劣化ウラン弾の被害調査に関して

 英文添付

2004年5月   

 

一. 劣化ウラン弾の人体への影響

私は劣化ウラン弾は多因的な影響を与えていると思う.大きく分けるとひとつは化学毒としての影響であり,ひとつは放射性物質としての影響である.

このうち化学物質としての毒性は確認されており,その意義を否定するものはいないだろう.

湾岸症候群として初期に報告された例には,生殖障害や催奇性が多くふくまれるが,この傾向は枯葉剤による影響と類似する.枯葉剤の本態はダイオキシンと推定され,環境ホルモンとしてDNAに影響を与える.

もちろん放射性物質も催奇性を持っており,原爆小頭症など有名であるが,被爆二世への影響はさほどでない.

いっぽう放射性物質としての影響については未確定である.ただし異常に高い発ガン性,特に白血病などの高発生率は,放射性物質としての影響を疑わせる.

被害者の側から放射性物質としての毒性を立証するためには,他の重金属汚染や化学物質による影響例と比し,発ガン率が有意に高いことを立証すれば,ひとつの証明とはなる.

例えば鉛中毒,有機水銀中毒,カドミウム中毒,ベトナムの枯葉剤.イラン・イラク戦争時に使用したとされる化学兵器=毒ガスの影響などとの比較である.

ただし,「ウラン238の化学毒としての特性だ」と主張されると,それだけでは不十分である.修辞学的に言えば,「ウラン238の化学毒としての特性」が,まさに,その高い放射能に由来することを立証しなければならない.これには米国内の劣化ウラン弾製造工場の労働者におけるガンの多発など,いくつかの不確かな報告がある.

 

ニ.劣化ウラン弾の三つの要素と,人体への影響

劣化ウラン弾が複雑な人体への影響をもたらしている原因として,劣化ウランそのものが単純な物質ではないことも考慮に入れなければならない.

a.ひとつは比率からいえば圧倒的に多いウラン238である.

ウラン238はほぼ純粋にアルファ線のみを放出する.吸引・あるいは摂取され体内に入った際の体内被曝は,実験的には確認されている.

ただし現場でウラン238が,放射性物質として人体に影響を与えている可能性は,イラクの戦車が集中的に劣化ウラン弾の攻撃を受けた91年の湾岸戦争の直後を除けば,不明である.

これに対し,重金属としてのウラン238の人体への影響は広く知られるようになっている.体内では腎・生殖器などへの蓄積が報告されており,不妊や催奇形性はこの機序で説明できる.

問題はウラン238がエアロゾルという特殊な態様ではなく,重金属粉として地域一帯に拡散した場合,それが人体に対して有意の発ガン能力を持つか否かである.その際は300トンを越える総使用量も無視できない意味を持つことになる.

b.ふたつめは,圧倒的に比率は少ないが微量ながら存在するウラン235である.

森住さんの報告でもあったが,いまでも湾岸戦争で破壊された戦車にガイガー・カウンターを近づけると,激しく反応するそうである.これはウラン238によるものではない.明らかに長期にわたりガンマ線を放射する物質が存在している.

沖縄の鳥島射爆場で劣化ウラン弾の「誤射事件」があった.このとき日本の科学技術庁が残留放射能の実地調査を行ったが,報告によれば放射能は検出されなかった.

戦車の残留放射能を説明するとすれば,劣化ウラン弾の爆発する過程で何らかの機序によりウラン235が濃縮された可能性がある.理論的には極めて考えにくいが….

これについて米軍からの説明はないが,現地の米軍は放射線に対する防禦対策を実行している.彼らが.放射性物質としてのDUの有害性に対する認識を持っていることは間違いない.

 c.みっつめは,使用済み核燃料が原料として用いられた場合である.

恐ろしいことだが,戦車の残留放射能の源泉としては,実はこれが一番可能性が高い.

ウラン原石から濃縮ウランを製造する過程で副産物として生成されるのが,本来の劣化ウランだが,濃縮ウランが原発などで使用され,ウラン235の比率が減れば,同じく「劣化ウラン」となる.これは猛烈に汚く,ストロンチウムやセシウムなどの猛毒を含んでいる.

二重の仮定になるが,もし使用済み核燃料が使用され,そのなかの放射性物質が高い発ガン性をもたらせているとすれば,これは大問題である.しかしこれを立証するのは,なかなか難しいだろう.

米軍は,公式にはこの「汚い劣化ウラン」の使用を否定している.しかしコソボの使用現場では,自然界では存在しないはずのウラン236の残留が確認されている.これについて,米軍の態度はあいまいなままである.

 

三.研究しなければならないこと

 a.「DU症候群」の実相の解明

分りやすいという点では,まず重金属汚染としての被害調査からはじめるのが良い.因果関係が証明できれば,これだけでもDU兵器の非人道性は明らかになる.

この「症候群」が存在するのか,その全体像はどのようなものか,どのような経過をとるのかを明らかにする.追跡がかなりの長期にわたること,被曝の影響が多彩であることを考えれば,できるだけ多くを対象とした自覚症調査が必要である.

重金属汚染としての人体汚染度を示す客観的な指標をもとめる.例えば鉛中毒におけるδALADのような酵素であるかもしれない.

いわれるように,放射線被曝による特異的な疾患は存在しない.ほかの重金属疾患と比較することで,統計的な特徴として浮かび上がってくるだろう.地域・年代・職業などの分析から,相対的ハイリスク・グループを見出し,濃厚な追跡を行う.

モハメド医師の報告にもあったように,白血病の発生率が95年をピークとして一度下がりかけながら,最近ふたたび上昇している.すなわち,現在健常である被爆者のなかにも相対的ハイリスク・グループが存在する可能性がある.これは大変重要な研究課題であろう.

現場にいてエアロゾル,あるいはフォールアウト,ダストを直接吸引した可能性のあるものは,被曝の態様が明らかに異なっており,超ハイリスク・グループとして別途に検討されなければならない.米軍帰還兵士におけるいわゆる湾岸症候群の重症例は,これに属するものであろう.

b.汚染状況の解明

すでに10年以上を経過しており,汚染物質の検出は困難と思われる.

コソボでは汚染後,比較的早期に現地調査が行われているが,それでも汚染物質が検出されたのはわずかなサンプルに限られている.米軍・イラク軍側の資料を分析することから,当時の汚染状況を推定するしかない.

もちろん,今回のイラク侵略で用いられた劣化ウラン弾については別の論証方法がありうる.

c.調査の三つの留意点

被害者の救援に結びつく人道的な研究であることが,まずなによりも求められる.ABCCが広島・長崎で行ったような犠牲者のモルモット扱いは戒められなければならない.

調査自身がひとつの闘いであり,米政府・米軍が流している虚偽の情報を,事実により暴くことをめざさなければならない.牙をむき出す必要はないが,譲れない原則は堅持する.

また,日本や世界の多くの人の共感を呼び,いわれない中傷を避けるためには,冷静かつ客観的な調査である必要がある.