述べる.

10月 パナマのモスコソ大統領、国境に警官2000人を配備する一方、パストラーナ大統領に警備強化を要請する。

01年11月 パウエル国務長官,「FARCは撃滅の対象」と発言

11.07 マルランダ、交渉担当者に和平会談を再開することを求める。同時に政府軍機の非武装地帯の飛行停止、地上部隊の侵入停止をもとめる。またFARCがテロリストでもなく、麻薬業者でもないことを政府が保証するようもとめる。しかし有効な交換条件は提示できず。

11.10 グアテマラに本拠地を置くイスラエル企業GERSA,ニカラグア政府軍の所有する3000挺のAK-47と弾薬を,AUCに売却する.GERSA,これらの武器はパナマ警察向けに売却されたと証言する.ブローカーはパナマ在住のイスラエル武器商人シモン・イェレニク.パナマ政府は「攻撃ライフルは警察の任務には適さない」とし,この発言を全面否定.ガルザ駐パナマ米大使は,「武器が米国の銃コレクターに輸出されると思っていた」とのべる.

11.11 コロンビア議会代表のAntonio Navarro Wolffらが、ベネズエラでELN代表と接触。これに基づき政府は交渉再開に乗り出す。

11.12 カウカ州カルドノの町で、市民がFARCの乗っ取りを拒否。町の広場に集まり非暴力で抗議。このあといくつかの町がカルドノに続く。

11.13 コロンビア和平のための国連事務総長特使ジャン・エゲランド、ノルウエー赤十字総裁として転出。後任特使には前NYタイムス記者のジェームス・ルモアヌ(LeMoyne)。

11.19 AUC、アンティオキア州東部の6つの市の市長を誘拐。ELNとの停戦を許さない姿勢を示す。

11.20 マルランダ、パストラーナ大統領と経済団体、議会、司法、カトリック教会のリーダーを招待。1月15日にDMZで会談するよう要請。積み残した懸案の中から交渉可能なものだけを取り出して議論するよう提案。政府は「マルランダ提案は検討に値するもの」と評価。

11.24 ELNとコロンビア政府がハバナで会談。「コロンビアのための協定」を発表。8月以来中断していた交渉の再開で合意。

11月 パターソン駐コロンビア米大使,「ゲリラとAUCはテロリストであり麻薬業者である.政府が犯人を引渡さない場合は,アフガニスタンに対して取った措置と同様の措置を取る」と恫喝.パウエル国務長官も,「革命軍はテロ集団であり撃滅しなければならない」と発言.FARCは,「今までテロリストでないと政府から認められていたのに,突然変わった理由を知りたい。テロリストとして取り扱われるなら,誘拐行動を継続する」と反論.

01年12月 ハバナでELNとの和平交渉開始

12.15 ELNとコロンビア政府がハバナで会談。50人の市民代表を加え、停戦に向けた一連の会談を進めることで合意。

12.17 ELNは3週間にわたる一方的なクリスマス停戦を発表。

12.24 FARCと政府、10月中旬以来中断されていた会談を、年明け早々に持つことで合意。

12.31 FARC、住民の抵抗が続くカウカ州のプラセで、2人の政府警官と8人の政府兵士を殺害。このときFARCに対する非暴力抵抗運動を行った市民も殺害される。

12月 FARC,ブラジルに越境.アマゾン本流ソリモンエス河沿いの100人余りのインジオ部落ノボジュタイを襲撃.

12月 今年度の税収の86%が対外債務の支払いに当てられる.

12月 コロンビア人権・難民相談局(Colombia's Human Rights and Displacement Consultancy:CODHES)によると,2001年に456の虐殺事件が起こり,34万名が家を追われ,1万4千人が隣接するエクアドル,ベネスエラ,パナマに越境した.ここ数年で,200万もの人々が,地方を逃れ大都市の貧困地帯に逃げこむ.3万5千人の児童が売春に従事.このうち5千人から1万人はボゴタの路上で生活.「コンドームなしでセックスすることで2倍稼げる」ために,致命的な性感染症に罹る可能性が高い.

12月 中央労働者連合(CUT)によると,2001年に,コロンビアの60万の組合員のうち,169人の活動家が暗殺され,30の暗殺計画があり,79名が「失踪」したり誘拐されたりし,400以上の脅迫と脅しが報告された.

2001年 カルロス・カスターノ、AUCの資金の70%は、麻薬取引関係から提供されていることを明らかにする。

2001年 元M19の武闘派が、「ハイメ・バテマンカヨン」部隊を名乗り、キンディオ州で軍と交戦。14人が死亡。この部隊は総勢200人程度とされ、カウカ、バジェ・デル・カクカ州を拠点とする。

2001年 米国家麻薬取締政策室:ONDCPによれば、米国のヘロイン常習者は約70万人と言われる。コロンビアのヘロイン生産量は15トンに達する。ミシシッピ川を境に東がコロンビア、西がメキシコのマフィアで分け合っている。卸値はコカインの8倍に上る。


 

2002年 

02年1月 ギリギリの開戦回避

1.04 ロス・ポソスで,FARCと政府の2日間にわたる会談、不調に終わる。軍は引き続きDMZへの封鎖措置を強化。

1.08 会談が再開されるが、交渉に進展なし。FARCは昨年10月のサンフランシスコ・デ・ラ・ソンブラ協定の遵守とDMZ境界地帯への圧力緩和を求める。

1.09 コロンビア政府、FARCとの和平会談の停止を発表。軍隊は、パストラーナ大統領が命令を発表したあと48時間以内に非武装地帯に入ることとなる。DMZの境界線上に軍兵力が結集し始める。

この時点で政府軍は,少なくとも3個旅団と4個特殊大隊,総数1万3千の将兵.ブラックホーク戦闘ヘリ14機,その他のヘリ35機を含む米国製の最新兵器で非武装地帯を包囲.これらの兵員・兵器は,麻薬対策の名目による「コロンビアプラン」予算13億ドルにより準備された.
一方非武装地帯に展開するゲリラ軍は1万6千程度と見られる.

1.09 米国国務省、和平会談の崩壊した責任はFARCにあると非難する。

1.09 パストラナ大統領,国民向けのテレビ演説.「FARCは交渉のテーブルにつく意思がないと判断した」と述べ,FARCに対し緊張緩和地域からの撤退をもとめる.14日夕方を戦闘開始の期限として、国連に最後の対話の可能性をゆだねる。

1.10 FARCは「我々は非武装地帯から撤退しないが,交渉の席を捨てたわけではない」と声明.政府による安全保障を要求する.

1.11 国連代表ジェームズ・ルモアヌがDMZに入り、FARCとの土壇場の会談に臨む。FARC,98年から占領していた非武装地帯周囲からの撤退を承諾.

1.12 パストラーナ大統領、14ヶ所についてFARC回答に不満を表明し,承諾を拒否。48時間後の作戦開始を軍に指令。ただし引き続き、48時間以内の新提案に期待を寄せる。

1.13 FARC、DMZ内の町から撤退し、ふたたびゲリラ戦を開始するとともに、和平プロセスを公式に放棄すると発表。

1.14午後遅く FARC、国連・友好諸国・教会代表者の説得に応じ、パストラーナ大統領の要求を受諾。和平交渉の継続への保障を与える。パストラーナは20日の最終期限までに停戦に向けての時刻表が合意されない限り、DMZの更新はありえないと改めて強調。また今後の交渉には国際機関の同席を必須条件とする。

和平協定をめぐる国際的動き
調印式にはカトリック教会,国連の平和促進仲介国であるカナダ・フランス・イタリア・ノルウェー,スウェーデン,スイス,メキシコ,キューバ,ベネズエラの代表が列席.仲介国を代表するフランス駐コロンビア大使は「我々仲介国は,即時に交渉を再開する条件があると証明する」と説得,革命軍側は「仲介国が薦め,国連が支持するのならば,宣言の条項を信用する」と了承,国連のルモイネ代表はただちに通信社へ発表.
いっぽう,アン・パタソン駐ボゴタ米大使は「左翼ゲリラはウサマ・ビンラーディンと同じだ」と決めつけ,ベル国防相やタピアス国軍最高司令官と頻繁に会合を重ねる.米軍はFARC支配地周辺のレーダー施設の建設に協力.緊急展開部隊の軍事訓練を指導.非武装地帯への侵入に備える.

1.16 非武装地帯協定の失効を前に,政府とFARCの会談.休戦協定の基本線について協議開始.

1.20 DMZの期限切れ直前に和平交渉再開で12項目の最終合意.国連代表と関係諸国大使、教会関係者の列席する中で、4.07までの休戦とFARCによる非武装地帯維持を認める「平和な将来のための合意の日程に関する協定」が調印される.

1.20 AUCは休戦協定に抗議し,さらに戦闘を強化すると宣言.前回の和平交渉では,AUCが休戦中のFARCを攻撃.3,000人の死者を出し,休戦協定が無効となる.

1.20 カリ市近郊で政府軍とFARCが衝突.FARC14人,政府軍15人の死者.パストラーナ大統領,麻薬対策のための軍事援助13億ドルの一部を,ゲリラ対策に転用するようブッシュにもとめる.

1.29 ELNとコロンビア政府がハバナで会談。対話のタイムテーブルを確認。

1月 AUC内部で、麻薬関係への依存是正をめぐる議論。米国と政府の圧力を受けたカスターニョは、麻薬依存からの自立を訴えるが、これに反発したグループが「中央ボリーバル・ブロック」を形成。

02年2月 和平プロセスの最終崩壊

2.05 FARC、都市部への大規模攻勢。インフラ施設に爆弾攻撃。和平交渉への懐疑論がさらに広がる。政府は6ヶ月間の停戦を提案。FARCも紛争の強度を減らすよう提案。

2.14 オラシオ・セルパ、エドワルド・ガルソン、イングリッド・ベタンクールをはじめとする大統領候補たちがDMZに赴き、FARCと会談。すべての候補が現在進行中の市民を対象とするゲリラ攻勢を厳しく批判。

2.19 FARCと政府代表が停戦提案を交換。政府側はゲリラ戦線を軍と分離するため、一定の支配区を容認する提案。

2.20 南部から首都ボゴタへ向かう民間航空機デハビランド・ダッシュ8/300が,4人組のゲリラによりハイジャックされる.乗り合わせた上院和平委員会のホルヘ・ヘチェム・トゥルバイ委員長がゲリラにより拘留される.飛行機はウイラ州の非武装地帯近くのハイウェイに強制着陸.トゥルバイ以外の乗客はすべて解放される。待ち受けたゲリラの一隊,約50人がトゥルバイを連れ去ったという.

2.20 FARC,トゥルバイ誘拐へのかかわりを否定.パストラーナ大統領はFARCテオフィロ戦線に間違いないと断言.直ちに和平交渉打ち切りを宣言.トゥルバイの誘拐・殺害は,前後の関係から見て政府・軍による陰謀の可能性が否定できない.

2.20 パストラナ大統領,任期切れを前に和平推進路線を放棄.停戦合意地域に政府軍を送り込む決断.3年間続いた和平プロセスに終止符が打たれる.空軍,FARC拠点への連続爆撃を開始.陸軍は侵攻準備に入る.

2.21 パストラーナ大統領,非武装地帯への総攻撃開始を命令.空軍が4.2万平方キロ(九州より広い)の非武装地帯へ侵攻.FARC拠点へ200波に及ぶ攻撃,85カ所の戦略目標を破壊.ボゴタの南290kmのサン・ビセンテ・デル・カグアンを攻撃

2.21 米国・EU・OASが開戦決定を支持する声明.カラコル・ラジオによる世論調査では,市民の95%が政府に賛成.

2.22 空軍の爆撃に続き,フェルナンド・タピアス将軍が率いる1万5千の陸軍部隊が,非武装地帯に侵入.これに対しFARCは町を放棄し周辺部に移動.

2.22 政府軍は最初の戦略目標サン・ビセンテ・デル・カグアンに攻撃を集中.緊急展開部隊約900人が,ブラック・ホーク攻撃ヘリとともにカグアン近郊に展開.カグアン郊外のラ・イェ村爆撃では,2歳の子供と2人の市民が攻撃の巻き添えで死亡.エクトール・ファビオ・ベラスコ将軍は「ゲリラと麻薬取引を標的に遂行された一連の軍事作戦が,やむを得ぬ結果を招いた」と開き直る.

2.22 パウエル米国務長官,非武装地帯への侵入について「パストラナ大統領の決定を理解する」と述べる.

2.23 「緑・酸素」党から大統領選に立起していたイングリド・ベタンクールと副大統領候補のクララ・ロハス,FARCの元拠点都市を視察中,ゲリラに誘拐される.イングリットは元大統領ベタンクールの娘フランスとの二重国籍を所持していたことから,フランスが救出に乗り出す.

2.23 陸軍,マカレナなど4つの主要都市に2,500名の兵士を進駐.FARCも全面戦争を宣言.

2.23 ファン・サントス・カルデーロン財務相,「政府が主導する戦争には資金面の準備が必要である.ゲリラの軍事力を効果的に取り除くための予算化措置が現実に則して検討されねばならない」とし,米国の支援強化を暗に訴える.

2.25 FARC,ベタンクールと捕虜との交換を提案.

2.25 AUCとつながる右翼の大統領候補アルバロ・ウリベ,「停戦に応じなければ,史上最大規模の軍事行動を起こす用意がある」と述べ,FARCに対して強硬姿勢で臨む考えを示す.

アルバロ・ウリベの経歴
ウリベは前アンティオキア州知事.彼の父はFARCに誘拐,殺害された.ハーバードで経営行政学を修める。運輸官僚を務めた後、メデジン・カルテル全盛期の82年にメデジン市長を勤め,パブロ・エスコバルと共同で大衆住宅プログラムを推進した.AUCの創始者カスタニョはエスコバルと共同事業を行った経歴の持ち主.選挙組織「プリメロ・コロンビア」を結成、選挙には自由党系無所属で立候補。

02年3月 国会議員選挙で極右が躍進

3.03 トゥルバイとベタンクールの釈放交渉に臨んだマルタ・カタリーナ・ダニエルス上院議員,頭に銃弾2発を打ち込まれた死体となって発見される.同行したトゥルバイの妻,運転手も死体となって発見される.

3.04 カウカ州サンタンデル・デ・クイリチャオで,ラス・デリシアス先住民保護区の元区長サムエル・フェルナンデス・ディスが殺害される.

3.05 カウカ地域先住民協議会(CRIC),ポパヤンで全国フォーラムを開催.いかなる組織からも中立であると宣言.CRICはガンビアノ,パエス,ヤナコナの人々を含む多くの先住民の指導者達からなる.

3.10 10万人の警官と8万人の兵隊が動員されるなか,コロンビア国会議員選挙.74年以来,国会を制してきた自由党・保守党が大敗.ウリベの所属する右翼が大幅に勢力を拡大.

3.12 ELNとコロンビア政府がハバナで会談。停戦と国際監視に関する検討を開始。

3.25 ニューズウィーク誌がウリベとのインタビューを掲載。解説記事の中で、カルテルとのつながりの疑惑を提示。

3月 ノルテ・サンタンデル州ティブー付近で、FARCが軍を待ち伏せ攻撃。兵士21人が死亡。軍はFARC部隊がベネズエラ領内の「聖域」から出動したと非難。ベネズエラは声明内容を否定。

3月 EU,コロンビアにおける労組活動家への迫害問題を国連人権委員会に提出.過去15年間に3800人以上の労組活動家が暗殺され,2002年に入ってからだけで,すでに100名以上が殺害される.暗殺犯が有罪判決を受けたためしはない.

02年4月 AUCのチョコ州攻撃

4.04 建設・セメント労組(SUTIMAC)のリーダーが通勤途上に、パラミリタレスによってバスからひきずりおろされ、翌日死体で発見された。CUTはパラミリタレスが労組指導者を物理的に抹殺することで、SUTIMACをつぶそうとしていると非難する声明。カリ公務員組合(SINTRAEM)のルイス・エルナンデス議長は、BBC放送とのインタビューで「こうした迫害がおこなわれているのは、私たちが民営化、ネオリベラリズム、グローバル化に反対してたたかっているから」と話す。

4.11 軍とFARCの戦闘を報道していたRCNテレビのジャーナリスト2名が射殺される.軍のヘリコプターにより撃たれたとされる.

4.14 ウリベ候補,バランキィロの集会で爆弾テロにあうが難を逃れる.

4月中旬 軍に支援されたAUC部隊450名,11台の船でアトラト川を下りFARC支配区のチョコ州に侵入.FARCとのあいだに戦闘が開始される.

4.21 FARC,アンチオキアのガビリア州知事(ウリベの後任知事)を誘拐.知事は州都メデジンから出発したゲリラ反対行進に参加中のところを誘拐された.

4 Canal Unoテレビ局、Noticias Unoの特別番組でドラッグ・ギャングとウリベ家族の間の関係を明らかにする。放映直後から製作者イグナシオ・ゴメスとディレクターのダニエル・コロネルに死の脅迫。本人・家族は海外亡命を余儀なくされる。

4 国務省副長官リチャード・アーミテージ,米国下院予算委員会外交活動小委員会で証言.アルカイ-ダとヒズボラーが,エクアドルとコロンビア,ペールの国境地帯で活動していると主張.エクアドル政府は,この主張を「ナンセンス」と批判.

4月 米国の圧力を受けたフォックス大統領、メキシコ市内に15年間維持されていたFARC代表部の閉鎖を命じる。

02年5月 ウリベの大統領当選

5.02 AUC,チョコ州の町ボハヤまで進出.町を占領するAUCに対しFARCがロケット砲攻撃.戦闘を逃れて教会に避難していた信者117名が巻き添えとなり殺される.そのうち45名は子供.他に105名が負傷,80名が行方不明となる.

5.10 コロンビア政府軍,ゲリラの根拠地になっているとし,メデジン近郊の町アントニオ・ナリーニョで掃討作戦.アンチオキア州ではFARCとAUC・政府軍が戦闘を交え,死者130人を出す.

5.26 大統領選挙.投票率は46%にとどまる.対ゲリラ強硬策を主張する独立右派のアレバロ・ウリベ・ペレスが,第一回目の投票で53%を獲得,大統領に選出される.二位の自由党本流のオラシオ・セルパは32%,保守党は候補を立てることが出来ないまま敗退。民主左翼のルイス・エデュアルド・ガルソン(ルチョ)候補(CUT議長)も5.8%にとどまる.

ウリベの国防計画
ウリベは選挙期間中,兵員数を現在の5万から10万に倍増すると主張.さらに国民百万人を軍の情報提供者として契約すると提案,「汚い戦争」をさらに推進する構えを見せる.このため国防予算の大幅増額,軍に司法機能を与える,財源として米国の軍事援助をもとめることなどを提唱.

5.26 AUC司令官サルバトレ・マンクソ,ウリベ当選を歓迎する声明を発表.駐コロンビア米国大使アン・パターソンは,ウリベ当選が公式に宣言されるより前に,ウリベの選挙本部を訪れ祝福.

5.31 FARC,南部カケタ,カウカ,ウイラ,プトゥマヨ州で,ウリベ派の自治体幹部を脅迫.ウリベ派の市長8名を暗殺.30名以上の市長と公務員500人が辞任し土地を離れる.東部ベネズエラ国境のアラウカ州では,FARCが州知事,7人の市長,77人の州会議員へ10日以内に辞職するようもとめる.

5.31 パストラーナ大統領、ELN反乱軍との交渉も打ち切る。

5月 EU、ウリベ次期大統領の意向に沿い、FARCをテロ組織と認定。

02年6月 オットー・ライヒ、コロンビア内戦への国際軍事介入を主張

6.05 タピアス国軍司令官,「地方行政官の一身と家族の生命を保証する」との声明.市役所連盟のトロ会長は「少なくとも50人の市長がFARCにより脅かされており,統治組織は危機状態に陥っている」と語る.

6.10 オットー・ライヒ西半球担当国務次官補,ボゴタを訪れウリベ歓迎の意を表明.その後ブラジルを訪問.「コロンビアの内戦は,西半球全体にとって脅威であり,米国政府はコロンビア内戦への介入を国際化する希望を持っている」と表明.

オットー・ライヒは亡命キューバ人で狂信的右翼.83年国務省の公共宣伝局(OPD)主任になり,コントラ支援のためデマ宣伝を展開.「禁止された秘密プロパガンダ活動に従事していた」として,会計検査院により閉鎖される.01年3月,ブッシュにより現職に任命される.

6.11 ブラジリアにおけるFARC国際委員会代表オリヴェリオ・メドナはただちに反論.「エクアドルのジャングルに木が倒れたら,それがFARCのせいであるというのだ.ペルーで牛が一頭朝死んでいたら,FARCだという.我々の計画には,地域のいかなる国への介入も含まれていない」と述べる.

6.21 東部アラウカ州の97名の市長や市議会議員が,FARCから殺害脅迫を受け集団辞任.アンティオキア州の23名の市長たちの後に続くもの.AUCは,辞任した地方政府職員はすべて「軍事標的」と見なすと宣言.

6月 DEA長官アサ・ハッチンソン,米国議会で証言.FARC第16戦線のトマス・モリナ・カラカス司令官を麻薬取引の容疑で捕らえる作戦を展開中と述べる.

6月 ウリベ、国防相にマルタ・ルシア・ラミレスを任命.ラミレスは,20年間モデルとして働き,その間に弁護士の資格を取り,貿易相,駐仏大使などを歴任した人物.

6月 バルバドスで米州外相会議。米国のイニシアチブで「反テロ協定」に署名。

02年7月 米議会、コロンビア軍事介入を含む反テロ法を可決

7.18 カルタヘナで市民6人が暗殺される。

7.21 FARC,全国の県知事・市長に対し辞職を要求.「辞職せぬ場合は軍事攻撃の対象と見做す」と警告.すでに120市長が脅迫を受け,辞職.ボゴタ,カリー,メデジン,カルタヘナなどの各都市では,数千の市民が革命軍の辞職強要に反対するデモ.

7.22 南西部プツマヨ県のコロン市のエラソ市長,誘拐された3才になる娘の釈放を条件に辞職.

7.24 FARC、San Juan de Rioseco村を襲撃。2人の政府警官を殺害。

7.26 米連邦議会、総額289億ドルにのぼる反テロ法案を承認.コロンビアへの3500万ドル資金提供を含む.3500万ドルのうち,2500万ドルが誘拐防止活動,400万ドルが警察の対ゲリラ防衛力強化,残りの600万ドルがオキシデンタル社のパイプライン防衛のための経費.米政府当局者は、「この半球において最も危険な国際的テロリストのグループ」としてFARCを指名.

米国のコロンビアへの反テロ援助額は、3年間の合計で20億ドル以上に達する.その7割以上がコロンビア国軍への援助.さらに2003会計年度の連邦予算から、コロンビア軍エリート軍団の訓練・装備に9800万ドル.その主要な任務は、オクシデンタル石油の490マイルのCano Limon油パイプラインを保護することとされる.

7月 アムネスティー,パラミリタリーの指導者を監視する機構を作るというアメリカの提案を批判.「冷笑的な粉飾以外の何物でもない。コロンビアの軍隊は,とうの昔から,準軍事的組織がどこにいるかを知っている.それはたいてい軍事基地のすぐ近くにいて,軍の部隊と調整しながら活動している」と述べる.

7月 AUCが「解散」を宣言.ベネズエラ実業家の誘拐に関係した4幹部の辞任と一部部隊の除名問題をめぐり内部対立.カスタニョ前政治局長とマンクソ前軍事局長は,「一部が麻薬密輸に深く関り,無政府主義に冒され,組織の主義主張と掛け離れたものとなった」とし,出身組織のコルドバ・ウラバー農村自衛団に戻る.自衛団の解散により数千人の武装団員が統制を失う結果,さらに暴力行為がさかんになると予想される.

7月 日本テニス協会、ボゴタで行われる予定だったフェド杯の対コロンビア戦を「治安不良」を理由に棄権する。

02年8月 ウリベのゲリラ対策「最終解決」を発表

8.01 ウリベ,大統領就任を前に,ゲリラ対策「最終解決」の方針を提示.国家防衛最高評議会を新設し,軍の要員を倍増させ,実質的軍事独裁体制への移行を狙う.①100万人の市民による非武装の対ゲリラ情報網を形成する,②和平交渉を受諾し,武器を放棄したゲリラグループには国会議席を与える,③和平交渉仲介は国連に委託すると述べる.

市民ボランティア
市民兵は志願制により応募,政府軍の支援を受け,行政職務を遂行し,幾らかの報酬を得るが,武器は使用せず情報網に留まる。参加者は家庭で平常通りに生活し,暴力との戦いの際には協力する.最初は10万人で開始,暴力との闘争へ国民を動員し,100万人まで増員する.実体としてはパラミリタリーのとりこみと公然化に過ぎない.

8.02 ブッシュ大統領、コロンビアへの軍事援助を拡大する法律に署名。

8.05 コロンビア議会、国際刑事裁判所条約を批准。米政府は国内の公務遂行者を刑事裁判所に告訴しないようにするための二国間合意を要求。これを軍事援助継続のための条件であると脅迫。

8.07 ウリベが大統領に就任.就任式場から800メートルのスラム街で爆発事件.爆発が起きたのは式典の最中,新大統領が印綬を拝受,就任の宣誓中であった.ウリベは,「暴力行為を受け入れることはできない。政府は市民社会防衛の使命を果たし,攻撃に対しては反撃する」と演説.

8.07 爆発事件による死者21人,負傷者60人.政府発表によれば,FARCがウリベを狙い100門のロケット砲を配置.うち14門が発射されたが,爆発したのは2個のみ.当局によれば、逮捕者が「IRAが準備にあたった」と自白したという.

8.08 マリア・マルシア・ラミレス国防相、治安部隊を支援する民兵制度を発足させる計画を発表。

8.09 政府軍、右翼パラミリタリー掃討作戦を展開。20人を殺害。軍・パラミリタリー内部での麻薬利益をめぐる争いといわれる。

8.12 ウリベ大統領,90日間の内戦事態を宣言.宣言下においては,政令は法と同様の効果を有し,交通および居住の制限,公共秩序に関する広報活動の制限,電話中断,正式手続きなしの逮捕が認められる.

8.12 ウリベ,政令により内戦税徴収を発表.6万ドル以上の財産に対し課せられるもので,税率は財産の1.2%,8億ドルの税収を予定.この資金により2旅団3,000人,警察1万人,情報網100万人を強化することとする.

8.12 元M19指導者ナバロ・ウォルフ議員,「政府が軍事的勝利を得る可能性はない.問題は“100万人の市民情報網”で,いずれ武装集団と化すことは間違いなく,『汚い戦争』は更に泥沼に落ち込む」と批判.

8.12 コロンビア空軍,革命軍の基地と推定される7ヶ所,およびコカイン搬出用に建設されたと思われる橋を破壊.コロンビアプランによる米国からの麻薬対策用武器が用いられる.爆撃対象の大部分は旧非武装地帯にあり,多数の死者が発生した模様.

8.15 ウリベ大統領,「ゲリラに対する戦闘を拡大する」と宣言.

8.22 ウリベ大統領,「不法武装集団と戦う目的で2万人の農民を募り訓練する」と宣言.政府自らがパラミリタリーの組織に乗り出す.

02年9月 ゲリラ活動が鎮静化

9月 ウリベ、アラウカ州とモンテス・デ・マリア地方を「復興・統合地域」に指定する。オキシデンタル石油のパイプラインを防衛するため、治安部隊に令状なしの捜査・逮捕・盗聴などの権限が認められる。米国はこの計画に1億ドルを援助し、軍事顧問70人をアラウカ州サラベナに配備。

9月  米国司法省、ウリベ大統領の訪米にあわせ、麻薬取引への関与容疑で、カスターニョ、マンクソの逮捕と引渡しを要請すると発表。実際はパラミリタリーに対しても厳正であるかのように見せかけるためのポーズ。

9月 AUC傘下の14準軍事組織の司令官全員が、「コカイン出荷作業のために準軍事的な保護を与えない」とする誓約書に署名。ただしコカイン生産者に対する課税は今後も継続することとする。

9月 ウリベ政権とELN、和平交渉再開のための予備交渉に入る。ELNとFARCを分離するのが、ウリベ側の狙いといわれる。

9月 左翼ゲリラに対する徹底した弾圧により,誘拐事件は172件と98年2月以来の最低を記録する.

10.18 FARC、Campoalegre近郊で軍事行動。3人を殺害。

02年11月 米議会、「あらゆる形態の軍事援助」を認可

11.05 Cerritos村の近くで政府軍とELNが衝突。ゲリラ11人が死亡。

11.11 ボゴタ市郊外40キロのシバキラー大聖堂で,中南米司教会議(CELAM)議長のホルヘ・エンリケ・ヒメネス司教らが誘拐される.4日後に軍の特殊部隊により救出される.救出作戦の成功により,ウリベ大統領の支持率は74%に達する.

11月 ウリベ政権、AUC幹部4人を逮捕。現金とコカイン2500万ドル相当で、AK47突撃銃9000丁、地対空ミサイル2基などをデンマークの業者から購入する計画が暴露される。米政府はAUC幹部の身柄引き渡しをもとめる。

11月 コロンビア第二の都市メデジンで,左翼ゲリラと国軍=パラミリタリーのあいだで2日間にわたる市街戦.死者14人を出す.

11月 憲法裁判所、ウリベの「復興・統合地域」令を憲法違反と判断。

11月 カリカルテルの最高幹部ヒルベルト・ロドリゲス、「模範囚」として仮釈放される。

11月 政府、21機の散布機により46,000ヘクタールの枯葉剤散布を完了したと発表。

11 米議会、緊急立法として「対テロ法」を可決。コロンビアにおける対ゲリラ活動のために、あらゆる形態の軍事援助を許す。4億5千万ドルの軍事援助、400人の米国部隊と400人の防衛契約者の派遣が認められる。法案成立を受け、ブッシュ大統領は「国家保安指令18号」に署名。コロンビア政府とより多くの情報を共有することを認める。

11月 チリのサンチアゴで第5回米州国防相会議が開かれる。ラゴス大統領は「コロンビアの問題はラテンアメリカ全体の問題である。地域として協力体制をとりたい」と演説。コロンビアのラミレス国防相は対麻薬、対ゲリラでの情報交換を要求。

11月 アフロコロンビア人全国会議、第一回総会を開催。黒人系農民はカリブ海岸と北部低地を中心に住み、コロンビア国民の4割を占める。85年以来、大地主層と結託したAUCの攻撃により、280万人が土地を追われたとされる。

11月 ベネズエラの国境近くの町サンクリストバルで永住日本人雨宮夫妻がコロンビア・ゲリラに襲撃される。夫の朗さんは殺され、妻の洋子さんも拉致されるが、翌年7月に身代金と引き換えに解放される。

11月 AUC、ウリベとの交渉を進めるため、一方的停戦を開始すると声明。一説によればAUCは毎年平均1000人を殺しており、01年には2500人を殺したとされる。

02年12月

12.01 ウリベ政権とAUCの「交渉の打診段階」が始まる。カスターニョら幹部は過去の虐殺について免罪をもとめる。ウリベはAUCの「政治的性格」を認める。

政治的性格: AUCはカスターニョとマンクソの米国引き渡しを一番恐れていた。政治犯として認定されると、憲法上の規定により外国に引き渡されることはなくなる。

12月 ブッシュ政権は、ウリベの平和努力を支持し、AUC兵士の動員解除に300万ドルを提供すると発表。ボゴタの大使館員をAUC最高幹部とひそかに接触させる。

12月 コロンビア政府、マルランダらFARC最高幹部を身柄不在のまま麻薬密輸罪で起訴。

12月 FARC、「コロンビアは多文化、多人種、多民族の諸地方で構成され、中央政府は寡頭支配の道具に利用されているだけだ」と主張し、各地方の代表による「影の政権」樹立の必要を訴える。

12月 シンフェイン党員3人の裁判が始まる。米議会幹部は、「IRAとナルコゲリラの結託は、米国のコロンビア軍事支援の中心的理由になる」と言明。事件を徹底利用しようとする考えを示す。

 

2003年 

03年1月

1.01 「エル・ティエンポ」紙、ウリベを「デマゴギーのない行動の人であり、政治を不名誉な状態から救った」と評価する。世論調査での支持率は75%に達する。

1月 エクアドルのグティエレス大統領就任式に出席したウリベ大統領、「ゲリラや麻薬組織と対決するため、米州多国籍軍の創設」をもとめる。各国首脳は、事実上、この提案を無視。

1月 70人の米国特殊部隊兵士が、Cano Limonの石油パイプラインを保護するために、東部コロンビアのアラウカ州に展開。コロンビアの軍隊に対ゲリラ活動トレーニングを提供する。

1月 アラウカ州でロサンゼルス・タイムズ紙記者2人がゲリラに誘拐される。

03年2月 米国機撃墜と「米国市民」誘拐事件

2月初め 100人の米国兵士がコロンビア計画の一部として追加派遣される。これにより派遣米兵士数は362人となり、ほぼ議会の認めた上限に達する。

2.13 米麻薬取締局の単発セスナ機がカケタ州のジャングル地帯にエンジン・トラブルで不時着.直後にFARCとのあいだで戦闘となる。このとき米国人契約者1人とコロンビア軍軍曹1人が射殺される。その後米国人3人がFARCに捕らえられる。

「米国市民」 4人の米国市民は「ノースロップ・グラマン」社の子会社「California Microwave Systems」の社員で、国防総省と年間800万ドルで契約を結び、ここ数週にわたって、コロンビア南部のFARC支配区上空で情報収集活動をしていた。

2月 3,000人以上のコロンビア軍が米軍顧問のアドバイスを受け、カケタ州一帯を捜索。

2月 ボゴタの南西300キロのネイバ(ウイラ州)で,訪問予定のウリベ大統領を狙った爆弾事件.18人が死亡し,40人以上が負傷.

2月 さらに2機の米国機がコロンビア南部で墜落。あわせて4名の米国人契約員が死亡。これらの飛行機は、カケタのジャングルで捜査・救出作戦に参加していて墜落した。

2月末 FARCのマグダレーナ・メディオ方面司令官「El Pastor Alape」(アラペ神父)がインタビューに答える。「米政府は“民間人”殺害を利用して直接介入に踏み切ろうとしているようだが、カケタの契約員はバケーションを楽しんでいたわけではない。軍事的な情報活動を行っていた。墜落機の中に証拠書類があった」

2月末 米陸軍特殊部隊の49人が「捜索・救出任務」を支援するため、コロンビアに入る。これにより、コロンビア領内の米軍兵士数は、議会の認めた最大派遣人員400名を上回ることとなる。

2月 ボゴタ市内北部の会員制クラブ「エル・ノガル」が車爆弾によるテロ攻撃を受ける。35人が死亡し162人が負傷。ウリベはFARCの犯行と断定、周辺5カ国にFARCをテロ組織に指定するよう求める。ブラジルとベネズエラが反対に回ったことから非難決議は成立せず。

03年3月 コロンビア紙、戦争のベトナム化を憂慮

3.07 ボゴタの高級社交クラブの4階で,推定200キロの爆弾が破裂,死者36人,負傷者173人.

3月 米国大使館は、コロンビアの新聞とラジオに広告。カケタでFARCに捕らえられた国防総省契約者の情報提供者に、米国で暮らすためのビザと345,000ドルを提供すると発表。

3月 ナリーニョ州で枯葉剤散布中の飛行機が対空砲火を受け墜落。米国人契約員が死亡。2月以来5人目の犠牲者となる。

3月 政治問題担当国務次官マルク・グロスマンと、アメリカ陸軍中南米作戦司令官ジェームズT.ヒル将軍がボゴタを訪問。アルバロ・ウリベ大統領と会見。グロスマンは、米軍部隊があらゆる可能な手段を用いて捜索を続けるとし、戦闘に参加する可能性も除外し得ないと言明。コロンビアの日刊紙「エル」ティエンポ」、戦争のベトナム化を憂慮する論説を掲載。

3月 FARCのラウル・レジェス、コロンビアのメディアを通じて声明を発表。「米国捕虜は十字砲火において殺害される危険を冒した。もし捕虜を救うために米軍が直接戦闘に参加するなら、それはパンドラの箱を開けることになるだろう」

3月 FARC、カケタの米国人捕虜について声明を発表。3,000人の拘束されたゲリラ兵士との捕虜交換を提起する。米政府は、特殊部隊150名を増派することでこれに答える。双方ともに、この問題での直接交渉は拒否。

3月 ベネズエラの牧場主は、チャベス政権が「解放ボリバリアーナ軍」(FBL)を組織し、侵入してくるAUCに対抗していると述べる。(伊高による)

03年4月 米大使館とテロリストAUCとの会談

4.24 ボゴタの北西約400キロのエル・ペニャロール市(アンティオキア県)中心部の警察署で爆弾テロ事件.3歳の男児と女性3人の計4人が死亡し,15人が負傷.この爆弾事件で,警察署のほか市庁舎,電話通信公社(EDATEL)や電力公社(EDADE)などの建物も大きな被害を受ける.死亡者はEDATEL社に来ていた顧客と電話交換女性だった.

4.31 憲法裁判所、「国内騒擾状態の終止」を宣言。アラウカ州などにおけるこれ以上の強権政治の継続を認めない構えを示す。政府はこれに対抗して、治安部隊が憲法裁判所を通さずに電話傍受・令状なしの家宅捜査を行えるとする改憲案を提出。

4月 98年12月のクラスター爆弾誤爆事件で、サントドミンゴの村民がロスアンゼルス地裁で訴訟を起こす。相手はオキシデンタル石油とエアースキャン社。原告側は空軍が非人道的なクラスター爆弾を装備していたこと、民間企業がコロンビア軍を指揮していたことを問題とする。

4月 政府、マルランダらFARC幹部7人を「米諜報機撃墜および乗員殺害・拉致」の容疑で指名手配。

03年5月

5月初め アラウカ州ベトジェス(Betoyes)で住民虐殺事件。グアイボ族の先住民数人が殺され、300人が脱走。16歳の妊婦は犯され、腹を切り裂かれた。胎児はマチェーテで刺し殺され、遺体は川に投げ捨てられた。(コロンビアでは実によくある話で、パラミリタリーにとってはひとつの作法となっている)

5月 軍特殊部隊がアンティオキア州内のFARC拠点を襲撃。FARC部隊は人質のギジェルモ・ガビリア同州知事、ヒルベルト・エチェベリ元国防相ら10人を射殺して逃走。カケタ州では対ゲリラ戦大隊147名が、FARC拠点を襲撃。押収したFARC資金1600万ドルを山分け。兵士を拉致しようとした警察官3人が逆に逮捕される。

5月 FARC現地司令官で、ボヤカの米国市民殺害事件の首謀者とされるネルソン・バルガス、身柄を米当局に引き渡される。

5月 米国大使館当局者がAUC幹部と会談。和平交渉の進め方で協議。AUCは国務省のテロリスト・リストに挙げられた団体。

5月 米国政府、コロンビアへの追加軍事援助1億ドルを決定。

5月 ジェームス・ルモイン国連特使、FARCを擁護し上流階級を非難する発言。

ルモイン発言: FARCの少なくとも一部は、貧者のために「新しいコロンビア」を作ろうと戦っている。FARCをたんなる麻薬取引犯やテロリストと考えるのは誤りだ。戦闘の犠牲になっているのは貧者の息子たちだ。金持ちは貧富の格差を是正するために十分な税金を払っているだろうか。上流階級の息子たちに、兵士になったものはいるだろうか?

5月 クスコのリオグループ首脳会議、FARCに対し和平交渉に応じるよう呼びかけ。国連に対し、ゲリラとパラミリタリーの交渉を開始させるよう求める。ウリベの多国籍軍構想には言及せず。

03年6月

6.04 アムネスティ・インターナショナル、コロンビア軍第18旅団(Navos Pardo Battalion)が、ベトジェスにおけるAUCの虐殺行為を黙認していたと報告。これによればAUCのメンバーは戦闘服に旅団の腕章をつけていたとされる。

6月 ウリベは、国内の武力紛争を解決するための新たな枠組みを提示する。同時にナルコテロリストとの全面対決を宣言。コカとケシの栽培地を06年までに根絶すると述べる。

6月 議会、軍治安部隊の権限を強化する法案を可決。テロリスト容疑者を逮捕状なしに36時間まで拘禁できる権限が与えられる。ブラジルを訪問したウリベは、FARCとの和平対話の可能性はまったくないと断言する。

6月 ウリベ、陸軍カリブ海岸旅団のガブリエル・ディアス司令官を更迭、さらに軍からも追放する。船上で押収したコカイン2トンが消えた事件の責任をとらせたもの。

6月 クンディナマルカ州の法廷、枯葉剤が人体および環境に及ぼす影響がないことが科学的に証明されるまで散布を中止するよう政府に命じる。(最高裁では逆転されることを見越した判決)

6月 米政府、外国麻薬取引首謀者指定法に基づき、米国の銀行がコロンビアのゲリラ組織やAUCと取引することを禁止。

6月 政府の和平使節ルイス・カルロス・レストレポ、9つのパラミリタリーが武装解除に同意し、公式な政府との交渉を開始したと発表。

03年7月

7.15 政府とAUC、コロンビア北東部の某所で、10項目からなる「サンタフェ・デ・ラリート合意」に達する。「政府の民主的な統治力の強化と、武力の国家独占の復活を通じて平和を達成する」ことで一致。9月から段階的に武装解除し、05年末までに要員1万3千人が全員武装解除することとなる。

7月 フランス軍輸送機がマナウスに着陸。フランスによるベタンクール救出作戦が明るみに出る。家族は、FARCがブラジル国境地帯で解放すると約束したがそれを破ったと非難。

7月 カウカ州でパエス族の学校建設や農業指導にあたっていたスイス人がFARCに拉致される。パエス族が強硬に抗議した結果、FARCは「間違いを犯した」と自己批判し、スイス人を解放する。

7月 民兵隊員三人がゲリラにより殺害される。民兵隊は農民らを3ヶ月軍事訓練した後、兵役につかせるもの。02年10月の資産税を財源として編成された。

7月末 ウリベ大統領,AUCと武装解除交渉で「合意」したと発表.世論調査での支持率も65%を超える.

7月末 AUCとの交渉にあたった政府代表ルイス・カルロス・レストレポ、「人権犯罪を犯した要員であっても収監せず、自宅軟禁、被害者に対する物質的賠償、真実究明委員会での犯罪の告白、社会復帰訓練所送りなどの義務を負わせる」にとどめるとする。

03年8月

8.21 定例議会が開催される。政府、レストレポの発言に沿った恩赦法案を議会に提出。与党議員40人がウリベの功績を礼賛し、連続二期政権担当を可能にする改憲案を提出。

8.31 ナリーニョ州の「黒人共同体運動」指導者ホセ・ルイシアーノ・カスティージョが暗殺される.FARC第29戦線の犯行とする声明がメディアに届く.彼は「地域統合運動」の候補者として10月の地方選挙に立候補を予定していた.

8月末 コロンビア政府、これまでFARC戦闘員1000名が、恩赦の動きに呼応して戦線を離脱したと発表。

8月末 FARCとELN、共同声明を発表。ウリベ政権との和平交渉はありえないとし、国内全域で統一戦線を組み共闘することで合意。政治的に追い込まれたことの反映とされる。

8月 マイヤーズ統合参謀本部議長がコロンビアを訪問。マイヤーズはFARCを支持するチャベスを「中東におけるシリア」になぞらえ、ナルコテロリストの頭目扱いする。

03年9月

9.16 ウリベ大統領とルーラ大統領,コロンビアのカルタヘナにおいて会談.ルーラは「FARCと政府,国連による和平会談のため,中立地のブラジル領土を提供する」と提案.ウリベ大統領はこれを受諾.ライナック駐伯米大使も「ブラジル国内での和平交渉会議に干渉せず」と発言.

9.17 コロンビア政府,国際刑事裁判条約に調印.アメリカはこれに抗議して,一億三千万ドルの軍事援助を削減.のちにコロンビア政府は,コロンビア国内での特殊活動にかかわる米軍将兵について国際刑事裁判条約を適用しないとの合意を結ばされる.

9.21 コロンビア北東部のカタトゥンブで,除草剤散布中の米国務省チャーター機が撃墜され,パイロットが死亡.

9月 ウリベ、国家暴力に反対する人権団体を「テロリストの代理人」、「卑怯者」とこき下ろす。

03年10月 ボゴタ市長選での左派勝利

10.25 ウリベ大統領が提案した,公務員の給与凍結,公共経費の削減など15の政策について国民投票.投票率が25%を下回り,国民投票そのものが不成立に終わる. 与党に深刻な打撃を与える.FARCは全国51ヶ所で妨害行動.

10.26 コロンビアで一斉地方選挙.ボゴタ市長選挙では「独立民主極」(PDI)のルイス・エドワルド・ガルソン(Garzon) が勝利.史上はじめての労働組合出身市長となる.ガルソン(愛称Lucho)は統一労働者連合(CUT)議長で,02年の大統領選挙では3位となった.このほかバジェ・デル・カウカ州・サンタンデル州・ボリイバル州・ナリーニョ州・メタ州の各知事,メデジン・カリ・バランキージャ・バランカベルメハの各市長選挙でもPDI候補が勝利.

10.28 地方選挙での記録的な大敗を受け,ウリベの内閣が総辞職.

10月 ウリベ支持派,大統領の連続再選を可能にする憲法改正のための署名活動を開始.目標は未達成に終わる.

03年11月 パラミリタリーの元締めが軍司令官に就任

11.02 トリマ州農業労働者組合が,カハマルカで農場占拠闘争.警察は50人あまりを逮捕.その後一週間のあいだに闘争指導者ら6人が連れ去られ,虐殺死体で発見される.

11.06 ロンドニョ内相兼法相が辞表を提出.これに次いでマルタ・ラミレス国防相,セシリア環境相も辞任.国家警察長官も辞任.国民投票の失敗への対応をめぐり,政権内部での対立が露呈したもの.

11.10 カンポ警察長官,モラ国軍総司令官が,あいついで辞表を提出.

11.19 ホルヘ・アルベルト・ウリベ国防相,カルロス・アルベルト・オスピナ将軍を軍司令官に任命.オスピナは米州学校(SOA)の卒業生で,第4師団長時代(97~98)にパラミリタリーと手を結び,市民多数を拷問・殺害したとされる.

11.17 AUCのカスターノ・ヒル,コロンビア政府に,犯罪を犯したパラミリタリー兵士に対し米国が恩赦を与えるよう要請.コロンビアで人権侵害を引き起こした米軍将兵を国際刑事裁判所に送致しないとの対米合意を引き合いに出す.

11.19 国連主催の“人身売買に関する会議”がコロンビアのボコダで開かれる.各政府が人身売買に関して厳しく取り締まるよう要請.北米,ヨーロッパ,アジアに展開されている人身売買ネットワークの根絶を訴える.

11.23 ウリベ大統領,警察官はパラミリタリーとの協力を止めなければならないと警告.アンティオキア州のある市長が,「警察は町の広場でパラミリタリーとウィスキーを酌み交わし,彼らが商店から「税金」を巻き上げるのを黙認している」と苦情を上げてきたことを明らかにする.

11月 AP通信、コロンビア軍による「愛国作戦」について報道。「コロンビア政府は共産主義ゲリラの拠点であるジャングルで勝利を収めつつある」と述べる。ガーディアン紙は、国軍がコロンビア南部で「数十の襲撃捜査を行い、ゲリラに食料や支持を提供したとの疑い」により人々を「拘束している」と報道。

11月 政府、パラミリタリーの「中部ボリーバル・ブロック」および「アラウカ州の勝利者(Vencedores)」との和平交渉開始で合意。「ヌティバラ首長ブロック」が武装解除を開始する。ヌティバラはメヂジン最大のパラミリタリーで構成員数は約800名。

03年12月 ウリベ大統領の支持率,80%へ上昇

12.01 AUC兵士約800人がメデジンにおいて500丁の武器を提出.AUCは兵士1万3千人が2005年末までに武装解除を完了すると宣言.

12.04 ナリーニョ州バルバコア郡ジョレンテ村で,パラミリタリーが村民十三人をチェーンソーで虐殺.

12 ギャロップの調査で,ウリベ大統領の支持率は,2ヶ月前の75%から80%へ上昇.

12 メデジンを拠点とするAUCの下部組織「カシーケ・ヌティバラ」の868人が、「平和と和解プログラム」にもとづき武装解除を当局に申請。1年後も95%の残留率となったことから、各界の注目を集める。

 

 2004年

04年1月 「コロンビアは安全な国に変貌した」

1.01 コロンビア軍第12旅団,FARCの第15戦線を標的として「新年作戦」を開始.カケタ州のサン・イシドロとラ・ウニオン・ペネヤ村を襲撃。FARCの民兵27人を拘束。 米国は新年作戦にあわせて新たな枯葉剤散布を開始.

1.12 コロンビア国防省,「コロンビアは安全な国に変貌した.如何なる場所も安全に旅行できる」と発表.殺人事件は前年度より20%減の22,969件で,87年以降の最低.誘拐は前年比32%減の2,043件.テロ襲撃は850件で前年度に比し半減.

1.12 FARC第二のトップでカリブ戦線の総指揮官トリニダド,国境近くのエクアドルの病院にて逮捕される.

1月 03年度に暗殺された労働組合員は94人。世界中で殺されている労働組合員のうち約75%に相当する。

04年2月 米新大使、AUCとの接触を停止

2.12 ウリベ大統領,ローマ法王に接見.法王は「あらゆる暴力を排除して公正かつ平和で強固な社会を再建する時」と語る.

2.15 ウリベ大統領,連続再選を可能にする憲法改正のための署名活動を開始.

2月 ボゴタ駐在のウッド米大使、「パラミリタリーが停戦の責任を果たさなかったことは明らか」とし、AUCとの接触を停止。麻薬取引への関与と人権侵害のテロ行為を非難する声明。

04年3月 20分に1人が殺害される国

3.01 米国務省、コロンビアで02から03年の間にコカ耕作が1/3減少したと報告。コロンビア計画の成功を自画自賛する。しかしDEA、ONDCPなどによれば、この2年間で米国内市場のコカインは価格、流通量、純度ともに不変である。

3.11 コロンビア犯罪研究所,昨年1年間に2万5,788人が殺害されたと発表.20分に1人が殺害された計算.

3.23 NYタイムス、「当局はプトゥマヨからコカインを一掃したといっているが、私は現地のいたるところででコカイン畑を見た。国軍基地から5分のジャングルにも畑があった」という特派員報告を掲載。

04年4月

4月 エネルギー相エルネスト・メヒア、「外国企業は、エコペトロルと提携しなくても、国営炭化水素法人と契約を交渉できる」と発表。コロンビア政府に払わなくてはならない採掘権料を劇的に削減する。

5月 これまでに捕らえられたFARC幹部の中で最高ランクのリカルド・パルメラに対し,35年の刑が宣告される.

5月 ウリベ、メキシコを訪問。メキシコはコロンビア政府とELNとの接触を仲介することに合意。

5月 ペルー、コロンビア、エクアドルのアンデス三国、アメリカと自由貿易交渉を開始。

04年6月 

6.16 北部の「集中地域」で、政府とAUCの武装解除に関する会談が再開される。

6.23 メキシコの仲介の下、ボゴタでELNとの対話が始まる。会談終了後、ELN側から「ウリベ大統領との和平は無理」との声明が出される。

6.30 ウッド大使、「人権侵害と麻薬取引の首謀者を連行し、米国内で裁くということが重要」と強調。和平会談におけるAUCの恩赦提案を牽制。「彼らの唯一のプログラムは麻薬・テロであり、彼らの唯一のアジェンダは破壊だ」と糾弾。

04年7月

7.22 米国、和平会談に参加している二人のAUC指導者(ディエゴ・フェルナンド・ムリージョとビセンテ・カスターノ)を、麻薬取引の疑いで起訴。

7.22 FARC部隊200人が、南部で橋梁を爆破。この攻撃で国軍兵士13人が死亡。

04年8月 「労働組合員と社会指導者たちはすべてゲリラである」

8月5日 アラウカ州サラベナ基地駐留の第18旅団、労働組合指導者3人を暗殺、2名を拘束。部隊長メディナ大佐は、「この地域の労働組合員と社会指導者たちはすべてゲリラである」と語る。

8月 政府軍兵士約千名が、東部カーサナレ州(Caasanare)で「カーサナレ農民自衛軍」 (ACC)を攻撃。パラミリタリー兵士21人を殺害し、32人を捕らえる。軍最高司令官カルロス・アルベルトOspina将軍は、「もはや戦いは終わった。パラミリタリー兵士は武器を捨て投降せよ」と呼びかける。ACCはAUCとコカイン栽培地帯の支配をめぐり縄張り争いを続けていた。

04年9月

9.14 コロンビア全国先住民団体、先住民に敬意を払うよう要求して、東南部のサンタンデール・デ・キリーチャからカリをめざし、320キロに及ぶ行進を開始。ウリベ大統領は、要求が「政治的」であり、国内の主要幹線道を妨害するものとして、中止の呼びかけ。

9.15 政府軍,カケタ県のジャングル地帯で300人収容のFARC地下基地を発見したと発表。

9.16 暴力行為をやめ、政府と反政府勢力が交渉の席につくよう要求する先住民の行進がカリに到着。行進の最終日には約6万人が参加。

9.16 FARC、カケタ地域、ジャングル内の2つの町を非武装化し、人質と捕虜の交換の交渉をしようと提案。ウリベ政権はこの提案を拒否。

9.16 カリ・カルテルのロドリゲス・オルフエラ兄弟、アメリカでの裁判を拒否。

04年10月 100万人の反ウリベ・デモ

10.09 コロンビア世論調査で、ウリベ大統領の支持率が6ポイント低下。初めて70%を切る。

10.09 コロンビア政府、麻薬密売とマネー・ロンダリングで起訴されたビセンテ・ブストス、ホセ・ロドリゴ・ヒルをボゴタ空港でアメリカ当局に引き渡す。

10.09 米国議会、対FARC作戦に協力するため、400ないし800人の兵の増員を認める。さらに軍事顧問を600人まで増員するとのホワイトハウスの提案を検討。

10.11 FARC、コロンビアで社会主義政権やプロレタリア独裁体制を建てようとしてはいないと言明。

10.12 ボゴタほか全国各市で公共機関の24時間ストライキ。100万人以上の人々が、ウリベ大統領の経済政策に抗議して、コロンビア各地の都市でデモ行進。この二年間で最大の抗議行動となる。ボゴタでは、30万人以上の人々がボリバール広場に集まる。

10.27 ウリベ大統領、誘拐された人々と15人のゲリラ捕虜の交換交渉を提案。ゲリラ側は、約60人の政治家、兵士、警官、アメリカ人を人質に取っている。

10.29 ラウル・レイエス(本名はルイス・エドガル・デビア)FARC代表、「非武装地域以外での交渉は絶対受け入れられない」と回答。カケータ州サン・ビセンテ・デル・カグアンとカルタヘナ・デ・チャイラの非武装化をもとめる。

10月 AUCが休戦を宣言、年末までに3000人の兵士の武装解除を行うと発表。

04年11月 ブッシュ、プラン・コロンビアの継続・拡充を発表

11.10 カリブ海よりのシエラ・ネバダ・デ・サンタ・マルタで、アラウコ族先住民の精神的リーダーであるマリアーノ・スアーレス・「マモ」が、FARCにより殺害される。「マモ」はFARCが禁止した場所に治療と教育の場所を作ろうとしていたとされる。国連はこの犯罪行為を非難し、人権の規範に反するものだと指摘。

11.12 カウカ州でフロンティーノ居留地の先住民指導者プリニオ・パンバ50歳とその息子がFARCに殺害される。一週間で同じような殺害事件が4件発生。

11.22 ブッシュ大統領、カルタヘナに4時間滞在。ウリベとの会談後、プラン・コロンビアの継続・拡充を発表する。地上,海上,空中から1万5千人がブッシュ防備に携わる事実上の戒厳令。

04年12月 ロドリゴ・グランダ誘拐事件

12.02 コロンビア政府、23人のFARCゲリラを赦免し釈放すると発表。

12.02 コロンビア議会、大統領の再選を可能とする憲法改正案を採択。あわせて現役の知事または市長が大統領に立候補することを禁止する決議。これにより、有力対抗馬とされたボゴタ市長ルイス・エドアルド・ガルソンの立候補が不可能になる。

12.02 退役軍・警察隊員25人が、ハリバートン社に月1800万ペソ(約7000ドル)で雇われ、イラク戦争に派遣されることがコロンビア紙により報道される。ハリバートン社はこの報道を否定。

12.03 ウリベ大統領、カリ・カルテルの首領ヒルベルト・ロドリゲス・オレフエラ(63歳)の米国引渡しを承認。

12.05 カリ・カルテルのヒルベルト・ロドリゲス・オルフエラ、コロンビアからマイアミに着き、留置される。直前のインタビューで、①20年間大統領選挙に資金提供してきた、②バルコ政権のエスコバル殺害作戦に協力した、などと明らかにする。

12.14 FARCが、クリスマス用のダンス曲などを集めた新しいCDを出す。FARCメンバーによる演奏で6枚組みセット。CDの販売は、FARC支配地域のみだが、FARCのHPでサンプルが聞けるとのこと。(「メキシコ短信」による。SSには探せなかった)

各CDのタイトルは以下の通り
“Glifosato”-麻薬栽培を止めさせるためにまかれている除草剤の名前。 
“Mensaje fariano”-「ファリアノ・メッセージ」 ファリアノはダンスの一種。FARCは、かなりこの音楽に思い入れがあるらしい。
“Arando la paz”-「平和をつむぐ」FARCならではの平和への想いが伝わってくるはず。
“Oye tu guerrillera”-「ゲリラ戦士よ、聞け」ゲリラ戦士が女性形なので、闘争と恋歌をかけたものと思われる。
“Respirando dignidad”-「気高き息吹」ウリベ&ブッシュのコンビには負けない、、、熱い想いが一杯。
“Versos bolivarianos”-「ボリバルの詩」汎アメリカ主義を説いた独立の英雄、シモン・ボリバルにちなんだ1枚。

12.18 コロンビア政府、FARCが63人の人質を解放しなければ、拘留中の幹部シモン・トリニダッドをアメリカに送ると発表。63人の内訳は、イングリッド・ベタンクールを含む22名の政治家、約40名の警察と軍の関係者、3名のアメリカ市民、1名のドイツ市民など。

12.26 ゲリラによる誘拐が大幅な減少。2003年の2136件から、今年は1300件で、38%の減少である。ゲリラ側が誘拐から「戦争税」の取立てへ戦術を変更したことも関係している。

12.27 カサナレ県の知事ミゲル・アンヘル・ペレスが武装民兵から選挙資金として2万ドルを受け取る。テレビ番組で金を受け取る場面のビデオが放送される。検事総長はペレス逮捕を命令。

12月 コロンビア政府、FARCの回答がなかったことから、幹部「シモン・トリニダッド」を米国に引き渡す。

12月 コロンビア政府、カラカスにエージェントを送り、FARC駐在代表ロドリゴ・グランダを誘拐。当初はコロンビアのククタ市で逮捕されたと発表するが、のちにカラカス市内で拉致したことを認める。のちに、コ警察がべ軍兵士に賄賂を払って拉致させたことが明らかになる。

12月 駐コロンビア米国大使ウィリアム・ウッド、FARC幹部拉致問題で、ウリベ政権を「100%」支持すると述べる。

 

2005年

05年1月 FARCの闘争再開宣言

1.16 コロンビア政府、ベネズエラは国内にゲリラをかくまっていると非難。ベネズエラのヘセ・チャコン内相、ゲリラがベネズエラ国内に入れば「神が命ずるままに」捕らえ、コロンビアに引き渡すと述べる。

1.21 ベネズエラ議会、コロンビアの行動は主権侵害だとし、国際ルールを尊重するようもとめる決議。

1月末 FARC、「抵抗計画」(Plan Resistencia)と呼ばれる「戦略的な撤退」を中止すると宣言。それまでウリベの「愛国計画」(Plan Patriota)を逃れ、密林内に潜伏する作戦から大規模攻勢の再開へ移る。軍と警察を攻撃し60人の死者を出す。

1月 イラクで石油や公共工事を請け負う米企業がコロンビアの退役軍人を大量募集。石油パイプラインの警備や企業社員の警護などにあたり、契約期間は1年、月給は7500ドルで、死亡時には6万ドルを家族が受け取れる生命保険がつく。

05年2月 軍が直接の民間人虐殺を強化

2.02 60以上の人権団体が、コロンビアが国連の人権に関する勧告を守るまでは、同国への援助をしないよう要請。国際アムネスティアは、コロンビア治安部隊が超法規的な行動や拘留を行っているとし、また、ウリベ大統領による民兵組織や極右勢力との和平プロセスに懸念を示している。また、武装勢力の行う人権侵害行為に対して罰則が適用されていないと主張する。

2.09 南部セルバ地帯でゲリラとの激しい戦い。軍側に19人、ゲリラ側に11人の死者を出した。ウリベ大統領の政策に疑問が持たれる。

2.16 ウリベ大統領がベネズエラを訪問しチャベス大統領と会談。会談は8時間にわたり、外交危機を乗り越えることで合意。通商関係の再開、両国間のパイプライン建設の再開でも合意。ウリベは「建設的で素晴らしい会合だった」と語る。

2.21 コロンビア軍第11旅団、アンティオキア州アパルタード郡の「サンホセ平和共同体」を襲撃。創設者のルイス・エドワルド・ゲーラ・ゲーラら6人を殺害し切り刻む。ゲーラは米国内を行脚するなど海外にも知られた著名な平和活動家で、昨年8月にも、軍の攻撃を受け負傷している。

2.22 軍のヘリ、アパルタード郡のベジャビスタ、アルト・ボニート、ブエノスアイレスの集落を無差別爆撃。

2.25 コロンビアの北東部サンタンデール州で豪雨。死者が61名,行方不明が10名,被害者は4万人以上。

2月 ボゴタの人権団体CODHES、04年に28万7581人のコロンビア人が強制的に追放されたと発表。03年に比し38%もの増加。身代金目当ての誘拐は26%減少するが、「戦争税」などの名目によるゆすりは22%増加。

05年3月 ウリベ、イベロアメリカ諸国との関係修復

3.02 ウリベ大統領、カリ・カルテルのミゲル・ロドリゲス・オレフエラの、米国への身柄引渡しを承認。

3.09 コロンビア政府はオマイラ・ロハス・カブレラ、通称「コマンダンテ・ソニア」をアメリカに引き渡す。コカインの輸入、製造、販売の疑いがかけられている。

3.11 コロンビアは11日、メデジン・カルテルのナンバー2、ミゲル・ロドリゲス・オレフェラ61歳をアメリカに引き渡した。その兄ヒルベルト・ロドリゲス・オレフェラ65歳は昨年12月に引き渡されている。

3.31 スペインのサパテロ首相がボゴタ訪問。軍用機(C212型)3機の贈与とヘリコプターの売買交渉を明らかにし、また和平対話交渉を仲介したいと語る。

3月 FARCに対するプラン・パトリオットが実行される。南部に1万7000人の兵士を展開。この作戦に備え、米国は過去6年間で33億ドルに上る軍事援助を与え、戦闘ヘリのブラックフォークやヒューイを65機以上も供与し、新設の精鋭部隊を3個大隊も養成した。

05年4月 ブラジル、ベネズエラ、スペインのELN和平調停

4.05 ウリベ大統領。ELNとの交渉再開を提案。「唯一の条件は対話に入ることであり、武器の引渡しは求めない」と言明。ELNはこれを偽満的宣伝とし、誘拐を含む軍事作戦を続行するむね言明。

4.05 ボゴタの国連難民問題高等弁務官事務所、コロンビア政府に対してチョコー県の人権危機に対し行動を起こすよう求める。ここ数週間で約2000人がこの地域のゲリラと民兵との争いのため住居を追い出される。一方、この地域のFARCに対しても、誘拐されたと思われる5人の農民の釈放を求めた。

4.06 北東部アラウカ県で、パトロール中の国軍兵士17人が、FARCの奇襲を受け死亡。

4.09 ウリベ大統領、中国と日本を訪問。石油パイプライン建設への中国からの投資などで一致。

4.15 ブラジル、ベネズエラ、スペインのコロンビア駐在大使、ELNとウリベ政権との和解の仲介に乗り出す。3ヶ国の大使はメデジン近くの刑務所で服役中のELN指導者の一人フランシスコ ’パチョ’ガランと会見。政府に対する敵意をすてるよう求める。政府の平和特使ルイス・カルロス・レストレボも同席。

4.15 三カ国大使グループの代表でブラジル大使のマリア・セレーナ・アセベド、「我々がパチョ・ガランに求めるのは、対話のための共通の基盤を見つけ出すこと、敵意を捨てること、政府との交渉のテーブルにつくこと、平和プロセスに踏み出すこと、これが会合の全てだ」と語る。

4.19 ELN、国連人権委員会でメキシコが米国のキューバ非難決議に賛成したことを批判。「駐コロンビア大使アンドレス・バレンシアの仲介は不可能になった」と声明。ブラジル、ベネズエラ、スペインの仲介開始が背景にある。メキシコ政府は、「これで役割りは終わった」と発表する。

4.19 コロンビア政府の和平高等弁務官ルイス・カルロス・レストレポ、「ELNは、その好戦性、傲慢さ、嘘つきな本質から、誘拐をやめることを拒否し、メキシコの協力を拒否した」と非難。

4.27 ライス米国務長官がボゴタを訪問。9月一杯でプラン・コロンビアを終了すると発表。

4月 プラン・パトリオットが失敗。4人の将軍が罷免され、国軍内部は激しい危機に見舞われる。

6.22 コロンビア下院、「正義・平和法」を可決。AUCの活動停止に法的裏付けを与え、平和交渉を進めるためのもの。残虐な犯罪を行ったとして告発された民兵組織について5-6年の投獄を定めるいっぽう、メンバーに政治犯罪者のカテゴリーを認めるもの。 野党、人権団体は犯罪を許すものとして批判。

7.14 ブラッセルの国連麻薬事務所(UNODC)、年次報告を発表。04年のコカインの生産は、ボリビアとペルーで大幅な増加。ボリビアのコカ栽培面積は2万7000ヘクタールで、1年で面積が17%、生産量が35%の増となっている(ただし95年に比し半分)。一方コロンビアでの作付け面積は、この5年で50%の減少。

9月 ウリベ、92年以来投獄されているELNの指導者フランシスコ・ガラン(本名アントニオ・ベルムデス)を3ヶ月の間釈放すると発表。ELN側が停戦交渉の当事者として指名したのに応えたもの。(3ヵ月後にはさらに3ヶ月延長)

05年11月

11.14 エクアドル、ゲリラ、麻薬業者と戦闘中のコロンビア軍ヘリコプターがエクアドル領内に侵入したと抗議。コロンビアはこの抗議を否定。

11.16 エクアドルのガロ・チリボガ内相、北部の国境地帯サンロレンソを視察。コロンビア難民に対しコロンビアが責任を持って医療サービスを提供すべきだと主張する。

国連難民高等弁務官事務所によれば、コロンビア南部のプトゥマヨとナリーニョ州における最近の戦闘激化で、2千人以上が家を失った。ここ数日だけでも、その3分の1にあたる800人が国境を越えエクアドルに避難している。これまでエクアドルに逃れたコロンビア人は25万人とされる。

11.16 コロンビア政府とELNとの和平会議がハバナで再開される。レストレポ和平最高責任者が政府代表として出席。ELNからはアントニオ・ガルシア軍事司令官、コロンビアで収監中のフランシスコ・ガラン広報官に加え、キューバ亡命中のラミロ・バルガスも参加。調停役としてガルシア・マルケスをはじめ、スペイン、ノルウェー、スイス政府の代表が列席する。

11月23日 アンデス諸国と米国との自由貿易交渉が決裂。アンデス諸国は、アメリカが農産物補助や知的所有権、医薬製造業の保護を廃止するまでは、全ての市場を開くことに反対する立場をとる。ワシントンは、これらの問題は、EUや日本とのマルチ交渉の場でのみ行うと主張。

11月 ベネズエラ政府、コロンビア国内に反チャベスの動きがあることを明らかにし、この陰謀に関する一連の書類をコロンビア側に手渡す。ベネズエラの元軍人が、コロンビア政府職員とボゴタの軍施設の中で会談し、陰謀を企てていたとされる。

05年12月

12.02 「自由の国基金」、今年のコロンビアにおける誘拐件数は581件と発表。99年の3328件に対し大幅に減少。しかし5426人がいまだに家に帰れないでいる。誘拐に最も係わってきたのはFARCの1140人。ついでELN、AUCの順となる。

12.13 セゴビヤ地方に勢力を張るAUCのボリバル中央派、メンバー2千人の武装を解除。銃器、手榴弾、2機のヘリコプターなどを政府に引き渡す。これまでAUCは、1万7千名のうち1万1千名の武装解除を行ったと称する。

12.13 ウリベ大統領、FARCとの捕虜交換交渉のための予備会談を、南西部バジェ・デ・カウカ州の市を非武装化して行うと言明。 欧州諸国(フランス、スイス、スペイン)の提案を受け入れたもの。イニシアティブはスイスが取り、交渉場所の周辺180キロが軍・警察も立ち入らない地域となる。

12.18 サンタ・マルタでシモン・ボリバルの死去175周年の式典。ウリベ大統領とチャベス大統領がともに出席。両首脳はベネズエラの石油をアジアに輸出するためのパイプラインの建設について検討することで合意。

12.18 ウリベ大統領、上記式典後の記者会見で、コロンビア国内でチャベス大統領に対する陰謀があったことを明らかにする。「コロンビアは武力で民主的な政府や兄弟国に対する武力的陰謀を許さない」と述べる。

12.21 政府とELN、5日間の「手探りの対話」が終わる。具体的な成果はなかったが、レストレポ和平弁務官は、交渉継続へ向けての一定の合意ができたとする。

12.21 アルトゥーロ・ディアス・ガルシア、トリマ州イバゲでパラミリタリーにより暗殺される。ガルシアはコロンビア共産党(合法闘争派)の指導者でトリマ州農業労働者組合(SINTRAGRITOL)の活動家であった。

12.27 約300人のFARC部隊、メタ州のビスタ・エルモサで政府軍を待ち伏せ攻撃。兵士ら29人を殺害。現場はボゴタの東方300キロのセルバ地帯。政府軍は政府職員を含め90人ほどでコカ栽培地域に入ろうとしていた。

12.29 政府軍、メタ州で大規模な作戦を展開。FARCを追撃。

12.29 FARC、ウリベが大統領在任中は人質の交換には応じないと発表。また、この間調整に入ったフランス、スイス、スペイン政府の役割を評価。三国提案は東部に交渉地を設定し、周囲180キロを非武装とするというもの。

2005年 この時点でFARC勢力は18,000 to 20,000とされる。7つの州に80以上の戦線が形成され、アンデス東麓を主要基盤とし国土の40%で存在を維持する。

 

2006年

06年01月

1.03 ウリベ大統領、FARCの人質交換拒否を受け、FARCを「道化者、泥棒、誘拐者、厄介者」と非難。FARC支配地域の不法栽培地を除去すると宣言。

1.16 アメリカ司法省、DEAのボゴタ支局員が麻薬取引組織と民兵組織に関係し、麻薬取引の新ルートを告発した者を殺害していたことを認める。同様の重大なケースが4件報告されている。

1.21 アンティオキア州のAUC民兵2600人が武装解除に応じる。司令官のラミロ・”クコ”・バノイは、米国から身柄の引き渡しを求められているが、政府との約束を守れば免除される合意。

1.22 FARCの捕虜となっているバジェ・デ・カウカ州議員グループ12人、ベネズエラへの亡命を求める。02年4月カリ市で誘拐され人質生活を続けてきたが、コロンビア政府がFARCとの交渉を事実上放棄しているとし、チャベスの介入を求めたもの。

1.28 コロンビアの軍用機がエクアドル領空に侵入。エクアドルが抗議。コロンビア政府は、FARCとの戦闘があったことを認めたが、領空侵犯は否定。

06年02月

2.03 コロンビア政府、空軍機がエクアドルへ国境侵害したことを認める。同時に「これは事故であり、意図のあるものではなかった」と釈明。

2.04 コロンビア当局、カリ・カルテルの故サンタクルス・ロンドーニョが所有していた300に及ぶアパートメント、農園と27のオフィス、2億3600万ドルの株を没収。

2.12 旧メデジン・カルテル利益代表のグスタボ・サラサル・ピネダ弁護士、アルフォンソ・トペス・トルヒージョ枢機卿が、過去にパブロ・エスコバルから金を受け取っていたと非難。ピネダは、書籍「マフィアの秘密が明らかになる」の中で、カルテルと教会・政界・法曹界との関係を暴露している。

2.15 コロンビア南部でFARCの攻勢が強まる。2日間で少なくとも政府軍15名、ゲリラ5人の死者。36人の兵士が負傷。ウリベ大統領は南部ラ・マカレナ自然保護公園への爆撃を命じる。

2.17 コロンビア政府とELNの交渉がハバナで再開される。これと並行してガルシア司令官とフランシスコ・ガランがコロンビアの市民組織と意見を交換。

2.27 アメリカとコロンビア、自由貿易協定に調印。農産物分野での懸念が拡大。

2.28 ボゴタから南400キロウィラ州リベラの郊外で、会議中の市会議員8名がFARCに襲われ、殺害される。

06年03月

3.01 米国国務省が「反麻薬の戦いレポート第23号」を発表。05年にアンデス諸国とメキシコで330トン・330億ドルのコカインを押収、これは過去最高。同じ量が市中に流れたと推定される。同報告は「コカインの質は悪化し、価格が上がっている。これは米戦略の成功を示している」と指摘。また「コロンビア・プランの劇的な成功」により、コロンビアにおける栽培がほぼ撲滅されたとする。

3.01 米州機構調査団、AUC4000人が北西部コルドバ地域で再び武器を取っていることを明らかにする。

3.03 ELNのアントニオ・ガルシア司令官、全ての軍事活動を中止すると発表。

3.12 コロンビア議会選挙の投票。FARCは32県のうち少なくとも7県で交通を遮断。したがわない車両には発砲。これにより、少なくとも25人が死亡した。

3.12 議会選挙でウリベ支持派が勝利。上院102のうちの62議席、下院166のうちの88議席を占めた。

3.18 ウリベ大統領、FARCが武装解除に協力するなら、収監中のFARCメンバー数千人に「正義和平法」を適用すると提案。これに対しFARCは、62人の人質と捕虜兵士の交換を提案。

3.23 ELN、5月28日の選挙で野党が連携するよう訴える。ウリベはELNの声明を歓迎。「ゲリラが弾丸ではなく、政策について話すのは非常によいことだ」と述べる。

3.23 連邦大審院、FARCのリーダー50人について、250億ドルのコカインをアメリカなどの国に輸入した疑いで裁判を開始。告発された者のうち、3人についてはコロンビアで裁判が進行中。残りの47人は捕まっていない。

3月 アルベルト・ゴンザレス米司法長官、ティロフィホの首に500万ドルの懸賞をかけると発表。

06年04月

4.05 FARC、ドイツ人ロタール・ヒンツェを解放。ヒンツェは01年3月トリマ州のホテルで捕らえられ、人質にされた。

4.09 FARC、ボゴタで市内バスに爆弾テロを仕掛ける。一回目はイングレス地区で14人が負傷、二回目はササモラ地区で10名が負傷した。

4.13 ELN指導者のアントニオ・ガルシア、キューバでの二回にわたる交渉を受け、「ウリベ政権との和平合意に確信を持っており、より広範な政治交渉を通じて、武器を放棄する用意がある」と言明。

4.12 ボゴタから150キロのカシバラで、AUC民兵1700人が当局に武器を引き渡す。ウリベ政権は、「和平プロセス」が始まって以来、3万人が武装解除したとするが、米州機構支援ミッションのセルヒオ・カラマーニャは、武装解除された兵士が再び武器を入手していると言明。

4.15 週刊誌「セマナ」、ラファエル・ガルシアの証言に基づき、02年の大統領選でのウリベ派の不正を暴露。これによれば、ウリベ派幹部のホルヘ・ノルエラが、北部大西洋岸で右派民兵組織を動員し、30万票を集めたとされる。

ノルエラは、ウリベ政権で秘密警察DASの長官となるが、腐敗が明るみに出て辞任。DASそのものも廃止される。現在ミラノ領事となっている。ラファエル・ガルシアはDAS時代のノルエラの部下だった。

4.17 アントニオ・ガルシア(50歳)が、秘密生活を終えメデジンに戻る。ガルシアは誘拐などの罪状があるが、逮捕命令が中断されている。

4.17 アメリカのヒューマン・ライト・ウォッチ(HRW)、腐敗と情報機関への民兵組織の浸食が明らかになったとし、ウリベ大統領の対応を厳しく批判。「ウリベ大統領の攻撃的な対応は、彼が真実を知りたがっているかについて疑いを抱かせる」ものであると批判。

4.19 コロンビア情報機関がウーゴ・チャベス大統領を殺害する陰謀を持っていたことが発覚。ベネズエラはコロンビアに「陰謀」の調査を要求。ウリベ大統領は、中心人物とされる現ミラノ領事のホルヘ・ノルエガを召還し事情を聴取。

4.25 コロンビアを訪れたアーレン・スペクター米上院司法委員長が議会で証言。スペクターが「多くのコロンビア人がビザが切れても帰国しない」と批判したのに対し、ウリベ大統領が「コロンビア人労働者にマイクロチップを埋め込む」と発言したとする。

4.26 キューバで、コロンビア政府ELNとの和平交渉の第三ラウンドが開始される。ELNが40年来で初めて休戦を決定。

4月27日 FARC、元大統領セサル・ガビリアの妹リリアナを誘拐しようとして失敗、殺害する。

4月 情報機関DASが、殺された極右組織の民兵を組合指導者の名目で処理・発表したことが暴露される。ウリベは「組合指導者の殺害やベネズエラ政府に対する陰謀には係わっていない」と否定。「セマナ」と「カンビオ」両誌による暴露は「民主主義の正統性」を侵害すると反撃する。

06年05月

5.05 ウリベ、スペクター証言に対し否定も肯定もせず。150万人近くのコロンビア人が米国内に滞在していると推定される。

5.08 ホルヘ・ノゲラ元秘密警察長官(現ミラノ総領事)、2002年大統領選で選挙違反にかかわったとして起訴。ノゲラは現職を辞任する。

2007年

 

2008年

3.01 コロンビア軍、エクアドル領内のFARCキャンプを攻撃。幹部のRaul Reyes他16名が死亡。(この後の経過はエクアドル年表へ)

3.04 世銀は、コロンビア向けに3億ドルの融資(返済期間22.5年、スプレッド固定)を承諾した。融資は、低所得者向けの高等教育奨学金制度に対して行われるもの。

3.06 FARC幹部のIvan Rios、部下の警護隊長に殺害される。

3.12 米国内でコロンビアとのFTA批准が遅れる。

7.20 コロンビア、南米防衛評議会構想への参加を決定。

 

2012年

9月3日 コロンビア政府の「平和のための対話支援委員会」が組織される。ハイメ・ベルナル元検察官、学識者のアレホ・バルガス、元大統領候補のオラシオ・セルパの3人が代表に指名される。ELNとの和平を先行させる方針。ELNは最近の戦力は 2500人規模と見られている。最高指導者はニコラス・ロドリゲス・バウティスタ(通称ガビノ)

11月 キューバのハバナで政府とFARCの交渉が始まる。5つのテーマのうち、内戦終結後のFARCの政治参加の保障が最大の難局となる。

 

2013年

1月18日 ELN、カナダの鉱山会社ブライバル・マイニング・コーポレーションの副社長ジェルノック・ウォバートを誘拐。ELNはウォバートが違法な手段で4か所の土地を取得 したと非難。

7月 FARC最高司令官ティモレオン・ヒメネスとELNのロドリゲスが両組織の共同行動を宣言。

8月19日 全国農業ストライキ始まる。全国32県のうち30県で無期限ストに突入。25の主要道路が封鎖される。自由貿易協定に反対し、輸入品に対する保護、25品目への税金免除、農業への財政支援をもとめる。さらに農村地帯での公共サービスの改善、肥料・農薬・燃料の費用軽減、農地の分配をもとめる。

8月19日 労働者統一センター(CUT)の指示を受け、鉱山労働者、トラック輸送労働者、医療労働者などもストライキに合流する。

8月22日 停戦交渉。政府側は大統領選挙にあわせて、合意内容を国民投票にかけるよう提案。FARCはこれを保留。

8月27日サントス大統領、ストライキ指導者らとの対話のテーブルを設立すると発表。カリジョ内務相、エストゥピニャン農業相、バレンシア大統領府長官を政府代表に指名する。

8月28日 「愛国的行進」(MP)は、全国学生拡大会議(MANE)、コロンビア教育労働者連盟(FCTE)、石油産業労働組合連合(USOIP) などがあらたに抗議行動に合流したと発表。

8月29 全国32県で大規模な抗議行動。南西部では道路封鎖により孤立。サントス大統領は全国に警察部隊2万のほか軍5万人を配備。ボゴタ市内の左翼拠点に対し外出禁止令。