British Medical Journal
Vol.311 pp1677

よりよい世界に向けて

国際武器貿易と健康への影響

ヴィクター・サイデル
アルバート・アインシュタイン医科大学モントフロア医療センター
IPPNW副議長

はじめに

 かつて第二次大戦は,この世界に大量殺戮の頂点(apogee)をもたらしました.それは,相手が軍人であるか市民であるかを問わず,大量殺人が当たり前の世の中でした.

 ロンドン,ドレスデン,東京には,相手を選ばない無差別の空襲がおこなわれました.広島と長崎は,たった一発の爆弾ですべてが廃墟と化してしまいました.この原子爆弾は,ピカッと光った一瞬のうちに,20万人以上の死をもたらしました.そして数十万の負傷者を生みました.原子爆弾によって負傷した者の多くは,それから数カ月以内に死んでしまいました.生き残った人たちもいまだ永久的な身体的,心理的障害に苦しんでいます.

 その第二次大戦が終わって50年以上になります.幸いなことに,核兵器とさらに破壊的な熱核兵器(1950年代に開発された)は,これまで実戦に用いられることはありませんでした.しかし核兵器の保有国がそれを使用する恐れは,戦後50年間,常に存在していました.

 他にも「大量破壊兵器」はありますが,それらも使われたことはありませんでした.例えば化学兵器は,まったくではないにせよ,滅多に用いらることはありませんでした.生物兵器は,武器として貯蔵されてはいますが,また使用されたという未確認情報がありますが,公式にはまったく使用されたことはありません.

 いっぽう,いわゆる「通常兵器」は,1945年以降,3千万人以上の人々に直接の死をもたらしました.戦闘による一般市民の犠牲者の比率も着実に増加しています.最近では軍人の約9倍の市民が,戦闘中にまきこまれ,武器により生命を奪われているといわれます.さらに数百万にのぼる市民が,戦争にともなう飢えや病気のために命を落としています.それは彼らの収穫物が破壊されたためです.あるいは家を逐われて,国を逐われて,いまや世界中に増え続ける難民の一員となったためです.

 1945年以降,事実上すべての戦争が第三世界で発生しました.それはしばしば米ソの代理戦争という形をとりました.ことに最近の内戦では,歴史的あるいは人種的な対立,独裁政権に対する反対,旧植民地時代に引かれた人為的な国境線をめぐる紛争などがきっかけとなっています.またこれまでに比べ,格段に多くの犠牲者を生み出しています.

武器の使用の健康に対する直接的影響: 地雷を例として

 戦争が健康に与えるもっとも深刻な影響は,軍事力の行使と武器の使用そのものです.軍事指導者のなかには,「敵を殺害するより負傷させるほうが有効だ」と考えるものさえいます.なぜなら負傷者を手当するのは,敵の勢力にとって大きな経済的損失となるからです.

 今日の武器と呼ばれるもののほとんどは対人殺傷兵器です.中でももっとも悪質な対人兵器が地雷です.地雷による負傷の治療はきわめて複雑で困難です.損傷部位は一箇所にとどまりません.しかも創部は土やゴミにより汚染され,たくさんの破片が食い込んでいます.失血量も多いのがふつうです.多くのケースでは四肢の切断が余儀なくされます.

 1980年,非人道的な通常兵器の破棄にかんする会議が開かれました.そこでは「戦闘の終了と同時に速やかに地雷原を清掃すべき」ことが提起されました.しかし,この提起はほとんど実行されていません.地雷の犠牲者は一般市民です.そして,彼らの住む処は,いまも地雷で汚染されたままです.

 地雷の製造法はこの十年間で急変しました.外装も爆弾そのものも,いまではプラスチック製です.したがって金属探知器では探知不可能です.地雷は小さく,軽く,持ち運び容易となり,非常に安くなりました.多くの発展途上国では,地雷はきわめてコスト効果の高い武器とみなされています.

 これに対し,地雷の撤去はきわめて時間のかかる,骨の折れる,危険な作業となりました.したがってきわめて高価になりました.カンボジアでは闇市場にいけば10ドルで地雷が買えます.しかしそれがいったん敷設されれば,その発見と撤去に要する費用は30倍となります.

 ある推計によると,いまこの世界では1億個の地雷が地表に撒かれており,さらに1億から1億5千万個の地雷が武器庫に眠っているとされます.国土のどこかに地雷が敷設されている国は,世界で60カ国以上に達します.なかでもアフガニスタン,アンゴラ,カンボジア,イラク,モザンビーク,ソマリアが,とりわけ地雷に汚染された国として知られています.カンボジアだけで900万個の地雷が敷設されているといわれます.

 全世界の非難を浴びているもう一つの兵器が視力傷害レーザーです.95年春の兵器フェアーで,中国がトライポッドに装着した視力傷害レーザーを売り込み,注目を集めました.95年8月には,米軍がライフル装着型の携帯レーザー75台の開発契約を結びました.米軍の発表によれば,このレーザーは,3千フィート離れた場所から発射して,敵兵の網膜を焼き焦がすことが出来るということです.

  この計画は10月には中止されましたが,米軍は他にも数種類の視力傷害レーザーを所有していることが確認されています.他にフランス,イスラエル,ドイツ,ロシア,ウクライナ,イギリスがレーザー兵器を開発したか開発中といわれます.

武器の使用の健康に対する間接的影響

 兵器の直接的人体傷害に加え,その間接的影響も見逃せません.例えその武器が使われないとしても,それが存在するだけで影響力を発揮することもあります.「武器が存在すること自体が環境に与える影響」が広く論じられてきました.核兵器にともなう環境汚染に関しては,IPPNWがこれまで詳細な報告を提出してきました.

 核兵器以外の武器による環境汚染も同様に深刻なものがあります.典型がインドシナ戦争でしょう.爆弾がいっさいを破壊し,ナパーム弾が焼き尽くし,枯葉剤が不毛の土地を作り出したこの戦争は,環境破壊の最たるものといえます.また湾岸戦争も,劣化ウラン弾などによる深刻な環境汚染をもたらしました.

  武器使用の脅迫は,たとえそれが脅しに終わったとしても,深い心理的トラウマを残します.その典型は核脅迫政策に見ることが出来ます.しかし核ではなく通常兵器による脅迫でも,十分に同様の社会心理学的作用をもたらすことができます.湾岸戦争時のイスラエルはその良い例です.「イラクが,抗コリンエステラーゼ型の神経ガスを,スカッド・ミサイルで打ち込む」といううわさが広がったとき,イスラエル市民は争ってアトロピンを注射し,アトロピン中毒が頻発しました.

 武器のもたらす人的,経済的コストのために,医療・福祉に大きな犠牲が生じるのは,争う余地のない明確な事実です.米国のような豊かな国でさえ,軍事費の増大は深刻な影響をもたらしています.第三世界でははるかにことは深刻です.経済成長は停滞し時にはマイナスとなります.その結果,基礎的栄養,住宅,教育,医療などの水準は,ますます劣悪なものとなります.

世界の武器取り引き

 戦闘で使われる近代的武器のほとんどは先進国で生産されています.それを第三世界に売り込み,あるいは供与しているのも先進国です.この軍事化=兵器の近代化は,大なり小なり多くの旧植民地国に見られます.それは域内で相対的な軍事大国となることで,「発展国」として扱われたいという要求から出発しているようにみえます.

 武器はしばしば,独裁者の権力掌握の手段としても用いられます.いっぽうで,武器は私兵集団にも渡り,民間企業にも渡り,時には子供の手にすら渡ります.

 米国をふくむ先進国は,兵器産業のために猛烈な兵器の売り込みを図っています.武器の輸出国は,武器を買わせるために「対外援助」まで利用しています.すなわち「援助」を受け取る国の政府に言い含めて,援助資金を武器購入のため使用するようヒモをつけるのです.いうまでもなく,指定された購入先は援助提供国の民間軍事産業です.

 世界で武器輸出の9割以上を占めるのは,国連の五つの常任理事国です.これにドイツを加えた6カ国が兵器産業の「ビッグ・シックス」と呼ばれています.国連の調査によれば,国家間の武器取引高は,60年代はじめで年間140億ドルとされています.それが,94年には350億ドルまで増加しています.

 80年代の十年間,米国は1340億ドルにおよぶ武器および軍事供与を,160以上の国と政治勢力に対しておこないました.90年代になっても米国の武器販売は増え続けるいっぽうです.

 93年の時点で,米国は第三世界への武器輸出の73%を支配しています.その大部分=85%は非民主主義的な国家に向けられています.なかには,野蛮としか言えないような国家も相当数ふくまれています.現にパナマ,イラク,ソマリアでは,米国の売り込んだその武器が,米軍に対して向けられました.アメリカの武器は紛争に油を注ぎ,地域の緊張を高めています.クリントン政府は,こうした武器販売の増加に対しほとんど手を付けようとしませんでした.

 94年の議会選挙の結果は,平和勢力にとって決して好ましいものではありませんでした.その選挙は,武器販売の制限に努力する議員の減少をもたらしたのです.

 英国も国際武器取り引きにおける主要メンバーの一つです.いくつかの推計では,すでにロシアを抜いて世界第二位となっています.93年には30億ドルの武器を海外に輸出しました.さらに93年度に,あらたに90億ドルの新規契約が結ばれています.

 旧英領植民地,例えばインドなどは,経済発展に困難を抱えながらも,イギリス武器商人たちの最良の顧客となっています.イギリスも米国同様に,市民の権利を侵害する目的で武器を使用するような国へ軍事輸出をおこなっています.例えばインドネシア,アパルトヘイト時代の南ア,アミン政権下のウガンダなどです.また最近ではケン・サロ・ウィワなど9人の環境主義者を処刑して国際的非難を浴びたナイジェリア軍事政権がそうです.

 フランスもまた国際武器取り引きに進出してきています.94年,フランスは第三世界諸国とのあいだに,あらたに114億ドルにのぼる武器契約交渉をおこないました.米国の61億ドルと比べても,この額は突出しています.ただしこの比較は誤解を招く恐れがあるかも知れません.というのはここには1回限りの例外的な武器売却が,数十億ドル分含まれているからです.

 またこの統計では,米国の武器取り引きが過小評価されていることにも注意する必要があります.なぜならこの統計には,米国の兵器産業が直接海外の相手と交わした契約の多くが含まれていないからです.

国際武器取り引きを止めさせるための努力

 1991年の国連総会は「武装の透明化」を決議しました.通常兵器の移転を自発的に登録しようというものです.その目的は「透明化」により相互の誤解を解き,信頼を醸成し,武装強化への早期警告を発しようとするところにあります.

 93年時点でこの決議にしたがう意向を示している国は全体の42%に過ぎませんが,ビッグ・シックスが賛成していることは大事なポイントです.いっぽう南アと北朝鮮は,この決議に難色を示しています.

 米国議会は94年,「武器移転に関する憲章」を採択しようとしました.これは「国民の人権を侵害し,民主的権利を否定し,隣国もしくは自国民へ攻撃を仕掛け,あるいは兵器に関する国連の取り決めにしたがおうとしない国家への武器移転を禁止」しようというものです.IPPNWの米国内における友誼団体である「社会的責任のための医師会議」は,この法案の成立と,米国の武器輸出制限のため奮闘しています.

 ヨーロッパにおける通常兵器の制限は,92年に発効した「欧州通常兵器条約」を基礎としています.この条約は,NATOと旧ワルシャワ条約機構にまたがり,30カ国以上をカバーしています.この条約は,主要通常兵器に上限を設定し,軍事施設を建設するにあたって,第三者による監視を必要とするという条項を含んでいます.監視の内容は,たとえば基地査察,指名調査,情報交換,兵器の廃棄の監視などです.

  しかし,実際には監視の対象の多くは旧ソ連・東欧諸国です.したがって,その運用が効果的におこなわれるかどうかは,これらの国の政治的安定と財源確保にかかっています.

 欧州安全保障・相互協力会議は,その統制力を増しつつあるようにみえます.武器の輸出先に対しては,兵器削減と人権尊重を条件づけるようになってきました.さらに最近では,いくつかの国が,武器輸出にいっそう厳しい統制をかけるようになってきています.

 地雷に関していくつかの国の動きを紹介しましょう.95年三月,ベルギー議会は反対なしで地雷の生産,使用,輸出の禁止を決議しました.ベルギーは今のところ地雷が全面禁止された唯一の国となっています.ノルウエー議会は,全会一致で政府に以下の点を要望しました.すなわち対人地雷の生産,売買,貯蔵,使用の全面禁止に向けた努力の要請です.

 米国とEU加盟諸国のうち26カ国が,対人地雷の輸出停止を決議しています.英国では,地雷反対作業グループが,国際武器取り引きにおけるイギリスの割合を低下させるため活動しています.この作業グループには,イギリスにおけるIPPNWの友誼団体である「地球の安全のための医師行動」をふくむ,多くの団体・個人が参加しています.

 1995年9月,ウィーンで一つの会議が開かれました.会議では,1980年に開かれた通常兵器削減のための交渉(非人道的兵器問題協議会)があらためて見直されました.80年の会議は,一般市民を地雷から守るため各国を拘束しようとしましたが,このときは成功には至りませんでした.

 95年会議は地雷禁止条約の成果を踏まえ,あらたに,視力傷害レーザーの使用と取り引きを禁止する議定書を採択しようとしました.しかしそれには成功しませんでした.視力傷害レーザーは依然,残された銃眼から市民の目を狙い続けているといえるでしょう.

 国際武器取り引きを止めさせようとする運動が,各分野で盛んになっています.その中でもっとも強力なのは,核兵器反対国際法律家協会でしょう.この協会は「武器取り引き,貯蔵,生産の監視および制限」案を提示しています.

 この案は,領土の保全(相互不干渉,信頼醸成による),戦時経済から平和経済への転換,武器に代わる安全保障についての問題提起をふくんでいます.そして,その実現のために,現在は任意登録となっている武器取り引きを強制的な登録制度に変えること,自国防衛の範疇を越えた攻撃的武力の保持を禁止すること,全地球的な国際安全保障の基礎を作ることを提起しています.

 現在の(1994年)米国防長官であるウィリアム・ペリーは,領土保全を基礎とする国際共同安保システムの構築を提起しました.この画期的な構想が実現すれば,世界の軍事力は劇的に減少し,米国のそれも大幅削減されることとなるでしょう.

 社会発展のための世界サミットが,1994年3月コペンハーゲンで開催されました.世界中の首脳が参加したこの会議で,「コミットメント9」という重要な決議が採択されました.

 この決議は「過剰な軍事費を適当な水準に引き下げること,武器の生産と獲得のための投資を削減し,国防上の要求に見合ったものにすること.そのことによって社会・経済発展に振り向ける資源を増加させること」を呼びかけています.

 またこの会議では,まず軍事費を3%削減し,それを福祉に振り向けようという議論が出されましたが,残念ながらこれは結局継続審議となりました.

 多くの国は通常兵器の制限になかなか同意しようとしません.その大きな理由の一つは,核大国が核廃絶に向けて,はっきりした前向きの態度を示してこなかったことにあります.

 生物・化学兵器は,貧しい国にとっては核兵器に代わる兵器と考えられています.化学兵器国際会議(93)と生物兵器国際会議(72)はこれらの兵器を不法と判定しました.しかしそれにもかかわらず,それらの国は態度を変えようとはしていません.

 核兵器開発競争と通常兵器の競争には関連があります.したがって,両者は並行して推進されなければなりません.そのことは核拡散防止条約の第6章にも記載されています.核拡散防止条約は,核兵器の廃絶に向けて前進するのと同時に,「全面・完全軍縮」を並行して推進するようもとめています.

 いまIPPNWとその友誼団体は「廃絶2000」を呼びかけています.「廃絶2000」は,すべての国が2000年までに,以下の点で完全な合意に達するよう求めています.すなわち,来るべき新しい千年を迎えるために恒久的な核廃絶を実現すること,そのために世界が確固たるタイムテーブルを持つことです.

 軍縮の進展にもかかわらず,八つの核保有国の貯蔵庫にはTNT換算で100億トン相当の核兵器が残存しています.この他さらに三つの国が,密かに核を保有していると思われます.その威力は広島・長崎を破壊した原爆の百万個以上にあたります.

 これを世界中の人間一人当たりにすると,TNT換算で2トンです.たとえSTART・とSTART・が完全に実施されたとしても(START・は未だ米国で批准されていない),世界の核貯蔵量は半分に減るだけです.すなわち我が天体の住民一人当たり火薬1トン分です.

 世界保健機構と国連総会の要請に応え,国際司法裁判所は各国に,以下の点で同意を求める要請をおこないました.

 すなわち「核の使用もしくは使用の脅しは,国際法に照らして,その合法性に問題がある」という認識です.この問いかけはまだ回答を与えられていません.しかしそれが核保有国に対して法的あるいは道義的に,さらなる圧力となることは間違いないでしょう.

さいごに

 医師,そしてすべての医療関係者は,核をふくむ兵器の削減の努力に加わるべき特殊な責任を負っているといえます.

 われわれは,戦争状態において健康状態がどのような影響を受けるか,という点で特別な知識を持っています.そして,軍国主義や兵器そのものがもたらす影響についても知識を与えられています.まさにそのゆえに,医師は軍備増強とその使用に反対するべき特殊な責任を負っています.

 1981年,世界保健機構総会(WHO)は決議34号38号を採択しました.そこには次のように書かれています.
 「平和の維持・増進において,医師をはじめとする医療関係者のはたす役割は,全人類の健康を実現するための最も重要なファクターである」

 この役割には以下の実践がふくまれています.すなわち,

 1.武器取り引きが健康に与えるネガティブな影響についてあきらかにすること.
 2.医療関係者や政策担当者,一般公衆に対して,武器取り引きがもたらすこれらの悪影響を暴露し,教育すること.
 3.武器取り引きを終わらせ,核兵器を廃絶し,全面軍縮に向け前進するための道筋について宣伝すること

がふくまれます.

 もしこの責務を引き受けようとしないなら,われわれは自らの患者や地域から信頼されることは出来ないだろうと,私は確信しています.