ベネズエラ年表

その2

2002年 1月 4月1日 4月10日 4月11日 4月12日 4月13日 4月14日 5月 9月 
10月1日 10月25日 11月1日 11月20日 12月1日 12月15日

2003年 1月1日 1月14日 2月 4月 9月

2002年

02年1月

1.01 チャベス、年頭演説。02年をボリーバル革命強化の年と位置づけ、平和的・民主的に革命を続けると宣言。

1.07 大統領支持派が「真実を告げよ!」と叫び、エル・ナシオナル紙のビルに抗議デモ。

1.23 ヒメネス軍事独裁政権の崩壊記念日。野党・組合・経済団体などが大規模な反チャベス集会を開く.8万人を動員、バンデラ・ロハも隊列に加わる。これに対抗してチャベス派の大規模デモが初めて姿を現す。状況はにわかに生臭くなる。

1.24 チャベスがベネズエラ駐在の外交団と新年の集いを開催。バチカン大使ドゥブイは「ボリーバル革命の急進化を憂慮している」と述べる。これに対しチャベスは1時間半にわたり反論の演説。

1.30 ナシオン紙,『仮面を脱いだ独裁者』の記事を掲載.チャベス大統領を中傷.

1.31 第5共和国運動(MVR)はナシオン紙ビルの前で,4時間にわたり抗議行動.400人のジャーナリストと労働者が職場を放棄.カラカスの新聞「Asi Es La Noticiaの」オフィスにはチャベス派によると見られる火炎瓶が投げつけられる.ナシオン紙防衛のため首都警察が出動.ジェット放水と催涙弾でデモ隊を解散.

この事件でナシオン紙のオテロ社長は,「大統領は市役所の職員を動員して,新聞の自由を束縛した」と抗議.アメリカ国務省は「新聞記事内容を威嚇することは憂慮に堪えない」と干渉発言.共和国運動のフローレス議員は「新聞に対する抗議に大統領は無関与」と否定.チャベス大統領は「国家の安定を害する情報を流すものは許されない.新聞社への示威運動は平穏に行われ,偽りの情報に抗議したに過ぎない.カラカス首都警察の用いた手段は過激である」と批判.

1月 チャベス政権が内閣改造。アディナ・バスティダスに代えて,党内穏健派のカベージョ大統領府長官(92年の反乱にチャベスの部下として参加)を副大統領に指名.米国との関係修復を図る.財務相には陸軍少将のフランシスコ・ウソンを当てる。

1月 チャベス、政権の重鎮ルイス・ミキレナ内相を更迭し、“元秘密警察長官”のラモン・ロドリゲス・チャシンを後任とする(“元秘密警察長官”は本間の記載による。英語版ウィキペディアによると、ラモン・ロドリゲス・チャチンは92年11月クーデター参加者の一人で、その後軍の特殊部隊創設にかかわった人物。米国情報当局はFARCとのあいだの疑惑を指摘している)。この後ミキレナは老齢を理由に政界を引退.

ミキレナ変節の背景: 4月のクーデター未遂事件には反チャベス側で暗躍した。その後政府の対応を批判して,連帯党を結成。反チャベスの旗幟を鮮明にする。チャベス選挙の金庫番だったミキレナに対しては、同僚ビジネスマンに政府契約を回すなどの黒い噂が絶えなかった。シルクロ・ボリバリアノのホームページには「クーデターにあたっては首謀者のひとりとなった」と記載されている。

1月 政府報道局(Venpres)、三人のメディア関係者(Ibéyise Pacheco、Patricia Poleo、José Domingo Blanco)がナルコに汚染されていると発表。国外追放を命令。チャベスはこの指示を撤回し、オスカル・ナバス局長を更迭。

02年2月

2.04 チャベス、軍事反乱10周年記念集会で演説。「国内情勢は10年前より好転している」と強調する。

2.07 現役空軍大佐のペドロ・ソトが,「国民を抑圧する大統領を拒否する」として、チャベス退陣を求める爆弾発言.演説後、ソトは逮捕されるが市民が警察署をとり囲み釈放させる。これに続き国家警備軍のフローレス大尉も「国軍軍人の8割が辞任をもとめている」と発言。ランヘル国防相は査問評議会を開き、ソト大佐の解任を決定。

2.09 チャベス、PDVSAの社長Guaicaipuro Lameda将軍と、取締役7名中5名を更迭すると発表。企業側は経営者,労組を含め猛反発.チャベスの決定は政治的であり、正規の手続きを踏んでいないと述べる。

ベネズエラ石油公社: 純国営企業で,世界第4位の石油会社.資産価値は1千5百億ドルと推定される.日産量243万バレルで,国家収入の80%を稼ぎ出している.米国の輸入する石油の15%を占め,これは世界第三位にあたる.

2.12 チャベス、明日から通貨をフロート制度にすると発表。通貨管理を放棄。

2.12 AFL-CIOとNEDが共催し,CTVの代表を招請した非公開フォーラムを開催.この時点でCTVの代表はクーデターの可能性に言及していたという.

2.13 チャベス、政府支出を7%カットすると発表。財政赤字は80億ドルに達する。

2.14 政府は対ドル固定レート制度(フローティングバンド制)を廃止.変動相場制へ移行.通貨ボリーバルは2日間で一気に25%下落.

ベネズエラ売りの背景: 国際石油価格の下落で,石油収入が20%減少、外貨準備高が10%減少。財政赤字の大幅拡大、格付け会社はアメリカが作り出した「政情不安」を理由にPDVSAの格下げ。これにより資金の海外逃避が一気に増加する。

2.18 カルロス・モリーナ・タマヨ退役海軍提督、チャベスの辞任を求める声明。モリーナは1年前から反チャベス派将校を組織していたことを明らかにする。

2.20 CTVのカルロス・オルテガ議長、ストライキ闘争の強化を示唆する。フェデカマラスのカルモナ会長は「時限爆弾が爆発した」と反撃開始を宣言。

2.21 ベネズエラ大学構内で反チャベス派の抗議集会.チャベス派が乱入し乱闘となる.「チャベス革命は公約を果たせない」との批判が高まる.チャベス大統領の支持は30%に下がり,退陣要求は50%を超える.クーデターの僚友ウルダネタ内務警察長官らが離党.

2.22 4軍を統括するリンコン国軍総司令官、大統領を支持し、民主主義を尊重するよう呼びかける。

2.25 チャベス,国営石油会社(PDVSA)の理事会にガストン・パラ新社長ら腹心6人を指名.ガストン・パラは、原油価格を維持するため石油輸出国機構の割当てを厳密に遵守すると述べる。

2.25 Roman Gomez 将軍、タマヨに引き続きチャベスの辞任をもとめる声明を発表。

2.27 カラカソ13周年記念日。チャベス派は3万人の集会。チャベスは「憲法で認められた2013年まで大統領を務める」と宣言。これに対し野党は5万人を結集したといわれる。

2.27 一説によれば,この日を期して極右派軍部によるクーデターが計画されていた.ロハス退役将軍を指導者とするこの計画は,ブッシュ政権の強い圧力の下で流産したといわれる.

2月 政府、公共支出を22%削減する緊縮型予算計画を発表。13万戸の新規住宅建設計画を中止.「ぜいたく品」について付加価値税の引き上げを発表.

2月 コロンビアの左翼ゲリラとベネズエラの軍人が話し合っているビデオがスクープされる。前述の誘拐停止・取り戻し交渉のものとされる。

02年3月

3.04 PDVSA幹部、常勤理事の人事に抗議し抗議デモを呼びかける。ガストン・ルイス・パラ総裁はデモを指揮した幹部二人に対し退職を勧告。

3.06 CIA、「反チャベス派のクーデター計画が進行しつつある」との“Senior Executive Intelligence Briefを配布。(04年11月に、ワシントンの国家安全保障アーカイブの上級研究員ピーター・コーンブルーにより発見された

CIAのブリーフ: CIAが政府高官約200名を対象に毎朝配る国際情勢レポート。すでに我々には「キューバ・ミサイル危機」の際におなじみである。むしろ、いまだにこのようなレポートが発行され、政府の意思決定に重要な役割を演じていることが不思議である。そしていまだに、CIA=「カリブ海殺人会社」(L.B.ジョンソン)が このような与太話を垂れ流すことが許されているのも摩訶不思議である。

3.07 ベネズエラ軍、コロンビア国境地帯に2千人の部隊を派遣、ゲリラのベネズエラ領内への逃亡を阻止する。

3.16 政府,PDVSA新取締役を発令.7人中5人がチャベス派と見られた。現理事会はこれに抗議して操業停止を指示するが、現場は従わず。

3.17 チャベス、「石油という富があるにもかかわらず大部分のベネズエラ人は貧困に苦しめられている。現PDVSA理事会は国家の利益は眼中にない」と非難。軍による接収も辞さないと示唆。

3.21 エル・ナシオナル紙、「チャベスが犯罪組織網のトップに座ろうとしている」と報道。翌日にはタル・クワル紙が「ベネズエラ人を脅そうとする彼の攻撃的言辞は吐き気を催させる」と論評。チャベスはIdi Amin, Mussolini 、Hitlerと並べられ、ファシスト、独裁者、暴君と形容される。

3月 CTVとフェデカマラスを中軸に、野党、教会などが「民主主義合意」に署名。首都区長官のアルフレド・ペーニャもこれに参加する。「合意」は軍に「制度への服従」を求めることで、政府への反逆を示唆する。

3 オットー・ライヒが国務省ラテンアメリカ担当国務次官補に就任.軍部,労連,財界などの指導部が相次いでワシントンを訪れ,国務省,国防総省などの高官と接触.ライヒは反カストロ派キューバ系米国人で,CIAと関係を持ち,80年代後半に駐ベネズエラ大使を務めた.

3月 MASのプチ党首とムヒカ書記長,チャベスとの全面対決を打ち出し、MASマス派の議員・知事らを除名.MASマスは新党結成へ動く.MV5からもかなりの数の議員が離脱。

3月 メディアは危機をあおるキャンペーンを強化。中産階級の地区からは毎日空ナベをたたく抗議行動(cacerolazos)。ベネズエラのテレビ局は国営1局と民間放送4局。民間放送はいずれも反チャベス一色となる。

ベネズエラの民間テレビ放送は5つの局(Venevisión, Radio Caracas Televisión (RCTV), Globovisión、CMT)から成る。

 

02年4月 クーデター

4.04 PDVSAの取締役会の交替に抗議する高級=中級職員のストが始まる.このストにより石油輸出高は15~20%減少した.

4.04 石油労働者連合(Fedepetrol)など三つの主要石油関連労組、ゼネストの呼びかけを跳ね返し、業務に就くよう訴える。

4.05 テレビ局が混乱をあおるキャンペーンを開始。「ガソリンを入れ忘れていませんか? 急げ! 明日には国中に一滴も残っていないかもしれません」とキャスターが叫ぶ。(実際はストは部分的で、GSはまだ補給に支障はなかった)

4月06日(土) 

午後3時 CTV議長カルロス・オルテガと,商工会議所連合会(Fedecamaras)総裁ペドロ・カルモナが共同声明.PDVSAの職員ストと連帯し,9日に共同で24時間ストを打つことを発表.PDVSAの旧経営陣やベネズエラ経団連がこのストを全面支援.

4.06 民間テレビ局はチャベス非難のキャンペーンを開始.発表会場では、エル・ナシオナル紙の主幹Miguel Enrique Oteroが新聞ブロックを代表し彼らと腕を組む。「報道の自由を守るため、闘いに加わる」と宣言。

4.06 CIA、ベネズエラ情勢に関する第二の“Senior Executive Intelligence Briefを配布。「クーデター発動の条件は熟している」と題される。(後に明らかになった)

4.06ブリーフ: 反チャベス派の高級将校と急進派の若手将校がクーデター計画を練っている。彼らは「PDVSA紛争」に絡む抗議行動と、それによる社会不安を利用するつもりだ。おそらく今月中に軍事行動を起こすだろう。報告された計画によれば、目標はチャベスと10人ほどの政府幹部である。
しかし軍と民間人のどちらも急ぎすぎており、成功したクーデターを指導していくだけの準備ができていない。熟慮の時間を与えるためには、「
米国がチャベスを追い出すためのいかなる超憲法的な動きも支持しない」という度重なる警告を発することが有用であろう。

4月07日(日) 

12:25 チャベス,ラジオ演説を行う.PDVSA新執行部に従わない重役のうち7人を解雇,他の12人の退職勧告を発表するとともに,ストの早期終了を求める.スト参加企業の労働者に対しては,スト中自宅にいるよう,街に出ないよう訴える.また公務員には9日のストに参加しないよう呼びかける.

14:30 チャベス,5月1日より最低賃金を20%増加させると発表.また「CTVは労働者を代表しているとは言えない」とし,CTVとの賃金交渉を拒否.フェデカマラスは賃上げに反対の立場を明らかにする.

4月08日(月)

16:00 軍がPDVSAの生産プラントを占拠.ルーカス・リンコン将軍,「石油関連施設に対する警備が大幅に強化された.しかし,我々の望むのは戦闘ではなく静寂である」と語る.エネルギー相アルバロ・シルヴァ,PDVSA総裁ガストン・パーラは「生産は順調に行われている」と強調.

17:00 政府,中小のラジオ・テレビ局10局を利用して,ストライキに反対するキャンペーンを開始.

4.08 CIA、ベネズエラに関する第三の Senior Executive Intelligence Brief を配布。「不満派将校はクーデターを計画している。反対派は全体として立憲的手段によるチャベス排除を望んでいるが、クーデターが失敗すれば、チャベスは反対派に対してかなりの暴力をともなう厳しい取締りで臨むだろう」

4.08 パレスチナでの対応に抗議し,イラク,リビアが相次いで石油輸出の制限を呼びかける.原油価格の高騰のなかで,OPEC議長国ベネズエラの対応が,国際的に注目される.

4月09日(火)

6:00~16:00 政府,16の商業ラジオ局に対し,ストライキに関する情報を放送することを禁止.商業テレビ局は画面を二つに分割し,一面を政府発表の放映,他面をストライキ情報にあてる.

10:00 ベネズエラ労働者総同盟(CTV),ゼネスト開始を指令.商工会議所(FEDECAMERAS)は,すべての企業に休業を指示.地下鉄もストライキに入る。

17:40 CTV,スト参加が全国で8割に達したと声明。さらにもう一日ゼネストを延長するよう指令.政府は「ストライキは革命政府を打倒するために仕組まれたものだが,すでに失敗に終わりつつある」とコメント.

4.09 シャピロ米大使が「新聞ブロック」を訪問。これを受けた「新聞ブロック」は、ストライキ支援を決定。

4月10日(水)

12:40 PDVSA会社の周辺を防衛するチャベス派と、スト参加者が衝突.政府,軍の基地に対し,緊急警戒体制に入るよう指示.

12:55 CTV,ストをさらに無期限に延長することを示唆.

14:00 国家警察長官ラファエル・ブスティージョ,大統領の非妥協的態度を批判。ストライキ参加者に対し武力を行使しないよう軍に求める.国家警察のラファエル・ダミアーニ少将は石油会社労働者に対するチャベスの「暴力」を非難。

19:15 CTVとFedecamaras,無期限ストを宣言しチャベスの退陣を求める.

20:20 ホセ・ビセンテ・ランヘル国防相兼外相,ストライキのエスカレーションに関して,チャベスが全国放送を行うだろうと語る.

21:40 ランヘル,チャベスの代理として演説.クーデターの可能性はないとしながら,対話を進めるよう訴える.

4.10 エル・ナシオナル紙、「街頭に出よ、一歩たりとも後退するな!」との論説を掲載。テレビ局は「11日午前10時、街頭に出よ、旗を持て!自由と民主主義のために。ベネズエラは決して降伏しない。なんびとといえども我々を打ち負かすことは出来ない!」と呼号する。

4.10 現役の将軍ネストル・ゴンサレスがテレビに出演.チャベスの退陣を求め,さらに「さもなければしかるべき処置をとる」とクーデターをほのめかす発言.

ゴンサレス発言: チャベスはコロンビアのゲリラとの支持関係について虚偽の発言を行っている。ゴンザレスはコロンビア国境地帯の防衛にあたっていたが,侵入してきたゲリラと戦闘を行った後,首都の部隊に転属された。

4月11日(木) あまりにも唐突な,そしてあまりにも迅速なクーデター

09:30 カラカス東部の東公園で反対派の集会.主催者は35万人と発表.外国報道機関の評価では,最大5万人程度という.デモの先頭にはベネズエラ石油のグアイカイプロ・ラメダ前総裁(元将軍)が立つ.すべての民間テレビ局は,10分ごとに,「チャベスに反対しデモに参加しよう」と呼びかける.デモは、チャオのPDVSA本社に向かう。

10:00 デモ参加者の一部がPDVSA本部ビルに突入し占拠.

11:30 チャベス,コスタリカで開催中のリオ・グループ首脳会談への出席を取りやめると発表.

11:30 経済団体と野党の代表者がメディア界のボスであるグスタボ・シスネロス(57歳)の邸宅で「昼食会」を開く。会には米国Charles S. Shapiro大使も同席。カルモナを大統領に据えるなど、クーデター成功後の政府人事が話し合われたという。

グスタボ・シスネロス・レンディレス 
約50億ドルもの資産を持ち、世界の大富豪500名中64番目に位置する。日本では読売のナベツネ社長にあたるが,はるかに大物でブッシュ元大統領ともサシで話ができるといわれる.キューバ系ベネズエラ人で、CANFとも深いつながりがある。
米国最大のスペイン語放送局ユニビジョンの筆頭株主であり、ベネズエラのベネビジョン、
グローボビシオン,テレベンなどの報道関係を支配するベネズエラ・マスコミの帝王.ほかにチリビジョン、コロンビアのカラコル・テレビジョン、カリビアン・コミュニケーションズ・ネットワークなど、いくつかの国のチャンネルを所有する。

正午 軍内右派とのパイプを持つパトリシア・ポレオ記者、スペインのTVEのインタビューに応え、以下のように語る(ルモンド)「近いうちに突発事態が起こるだろう。私は次期大統領はカルモナだと思う」

12:30 デモの主催者(CTVと経団連),デモ隊に対しミラフローレスの大統領官邸に向かうよう指示.大統領辞任を求めるよう訴える.当初は平和的だったデモが,実力行使に転じ,市内のすべての高速道路を数時間にわたり封鎖.

13:00 カルモナ、ラファエル・ポレオ(新祖国紙社主)らは、ベネヴィジョン内のシスネロスのオフィスで「次の段階」のために待機。1時間にわたり会談を続ける。

13:00 リベルタドール市長フレディ・ベルナル(チャベス派)は,群集の衝突で流血の惨事を招きかねない扇動を非難.「我々はあなた方の挑発に乗らない」と宣言。チャベス派は大統領官邸防衛のため、急遽数千人を動員。

14:00 反チャベスのデモ隊,モリーナ将軍とオルテガ議長を先頭に、大統領官邸に向けバラルト大通り、エル・カルバリオ通りを北上。ウルダネタ大通を埋めた大統領支持派のデモ数千人と東部公園(Parque del Este)で対峙.反対派デモの一部と国家警察とのあいだに衝突が始まる.投石とガス弾の応酬が続く.

大統領官邸付近の名称: 大統領官邸は、カラカス西部の旧市街リベルタドール市にある。官邸正面から東に向かいウルダネーダ大通りが延びる。ここから東に2丁進むと、ウルダネーダ通りは南北に走るパラルト大通りと交差する。そこは立体交差になっていて、ウルダネーダ通りがパラルト通りをまたいでいる。この陸橋がジャグノ橋Puente Llagunaである。

14:00 イストリス教育相によれば,このときジャグノ橋を見下ろすエデン・ホテルの屋上には,すでに首都警察とバンデラ・ロハのスナイパーが配備されていた.さらにカルロス・メロの指揮するブラボ・プエブロ同盟と,ガブリエル・プエルタの指揮するバンデラ・ロハの部隊が,大統領官邸への突入へと群集の挑発を試みていた.

ベネズエラの警察制度
(a)自治体警察
①PM(首都圏警察) カラカス首都区を管轄し、パトロールや犯人の逮捕など現場における初動的な措置を行う。 ②州(市)警察 日本の地域警察の役割。面倒なのは、カラカス首都区を構成する市にも、独自の市警察があること。
(b)国家警察
①DICIP(内務警察) 内務司法省に属し、一般刑事事件捜査全般を担当。 ②CICPC(科学・刑事犯罪捜査機関) テロ・麻薬、汚職など特殊事件、要人警護などを担当し、爆発物処理班も有している。
(c)交通警察
①インフラ省交通警察 交通事故の受理及び交通違反の取締りを担当する。 ②州(市)交通警察 州(市)内の交通事故受理及び交通違反の取締り。
(d)GN(国家警備軍) 赤色ベレー帽と迷彩服を着用。空港や港における荷物検査、密貿易の取締り、街頭における治安維持活動を担当する。
強盗、誘拐事件などに警官が関与するケースは多く、また制服警官が旅行者に因縁をつけ金品を要求する事例も多く、警官を信用することは危険です(日本大使館ホームページ)。

14:09 軍最高幹部の談話.チャベスは依然大統領であり,軍の支持を受けているとする.

14:30 第一報によれば,15万人以上のデモに向け,チャベス派が発砲.この射撃で11人が死亡.80人以上が負傷.混乱は18:00頃まで続く.

14:40 すべての民間テレビ局がチャベスの即時辞任を求めるキャンペーンを開始.

後に確認された情報
ジャグノ橋のチャベス派支持者に向け,橋の南1ブロックにあるエデン・ホテルの上の何者かが狙撃を開始.情報によれば,スナイパーは三人,バンデラ・ロハの残党だといわれる.
さらに橋の南側に配置された首都警察も,チャベス派に対する実弾射撃を開始する.犠牲者のほとんどは首都警察の一斉射撃によるもので、バラル通りのジャグノ橋下付近に展開していた。
群集の逃亡をカバーするため、数人のチャベス派男性が橋の上から援護射撃を行った。この場面がテレビで繰り返し放映され,チャベス派による虐殺の証拠とされた.実際には,犠牲者のほとんどはチャベス支持者だった.
映像は、人影の方向から判断すると、橋の西たもと、交差点の北西角にあるビルの、おそらく5階か6階の部屋から撮影されたものである。チャベス派は橋の東側に隠れ、南側に向けてピストルを撃っている。

15:00 イストリス教育相によれば,親衛隊が狙撃犯逮捕に成功.彼らがチャカオ,バルータ市警の身分証明書を身につけていたことを確認.国家警察は狙撃犯を捜索していたが,狙撃が首都警察によるものであることが確認されると,その場を立ち去った.

15:00 イサアク・ロドリゲス検事総長,両派の調停に乗り出す.

15:45 チャベス,国営テレビに出演.二時間にわたる演説で,国民的対話をもとめる.同時に反政府デモの指導者を「無責任」と非難しそのたくらみを暴く.民間テレビはチャベス演説と街頭の戦闘シーンを分割スクリーンで放映し続ける。

16:25 チャベス,非常事態を宣言.報道規制の指令に従わなかったとし,反政府系の商業テレビ・ラジオ局の放映を禁止する措置を発表.

16:30 当局の指示に従い民間放送は放映を中止。その数分後、Globovisión, CMT and Televenは衛星放送と有線を使い放映を再開。いっせいに政府支持派が「平和なデモ行進」中の群集に発砲するシーンを流し始める。テレビはボリーバル・サークルへの非難を繰り返す。

17:30 カラカス市内のフエルテ・ティウナ基地から軍が出動.軽戦車部隊がカラカスと郊外を結ぶハイウエイを遮断.カラカス市街を包囲.

17:40 カトリック教会,平和と秩序の回復を求める声明.事実上のクーデター支持声明.

18:00 エクトル・ラミレス・ペレス海軍准将、国営テレビに対し「チャベスが狙撃手を使い、反対派のデモに結集した無実の人々を虐殺している」と糾弾。

18:30 CTVと経団連,政府がデモ参加者を射殺したと非難.声明によれば,政府の関係者が大統領官邸の屋上からデモ隊を狙撃したとされる.蔵相のフランシスコ・ウソン将軍,国家警察長官のルイス・カマチョ・カイルス将軍が,虐殺事件に抗議して辞任.

19:00 エクトル・ラミレス提督を代表とする国軍の将軍10人が,チャベスの大統領としての権威を認めず,辞任を求める声明を発表.

19:50 ルイス・ミキレーナ、法に則った解決と対話をもとめる談話を発表。反政府勢力に対する事実上の支持表明。

21:20 戦車とトラックよりなる一隊が,フエルテ・ティウナ基地から出動.チャベス支持の立場でミラフローレス防衛の体制に入る.この直後,戦車大隊司令官は,部隊の動員を拒否.

アビラ計画: チャベスは,前もってOPEC事務総長アリ・ロドリゲスからクーデターの情報を受けていた.このため緊急防衛計画「プラン・アビラ」を策定.非常時には戦車隊を緊急出動させ,官邸の防衛にあたらせることになっていた.

21:37 陸軍の将軍グループ,「チャベスの市民に加えた許しがたい蛮行」に抗議し,反乱を起こすことを声明.この抗議にはバスケス陸軍総司令官のほかゴンザレス,ダミアーニ,ラミレス・ポベダをふくむ国軍幹部9人が同調.

米軍の関与: この時点でティウナの参謀本部内に二人の米大使館付武官(ジェームズ・ロジャーズ中佐とロナルド・マッキャモン)がいたことが確認されている.
チャベスは後日のインタビューで「私はその時2人の米軍人が軍本部に出入りした証拠ー書類・ビデオ・スチル写真を持っている」と語っている。

21:50 政府治安当局,ミラフローレスの虐殺は反政府極左集団「バンデラ・ロハ」によるものだったと明らかにする.

22:00 ベネズエラ国営放送局が軍により占拠され,放映を停止.同時にすべての民間放送局が放映を再開.

22:10 ラファエル・ダミアーニ将軍,政府に忠誠を誓う部隊に対し,兵器を使用しないよう求める.

22:20 国家警察のアルベルト・カマチョ・カイルス将軍、「チャベスが権能を放棄し、軍が全権を掌握した」と発表。

22:30 チャベスの妻マリサベル・ロドリゲスと家族,飛行機でカラカスを離れ,ベネズエラ西部のバルキシメトに向かう.娘はさらに翌朝まで残る.チャベスはマラカイのラウル・バドウェル少将に電話し、感謝の意を表明し別れを告げたという。

23:50 政治警察(DISIP),チャベスの権威を認めないと声明.

夜 オットー・ライヒ米州担当国務次官補がカラカス入り。ただちにシスネロスと会談を開始する。

4月12日 (金) 第二のピノチェトを狙うバスケス将軍

12日深夜

00:00 陸軍の特殊部隊が大統領官邸に突入し,チャベスを拘束.

ニューズナイトの報道: チャベスが拘束されたとき,地下にはチャベス派の近衛部隊数百が潜んでいた.チャベスとともにいたバレートは,バドゥエルに連絡をとったが,バドゥエルは事態を見守った.翌日,カルモナが官邸に入ると,バドゥエルはカルモナに電話した.そして「チャベスが拘禁されているのと同様に,カルモナもバドゥエルに拘禁されている」と通告した.
このとき,官邸の周囲はランヘルが動員した数万のチャベス派群集によって包囲されていた.カルモナの官邸からの脱出は不可能だった.バドゥエルは24時間の猶予を与え,チャベスの解放を求めた.

01:10 民間放送,チャベスが軍の反乱部隊に降伏したと報道.

01:29 陸軍総司令官エフライン・バスケス・ベラスコ,テレビで会見.自らが軍の統帥権を掌握したと述べる.「私はこれまでチャベスに忠誠を誓ってきたが,本日の虐殺という事態に耐えることはできない」と述べる.また軍の行動はクーデターではなく,市民の安全を守るための措置であると表明.現在,二人の将軍がミラフローレスの官邸内でチャベスと会見.大統領を辞任するよう求めていると発表.

01:30 フリオ・セサル・アンソラ大佐の記者会見.軍最高司令部を代表する三人の将軍(実際はマヌエル・アントニオ・ロセンドとイスマエル・ウルタドの二人)が,大統領官邸を訪れチャベスに辞任を求める.チャベスはこれに同意したという.実際はチャベスは辞任も亡命も拒否.

02:30 カラカス市内中心部は,チャベス辞任を祝う群衆で満たされる.

03:00 チャベス,大統領官邸からフエルテ・ティウナ基地に強制連行される.

03:10 海軍司令部,クーデターの行動に参加していることを発表.

03:20 国軍の最高司令官ルカス・リンコン,「チャベスと会見し辞任を了承させた、彼は拘留中である」と発表.実際にはリンコンも辞職を求められていた。軍部はクーデターの成功を確認.

04:00 フエルテ・ティウナ基地に連行されたチャベス、市民の大量虐殺の責任を問われ、軍の手により逮捕される。その後、カラカス南方100キロのトゥリアモ海軍基地に連行される。

04:51 カルモナ,軍民評議会を代表して大統領職を引き受けるつもりだと発言.新政府は次々に緊急命令を発表.

06:00 軍民評議会,ベネズエラ経団連会長のペドロ・カルモナに暫定大統領就任を要請.カルモナは要請を受諾.ここまでの経過でCTVはまったく無視される.

12日午前

早朝 カルモナ,記者会見.チャベスが大統領を辞退したため自らが大統領の職を引き継いだと発表.「まず最初に,国名をベネスエラ・ボリバル共和国からベネズエラ共和国に変更したい」と語る.「チャベスは監視下に置かれてはいるが,逮捕されたわけではない.近く希望する海外の国に向け出発することになるだろう」と述べる.一方,ゼネストの終結を呼びかける.

6.45am テレビ・キャスターのナポレオン・ブラボ、「ゴンサレス将軍が反乱を起こす際、情報センターとして我が家を提供した」と語る。RCTVは最重要容疑者のリストを発表。暴力的な捜査の模様を実況中継するなど、市民の弾圧参加をあおりつづけた。

カルモナ、組閣を開始。旧AD系やCTVを相手にせず、旧COPEI系政治家で固める。またエクトル・ラミレス・ペレス提督を国防相に指名し、もう一人の海軍関係者を入閣させる一方、陸軍からは入閣者なし。

カルモナ、政府派の唯一のメディアVenezolana de TelevisiónとRadio Nacional de Venezuelaをただちに閉鎖するよう指令。

民衆紙、テレビ、ラジオは貧困地区での重要な情報源であった。まもなくそれらは「民主的な移行」の最初の標的となった。Radio Perola, TV Caricuao, Radio Catia Libre、 Catia TVは捜索の対象となり、編集スタッフは逮捕され、器材は押収された。人々はインターネットにログインし、携帯電話で連絡を取り合った。(ルモンド紙)

軍の発表によれば,カラカス市内のフエルテ・ティウナ陸軍兵舎に監禁されたチャベスは,「キューバへの亡命を要請」する.ロマン・フエマヨール将軍は,「チャベスは13人の死にたいして責任を持たなければならない」として,これを拒否.

反チャベス派の群集がキューバ大使館を襲撃.カベージョ副大統領がかくまわれていると主張.

エフライン・バスケス・ベラスコ将軍,新政府に対する抗議を抑えるため,「武装解除計画」の実施を指示.未登録の武器を押収するという口実で,家屋や車の強制捜査を始める.また「ボリーバル・サークルを見つけ出し,武装解除し,強制解散させる」よう指示.市警察と軍保安将校が行動の中心となり,市内各所でチャベス派の残党狩りが行われる.

チャベス派議員や政府高官に対する魔女狩りが始まる.ラモン・ロドリゲス・チャシン内相が,抗議者の殺害を指令したとして,自宅アパートで逮捕される.居合わせた群集は,手錠をかけられたロドリゲスを殴り,リンチにかけようと詰め寄る.

バスケス総司令官,軍と市民警察が,ディオスダド・カベージョ副大統領とリベルタドール市長のフレディ・ベルナールを捜索中であることを明らかにする.発言によれば,カベージョは武装部隊「ボリーバル・サークル」の中心人物であり支援者であるとされる.またベルナールは屋上の狙撃手に発射を命じた指揮官だとされる.

報道によれば,ランヘル国防相兼外相はチリ大使館に亡命を求める.チャベスの家族はキューバへの亡命を求める.ランヘルは実際にはスラム地区に潜入し,反撃の組織に当たっていた.

イシアス・ロドリゲス司法長官が記者会見。「臨時政府」のやりすぎについて批判、「クーデター」を非難する。実況中継は5分で打ち切られる。

カルモナの大統領就任式.CTVは代表に中間派のラモスを送る.ラモスは席には出席するが,承認書にはサインせず.暫定政府,年内に大統領選挙を実施すると声明.カルモナ暫定大統領はこの大統領選挙には立起しないとされる.

12日午後

ラメダ前石油会社総裁,フエルト・ティウナ基地内で記者会見.「事態は順調に推移している.国民は落ち着いて信仰を守り,自由と民主主義と平和の道に向けて歩み続けよう」と述べる.エドガル・パレデスPDVSA理事は「OPECへのかかわり方を見直すべきだ.これまでのベネズエラは,OPECからいいように利用されてきた」と発言.国営ベネズエラ石油の幹部は,「キューバにはもう1バーレルたりとも輸出しない」と叫んだという.

14:04 イサアク・ロドリゲス司法長官,拘禁中のチャベスからひそかに届けられた親書にもとづき、「チャベスは辞任していない」と述べる.チャベス政権の閣僚マリア・クリスティナ労働相とアリスティブロ・イストリス教育相が,プレス・リリースを発表.クーデターを非難しチャベスは辞任していないと声明.

潜伏中のランヘル国防相,エル・ナシオナル紙と電話インタビュー.「大統領は辞任しなかった.大統領は軍部により裁判にかけられるため連れて行かれた」と述べる.

チャベスの娘マリア・ガブリエラ,キューバTV局とのインタビュー.「軍の一部が父を捕らえ,どこかに隠している」と述べ,チャベスが拘留されたことを確認する.さらに12日の朝チャベスと話した内容について語る.彼女によれば,チャベスは「決して辞任などしない.カベージョ副大統領の解任に同意もしていない.そのことを世界に知らせて欲しい」と述べたという.

12日夜

17:39 カルモナ暫定大統領の声明が発表される.国民議会を解散し,12月に新たな国会議員選挙を実施すると表明.チャベス政権のあいだに制定された憲法を停止し、重要法案49件を破棄すると発表.最高裁の判事全員をふくむ20人の裁判官,12人の州知事,チャベス派市長の全員が解任される.そのうちの多くは逮捕・拘留される.

クーデター内クーデター
カルモナの声明と,バスケスの行動は,反チャベス連合の大多数にとって想像を超えるものだった.
この超反動的なクーデター内クーデターの計画は,退役将軍ルベン・ロハスにより組織されていた.ロハスはカルデラ前大統領の義息.彼らは「オプス・デイ」という狂信的カトリック教徒の秘密結社に属していた.彼らの精神的指導者はカルモナ政権の国防相に就任したエクトル・ラミレス・ペレス退役提督だった.

18:10 ウィリアム・ララ国会議長,カルモナによる解任を認めず.新体制は非合法であり,チャベス支持派の迫害は許されないと語る.

マラカイの第42空挺旅団のラウル・バドゥエル准将は,カルモナに不服従の態度を明らかにし,反乱の動きを見せる.チャベスの出身部隊でもある彼の旅団は,落下傘部隊を中核に二千人のエリート・コマンドを擁していた.また本拠地のリベルタドル空軍基地は,ベネズエラの保有するF16戦闘機の大多数を擁するなど武器・軍需品も豊富だった.

国内メディアは空挺旅団の不服従声明に対し沈黙を守る。

スクリーンはアメリカ大リーグ中継、アクション映画、料理番組、漫画番組を流し続けた。そして合間にチャベス辞任を告知するルーカス・リンコン将軍の姿を映すのみであった。これらの状況に対しCNNは驚きを示す報道をおこなった。(ルモンド紙)

夜 チャベス、トゥリアモ海軍基地からさらにカリブ海のオルチラ島(La Orchila)の監獄に移送され収監.チャベスの証言によれば、民間人をふくむクーデター派の「特別委員会」が獄舎を訪れ、辞任と国外亡命を迫ったという。

12日 海外の動向

ニューヨーク・マーカンタイル取引所の原油先物相場は6%値下がり.前日終値比1.52ドル安の1バレル当たり23.47ドルまで下落PDVSA幹部は,米国の要請を受け,OPEC割り当て30万バレルを大幅に超える増産体制の準備に着手.

米政府のフライシャー報道官,ベネズエラは民主主義の回復に向け動き出したと賞賛.政変がクーデターであるとの見方を否定.後の報道によれば,このとき米国務省はカルモナ暫定大統領に電話し,議会を即時解散せずに,「民主的な手続き」を踏むように説得にあたったとされる.

IMFスポースクスマンのトマス・ドーソン,定例記者会見でクーデターを賞賛.「我々は,新しい政権を,どんな問題ででも援助するための準備ができている」と述べる.

コスタリカでリオ・グループ会議.集まった18人の大統領は,「ベネズエラでの立憲的な秩序の中断」を非難する声明.ブラジルのカルドーゾ、アルゼンチンのドゥアルテは新政権の正統性に異議を唱える。メキシコの親米派大統領フォックスも「新政権を承認しない」と明言.しかし新政府の承認拒否にまでは至らず.

米州機構はカルモナ暫定政権が民主主義の手続きに違反しているとして,直ちに調査団の派遣と臨時総会の開催を決める.

国連安保理,ベネズエラのクーデターを非難し立憲体制の尊重を求める決議.

 4月13日 (土)

13日午前

午前 ニューヨーク・タイムズ,チャベスを「破滅的な扇動家」と非難し,米政府を擁護する社説を掲載.

ニューヨーク・タイムスの13日社説
破壊を引き起こす大衆煽動者であるチャベスは,軍の介入のあと,退位し,その権力を,尊敬される財界指導者であるペドロ・カルモーナ氏に譲り渡した.
ワシントンは賢明にも,決してチャベス氏の国民的殉教者としての役割を否認して,彼を公然と悪魔扱いしたことはない.まさしく,彼の罷免は純粋にベネスェラの国内問題なのだから.
チャベスはカストロやサダム・フセインと深い仲にあった.ベネズエラの民主主義が潜在的独裁者によって脅かされることは,もはやなくなった.民主主義のベネズエラは,漂流する南米地域のための錨となるだろう. 

午前 民主主義破壊の暴挙に抗議し,チャベスの政権復帰を要求する数万の群集が大統領宮殿前に結集.暫定政府が受け取ったというチャベスの辞表を公開するよう要求.カベージョ副大統領は「チャベスの帰りを待とう」と呼びかける.抗議者は首都とシモン・ボリーバル国際空港を接続しているハイウェイをふさいだ.

午前 バドウェル、フエルテ・ティウナの国軍本部に連絡をとり、「憲法の秩序を守るため」としてカルモナ政権に対する不服従を通告。

フアン・バレート議員の証言: チャベスが勾留されたとき、大統領宮殿にはチャベス支持派の数百人の近衛部隊が残留していた。彼らは地下の秘密通路に潜み、バドウェルと連絡をとった。
バドウェルはカルモナが大統領宮殿に入るのを待ち、おもむろに電話をかけた。そしてかるもなにこういった。「あなたの椅子の下には我々の部隊がいる。チャベスと同様にあなたも包囲されている」
そして24時間以内にチャベスを生きたまま返すようもとめた。カルモナにとってミラフローレスからの脱出は不可能だった。

12:30 チャベスの拠点であるカラカス西部のスラム地区カティアでは,警官隊とのあいだで事実上の戦闘状態となる.市内少なくとも7ヶ所で市民の暴動と略奪行動.

群集の一部はラジオ・カラカスTV前に集まり、投石もふくむ抗議行動。ジャーナリストに対してチャベス復帰を求めるメッセージの放送を求めた。続いてVenevision, Globovision, Televen and CMTの前でも同様の行動が展開される。

チャベス派の蜂起は,マラカイ,グアレナス,ロス・テケス,コロなどの地方都市にも拡大.

CTV議長ヘスス・ウルビエッタ,議会解散,最高裁判事の罷免などの方針は支持できないとし,カルモナへの支持を拒否.

13日午後

13:00 バドゥエル准将に続き,フリオ・ガルシア・モントーヤ少将も不服従を宣言.キューバのテレビ局との電話インタビューを通して,暫定政権への反対の意志を明らかにする.ガルシア将軍は,国家保安・防衛会議の事務局長.カルモナ=バスケスの独裁政治と内戦を恐れる軍部は,中道右派のバスケス司令官派,極右のロハス派,バドゥエルらの立憲派の三派に分裂.

13:34 バドゥエル准将指揮下の第42空挺旅団,アラグア州マラカイ(カラカス南西100キロ)の空軍基地で出撃準備を開始.さらに国内の師団長クラスの将官4人が相次いでチャベス支持の声明。

午後 メディアは、チャベス派の抗議を放映せず、料理ショーと映画を流す。

午後 ティウナ基地内では、詰め掛けた将軍たちのあいだで激論が続く。

16:09 新任閣僚の一人ヘスス・ブリセオ,チャベスが辞任を了承しなかったことを認める.

16:37pm バスケス司令官,全国テレビ放送で声明.新政権は間違いを犯したと発言.カルモナ支持の条件として,国民議会の即時再建など13項目の要求.カルモナはこの要請に応じると表明.昨日解任した国会議員および閣僚の現職復帰に同意.

カルモナ,CNNとの会見.「この数時間のうちに,彼の願いどおり,チャベスは国を去るだろう」と述べる.

16:42pm チャベスの妻マリサベル・ロドリゲス,チャベスは辞任していない.彼は誘拐され捕らえられているだけだと述べる.ウィリアム・ララ国会議長は「仮にチャベスが辞任したのなら,後任はカベジョ副大統領である.カルモナ氏の就任は犯罪行為だ」と語る.

17:11pm カルモナ,バスケス総司令官の要求を受け,昨日の宣言を変更,権力を議会に預けると発表.国会の召集,最高裁判事や検事総長解任措置の撤回を明らかにする.

17:53pm ウィリアム・ララ国会議長,議会はカルモナと暫定政府を認めないと声明.

13日夜

夜 チャベス派,国営テレビ局の制圧に成功.チャベス復帰を訴えるキャンペーンを開始.

大統領宮殿を守る近衛兵団3千人が反乱.カルモナを宮殿から追放.カルモナはティウナ基地へ移動.

国会議長に復帰したウィリアム・ララ,大統領官邸に入る.ただちにカルモナの追放を決定したと発表.

20:12pm チャベス派代表,ベネズエラ国営テレビに出演.チャベス派がミラフローレスを占拠したことを明らかにする.

20:32pm カラカス首都区長アルフレド・ペーニャ,本日の両派の衝突で市民9人が死亡したと報道.実際の死者はその10倍にのぼると見られる.

21:52pm チャベス政府閣僚メンバー,ミラフローレスから全国に向け国営テレビ放送を通じて声明.

22:11pm 国会議長ウィリアム・ララ,ディオサド・カベジョ副大統領をチャベス帰還までの暫定大統領に任命.カベジョは大統領就任の宣誓.

22:12pm ティウナ基地内のカルモナ,辞任を表明.その後身柄を拘束される.「私はどんな犯罪を犯したか?」とカルモナはたずね、当局者は「あなたは法を犯した」と応えたという。

夜 チャベスによれば、オルチラ島にクーデター派の将軍や大司教により構成された「特別委員会」が訪問し、辞任と国外亡命を迫ったという。

 4月14日 (日)

0:00am カベージョ副大統領が記者会見,「秩序と法律は,ベネズエラで復旧された」と宣言.クーデター以後の暴動で,少なくとも40人が死亡.

1:45AM チャベス,軍のヘリに乗りオルチラ島を出発.

2:45am チャベス,ミラフローレスの大統領官邸に到着.数千の市民の歓迎に応え,こぶしを突き上げるが,特にコメントはなし.

4:00am チャベスがテレビ放送で演説。忠実な軍のメンバーに感謝し、とくに辞任を拒否するチャベスの声明をひそかに持ち出した一人の青年将校の勇気をたたえる。また野党勢力に対し、政治危機を終わらせるためともに働くよう要請、 

労働大臣マリア・クリスティナ・イグレシアス,チャベスがベネズエラの海岸沖のOrchila島に捕らえられていたことを明らかにする.ベドゥエル准将,「チャベスは監禁中に殴られ,肝臓,膀胱損害のために治療を要求した」と語る.

午前 ミラフロレスを囲んだ反チャベス派のデモ隊,チャベス派の軍勢により蹴散らされる.民間テレビ局の多くはチャベス派により占拠される.バスケス将軍はチャベスに対する去就を明らかにせず.

02:50PM チャベス,米CNNと記者会見.拘留中は死を覚悟したと発言.「(貧困解消などの)平和的革命は誰にも止められない」と述べる.またオルチラ軍基地で拘束中,米国の登録番号をつけた民間機を目撃したと発言.チャベス氏を第3国に追放するさい使用するつもりだったと見られる.

イサアク・ロドリゲス司法長官,カルモナ政府の閣僚全員を逮捕.さらにクーデターの首謀者と見られる数十人の将校が拘束される.ロドリゲス内務相は「国家を内戦の危機に陥れた軍首脳らは法の前に責任を取ることになる」と発言.

午後 チャベス,国民を相手に演説.クーデターの間も支持してくれた各国元首に感謝.(一連の政変は)歴史の大きな教訓となるだろう.最後の数日間に流血事件を引き起こしたものたちは,裁きを受けなければならない.しかし反対派に対して復讐も魔女狩りもおこなわないと述べる.

午後 チャベス、マラカイを訪問し空挺部隊に謝意を表す。

午後 チャベス、PDVSAの支配をいったん断念。新理事たちの辞表を受理する。

午後 米大統領報道官声明.「ベネズエラ国民は民主主義と改革を望むという明確なメッセージを送り,チャベス政権はこれに応える機会を得た。…チャベス大統領には平和を守り,人権と民主的自由を保護し,国民的対話に必要な条件を整える責務がある」

夜 NBCテレビの番組に出演したライス米大統領補佐官,これまでのチャベス政権は「国民に対して横暴であり,間違った方向に動いてきた」と批判.今後の民主的な政権運営を求める.

 4月15日 (月)

チャベス,大統領府で職務に復帰.消防当局によると,11日以降の騒乱で,死者は41人,負傷者は約300人余に上る.

国連のアナン事務局長,チャベスに電話.「立憲的秩序が回復への道をとり始めた」ことに満足の意を表明.

チャベス,「我々の側からの発砲がなかったかのようにいうのは間違っているだろう.射撃は両者の側から起こったといわざるを得ない」とし,事件への対応に柔軟な姿勢を示す.

革命防衛担当政治顧問のギジェルモ・ガルシア・ポンセ,米国はチャベス暗殺のため三つの計画を持っていたと述べる.米軍とコロンビアの準軍事組織によって暗殺犯が訓練されていたことを明らかにする.

放送通信局のヘッセ・チャコン総裁,違憲のクーデターに対する好意的報道を行った放送局は,調査の手が加えられるだろうと述べる.

 4月16日 (火)

チャベス,クーデタ後の国民和解を図るため,与野党・教会・経営者団体から構成される「政策評議会」を設置.チャベスは,ともに社会改革のため働くよう呼びかけるとともに,「クーデターの背景を調査し,裁かれるべき罪を突き止める.クーデターがラテンアメリカの伝統となっていることをやめなければならない」と表明.

チャベス、カルモナが指名した閣僚のうち、民間人すべての釈放を指示。政府による調査と刑事告発が完了するまで、カルモナを自宅監禁とする。軍関係者数十名に対しては反乱における役割が明らかになるまで拘留する。

ニューズウィーク誌,国防総省の情報として,「ブッシュはチャベスが嫌いだ」という「非公式で微妙なシグナル」を米当局が送ったと報じる.

フライシャー報道官,数カ月前から反チャべス勢力と接触していたことを認める.そのうえで,「ベネズエラの政治は,国民が平和的に,民主的に,そして憲法に則って,解決すべきものだ.われわれは,反対派の指導者に対して,米国がクーデターを支持しないことを明言した」と語る.

ガビリアOAS事務局長がカラカスを訪問。合法的な国家指導者としてチャベスに対する支持を確認。立憲的な解決の道を探るよう求める。

ニロス・アルカライ国連大使,ベネズエラの立憲政府を支持してくれた国際コミュニティーに感謝すると発言.

4月17日 (水)

4.17 空軍のソト大佐・陸軍のモラレス中佐など10人ほどの軍幹部が,ボリビア政府に亡命申請.

4.17 チャベス大統領,国民和解を図るため,与野党・教会・経営者団体から構成される「政策評議会」を設置すると発表.

4.17 クリストファー・ドッド民主党上院議員ら,「民主的に選ばれた政府を擁護することは,世界の民主主義にとって最大の義務と考える」と発言.アメリカ政府の反チャベス策動を厳しく批判.

4.17 ニューヨークタイムズ,クーデターに米政府が関与したとの報道.ブッシュ政権幹部がここ数ヵ月のあいだに,カルモナ,ルーカス・リンコン将軍など重要人物と接触を重ねていた.そしてチャベスを政権から追放することで合意していた.(後にリンコンは謀議に加わっていなかったことが判明した)

4.17 ニューヨークの国連本部で,ベネズエラ政府を支持する非同盟諸国代表会議.キューバの発案による.

4.18 ブッシュ大統領、コロンビアのパストラーナ大統領との会談の席上で「事件」に言及。「今回の経験から教訓を学び、民主主義をまもる」ようチャベスに警告する。

4.19 軍用ヘリが霧に覆われたカラカス北部山中に墜落。4人の将軍をふくむ10人が死亡。

4.21 ベネズエラ政府による公式調査、2人の米国人高級将校が、ティウナ基地でクーデター派の将軍たちに加わっていたと発表。

4.21 オブザーバー紙、オットー・ライヒとエリオット・アブラムス、ロヘリオ・パルド・マウアーが、ベネズエラのクーデター指導者(ルーカス・ロメロ参謀総長)らと繰り返し会見していたと報道。三人はそれぞれ国務省とホワイトハウス、国防総省で、ラテンアメリカ担当の補佐官を務めている。ともにコントラのニカラグア介入を現場指揮していた経歴の持ち主。またアブラムスはチリのクーデターやその後のコンドル作戦にも関与していた経歴を持つ。

4.23 「真相究明委員会」の設置が決まる。民間人9人と国会議員3人からなり、政変のきっかけとなった発砲事件の原因を追究することとなる。

4.26 ニューヨークタイムズ、クーデターの背景に関する続報。87万ドルの資金が、NEDを通じて反チャベス系団体に流れたこと、そのなかには「労働団体」がふくまれていたと報じた。NED(National Endowment for Democracy)は、「民主化を支援する」ために議会の決議を経て設立された非営利団体。かつてニカラグアなどに干渉をするための道具としてつかわれた。

4.28 内閣を改造。ランヘルが副大統領に就任。カベージョは内相となる。リンコン国軍総司令官が国防相に、財務相にはカラカス中央大学のトビアス・ノブレガ教授が就任。国軍総司令官にはホルヘ・シェラルタ海軍中将、陸軍司令官はガルシア・モントヤが就任。

4.30 チャベス、「国民対話のための大統領委員会」の設置を発表。PDVSA幹部の更迭を謝罪し復職を認める。CTVは最初から大統領委員会をボイコット。フェデカマラス、民間テレビ局、エル・ナシオナル紙などもまもなく離脱する。

4月末 メキシコのプロセソ誌が事件の背景について報道。クーデターの目的が、①PDVSAを民営化し、ブッシュ大統領とつながる米企業に売り渡すこと、②PDVSAの米国子会社CITGO をグスタボ・シスネロスらに売り、ベネズエラ政府の管轄から切り離すことにあったとする。

4月 ストライキとクーデターの影響により、原油生産が低下した結果、100億ドルを超える損害を出す。通貨ボリーバルはさらに低下し、直接投資も減少。

02年5月

5.01 CTVがメーデー集会。15万人を動員し大統領の辞任をもとめる。チャベス派も対抗集会。

5.01 米国務省,リチャード・ハース特使をベネズエラに派遣.ハースはチャベスと会見し、「クーデターとのいかなる関係も否定」する.

5.05 チャベス,米紙とのインタビューで,「民主主義を強く支持する国が,陰険で専制的なクーデターに関与していたなどとは信じたくない.したがって米国に対する告発は控えている」と述べる.

5.08 チャベス政権が内閣改造。ランヘル国防相を副大統領に承認させ、カベジョ副大統領を内務司法省に、ランヘルの後任の国防相にはチャベスに辞任を迫ったリンコン国軍総司令官を昇格させる。クーデター時に辞任したフランシスコ・ウソンに代わり、トビアス・ノブレガ(中央大学教授)を財務相に任命する。

5.08 リンコン国防相、軍の新人事を発表。国軍総司令官にホルヘ・シェラルタ海軍中将、陸軍司令官にガルシア・モントヤを任命する。

5.11 クーデター後1ヶ月を記念する反チャベス派のデモ.野党9党が大統領辞任に向けた統一行動をとることで合意。

5.11 当局、キューバ大使館襲撃事件に関して首都区バルータ市長カブリーレス(PJ)を逮捕。市民による暴力行為を十分に抑止できなかった責任を問われる。

5.14 チャベス、米軍がクーデターに関わっていた証拠があると述べる。クーデター期間中に撮られたレーダー写真に外国軍の艦船、航空機、ヘリが記録されたいるという。

5.23 反チャベス派のデモ.クーデター事件に関する政府の調査が不公正で偏向していると抗議.

5.23 自宅拘禁中のカルモナ,コロンビア大使館に逃げ込み、亡命を申請.27日、コロンビア政府はカルモナの亡命受け容れを表明.チャベスは身の安全を保障した上で,「一刻も早く」去ることを望むと声明.29日、カルモナはマイケティア空港を出発しコロンビアに亡命.

5.25 退役海軍提督カルロス・モリナ・タマヨは,エルサルバドルに政治亡命をもとめる.エルサルバドルはカルモナ政権を承認した唯一の国.イサアク・ペレス将軍はイスラエルの武器販売代理店の援助でアルーバへ逃亡.ソト空軍大佐やフローレス国家警備軍大尉は米国に亡命を申請。

5.30 政府、付加価値税の1%引き上げを柱とする経済政策を発表。大衆負担増によりマクロ経済の安定を目指す。クーデター後、PDVSAの原油生産は100億ドルを越える低下。為替相場の低下と海外投資の減少が襲う。

5月 民間人権NGO9団体が真相究明委員会設立に関する法案を提出.チャベス側はカラカス首都圏警察の攻撃を主張、野党側はボリーバル・サークルの攻撃を主張し、真相は解明されないままに終わる。

5月 欧州議会,第二回ラテンアメリカ・カリブ・EU首脳会議に際し,「チャベスに対するクーデターの企てに重大な関心」を表明.

5月 グアティレのエル・ロデオ刑務所で囚人の暴動が発生.警察の弾圧で囚人5人が死亡し,20名が負傷.内務・司法省の内部情報によれば,02年度前半だけで囚人84人が射殺され,42人が刺殺された.

02年6月

6.04 バルバドスで米州機構総会が開かれる。パウエル米国務長官は,ベネズエラが米州機構に従って民主主義を強化すべきだと演説.総会は「ベネズエラの民主主義を継続的に監視する」決議を採択.ベネズエラ政府に国民対話と和解を推進するよう求める.

6.04 「コマカテ」を称する軍内部の秘密グループ,反チャベス,反シルクロ・ボリバリアーノを宣言する.のちにジャーナリストの創作だったことが判明.(「コマカテ」は80年代初めにチャベスらが軍内に結成した改革派若手将校の秘密結社)

6月上旬 チャベス、憲法の規定にのっとった国民投票で大統領職を罷免された場合は陣すると表明。カーター元大統領の調停を求める。

6.15 反チャベス派が数万人を集めてデモ。チャベスの辞任と、4月クーデター事件で殺された17人について責任者の処罰を求める。

6.19 チャベス、自らのリコール投票を憲法にもとづき2003年に行うと提案。

6.20 CTVの呼びかけたゼネスト,不発に終わる.軍の中堅将校10人が公然と政権を批判。

6.29 チャベス支持派10万人が「平和で民主的な革命」を訴えデモ。

6月 ダタナリシスの世論調査。チャベスへの支持率は99年の92%から32%に低下。チャベス就任後状況が悪化したという回答が6割に達する。

6月 マスコミ労働者の大会,チャベスを支持し新たなクーデターの試みとたたかうことを決議.

6月 AID/OTIは、カラカスの米国大使館に、新たな計画を監督する2人の高官を送り、クーデター失敗後の新戦略を検討。

移行振興局: 1984年、ニカラグア干渉のさなかに、米国国際開発庁(USAID)の内部に、民主主義振興局(ODI)と呼ばれる事務局を設立。まもなく移行振興局(OTI)と改称。CIAの選挙・市民社会作戦専門家がAIDに組み込まれる。このほか警察の訓練を援助する公共安全局も設立される。
かつて「進歩のための同盟」の旗振り役だったUSAIDは、これを機にCIAの偽装組織に衣替え。

02年7月 反チャベス派の反撃再開

7.05 チャベス,独立記念日の演説.あくまでも新自由主義経済政策に反対し、貧困者を保護する姿勢を強調.また反乱を煽り続けるマスコミに対しても厳しく警告。テロを扇動したビデオを放映した場合は放送権を剥奪すると述べる。

7.06 カーターがベネズエラを訪問。チャベスやCTV幹部と会談し対話を呼びかける。チャベスは対話を受け入れるが、野党は否定的立場をとる。

7.09 テレビ局「Globovision」に手榴弾が投げつけられる.チャベス派の仕業に見せかけた陰謀と見られる.

7.11 「言論弾圧」に抗議し,数十万人が参加する反チャベスのデモ.CTVのカルロス・オルテガ議長は「チャベスが退陣する時まで、我々に休息はない」と声明。

7.22 ラモン・ロサレス生産商業相,キューバを訪問.キューバ石油公社(CUPET)とベネズエラ国営のPEDEVESAが石油輸出交渉で合意したと発表.

7.22 アプレ州で水害。5万人が家を失う。

7月 リンコン国防相が「一身上の都合」で辞任。後任にホセ・プリエト陸軍退役少将が任命される。

7月 議会内のミキレーナ派、与党連合を離脱し新たに「連帯」会派を結成。「ミキレーナはクーデター計画に参加しており、大統領候補となっていた」との噂が流れる。ララ国会議長は、「ミキレーナはAD指導者と共に、最高裁判所に圧力をかけている。その結果、最高裁は法の支配を守ろうとせず、被告の将軍たちに無罪判決を与えようとしている」と警告。

最高裁判事の多くは、昨年末まで内相兼司法相を勤めたルイス・ミキレーナの指名による。ミキレーナは前年末、重要法案を大統領権限で一気に成立させたチャベスに対し慎重論を唱え、袂を分かった。しかし今回の行動は、明らかに意見の相違を超えた奪権闘争の宣言である。

02年8月 まさかの最高裁判決

8.02 カラカスのスラム街で、大口径の武器を持つ殺し屋たちが警察パトロール隊に待ち伏せ攻撃。

8.14 クーデターをめぐる裁判の最高裁判決.11対8で,4月クーデターに参加した4人の軍最高幹部に対して罷免を求めた訴えを棄却.旧MVR右派につながる判事は,「4月時点でベネズエラにはクーデターは存在せず,存在したのは“権力の真空状態”だけであった」とする.(4人はバスケス陸軍総司令官、ラミレス海軍参謀本部議長、コミソ海軍少将、ペレイラ空軍少将)

8.14 チャベス,「判決は真昼を真夜中と言っているようなものだ。評決に加わった判事たちは酩酊状態にあったのではないか」と発言.判事たちは国外の金持ちから操られている可能性があるとし、彼らは文書偽造の疑いで捜査されるべきであり,そのために憲法改正も考えると述べる.

8.16 チャベス、「最高裁の判決に反対だが、受け入れる」と声明。国民に自制を呼びかける。

8.23 地下鉄とバス労働者が山猫スト。100万人以上の市民の足に影響。

8.29 マラカイで反チャベス派数千が、増税に抗議してデモ。

8.30 OTIは、「民主的な団体と手続きを支援し、社会の緊張を緩和し、民主的な均衡を保つ」ための計画立案を、コンサルティング会社DAIに委託。1年目の予算は520万ドルとされる。

DAIはCIAの偽装会社。事業内容を「素早く、柔軟で、創造的で、効果的で、的を外さず…注目された諸国に関する、最も繊細な政治問題に関与する」ものとしている。そして「コソボ、フィリピン、ハイチ、コロンビア等における社会的、経済的、政治的な危機を前に、迅速に反応した勢力である」と自己評価している。

8月 野党リーダー,チャベス大統領辞任の是非を問う国民投票を提起.大統領に対する刑事告発も辞さないとする.

8月 政府を支持するMASマス派,新党「ポデモス」を結成.ラファエル・シモン・ヒメネスが党首,ガルシアが党書記長に就任.ポデモスとは,スペイン語で「われわれにはできる」という意味.貧困との闘い・社会保障立法と州財政の立法の推進,連邦制の深化,国家官僚機構の解体を基本路線として掲げる.

8月 米州人権裁判所,89年2月の暴動(カラカソ)で弾圧の犠牲となった人々の遺族に補償するよう,ベネズエラ政府に命令.

8月 コロンビアでの和平交渉の決裂に伴い,コロンビアからの亡命申請が急増.準軍事的組織から死の脅迫を受け取った人権弁護士,労働組合活動家が多くを占める.

8月 バリオの住民の中にチャベスを支持する武装グループ「カラパイカ革命運動」が発生。カラカス市長アルフレード・ペーニャは、「軍が治安維持の任務を果たし、Carapaicaのようなグループを武装解除する」ようもとめる。

カラパイカ: 正式にはカラパイカ革命運動。カラパイカは16世紀の先住民抵抗運動の指導者の一人だった。カラカスのスラム街に作られたチャベス派の武装自衛組織。活動家を警察やバンデラ・ロハから守るために作られた。デモ参加者を警察が追跡してくれば、待ち伏せ攻撃をかける。ペルーなどからのゲリラの逃亡者が組織の中心となるが、主体はスラム街のチンピラで、活動家の多くが前科者だった。チャベスはこのグループに対する支持を拒否するが、野党はこれを最大限に宣伝。

8月 アリアス前大統領候補はチャベスの司法介入に対し軍が対抗措置をとるよう、公然と呼びかける。

02年9月

9.15 新聞各紙,秩序回復およびチャベス政権打倒に向け軍の動員を求める宣伝を掲載.カラカスの米国大使館,再クーデターのうわさが広がる中で声明.立憲的な支配へのいかなる違法な攻撃にも反対すると述べる.またOASによる調停努力を支持すると表明.

9.19 陸軍の幹部が権力乱用および憲法違反の罪でチャベス大統領を最高裁に提訴.

9.20 主要格付け機関ムーディー社,ベネズエラの外貨建てレーティングをB2 からB3 へ引き下げ.通貨ボリバルは昨年末比約50%の下落.

9.26 政府当局、首都区の重要ポイントでの抗議行動を禁止する。

9月 首都警察のチャベス派警察官が市長に対するストライキを開始.待遇改善に加えて長官の罷免を要求.ストライキを繰り返すが参加人数が絶対的に少なく、効果が薄かったとされる.

9月 米州機構,国連開発計画,カーター・センターは,対話促進のための3者協議機関を提示.米州機構のガビリア事務局長が現地に張り付き、政府に譲歩を迫る。

個別会談に際し、勇敢な国民同盟党(ABP)のレデスマ党首は国民投票の早期実施を主張、フェデカマラスのフェルナンデス会長は大統領の辞任をもとめる。CTVのオルテガは調停そのものを拒否、市民組織「連帯の力」のペニャ・エスクルサ代表は、国軍の政治的介入を呼びかける。

9月 シルクロ・ボリバリアーノが組織を急拡大。9月末までに130万人を組織。しかし急ごしらえの官製組織としての性格は残存していたといわれる。

 

02年10月

10.01 フェデカマラス,CTV,コルディナドーラなどが、10日に大規模な反チャベス集会を開くと発表,"Toma de Caracas"をスローガンとし、チャベスの辞任を問う国民投票を要求.フェデカマラスのフェルナンデス会長は,このデモの参加者に一日分の賃金を支払うと約束.

10.04 軍情報部と政治警察,野党の大規模集会を前に一斉捜索行動.テヘラ元外相,2人の軍人らの自宅を家宅捜索.

10.05 フエルテ・ティウナ基地の陸軍部隊,カラカス市内に出動.大統領官邸の周辺を固める.

10.06 チャベス、もうひとつのクーデター計画が明らかになったと発表。詳細は不明。

10.08 米州機構のガビリア事務局長,クーデターの責任をあいまいにした「和解工作」を提示するが、チャベス政権の拒否にあい断念.ベネズエラを去る.欧州連合は三部グループ構想を支持し,米州機構事務総長の調整努力を評価する声明を発表.

10.09 治安当局,大規模な反政府集会を前に、6ヵ所の拠点軍事施設と国立ラジオ,国立テレビセンター周囲を「保安地区」に指定.集会やデモを禁止する.法的根拠とされた1976年の法律について,野党勢力や人権団体は違憲であり無効と主張.反チャベス集会の準備を継続.

10月10日

10.10早朝 チャベス派活動家集団が、デモ参加者を乗せたバスの市内乗り入れを阻止するため、カラカス市内に入る高速道路入り口を封鎖.反政府派と衝突。首都警官の介入で銃撃戦に発展。サンフアン・デ・モロスで死者1名,負傷者数十人.

10.10午前 ランヘル副大統領,道路封鎖を行った民衆と政府とは関連していないと否定。当局としてはデモの安全を保証し、暴力を起こさないよう万全の対策をとっていると述べる.

10.10 反政府集会に数十万人が参加.主催者のオルテガCTV会長は,チャベスに1週間以内に辞任するよう迫り,もし受け入れられないなら10月21日にゼネストに突入すると宣言.陸軍の現職大佐ゲバラ・フェルナンデスが登壇し,無期限ゼネストを呼びかける.またマルティン海軍中将は、「軍の反チャベス派高官が地下会合をもっている」と公言する.

10.11 フェデカマラスのフェルナンデス会長、21日のストに加わると発表。「チャベスの選択肢は、やめるか、選挙前倒しに賛成するか、国民投票に応じるかの三つに一つ」と語る。

10.11 ランヘル副大統領、ストライキの呼びかけを非民主的なものと非難。「頭に銃を突きつけて決断を迫るのと同じ」と語る。

10.12 チャベス大統領、コロンブスによる米大陸発見の記念日を「インディオの抵抗の日」と命名。

10月13日

10.13 首都警察のスト警官の一部がハンストに入る.参加人数は数十人ほどとされる.

10.13 チャベス大統領支持派の対抗デモ.100万人を動員(一説では10日が100万人で13日が40万).ボリバルとゲバラの肖像が掲げられる.チャベスは「私はストを恐れていないし、辞任もしない」と演説。

10.14 チャベス政府,無期限ゼネストを呼びかけたゲバラ・フェルナンデス大佐を,反乱扇動の容疑で逮捕.

10.17 野党14党と30の団体が、大統領辞任後の国家政権計画について合意。

10.18 首都警察のスト警官が、警察作戦センター (Centro de Operaciones Policiales, 主要管制室) を占拠.

10.20 欧州歴訪から戻ったチャベス大統領,「マイケティア空港においてスウェーデン製のミサイル,銃,手榴弾が発見された.大統領機を狙ったものと思われる」と発表.(マイケティアは首都カラカスの空の玄関口となる国際空港。治安の悪いことで有名)

10.21 反チャベス派の12時間ゼネスト.カラカス中心街の商店の80%から85%は閉店.公共交通,ガソリンスタンドは平常通り,スーパーや露天商は開店.フェデカマラスのフェルナンデス会長は、「スト参加率が90%に達した」と述べる。マリア・イグレジアス労働相は「生産の80%を占める工業は平常通りに操業を続けた」と発表.

10月22日

10.22 午後五時 エンリケ・メディナ・ゴメス陸軍少将(元第三歩兵師団長、元駐米大使館付武官)ら四軍の将軍14人が記者会見.政府に対して「合法的不服従」を続けると宣言.軍に対し支持を呼びかける.アルタミラの高級住宅地にあるフランシア広場を「解放区」とし、チャベスが辞任するまで広場から動かないと宣言.

反乱派軍人: その多く(全部?)は現役軍人ではあるが、4月のクーデターに関与したとして職務から外された.(将軍が14人とはすごいと思いましたが,この国には130人も将軍がいるそうです.これでは下の人間が大変です。軍内から改革派が登場するのももっともです.

10.22 米政府、合法的に事態を解決するようもとめる声明を発表。ガビリアOAS事務総長は「軍は大統領に対する忠誠の義務を果たすべき」と主張する。

10.22夜 TV局などメディア代表、フェデカマラス、民主調整を構成する各党が、フランシア広場に代表を派遣.軍人への支持を表明.CTVは市民ストの再開を検討すると述べる.集まった群衆は、夜を徹して鍋を叩き、制服軍人や政治家・反政府活動家が次々に演壇に立って演説.

フランシア広場は、地下鉄アルタミラ駅のそばにある。広場の隣はホテル・フォーシーズン、近所に米国大使館がある。周辺住民は中流階級で、チャベス支持層である貧困層の影はない(鈴田氏)
一説によれば,チャカオ市アルタミラ街はファッショナブルな「高級住宅街」とされる.東京で米大使館といえば言えば青山,赤坂,広尾…? 鈴田さんの言う「中流」とは,いずれにしても我々「庶民」のことではない.

10月23日 チャベス辞任をもとめる署名活動の開始

10.23 政府といくつかの野党が和解宣言に署名.ADとCOPEIは3者協議を拒否.フランシア広場を拠点として,チャベス辞任を求める国民投票のための署名を集め始める.

10.23 テヘラ元外相,「私はまったく反対なのだが,軍事クーデターを推進する計画がある.クーデターの首謀者は,非常に高位の将軍であり,とても裕福な幾人かが協力している」と暴露.12日か14日にクーデターを実施する計画で,テヘラも協力を求められたが断ったと言う.(陰謀は①CTVとフェデカマラスを中心とするゼネスト、②民主調整を中心とする国民投票をもとめる署名、③国軍内反チャベス派によるクーデター計画、の三つの柱で進められていたことになる)

10.23 ガビリアOAS事務局長,不服従軍人の行動を牽制する声明.南米諸国もガビリアの姿勢を支持.

10月24日

10.24 フランシア広場の軍人は、「不服従」呼びかけのトーンをダウン。民主調整とともに、フランシア広場をチャベス辞任を問う国民投票を行うための署名集めの場にすることで合意.

10.24 チャベス大統領,フランシア広場でのパフォーマンスを「絶望した者たちのショー」だと非難。軍人が反乱を呼びかけたのは犯罪だと発言する一方で、国民投票の署名集めについては容認.

10月25日

10.25 OASのガビリア事務総長がカラカス入り.いったんチャベスに拒否された「和解案」をふたたび持ち出し、与野党の交渉仲介に乗り出す.

10.25 連立与党OFM(フェルナンデス=メディナ、パラシオス、ペラサ議員),PODEMOS(ガルシア、リカルド議員)がチャベスと会見.事態打開のため諮問国民投票を受け入れるよう提案.

10.25 第三歩兵師団の師団長と所属将校が、制度と法規への忠誠を明らかにする.第三師団は、反チャベス将軍グループの旗振り役メディナ・ゴメスが師団長を務めていた部隊。

10.25 検察は憲法334条の違反として裁判所に43人の軍人を告訴.裁判所はこれを受理.

10.25 首都警察のスト警官(チャベス派)が,首都区長官に対し法外な要求.警察首脳217人の更迭、首都警察の内務司法省への移管、特別隊 (Brigada Especial) ・機械化隊 (Brigada Motorizada) ・女性隊 (Brigada Feminina) の廃止などをもとめる。

10.27 陸軍司令官ガルシア=モントヤ少将,現行憲法を遵守し平常通りに勤務せよとのメッセージを発表する.

10月28日

10.28 ガビリアOAS事務総長,チャベスと3時間にわたって会談.カーターセンターのマッコイ代表も同席.政府側からはチャベスのほかランヘル副大統領,チャデルトン外務大臣,イグレシアス労働大臣らが参加.

10.28 フランシア広場に「軍最高司令部」が設けられる.メディナ=ゴメスが陸軍、ラミレス=ペレスが海軍、ペレイラが空軍、マルティネスが国家警備隊の司令官になる.チャカオ市長ロペスは周囲を車両通行止めにし,泊り込みのためのテントを設置.簡易の風呂を提供するなど長期居座りの体勢をつくる.

10.29 ガビリアOAS事務総長,メディナ少将と会見.軍人の決起は止めよと提案.メディナは、米州機構は臆病すぎだと批判.

10.30 三日間の交渉が終了.対決の再現を恐れるチャベスは、ガビリアの調停工作にほとんど全面的支持を与える。さらに辞任を問うような国民投票についても話し合うと述べる.ガビリア,「政府は混乱解決のため、最終的には選挙で決着をつけることを承認することが必要」と語る.

10月31日

10.31 チャベス大統領,不服従軍人全員に恩赦など赦免手段をとると発表.不服従軍人グループは、この提案をただちに拒絶.

10.31 オットー・ライヒ米国務省補佐官,チャベスがみずからの支持者を武装解除し、選挙を実施することを呼びかける.チャールズ・シャピロ米大使は、「この国では1992年(チャベスの反乱)から軍人の政治関与が続いている」とし、憂慮しているとかたる.

10.31 OFMとPODEMOSの提案を受けた議会,平和民主委員会 (Comisión por la Paz y la Democracia) を設け,政治解決の道を討議することを,満場一致で決議.国民投票や憲法改正についても議題とすることをふくむ.

10.31 ガビリア,「この国が必要としているのは選挙による出口だ」と議会にメッセージを寄せる.社会主義運動のタブランテ議員も,与党からなされた譲歩に満足し,「われわれは政治危機の中にいるのだから,法的出口ではなく,政治的出口を見つけなければならない.合法的なものと政治的なものの均衡を探らなければならない」と述べる.

10月 ダタ・アナリシスの世論調査.回答者の66.1%がチャベスの辞任を,33.9%が続行を望んだ.大統領選挙が行われれば誰を支持するかという質問に対しては,チャベス大統領が34.8%で首位,第二位がCOPEIのメンデス(ミランダ州知事)21.3%.(この数字自体は意図的な世論操作と見られるが、チャベス支持者がガチガチに固まっていることも示している)

 

02年11月

11月初め 政府、不服従を宣言した将軍14人のうち7人を退役処分とする。

11.01 CTVのコバ書記長(Manuel Cova),チャベス留任の是非を問う国民投票に最高裁が違憲判決を下すなら,無期限ストで対抗すると表明.

11.04 「国民投票に必要な200万人の署名を全国選挙評議会に届ける」と称する反政府派のデモ.これを阻止しようとするチャベス派と衝突.現場を取材していたエクアドルのカメラマンが狙撃されるが,防弾チョッキによって命をとりとめる.

11.08 署名集めをしていた反政府派が,チャベス派により襲われる.

11月12日 都庁舎前の銃撃事件(この情報は例によって怪しい)

10:00am 野党指導者たちが、ボリバル広場に面した都庁を訪れた。これを見たチャベス派約百人が庁舎の正門を占拠し、ペニャ首都区長官を糾弾するスローガンを叫んだ。この集団の中には、建物の入り口を警備していた首都警察の警官13人が混じっていた.

00:40pm ペニャは首都警察の治安部に出動を命令.洙と警察部隊が排除にとりかかった。これに対し、チャベス派は拳銃を発砲して抵抗.銃撃戦になった。その結果占拠集団の一人が死亡した.排除作戦には国家警備隊(全国警察)も関わったという.

01:30pm 政治家たちは無事退去.排除されたチャベス派は、街に出て人々に警官との対決を呼びかける.

05:30pm チャベス派と首都警察の対峙が終了.国家警備隊が応援に入る.死者1人、負傷者35人が病院に運ばれた.

11月16日 軍・全国警察による首都警察制圧

11.16早朝 カベージョ内相,12日の混乱を理由に首都警察に介入.国家警備隊と陸軍を動員し,首都警察の本庁・機械化隊・警察署など主要施設を制圧.大型武器 (散弾銃・短機関銃・ライフル銃) や暴徒鎮圧用装備を持っての出動を制止する.機械化隊のアクセスは装甲車3台と陸軍兵士によって封鎖される.

11.16午前 首都警察本部と機械化隊(暴動鎮圧部隊)の建物の前には、兵士が駐留,カラカス市に入る高速道路の料金徴収所では、国家警備隊が検問を設けて首都進入の理由を質問した.

11.16正午 カベジョ内務司法大臣(Diosdado Cabello),ストライキと組織混乱を理由に、首都警察のビバス長官(Henry Vivas)を罷免し、首都警察を一時的に国家警備隊の管理下におくことを命じる.混乱の恐れがある場合に内務司法省に介入権限があると定めた警察調整法を法的根拠(口実)とする.

11.16午後 カベージョ,ビバス後任の首都警察長官に,リベルタドール市広報局長で首都警察OBのサンチェス(Conzalo Sánchez Delgado)を指名.首都警察の9千人警察官の管轄権を国家警備隊(結局は内務司法省)の下におく.

11.16午後 反政府派は軍に対する抗議デモを展開.裁判所に提訴.

11月17日

11.17 ペニャ首都区長官,約500人の抗議デモを率いて機械化隊の建物に向かう.バルタ市長カプリレス(Henrique Capriles),チャカオ市長ロペス(Leopoldo López)がこれにともなう。治安活動に出動した軍とのあいだに小競り合い.ペニャは抗議したが追い返される.ペニャは「これは軍事クーデターだ」とマスコミに語る.

11.17 首都参事会 (都議会) は内務司法省の介入を拒否し、ビバス長官の地位を再確認する決議を採択.米州機構の米際人権委員会に訴えるべく使節をワシントンに送る.

11月18日

11.18 ペニャは最高裁の行政政治法廷に警察介入の差し止め請求を行なった。 CTV、フェデカマラス、野党も、介入に強く反発.四度めの市民ストに踏み切ることを決定.

11.18 反政府派の集団が,政府の人権侵害に抗議するため高速道路を車で封鎖.催涙ガスを浴びせる警察と投石で応戦.

11.18夜 反政府派は、午後6時から9時まで高速道路を封鎖し、タイヤを焼いて気勢を上げる.チャカオ市警察の説得で立ち退く.別の集団十数人が道路を封鎖して、警察に対しても譲らず.チャカオ市警は参加者のうち3人を逮捕.

11月19日

11.19 野党の知事と市長を先頭に、国会までの請願デモ.地方自治への介入への抗議.数千人のデモに対し、警備の警官を隔ててチャベス派数百人が罵声を浴びせる.請願を届けた帰りに衝突が起こり、警備にあたった国家警備隊が催涙ガス.

11月20日

11.20 軍装備部,首都警察が所持する「武器爆発物法とその施行規則で戦争兵器と規定されたすべての武器」の押収に動く.「兵器」にはHK短機関銃(サブマシンガン)とレミントン12口径散弾銃がふくまれる.

11.20 ペニャ首都区長官から通報を受けたガビリア米州機構事務局長,みずからプリエト国防大臣 (José Luis Prieto) と交渉し押収作業を中断させる.

11月21日

11.21 CTVのオルテガ議長、首都圏警察への介入に抗議し、大統領へのリコール投票の早期実現を目指し、12月2日から全国ストを実施すると発表。フェデカマラスの構成団体である全国商業連盟、工業連盟もストへの参加を表明。

11月22日

11.22 刑事警察科学捜査庁,首都警察の捜索に入り約300の火器を押収.その他に弾薬・催涙ガス・防弾チョッキ・ガスマスクなどが持ち去られる.

11.22 内務省・軍と首都区の正面衝突の中で、ゼネストを主張するCTVなど強硬派が勢いを増す。「ストよりも国民投票を」と訴えていた「民主調整」も、ストへの参加を決定.なお与党との交渉に期待をかけるべきだとする意見もあったが,押しきられる.

11月23日

11.23 アラグア州のボリバル知事(連立与党ポデモス所属)、分権化を擁護する立場から、都政への介入に不賛成だと述べる.

11.23 正義第一党のラモン・ホセ・メディナ議員,「ストライキは正当で合法的・合憲的手段だが、やるには時を選ぶべきだ」と述べ,国民投票運動に重点をおく考えを示す.

11.24 都議員のオチョア=アンリチ (Enrique Ochoa Anrich) は、「PMへの介入はカラカス大都市区への介入であり、市長と参事会への介入である。市長・議員・警察・カラカス人には、この決定に対して反乱を宣言するより他の選択肢はない」と煽り立てる.

11.25 ペニャ首都区長官,最高裁憲法法廷に救済を求める.

11.26 罷免されたビバス首都区警察長官,最高裁憲法法廷に申し立て.警官が深刻な生命の危険にさらされており、武装の制限のせいで不便を強いられていると訴える.

11月27日

11.27 憲法法廷,ぺニャ都知事の申し立てを受理.

11.27 国家選挙管理委員会(CNE),賛成3,反対1で署名の合法性を認める。チャベス大統領を信任するかを問う国民投票を翌2003年2月2日に実施することを決定.政府はCNE のメンバーに法的問題があるとの異議申し立て.

新憲法では, 「公選者の残存任期取り消しのための諮問投票を,任期半ば以降に1 度だけ実施が可能」と定めている.投票実施の場合には,チャベス大統領への不信任投票が,前回選挙時の獲得票である約380 万票を上回れば大統領は辞任し,辞任後30 日以内に大統領選挙が行われる.

11月28日

11.28 最高裁、CNEの決定には委員の3分の2=4名の賛成が必要だとして、国民投票実施の判断を無効とする。これを受けた反政府派はストに入る方針を明確にする。

11.28 民主調整,首都警察への介入に対して内務司法省に抗議するデモ.デモ参加者の多くは女性で、罷免されたビバス長官のほか、民主行動・コペイ・ベネズエラ計画・勇敢民衆同盟・正義第一など野党の政治家が加わる.棒や卵や瓶を持ったチャベス派のデモが、間に入ったカラカス警察 (リベルタドル市の警察。こちらは与党市長の指揮下) に止められる.

11月29日

11.29 科学捜査庁は、ビバス前長官の執務室に絞って立ち入り調査.4月11日のチャベス派狙撃事件の調査を目的とする.

11.29深夜 陸軍部隊の装甲車は引き上げ.少数の兵士がなお建物の入り口で見張りに立つ.

11.29 政府,不服従軍人と賛同者14人を現役から引退させる命令.

11月30日

11.30 最高裁,①選挙形態に関する決定を下すには単純多数では不十分,②CNEのメンバーが議会の承認を得ていないことを理由に,選挙委員会の決定に無効判決.選挙委員会のアビラ委員長は,最高裁の判決はその他の決定の合法性を認めたものだとして,2月2日の国民投票の方針は揺るがさないという判断を発表.

11.30 選挙委員会のアビラ委員長と,フェデカマラスのフェルナンデス会長の密談録音が暴露される.フェルナンデスは「ただ情報を求めただけ.プライバシーの侵害だ」,アビラは「同じような会話は与党幹部ともした」と応える.

11.30 為替制度変更の直前に1ドル=792.00ボリバルであった為替相場は,1,325.00ボリバルまで下落.経済成長率は前年同期比△6.4%のマイナス成長となる.

11.30 カラカスの繁華街のナイトクラブ「ラ・グアヒーラ」で火災。煙に巻かれた50人が死亡。

11月 4月11日の銃撃戦との関連で4人が逮捕される.ビデオでは少なくとも首都警察の2人,国家警備隊の1人,民間人(チャベス派)11人が同定される.議会は与野党対立の激化により,真相究明委員会を設立できず.

 

02年12月

12月01日

12.01 MVRの一部議員,ポデモスのヒメネス党首,ルイス・サラスらが,野党の要求を容れるような憲法修正を提案.ポデモスのガルシア書記長は提案について事前説明を受けず.

12.01 チャベスは「憲法規定にしたがえば,大統領の任期半ばまでそうした投票はできない.野党の要求に合わせて憲法を修正していては立憲国家の意味がなくなる」と応える.

12.01 政府=野党の交渉.ランヘル副大統領ら政府側代表は、①ビバス長官の復帰と②首都警察本部の返還を提案.火器の返還は拒否.

12.01 カラカスでディスコが火災、47人死亡、28人負傷。

12月02日(月) 無期限ストの開始

12.02 反政府派は無期限市民ストに突入.実態は反政府派のスーパー、チェーンストアなどの商店スト。カラカス東部では商店がほぼすべて閉店、西部ではほとんどの店が営業を続ける。

12.02 最高裁の無効宣言を受けたCNE,採決のやりなおし.今度は4対1で決定。最高裁が課した条件を乗り越え、ふたたび、2月2日にチャベス辞任をかけた国民投票を実施する方向で方針をまとめる.

12月03日(火)

12.03 PDVSAの管理職と事務職・技術職を中心に「幹部スト」に入る.政府の送りこんだ新経営陣との対立が激化していた.本部職員数百人の参加した本社前の決起集会に、国家警備隊が催涙弾を打ち込む.

12.03 PDVSAの管理職スト,組合関係者によれば15~90%の参加率.スト参加者がパスワードを差し出さないことにより、PdVSAのコンピューターシステムは妨害され、主要な精油所の閉鎖に到った。

12月04日(水)

12.04 PDVSAのスト,エルパリト製油所など大規模事業所や輸送部門に波及.ガソリンの供給に支障を生じる.

12.04 政府は人事介入を取り下げ、ペニャ市長に首都警察の指揮権を返還.裁判所は、介入中に持ち去られた装備の返還と、スト警官の占拠した部屋の明け渡しを命じる.首都警察の機能はビバス長官の下で回復.ただし兵士の駐留はそのまま.

12月05日(木)

12月5日 ポデモスのヒメネス党首とOFMのパラシオス,辞任を問う国民投票を可能にするための憲法改正を行なおうと提案.翌日のフランシア広場乱射事件により実質的に流産.

12.05 パラグアナ製油所の管理職、即時選挙が決まるまで、保守管理関係業務を除きストライキを続けると決定.これにより国内精製能力の7割以上が停止することになる.

12.05 国有タンカー会社(PDV海運)の保有する13隻のタンカーのうち12隻がストライキに入る.船長らは船を動かすのを拒否。原油輸送船ピリンレオン(Pilin Leon)号がマラカイボ湖の航路を妨害する位置に停泊して、積み出しを妨害.

12.05 チャベス大統領、軍に対しすべての石油関連設備の管理・統制を行うよう命令。海軍にタンカーの拿捕と船長の逮捕を命じる.

12.05 大統領支持派が反政府派新聞社の編集局前で抗議行動。一部が投石などを繰り返す。

12月06日(金) フランシア広場の銃乱射事件

12月6日早朝 車からフランシア広場に向けて拳銃を撃った男二人が逮捕される.チャカオ市警に逮捕された二人の酔っ払いは、軍情報部に属していた.(フランシア広場については、10月22日の記載を参照のこと)

12.06 7:15pm 「近所の住人」が拳銃を周囲の人々にむかって乱射.銃弾による死亡者は3人(17才の少女、77才の女性、44才の男性)、負傷が28人.周りの人々により取り押さえられる.一説では4人の男が銃を手に立ち上がり乱射.

12.06 午前 オルテガCTV議長がフランシア広場で定例記者会見。「チャベスは彼自身の国民に対して戦争を仕掛けた」と非難。チャベスを人殺しとののしり、「OASのベネズエラ介入」を求める。エンリケ・メディナ・ゴメス将軍は、大統領を倒すために軍が決起するよう呼びかける。メディアは生中継で「アルタミラの虐殺」の「恐怖と大混乱」のシーンを流し続ける。

12.06午後 政府高官は犯人と政府との関係を否定.遺憾の意と徹底した捜査を約す。反政府派の諸団体はこぞって政府を非難し,チャベスの即時辞任に要求を切り替えて、ゼネストを続行することを決定.これまで対話と国民投票を主導していた勢力も一致して,大統領の即時辞任を要求.

12.06夜 チャカオ市警によりフアン・デ・ゴウベイア(Juao De Gouveia)が捕らえられる.まもなくテレビに出演.彼は在住23年のポルトガル人で,チャベス派から依頼されたと自白.(ケネディ暗殺事件のオズワルドを思わせる、いかにもCIA好みのプロット)

ゴウベイアは1964年生まれ、ベネズエラに23年間在住するポルトガル人で、フランシア広場の近所に住んでいた。自宅周辺が広場の騒ぎにまきこまれたので、その原因がテレビ報道にあると考え、民放テレビ「グロボビシオン」の一人物を狙うつもりだったと供述した。逮捕時彼は、ジャーナリストの名を記したリストと、政府支持のパンフレットを持っていた.

12.06 軍関係者がピリン・レオン号に乗船し移動を命令。乗組員はこれに従わず抵抗。このあとすべてのタンカーが作業再開命令を拒否する。

12月07日(土)

12.07 CTVのオルテガ議長は「労働者の80%がストに参加している。いまや運動は第二段階に入った.今後はたたかいを積極化する」と述べる.積極化とは何を意味するかは説明されず.2月の国民投票でチャベスの信を問うことが決まるまで,ストライキを続ける構え.

12.07 ランヘル副大統領、欠勤者は3割にとどまると述べる。

12.07 チャベス大統領夫人マリア・イサベルが反政府派に同調。「この国は一人の人間によって荒廃に陥らせてはならないし、一人の人間によって救うことも出来ない。娘たち、家族、そして国のために人民に従え!」と呼びかける。

12.07 パウエル国務長官、暴力行為を厳しく批判する声明。

12月08日

12.08 反政府勢力、フランシア広場事件を受け、無期限ストを宣言。

12.08 石油精製部門とタンカーが「フランシア広場の惨劇」に抗議し、「全面ストライキ」に入る。

12.08 PDVSA所有の13隻のタンカーのうち12隻の船長がストライキ参加を表明。

12.08 Puerto La Cruz, Amuay-Cardon, Maracaiboの港で港湾労働者がストライキに参加する。PdVSA従業員の40%が職務を放棄。ベネズエラ経済に絶大な影響を及ぼす.

12.08 チャベス、「オイルをめぐる戦いの時が至った」と宣言。タンカーの船長たちを海賊と呼び、反対派指導者をファシストとののしる。

12月09日

12.09 カラカス市内でパニック買いが発生。スーパーマーケットとガソリンスタンドに人々が殺到する。全国警察は配給トラックを配備し、すべてのガソリンスタンドを開店させる。

12.09 政府、選挙の前倒し実施を提案。譲歩の姿勢を示すが、反政府勢力はこれを無視。

12.09 ベネズエラ銀行協会は、チャベス大統領の退陣を要求する無期限ゼネストに参加すると発表。金融業の8割を占める民間銀行は,職員のスト参加を理由に国際取引を除く銀行業務の大半が停止した。カラカスの証券取引所,ゼネスト開始にともない取引を中止.この日アエロポスタル航空もゼネストに参加.

12.09 カルロス・オルテガ,「ゼネストの狙いはチャベスを大統領職から追い落とすこと」と強調.その目的は近いうちに達成できると語る.

12.09 カラカス市地下鉄労組の指導者トレアルバ,「地下鉄労組は、政治紛争に関係なく、市民への奉仕者である」としゼネストへの不参加をつらぬくことを明らかにする.そして反政府勢力が地下鉄の運行阻止を図っていると警告.電力管理振興公社の労働者は電力の供給を維持し、資本家による妨害工作を排除。(ただし、反政府側がテレビ放送を流すため、電力供給を維持したという見方もある)

12月10日

12.10 チャベス、PDVSAの取締役会の再編成を実施すると発表。専務取締役にアルフレド・リエラを指名(会長はアリ・ロドリゲス)。7人の取締役はこれに抗議して辞任する。

12.10 軍隊はカラカスなどの精油所を占領,一週間にわたり供給の途絶えていた燃料配給を再開.

12.10 最高裁の20人の裁判官中8人が「現状にては圧力が強く,公正な判決を下せない」との理由で勤務中止を申し出る.

12.10 1 1月時点で310万バレルあった産油量は,12月には80万,年明けには60万バレルに減少.

12月11日

12.11 PDVSAのアリ・ロドリゲス会長、「ベネズエラの輸出向け原油備蓄はすでに使い果たしつつある。まもなく供給は停止されるだろう。我々は何百万ドルも失った。そして信用を失いつつある」と語る。

12月12日

12.12 行政訴訟第一法廷は、ペニャからの訴えに判決.首都警察の装備は首都政府の財産だとして、警察作戦センターを首都警察に返すこと、ストライキ警官が不法に持ち去った暴徒鎮圧用装備と火器を返却することを命じる.その後,持ち去られた武器が返却されることはなく、兵士の一隊は首都警察本部の前で監視を続けた.

12.12 チャベス政権,国営石油会社PDVSAの幹部4人を解任.担当閣僚は「我々の石油産業は妨害行為を受けている。断固とした対策を取る」と述べる.カラカスで行われた同社の集会には数百人の従業員が参加し、大統領退陣までストを続行する決意を表明.

12.12 OAS理事会、決議833号を採択。現憲法を支持し、クーデターなどの暴力的な解決法を拒否し政府と反政府勢力の対話促進を求める。

12月13日 チャベス、妥協姿勢を放棄

12.13 ホワイトハウスは声明を発表.ベネズエラが「現在の危機的状況から脱却する、平和的な、かつ政治的に実行可能な方法は、選挙の早期実施しかないと米国は確信している」と述べる.クーデター失敗後の内政干渉自粛を事実上撤回したもの.

12.13   チャベス大統領は,CNNとのインタビュー.選挙前倒しの実現の可能性はないと答える.ADのラモス・アルプ (Henry Ramos Allup) は「チャベスがあらゆる出口の可能性を否定」したと非難.

12.14 カラカスで反政府派の総力をあげた大規模なデモが実施される.数十万人が大統領辞任を要求して市内を行進。中・高級住宅街では,連夜鍋たたきと反政府集会.

12月15日

12.15 チャベス政府,マラカイボ湖の航路を塞ぎ、航行を妨害していた油送船ピリンレオン号に,国家警備隊と陸軍の特殊部隊を乗り込ませて排除.

12.15 CTV,チャベス大統領の辞任を目指して、ゼネストを続行することを決定.

12.15 チャベス大統領,国内市場で不足したガソリンや食糧の緊急輸入に踏み切る.ガソリンはカリブ海のバージン諸島から輸入。また、コロンビアから牛乳を軍用機で空輸、ドミニカ共和国とはコメ200トンの購入契約を結んだ.

カラカスのバリオは食品会社の生産停止により深刻な食料不足に陥る。牛乳と、米、小麦粉、砂糖、油等の他の必需食品は日増しに入手困難になった。バリオでは住宅直通のガス管が通じておらず、LPGのガスボンベの配達がなければ、人々は調理ができす、子供にミルクも飲ませられないという事態になった。多くの市民はマキや木炭で食事の支度。これに対し、ガス管を通じての都市ガス供給は維持された。

12月16日

12.16 政府は石油公社幹部中,ゼネストを支持した4人を解雇.ストに参加しなかった労働者によって石油の生産・運送を再開.軍に対し,燃料および食料品運搬の目的で民間の船舶,トラック,航空機を運行する権限を与える.さらに軍隊や石油会社の退職者など1000人を動員.

12.16 チュイコフ号,ベネズエラ石油公社の35万バーレルを積んで米国へ向けて出港.この他タンカー3隻,合計135万バーレルが石油を積み込み,出港準備が整う.港にはさらに40隻が待機中.商船幹部職員大会は「未熟者の操船は危険」とし,政府がタンカーを押収し使用することを非難.

12.16 民主調整,首都警察から軍を撤退させることを要求.ペニャ首都区長官を先頭にデモを実施。首都警察の機械化隊ビルに向かったデモ隊は,マスコミの取材班とともに突破を試みるが,陸軍の封鎖線に阻まれる.参加者は数千人規模にとどまり、CDの動員力の限界を露呈。

12.16 反チャベス派はカラカス市内各所にバリケードを築き,立てこもる.大統領宮殿付近では大統領派との衝突を防ぐため、装甲車や国家警備隊が出動して警備.市内バス・地下鉄は平常通り運行.中心部の商店街も平常と変わらず営業を続ける.民間テレビ網は絶え間なく,政府側の暴力行為を放映.

12.16 最高裁は「政府の権限下にあるカラカス市警察の統括権を,市長へ戻すよう」に命令.(首都警察とは別系統)

12.16 原油価格(WTI、NYMEX),ベネズエラのゼネストを受けて30.10ドルまで上昇.米国は輸入原油の約13%をベネズエラに依存している.

12月17日

12.17 ホワイトハウスのフライシャー報道官,ベネズエラからの石油供給に障害が出る可能性に対し,「これは懸念材料だ」と述べる.

12.17 ベネズエラ軍司令官のフリオ・ガルシア・モントヤ将軍,石油業界のゼネストを、「ベネズエラの国富の源への破壊活動」と批判。ゼネストが「クリスマスを誘拐しようとしている」と述べ、政府のスト対策への全面的支援を表明する.

12.18 最高裁判所,石油業務の再開を命令する判決.反政府勢力はこの命令を無視し,ゼネストを続けると宣言.

12月19日

12.19 チャベス大統領,メキシコのフォックス大統領に直接電話.備蓄してある石油を輸出するため,石油タンカーを都合して欲しいと依頼.フォックスは余裕がないとして断る.(メキシコは火事場泥棒的にベネズエラの割り当て分をアメリカに輸出した。「余裕がない」のは当然である。これが後の「犬呼ばわり」の伏線となる)

12.20 反政府デモ集会に10万人が結集。カラカス中央のベネズエラ広場など重要5ヶ所を占拠.「カラカス市はわれわれの手におちた」と宣言.大統領宮から数キロ離れたベネズエラ広場に集合する.チャベスは「ミラフローレス大統領官邸に近付くことは許さない」と演説.

12月21日

12.21 政府,タンカー『ピリンレオン』号の接岸に成功.『ピリンレオン』号は周囲を他の船舶に取り巻かれ,封鎖されていたが,封鎖を実力で排除し,満載していたガソリン1,400万リットルの荷卸しを行う.チャベスは政府テレビ網を通じて「封鎖は終った」と発表.

12.21 チャベス,石油危機に対応するため「統一司令部」を設置.動力鉱業相,インフラ機構相,石油公社社長,陸軍司令官,海軍司令官により構成される.ニューヨークの石油相場はバーレルUS$31.75へ上昇.

12.21 政府は、最高裁のスト労働者に対する業務再開命令にもとづき、命令を実行に移すための軍部隊の計画を明らかにする.プリエト国防相は、スト終結を任務とする特別部隊を編成したと語り、反抗する者は罰せられると警告.

12月22日 反政府メディアとの対決宣言

12.22 チャベス大統領,「石油生産は回復に向かっている.米国やキューバ向けの石油輸出を再開させつつある」と述べ、事態収拾への自信を示す.またストに参加している職員に対し、「職場復帰しない者は解雇する」と述べ,検察当局が刑事訴追の準備を進めていることを明らかにする.

12.22 チャベス,反政府派の放送局代表を召集.「石油産業再開に反対する者は留置する」と宣言.軍隊が出動し,催涙ガスなどを使用して,石油地帯のマラカイボ湖にかかる橋を突破.この橋はゼネスト開始以来反政府派が封鎖していた.

12月23日 ルーラの支援開始

12.23 PDVSA,石油生産が通常の6.5%に相当する日量20万バレル以下にまで減少したことを明らかにする.

12.23 チャベス大統領,OASを通じて反政府側へクリスマス休戦を申し入れ.

12.23 ブラジルのカルドーゾ大統領,「ルーラ次期大統領の依頼により,ガルシア特使を派遣する.チャベスに対し和解を勧めたい.ブラジルは常に合法性を尊重する国である.燃料危機に対し,援助を求められれば協力を惜しまない」と語る.ガソリンをベネズエラへ送付する方法を,ペトロブラスのグロー総裁と協議.

12月24日

12.24 チャベスとガルシア特使が会談.チャベスはガソリンの購入と『ベネズエラ友の会』の結成を依頼.

12.24 反チャベス派は「ブラジル政府の援助は内政干渉である.ルーラ新政権はスト破りを試みており,紛争の一方に組する敵対行為である」と非難.CTVのオルテガ,「チャベスが辞任するまで生産停止を継続する」と宣言.チャベスの「クリスマス休戦」提案を拒否.

12.24 日本政府,ベネズエラからの国外退去を勧告.在カラカス日本大使館によると、3か月以上の邦人長期滞在者約330人のうち200人以上が出国を決める.主要日系企業の7割以上が業務を停止.

12月25日

12.25 ペトロブラスのガソリン52万バーレルを積み込んだアマゾン・エスプロラー号がカラカスへ向け出港.外相予定のアモリンは,ベネズエラ反政府派の非難に対し「憲法に従い,民主的に選ばれた政府との約束を履行するのに,問題ある筈がない」と一蹴.

12.26 PDVSAの従業員グループ,「チャベス大統領を辞任に追い込むまで」ストを続行することを決議.

12.28 ガソリンの供給不足による暴動などを懸念する外国人が次々と国外へ出始めた.米国や英国などはすでに大使館などの職員や家族が国外避難を開始.

12.30 ベネズエラ国家警察,座り込み将軍グループの指導者カルロス・アルフォンソ・マルティネス将軍の身柄を拘束.

12月 02年度のGDPはマイナス8%、失業率は17%、物価上昇率は30%に達する。

02年 国境地帯でAUCと結びついたベネズエラ人の準軍事グループ「ラテンアメリカ愛国軍」(EPLA)が出現。コロンビアのゲリラに同情的な公務員や民間人に攻撃をかける。これに対抗し親チャベス派住民が、秘密グループ「1月23日ツパマロ革命運動」を結成。

  

2003年

03年1月

1月02日 カストロとの作戦会議

1.02 政府と野党連合の間で、ストライキの膠着状態を脱するための対話が再開される。

1.02 チャベス,ルーラ大統領の就任式に出席.主要南米産油国によるラテンOPEC(石油輸出国機構)の創設を提案.加えて、ブラジル、キューバ、ベネズエラの左派政権協調による「善の枢軸」構築を提案.

会談の内輪話: ルーラとの朝食会談では,ブラジルのガソリン送付について感謝の意を示し,ペトロブラスから技術要員派遣などの援助を依頼.「経済・社会の変革を目指し革命を開始したが,平和主義を貫くか実力を行使するかの岐路に立って悩んでいる」と語る.なお,チャベスは当日の早暁4時までカストロと話し込み,起床できなかったため,朝食会の予定が55分遅れたという.

1.02 ブラジル新政府,「ベネズエラに対して選挙の早期実施のみを主張するアメリカの態度は納得できない.政治合意を欠いたたんなる選挙のみではベネズエラの危機は解決しない.重要なのは危機を脱する交渉」とし,フランス,スペイン,ポルトガルとともに「ベネズエラ友の会」の結成に動く.

ブラジルの基本的スタンス ①一方に荷担するものではなく,紛争の深刻化を防ぐための行動.②対話の促進を促すガビリアOAS事務総長に機会を提供する,ことを柱とする.③ブラジルとしては,選挙早期実施はゼネストと同様の混乱をもたらす可能性があり,反対.

1月03日 首都警察が「本領」を発揮

1.03 カラカスで大統領派と反大統領派のデモ隊が衝突.首都警察の介入で死者2人,負傷者78人,首都警察の警官側にも負傷者7人が発生する.

1.04 チャベス派の葬儀デモ.ペーニャ都知事と首都警察を殺人者と糾弾.チャベスは、戒厳令も考慮に入れると発言。

1月06日

1.06 ベネズエラ政府,「石油生産は再開され日産60万バーレルに達した.1ヶ月以内に正常に戻る」との見通しを発表.ラミレス鉱業動力相は従業員側のスト派幹部の復帰要求に対し,「追放幹部の再起用は有り得ない」と否定.

1.06 ストにより不足する食糧品を輸入するため,海軍艦船3隻がコロンビアに派遣される.

1.07 チャベス、リンコン元国防相をふたたび起用。カベージョに代え内務法務相にすえる。

1.08 ベネズエラ銀行員協会がストに参加.民間銀行の業務がストップする。預金引き出しに長い行列.

1.09 米下院議員19人,チャベス追放の動きに反対するとともに、クーデターを支持したブッシュ政権当局者を非難する書簡.議員のうち18人は民主党員、1人が無所属.

1.09 カラカスにあるアルジェリア大使公邸に手榴弾.チャベス大統領は「反政府のテロリストの犯行だ」と非難.反政府勢力側からは「政府の自作自演」との声.アルジェリアはベネズエラ政府の要望に応え,PDVSAを稼動させるための技術者を派遣してきた。

1月10日 チャベス、強硬手段に打って出る

1.10 チャベス大統領,コヘデス州サンカルロスで演説。

演説の骨子: 国民の苦しみに不感症の企業家が、小麦粉の生産を停止し,米,とうもろこしを倉庫に退蔵している.このため食料品輸入に数十億ドルを費やさねばならない.私は憲法、国家元首の権限および大統領の責任において、人民が飢餓に陥ったり、子どもが薬や牛乳がないため死んだりするのを許すわけにはいかない。現在、食料品の工場と倉庫を軍事的に占拠し,食糧供給を保障する計画を準備中である。一方、人民のために食料を生産する者には土地、貸付資金、機械を与えていくだろう。
メディアの無責任な攻撃も許せない。
シスネロスはクーデター派のなかでも極め付きのファシストである。

1.10 チャベスの強制接収の態度に産業界は恐慌をきたす。食品製造商工会議所のアルフォンソ会長,食糧不足は燃料不足が原因であるとし,チャベスの述べたもの隠し疑惑を否定.

1.10 ブラジルのアモリン外相,「友の会」設立に動く.OASのガビリア事務総長,国連のアナン事務総長,アメリカのコリン・パウエル国務長官と会談.

1月11日

1.11 CTVのオルテガとCDのサンブラノ下院議員,「危機解決に対する米国の計画にブラジルを参加させる必要はない」と訴える.アモリン外相は,「友の会」参加国の選択はOASのガビリア事務総長にあると反論し、混乱に対するガビリアの責任を暗に批判.

1.11 チャベス大統領,ストで営業を停止した銀行の接収も辞さないと警告.ストライキ首謀者を「テロリスト」と非難する。銀行の営業は13日から再開する予定.

1.13 チャベス、テレビ局の放送免許停止を示唆する。

1月14日

1.14未明 陸軍と国家警備隊がふたたび出動.首都警察の本部と警察署から散弾銃2582丁、短機関銃1730丁などの大型武器を令状の提示なしに押収.フエルテ・ティウナ基地に持ち去る.裁判所の判決に反するとの非難に対し,騒擾が予想される2月初めまで武器を返さないと通告.ナシオン紙によれば,「政府高官は誰もこの行動の説明をしようとしなった」

1.14 ペニャ首都区長官、軍による武器没収を非難.持ちされられた武器がチャベス派行動部隊の手に渡らないよう,将軍たちに呼びかける.

1.15 ブラジル,米国,スペイン,ポルトガル,メキシコ,チリの6カ国からなる「ベネズエラ友好国グループ」が結成される.OASもふくめが会談がキトで行われ、カーター米元大統領に調停案の策定を求める.

1月16日

1.16 チャベス大統領、「友好国グループ」が提示した仲介案を受け入れると表明。

1.16 メキシコ政府,2月より米国向けに日産10万バレルの増産を行うと発表.

1.16 最高裁の憲法法廷,14日の事件に関し,過去の判決の履行状況について報告するよう各機関に命令.この命令は無視された.

1.16 野党連合代表、最高裁が国民投票を認めなければ24時間の抗議活動を行うと声明。

1月17日

1.17 最高裁、ストライキ中といえども、基礎生活用品の確保のために必要であれば、政府が施設・資材を接収しても良いとの判断を下す。

1.17 軍は最高裁の判断に基づき、コカコーラの関連会社の倉庫に押し入り,隠匿されていた清涼飲料水を押収.強制出荷を開始する。

1月18日

1.18 チャベス、ゼネスト派との対話を停止する可能性を示唆する。

1.18 チャベス大統領,ふたたびブラジルを訪問.「友の会」にロシア, キューバ,フランス,ジャマイカの参加とアメリカ,スペインの除外を望む.ルーラは「会の主目的は現在,行き詰まっている双方の対話を容易にする点にある」とし,現在のメンバーを主張.

1.19 チャベス、二人の将軍を接収した石油公社の要職に任命。

1.20 チャベス派の集会で手製爆弾が炸裂.死者1名,負傷者12名.カラカス市内で両派の衝突。一人が死亡、十数人が負傷。

1.20 チャベス、スト指導者がクーデターを目指し、この国の水と食を止め、カオスに陥れようとしていると非難。この状態が続けば和解のための対話を停止すると警告。

1.20 ジミー・カーター、和平対話の再開に向けて動き出す。

1月21日 逆効果の通貨干渉

1.21 通貨ボリバルの対ドルレートが30%の暴落(1月初めの1,403ボリバルから21日の1,853ボリバル).カントリーリスクはゼネスト前943から1,458まではね上がる.しかし、国際的原油高と輸入の大幅な減少とにより、外貨準備は9.6億ドルと小幅な減少にとどまる。

1.21 カーター米国元大統領による仲介案の提示.①「憲法改正による政権の任期短縮と早期大統領選挙の実施」か,または②今年8月に拘束力のある国民投票の実施」のいずれかを選択するようもとめる.

1月22日

1.22 ベネズエラ中銀,5日間為替市場を閉鎖,外国為替取引を停止すると発表.(マレーシア方式の採用。為替取引の中止により、外資のほとんどを占める石油系資本は動きがとれなくなる。さらに反チャベス企業団体が為替統制の影響をもろにかぶる結果となる)

外為取引停止の意味: 石油輸出の停止による外貨流入減少と政治・経済不安による外貨流出の加速から、外貨準備の減少を防ぐための措置とされる.これにより貿易決済、資本取引が不可能となる.ノブレガ蔵相は「為替市場への制限を含む新措置を発表する」と述べる.

1.22 最高裁,改めて「CNEによる国民投票の実施承認は,CNEメンバーの一人が議会未承認であり無効」とする裁定.CNEはこれに対して反応できず。

1月23日 米政府の敗北声明

1.23 軍事独裁政権の打倒から45周年を迎え、チャベス支持派がカラカスに30万人を動員して記念集会。

1.23 米国国務省がカーター仲介案を支持する声明を発表.

1.23 チャベス大統領,「国民が任期4年の方が望ましいと考えるならば,大統領の任期を短縮する国民投票の提案を受諾しても良い」とし,提示された二つの選択肢を前向きに受け止める意向を表明.しかし①憲法改正案については明確に拒否,②案に対しても明確な回答を与えず.

1.24 「ベネズエラ友の会」がワシントンで開催.カーター元大統領の「大統領任期を2006年から2004年へ短縮.再選は可能とする.反対派はゼネストを中止する」との提案を元に議論.

1.25 反チャベス派が,CNEの国民投票を否とする最高裁判断に抗議し、カラカスで24時間マラソン抗議行動を展開.数万人がハイウエイを占拠する。

1.26 チャベス大統領,ポルトアレグレの「第3回世界社会フォーラム」に出席.1月だけで三度目のブラジル訪問となる。

ポルトアレグレでの発言: 国際投機資本との闘いを宣言.通貨安定のため管理対策を設けるとし、予想される物不足に対しては、食料と医療の配給制度を開始することで対応すると述べる.
またCDの国民投票要求署名については,「署名簿の25%が偽造だった.たとえ友の会の提案でも,国民投票と選挙早期実施は違憲であり,受諾できない」と述べる.

1月27日 反チャベス派の戦線崩壊

1.27 カラカスの証券取引所,57日ぶりに開催.株価指数は10.41%高で締める.

1.27 破綻に瀕した中小商店が営業再開の意向を表明.

1.27 ベネズエラ中央銀行,市中金融機関に対し、2月5日まで外国為替取引業務の停止を延長するよう指示.

1.29 反チャベス派,戦術を「諮問国民投票の早期実施」から「憲法改正によるチャベス大統領の任期の6 年から4 年への短縮」へと転換する方針を表明し,新たな署名運動を開始.

1.30 チャベス政権,ゼネストに参加した幹部職員の更迭に踏み切る.国家公務員のうち5,333 名が解雇される.

1月31日

1.31 友好国グループがベネズエラ入り.①チャベス政権が解任を発表した石油公社職員の処遇や,②双方の合意の得られる選挙管理委員の選出などについて調停が開始される.

1.31 石油生産は,退役者,軍人,外国技術者の動員および新規開発油田のフル操業により、月末までに日産143 万バレル(政府発表)まで回復.反チャベス派も日産122 万バレルまで回復したことを認める.ここまでにPDVSA職員1万3千人が解雇される。

1月 フランスを訪問中のルーラ大統領,ジョスパン元首相からの「何故,ベネズエラ危機解決に力をいれるか」との質問に,「チャベス大統領が倒されれば,明日は私の番であり,続いてアルゼンチン,チリに及ぶだろう」と回答.

 

03年2月

2月01日

2.01 ノブレガ財務相,①月決め固定為替制度を検討中,②為替取引は生活必需品輸入を最優先,③公式相場で政府へドルを売却するよう輸出業者に義務づけ,の三方針を明らかにする.Fedecamaraのフェルナンデス会長は「為替統制は民間企業への圧力となる」と抗議.

2.01 チャベス大統領,「銀行がストを継続するなら,経営者の権限を停止させ,軍部の預金をすべて引き出す」と発言.

2月02日 ゼネスト敗北宣言

2.02 民主調整(CD),ストへの参加を中止すると発表.「危機終焉を目的とする“友の会”の要請に基き,協力を態度で示すため」、ブラジル,メキシコ,チリ,米国およびポルトガルの5か国による調停を受け入れる.

2.02 ストライキ指導者、資本家ストの規模縮小を発表。破産の危機に瀕した企業を守るためとする。

2.02 チャベス大統領は支持者を前に勝利宣言.

チャベス演説: ゼネスト終了は反逆者・ファッシストに対する民衆の勝利であり,反対派の決定的な敗北である
②今年は革命的攻勢の年である.政府と人民は攻撃に転じる。スト派はサボタージュの罪で処罰されるべきである

2月03日 ゼネスト終結

2.03 CTV・フェデカマラスなど,自主的な罷免国民投票「フィルマソ」を行なうと発表したあと,ゼネスト終了を指示.これは「自主的国民投票」という名の請願署名運動で,チャベス大統領の辞任とチャベスによる政策の取り消しを要求する国民投票を実施するよう求めるもの.

2.03 63日にわたるゼネストが終了.銀行,私立学校,工場,商店,ショッピング,レストランが平常通り営業を再開.PDVSAの一部は解雇された5,111人の再雇用を要求しストを継続.

ゼネストの被害: 被害総額は2.5億ドル.GDPは25%低落.通貨ボリバルは2ヶ月間に40%の下落.外貨準備は10億ドルの減少。国の採鉱と鋼鉄産業は一時的に閉鎖し、失業率は15%から20%に増大し、貧困は44%から54%に急上昇し、数千の会社が倒産した。1月のインフレは30%.物価が上がり,ガソリンが買えないなど国民生活へ重大な打撃。これを機にゼネストの指導者層への不満が高まる.

2.04 OASのガビリア事務総長,「友の会発足と交渉ルート開設によってゼネストは目標達成した.しかし抗議運動はさらに激しさを増し,新段階に入るだろう」と語る.(この情報は、真偽が確認できません。さすがにガビリアがここまで言うだろうかと疑います)

2月05日

2.05 CD,「大統領任期を6年から4年に短縮する憲法改正」署名を,すでに370万人分集めたと声明.

2.05 チャベス,新為替政策を発表.「ドルとボリバルは国民のものだ.反逆者へは1ドルも渡さぬ」と宣言.為替レートを固定し、ドル売りを今後2週間停止する。さらに民間会社の取引を監督下に置き、ゼネスト参加企業の息の根を止めにかかる。(国際金融の干渉によって、政府による民間企業の統制が可能になったのは、政府にとって棚ボタというか、勿怪の幸いでした)

2月06日 統制経済への移行

2.06 チャベス大統領は生活必需品・基礎サービス価格も統制すると発表.一方で、企業が商品の流通制限を行わないように監視を強める対策.経営団体は「統制政策は不況をさらに深刻化させる.企業活動が減退し,商品不足とインフレを招く」と反対.

統制政策の経験: ベネズエラは、対外債務危機(83年)および銀行危機(94年)のときも、同様の為替管理や価格統制を行った.過去の為替管理では経済が停滞し,結果的に外貨準備が減少した。さらに、為替管理を停止(放棄)した際には、大幅な通貨下落とインフレ亢進による経済後退を記録した。

2.06 政府,為替取引きを再開.1ドル=1600ボリバルの管理固定相場制に移行(実勢は2500ボリバル).流入するドル(輸出代金や直接投資など)はすべて中央銀行が管理することとなる.ボリバル高の相場設定と為替管理の導入により,輸出企業の統制を狙う.インフレ抑制効果はあるが,当面の経済回復を期待することはできなくなる.

2.06 外貨管理委員会(CADIVI)が新たに設立される.国外に流出するドル(輸入支払い、サービス支払い、利益送金など)を制限・管理することとなる.

2.06 土地・農業開発法に基づき、サモーラ計画に沿って、13万家族に200万ヘクタールの農地が分与される。最終的には50万家族に1千万ヘクタールの土地が分与される予定。これは全農地の1/3にあたる。「サモーラ計画」は、大土地所有の一掃だけでなく、社会改革の核となることを目指す包括的なものとされる。

2.09 チャベス、ゼネストを指導した石油労働者数千人(すでに解雇済み)を投獄する可能性を示唆。

2.18 政府と野党とが、当面の政局運営に関して合意成立.「平和と寛容の雰囲気の中で政治見解の相違を解決」したと発表。

2.19 ベネズエラ司法当局,Fedecamaraのフェルナンデス会長とCTVのオルテガ議長に逮捕命令を発行.モレノ裁判官は「徒党を組み,国家に対する反逆,裏切り,扇動を行った」と理由を述べる.

2.20 フェルナンデスはシュラスコ料理店で食事中,8人の政治警察官Disipにより逮捕される.オルテガは行方知らず(その後コスタリカの大使館に逃亡し亡命を求めたことが判明)。

2.20 スト直前に4万133人であったPDVSA従業員数は、2万7,740人にまで減少.馘首された従業員はなおストライキを続けるが,影響は減少.

2.21 チャベス、国家反逆罪の容疑で労働組合指導者の逮捕を命じる。

2.23 チャベス大統領,「ベネズエラは主権を持つ国家であり,如何なる種類の個人にも優先権はない」と述べる.OASガビリア事務総長がフェルナンデス逮捕を批判したのに応えたもの.

2.25 カラカスのコロンビア総領事館,スペイン外交部事務所に相次いで爆弾テロ.フェリペ・ロドリゲス国家警備軍中将(退役)の指示によるものとされる。

2月 政府、03年度予算を策定。7%近くを削減し、地方交付税の捻出が不可能となる。

2月 反チャベス勢力,大統領罷免の国民投票を求める署名活動を開始.「1週間で400万人の署名が集まった」ことで逆に水増し署名の疑いが強まる.

2月 軍内チャベス派部隊、ベネズエラ最大の食品会社ポラールの工場を占拠。新聞は「部隊の占拠したのは食品工場ではなく、ビール工場だった」と、軍隊がアル中であるかのごとく報道。

2月 チャベス大統領,「民間テレビがゼネスト期間中,大衆に暴力行為とサボタージュを煽った」と非難.通信法違反の疑いでグローボビシオン,ラジオカラカステレビ,テレベン,ベネビシオンの民法4局に対し行政監査に入る.

2月 チャベス支持派の労働組合がCTVを離れ新しい全国連合UNTの設立で合意(5月に結成大会).

03年3月

3.03 カラカスで車爆弾テロ、石油大手のシェブロン・テキサコが被害を受ける。

3月 オルテガCTV議長、コスタリカに亡命を申請し認められる。

3.24 ブッシュ政権は国務省のラテンアメリカ担当チームおよび大統領安全保障担当のラテンアメリカ・チームのメンバーを更迭.OAS大使のロジャー・ノリエガを国務次官に、ジョン・マイスト安全保障補佐官をOAS大使へ。

3月 ラミレス鉱業相、原油生産量が日産300万バレルと超えたと発表。「正常化」を宣言。理事も6人が政府派メンバーに交替。

03年4月

4.05 カラカス国立劇場で左派系労組の大会.「全国労働者同盟」(UNETE)を結成.内部で主導権争いが起こり,綱領や規約などを策定できないまま終わる.

4.11 民主調整,犠牲者追悼を名乗る集会・デモ.マスコミによる宣伝にもかかわらず,参加者は千名以下にとどまる.(ゼネスト中の犠牲者のほとんどはチャベス派だった)

4.11 与野党会談が行われていたカラカス市内のテレポート・ビルに爆弾テロ.まもなく政府はクーデター計画を摘発したと発表.2月のコロンビア大使館などと同じく、フェリペ・ロドリゲスの指示によるものとされる。ロドリゲスは逃亡。

4.13 反動派のクーデターに対する民衆の反撃を記念する集会.数十万を結集.「11日は13日につながる」をスローガンに掲げる.集会に並行して「ボリーバル革命世界連帯集会」も開催される.

4.13 グアリコ州サンフアン・デ・モロスのフェニックス織物工場,8月からのロックアウトを打破し,労働者が工場を占拠,操業を自主再開する.チャベス政権は工場への原料確保を約束.これを見た企業家は一斉に操業を再開.

4.24 市中の物不足に対し、軍は駐屯地を店舗として、兵舎を食料貯蔵所として開放。完全な国家的食の主権と栄養不良減少を目指す計画としてミシオン・メルカルが開始される。

メルカル計画の全体像は、ややつかみにくい。まず第一に全国1万数千といわれる大小の販売店。とくに貧困層の町と貧窮化した地域に集中して開設され、高品質な、無名ブランドの基本食品を最大50%割引で提供している。これと関連してCASAとCVAがある。CASA(食料供給公社)は毎月2400万ドルの政府補助を受け、国の内外からの商品確保に当たる。CVA(農業振興公社)は、CASAと連携しながら食料自給率の向上に当たる。

4.25 チャベスがブラジルのレシフェを訪問しルーラと会談.ブラジル東北部精油所(ペトロブラスとベネズエラ石油公社の合弁)建設計画について協議.またブラジル開発銀行がベネズエラ向け輸出に対し10億ドルの融資枠を設定,その返済および担保に石油を当てることで合意.

4.21 最初の54人の医師がキューバから到着。首都圏のリベルタード市(人口200万人)で「バリオ・アデントロ」(地域に入ろう)事業を開始。15人がチームになり、450もの福祉委員会を結成。地域医療「コミテ・サル運動」を展開.8000人のキューバの医師と50人のベネズエラの医師が、無料の地区巡回運動を展開.識字運動や教育,配給組合運動も広がる.

ベネズエラ人医師不足のための窮余の策: 保健省はまず、ベネズエラ人医師に、政府から支払われる月600ドルの報酬で、労働者地区で生活し、住民のための無料医療サービスを提供する意志を持った者を求めた。応じた者は全国で50人しかいなかった。(ただし報酬はあまりにも低く、本気で募集したのかどうか疑問ではある)

4月 野党に移行したMAS指導部に対し,チャベス支持派が新党「社会民主主義のために」(Por la Democracia Social:PODEMOS)を形成.決起集会に2万5千人を結集.

ちょっと時期があいまいな記載ですが、01年秋にMASがチャベスと袂をわかったとき、MAS内親チャベス派は「masMAS」(もっとMAS)というフラクションを結成し、与党内に残りました。このmasMAS派はやがて独自政党としてPODEMOSを結成しました。それが今回決起集会を開いたということです。

4月 このほか、低所得者向けの住宅建設を目的とするMision Vivienda、失業者の職業訓練と生産者組合の形成支援を柱とするMision Vuelvan Carasなどが次々に打ち出される。またの一環として、低所得者のための無料食堂も創設される。

03年5月

5.29 与野党間で,チャベス大統領の国民投票(の実施基準)に関する合意が成立.有権者の20%の署名が集まれば,任期の半ばとなる8月19日以降に国民投票が行われることとなる.対立する両者は過激な攻撃を慎むことで合意.民主調整(CD)は、8月を期してチャベスのリコールをめざすこととなる.

5月 雇用凍結令が施行される。低賃金労働者のレイオフを一時禁止。当初2ヶ月の時限つきの大統領令として発布されたが、次々に延長が重ねられる。これによりチャベス派の労働運動の組織化が容易となる。このあと中小企業における労働者の組織化が急速に進展。

5月 CTV内のチャベス派労組がベネズエラ労働者連合(UNT)を結成。国内最大の労働センターとなる。

5月 PDVSAのロドリゲス総裁、08年までに石油生産量を日産500万バレルに引き上げる計画を発表。原油価格の高騰により外貨準備は156億ドルまで回復する。

5月 ウニベルサル紙の調査。キューバ型モデルの適応については89%が反対。チャベス支持者でも69%が反対。

03年6月

6.01 ベネズエラ医師会、キューバ人医師の活動を禁止すべきだと法廷に訴える。会長ダグラス・レオン・ナテラは、「政府は、彼らが医師なのかどうか判断することさえしていない。これは大きな医療問題を引き起こしている」と発言。日刊紙「エル・ウニベルサル」のトップページを通じてセンセーショナルにキャンペーン。

正式名称はベネズエラ医療連盟」(FMV)。5万人のメンバーをかかえている。全てのベネズエラ人医師は営業するにあたっては、この連盟に加盟することが法的に義務づけられている。
医師会の主張は、①ベネズエラには九つの医科大学があり、国民500人に1人の割合だ。国際的な医療水準から見て十分といえる。②キューバ人医師は国の基準で必要な単位数を欠いており、学位をあらためて認証される必要がある。③政府は安価な外国人医師を導入するより、保健システムの再建に力を注ぎ、医師の報酬をまっとうな水準に引き上げるべきだ。 という、一見もっともな主張。

6月19日 カラカス北部の丘陵地帯にある労働者街、スクレ地区でもキューバ医療派遣団の診療が始まる。スクレは、100万人の人口を抱えているが、そのうち60万人が貧困の中で生活している。フルタイムの仕事に就いているのは住民の20パーセント。15歳以下の子どものうち38パーセントは学校に行っていない。

6月 接収したPDVSAのビルを利用して、ベネズエラ・ボリバリアーナ大学が開設される。貧困層に高等教育の機会を与える一方、地域密着型の研究・教育を目指す。

6月 アルタミラ広場を占拠していた退役軍人のうち6人が国外に亡命する。

03年7月

7.07 リベルタドール地区でのキューバ人の医療派遣団の団長ビクトル・フェリペ・タマヨ、今や627人の医師が564,898人の患者に奉仕している。そのうちの25%が在宅医療を受けている。

7月 ベネズエラ北西部の広範な山岳地帯ララ州でもバリオ・アデントロが始まる。キューバ人医師は、寄生虫に苛まれていない子どもや一回でも医者の診察を受けた妊婦を見るのは稀だと報告。

7月 キューバで、「エル・ウニベルサルの露骨な嘘」と題するテレビ討論番組が放映される。この番組の録画やビデオが、カラカスの労働者地域で広く行き渡る。

証言の一部: 2ヶ月ほど前、一人の子どもが亡くなりました。FMVは、キューバ人医師が誤った薬を処方したせいだと非難しました。子どもの母親がついにテレビに出て、キューバ人医師からは薬を受けとっていないと証言しました。そうではなくて、子どもが死ぬまで病院をたらい回しにされたからであると彼女は説明しました。彼女はキューバ人の紹介状を見せたが故に子どもの診察を拒絶した多くの病院と医者を名指ししました。

7月 「ミッション・ロビンソン」が本格的に開始される。読み書きのできない150万人の人々を対象とする識字教育。成人の約12%画対象となる。識字学級は約十万人のボランティアによって組織され、そのほとんどが大学生である。

7月 ADとCOPEIを中心とする民主調整が、与党との合意にもとづき、国民投票をもとめる署名運動を開始.アメリカ政府は,「国民投票が実施されれば政治混乱を避ける保障となる」という名目で,実質的にリコール運動を支持.

7月 ダタナリシスがチャベス罷免の可否を問う世論調査。罷免賛成が68%に達し、反対の31%を大きく上回る。(皮肉なことに世論調査の偏向を証明するものとなる)

03年8月

8.19 「ベネズエラの友」グループがワシントンで会談。国民投票の実施を柱とするカーター提案に対し、パウエル米国務長官も支持。

8.19 民主調整,チャベス罷免の是非を問う国民投票の実施をもとめる署名を提出。その多くが、二月以降のフィルマソ運動で集めた署名.国民投票を求める集会は30万人を結集。

8.21 第一行政裁判所、地域の医師が医療を担うべきと述べ、キューバ人医師の診療差し止め請求を認める。 ベネズエラ政府はこれに対して上訴。この頃から、キューバ人医師に対して身体への攻撃をするという匿名の脅迫が舞い込むようになる。

キューバ人医師の生活: ボランティアのキューバ人医師は月250ドルの給与を受け取って生活費をまかなっている。彼らは勤務する地区の労働者の家に住み、午前中に外来専門クリニックで患者の診療をしたのち、午後には、彼らに割り当てられた近隣の住宅を訪れ、予防医療を実施する。ベネズエラ人医師とは違って、住民たちを人間として扱い、時間外、真夜中の診療にでも応える。

8.22 保健相マリア・ウルバネハ、判決を「異様なもの」と呼び、上訴の意向を明らかにする。

ウルバネハ発言の要旨: 健康と福利を供給するという私たちの公約に優る判決などあり得ない。キューバ人医師が招かれたのは、労働者居住区で働こうとするベネズエラ人医師が不足しているからである。将来はベネズエラ人医師がキューバ人にとってかわるだろう。しかし、それまでは、キューバ人が医療から排除された住民や貧窮に陥っている人々を援助し続ける。

8.22 ベネズエラ中央大学医学部のミゲル・レケナ学部長、この国はキューバ人医師を必要としていると主張。

8.25 最高裁が全国選挙評議会(CNE)の委員5名を指名。議長のフランシスコ・カラスケーロは「親チャベス派」とみなされている。

8.26 ブラジルのルーラ大統領、就任後初めてカラカスを訪問.総額1億ドルにのぼる大型融資協定に調印.ブラジル開発銀行がオリノコ大橋やカラカス地下鉄など大規模プロジェクトに支援を与える.

8.27 スリア州のコロンビア国境地帯で人権活動家ジョー・ルイス・カスティージョが射殺される.カスティージョはコロンビア難民の世話をしていた.

8月 政府、ボリーバルで購入できるドル建て国債を発行。企業からの資金取り込みを狙う。この国債は、不足するドルの代替として流通するようになり、政府は国内資金を動員するばかりではなく、国債発行を通じて企業を統制することが可能になる。

8月 親チャベス派労働者の中央組織である全国労働者同盟(UNT)の結成大会。50万人の労働者を結集したと報告。(4月の大会は事実上流会に終わっていた)

03年9月

9.12 中央選挙管理委員会(CNE),三対二で国民投票を求める300万人の署名簿に対し無効を宣告.カラスケロ会長,「署名は現大統領の任期の半ば,8月19日以降分のみが有効である.しかし署名簿が提出されたのは8月20日であった」とのべる.

9.13 CNEの発表を受けた野党,10月から再度署名運動を開始すると発表.

9.19 大統領官邸に爆弾が投げ込まれる.チャベスは保安上の理由から国連総会出席を取りやめ.情報によればCIAがチャベスの載った飛行機を撃墜する計画があったという.

9.24 国家警備隊と国家警察,ファルコン州で国営石油会社の建物を占拠していた解雇労働者・家族を実力排除.

9.26 選挙管理委員会,チャベス罷免投票の実施をもとめる署名の受付を承認.10月末から10日間,全国3千の投票所で署名を受け付けるとする.署名の法的有効性をふくむ一種の第一次国民投票となる。

9月 47万人に上る大学教育希望者のための「スクレ計画」が発足。ボリバリアーナ大学での講義が始まる。

10.13 CNE,国民投票の要求署名実施に関する規定を決定.実施要求署名を集める期間を4日に延長.

03年11月

11.07 ランヘル副大統領が記者会見。三つの都市で公安当局が捜索活動を展開し、反政府勢力のものと見られる武器・弾薬,プラスチック爆弾や迷彩服などを押収したと発表.

11.20 マイアミで米州34カ国首脳会議が開かれる.NAFTAを西半球全域へ拡大するFTAA(米州自由貿易圏)の基本合意書に署名.ベネズエラのみが署名を保留.チャベスはルモンド紙に対し,「FTAAは地獄に通じる」と発言.

11.21 米州機構とカーターセンターが署名行動を監視するなかで,チャベス派と反チャベス派が3日間の署名行動.チャベス派は野党38議員の解任を求める署名をもとめ,有権者の2/3に相当する800万人の署名を獲得.反チャベス派は与党議員34人の解任を求める署名を行うが,有効数に達せず.

11.22 NHK,「チャベス政権~クーデタの裏側」を放映.日本国内に大きな反響を呼ぶ.

11.25 カラカスで「第1回諸国民ボリバリアノ大会」開催。キューバ(共産党)、ブラジル(土地解放運動)、エルサルバドル(FMLN)、ニカラグア(FSLN)、ボリビア(社会主義運動)など、20カ国から400人あまりが参加。「新自由主義とその影響とたたかう」ための団結を強化しようと意志統一。

11.28 スマテ(野党側統一組織)による大統領の信任国民投票要請に関する署名(レアフィルマソ)が開始される.政府側署名と同じく,期間は3日間.CNEの管理・OASとカーター・センターの監視の下に行われる.ガビリアが事実上の署名管理委員長として動く。

11.29 全国選挙評議会のホルヘ・ロドリゲス委員(チャベス派)、「手続き全体に疑問がある。ある病院では、医者が患者に、署名しなければ手術はしないと言われた」などと告発。

11月 中学課程の未就学者500万人を対象に「ミッション・リバス」が開始される。平日の夕方6時から9時まで行われる。2年間続く授業で数学、地理、文法、第二言語としての英語を教える。

03年12月

12.02 反大統領派の「民主調整」,投票実施に必要な約240万人を大きく上回る340万人分の署名を集めたと発表.ランヘル副大統領は「野党側は必要な署名数を得られず,不足分をニセ署名で補った」とし,「メガ詐欺」と非難.

12.03 ベネズエラ政府,「野党の署名数は195万人であり,有効数に45万人が不足」と発表.チャベス大統領は,ガビリアOAS事務総長を「野党側の署名獲得に協力した」と非難.

12.03 OASのガビリア事務総長,「詐欺はなかった.不正行為を目撃した者はCNEへ申し出て欲しい」と語る.

12.19 CDが346万人の署名簿を全国選挙評議会(CNE)に提出.30日間で評議会が署名簿を審査し,投票の可否が決まることとなる.チャベス派は「野党の集めた署名中,約30%は詐欺行為によるもの,このような署名簿は無効」と主張.

03年 国家土地庁(INTi)によれば、01年秋以降03年度末までに、75,000人の土地を持たない農民の家族が、200万ヘクタールの土地の所有権を得た。

03年 授産事業を中核とする全国主婦組合が結成される。組合員は主に経済力の低い家庭からであり、その30%が未亡人か独身である。

03年 この年、ベネズエラ全体で「殺人事件」の犠牲者は1日平均約31人、カラカス首都区においては約7人。人口10万人当たりの認知件数は、ボゴタの3.2倍、サンパウロの2.5倍、リオデジャネイロの1.5倍、メキシコ・シティーの4倍。地方ではFARCやELNと結びついた犯罪者グループ(Hampa Comun)が、誘拐事件などを活発化させている。殆どの犯罪者は逮捕されないまま、犯罪を繰り返している。(日本大使館ホームページより)

 

ベネズエラ年表その3