キューバの爆弾騒ぎ
 

1.事件の概要

 よほどのキューバ好きでなければ気づかずに終わったかも知れませんが,7月から9月にかけてハバナで立て続けに爆弾騒ぎがありました.それだけなら「あっ,そう」で済ましてしまうかも知れません.新聞にはどこがやられたかは書いてなかったのですから.

 でも,それが7月はホテル・ナシオナールとホテル・カプリ,9月はトリトンとコパカバーナ,それにボデギータ・デル・メディオとなると,身を乗り出してくる方も少なくないでしょう.私もそのすべてに行った記憶があります.みな超一流の観光名所です.

 9月4日の爆破では,ついに死者が一人出ました.犠牲者はイタリア人のビジネスマンだということですが,どこでやられたのか,どういう人だったのか,他に負傷者は出なかったのかは,報道では触れられていません.

 手口はいずれも同じで,C4というプラスチック爆弾に,時限つきの起爆装置が組み込まれたものを仕掛けたものです.犯行の狙いが明らかに観光に与える打撃であり,手口も専門的であることを考えれば,そこには大きな組織的背景があると考えるのが当然でしょう.

 

2.犯人逮捕の大々的発表

 このハバナを震撼させた連続爆破事件の犯人が逮捕されました.いつ逮捕されたのかは不明ですが,第二回目の犯行後,数日以内のことと思われます.なぜそうなのかは後で分かります.

 9月16日の夜,テレビを見ていた人々はビックリ仰天しました.連続爆破事件の犯人が「ゲスト」で登場したのです.犯人はあっさりと自分の罪を認めた上で,それが何者かによって指示された犯行であったことを明らかにしました.

 ロイター電の伝えるところによればこんな調子です.

 カジュアルな服装に黒い髪,年の頃は30才というところ.極刑が待っていることを考えれば,信じられないほど冷静なこの男は,質問に答えクルース,エルサルバドル人と名乗った.クルースはいくつかの問いに淡々と答えたが,指示したのが誰だったのかについては最後まで口を濁した…….

 これに続いて当局関係者の登場です.出てきたのはただの警察ではなく内務省情報部の将校です.スパイ小説が好きな方なら,名前を聞いただけでゾクゾクしてしまう「G2」(ヘドスと読むのが玄人)です.彼の言うところをまとめれば以下のようです.

 

3.クルースの犯罪

 ・彼はエルサルバドル国内で,何者かにより連続爆破を指示され,爆破先のリストを手渡された.完全な単独犯行であり,毎回の行動後そのままキューバ国外に出る計画であった.キューバ国内でのいかなる人物との接触も禁じられた.

 ・プラスチック爆弾は靴のヒールに埋め込まれた.時限装置はラジオ付きタイマーに偽装されていた.信管は携帯テレビに埋め込まれていた.

 ・未だ完全な証拠を握っているわけではないが,クルースに直接指示を出したのはエルサルバドルの麻薬業者と白色テログループ.さらにその背後にはマイアミのCANFがいるものと確信している.

 オームの事件のときと同様で,手口を微に入り細にわたり説明するのは,誰が?とか何故?とかの質問を回避するときの当局の常套手段ですが,おそらくこの時のテレビも似たようなものでしょう.

 大事なのはCANFに触れた点です.この発表は明らかに相手の手札を見たジャブです.

 

4.CANFの否定とG2の追撃

 ここでちょっとCANFについて説明しておかなくてはなりません.CANFは,マイアミに本拠をおき反革命・反カストロを標榜する,亡命キューバ人の極右団体です.この組織の力の源泉は何よりも暴力にあります.ピッグス湾侵攻事件とその後のキューバ侵攻作戦に彼らは深く関わってきました.ケネディ暗殺事件やウォータゲート事件も彼らの存在抜きには語れません.

 彼らはマフィア,麻薬コネクションとも腐れ縁を持っています.これもカストロ暗殺計画以来のものです.このコネクションがCIAを通じて国家機構の細深部までつながっていることは,イラン・コントラゲートで確認されました.生命知らずの鉄砲玉,麻薬取り引きから流れる大量の資金,中央政界・官界への太いパイプ.まさに攻守走揃った稀代の悪党組織です.

 閑話休題,CANFは当初爆破事件への関与を否定しました.「この事件は国内の人間による行動であり,カストロ独裁に対する人民の抵抗がいかに強いかを示す出来事である.政府はこれを外国人の仕業とでっち上げることにより,排外的キャンペーンに利用しようとしている」

 この声明を待っていたかのように,キューバ当局は次の攻撃を繰り出します.「犯人は依頼主の名を告白した.それは裏付け捜査を待って発表する」というものです.当局は同時に,4月から続いているバハマ,メキシコ海外観光事務所の爆弾テロ事件との,共通した手口を強調します.

 

5.連続爆破事件の今後

 これからキューバにこうと思っている方にとっても,すでにキューバの虜になっている方にとっても,今度の事件はひとごとではありません.

 おそらく今度のような事件は防ぎようがないと思います.いままで,キューバは好きだけど,ハバナ空港の入国管理のめんどうさにはうんざりでした.しかしこういう事件が起こってみると,やはりあのくらいやるから犯人が捕まるんだなぁと改めて感じます.

 とまあ,いろいろありつつも,私はあえて,その危険を冒しても,一度キューバに行ってくださいと勧めます.キューバにはそれだけの価値が,間違いなくあります.

 

97年12月 記