2000.12
フジモリ,謎の辞任
ペルーのフジモリ大統領の突然の辞任は,多くの人々を驚かせた.
辞任の事実そのものもさることながら,その辞め方がいかにも異常である.
辞任の理由も「ペルーの民主化を進めるのに,自分が障害となることを恐れたから」というのでは,いかにも納得できない.4月の大統領選挙で敗れた反対派のトレード候補も,「辞任の是非よりも,とにかくその理由が知りたい」と,フジモリの帰国を促した.
当然のことである.日本政府の対応も異常というほかない.熊本にフジモリの戸籍が存在していたという理由で,日本国籍と永住権を認めた.彼に宿舎を提供しているという曽野綾子なる人物は,かつて弾圧の嵐吹きすさぶクーデター直後のチリを訪問し,ピノチェトを救世主とほめたたえた経歴の持ち主である.こうなるとフジモリは事実上の軟禁状態にあるのでは?,と勘ぐりたくもなる.
フジモリは,多少のスキャンダルがあったからといって恐れ入るような玉ではない.97年の日本大使館人質事件を憶えている方も多いだろう.彼の事件だけではなく,フジモリがこれまでの経過を通じて,一貫してタフな人物であることは間違いない.顔は日本人だが,根性はラテンそのものである.
アメリカの影
素直に考えれば考えるほど,彼が何か強大な力によって詰め腹を切らされたことは間違いないと思えてくる.しかもこの上なく屈辱的な形で.
彼にそれを強いる力を持っているのは誰か? そのような力をもっているのはアメリカ以外にはないのではないか.
状況証拠はいくらでもある.例えば97年の人質事件のとき,日本政府の要請も受けて平和解決のためフジモリは奔走した.カストロも協力の姿勢を見せた.しかし最終結末はアメリカの主張した強硬作戦だった.(拙稿:大使館人質事件 その2)
状況証拠,その2:モンテシノス失脚の理由は,テレビで暴露された議員買収にあるのではない.彼がCIAのエージェントであったこと,しかも彼がヨルダンから武器を買いつけ,それをコロンビアの左翼ゲリラに横流ししたことにある.FARCの支払う金は当然コカインがらみだから,少なくとも間接的には麻薬取引と関係したといえる.かつてのノリエガと同じ穴の狢である.だからこそアメリカはモンテシノス追放を決断し,決断したからこそ,秘密のビデオが持ち出されリークされたのである.(それにしてもモンテシノスのファースト・ネームがウラディミル・レーニンとはどういうことだろうか?)
モンテシノスに加えられたのと同じ力が,フジモリに加えられたとしたらどうなるだろうか? その回答が今回の辞任劇ではなかろうか?
異常に素早いアメリカの対応
なぜこんなことを考えたか.それはフジモリ辞任後のアメリカの動きそのものに根拠がある.
フジモリは11月13日,APEC会議出席のためブルネイを訪れた.その後17日にはイベロアメリカ・サミットが開かれるパナマに移動する予定であった.その予定が突然変更されて,日本に立ち寄ることとなったのである.したがって,フジモリが辞任を発表した20日早朝,彼が日本に滞在していたことすら,大部分の人は知らなかったのである.
ところがその前前日の18日,すでに米政府はポスト・フジモリに向け具体的な行動を開始していた.国務省はペルーに高級使節団を送ると発表.早くも20日には,中南米外交の最高責任者である西半球担当国務次官らがペルー入りする.彼らは新たなペルーの指導者や軍幹部と会談し,来年4月の総選挙,麻薬対策などについて交渉を開始した.
これと符節をあわせるように,国会議長のポストが野党の手に渡り,新議長は暫定大統領となるべき副大統領を差し置いて大統領に就任した.戦車や飛行機の出番こそないものの,実質的にはクーデターそのものである.
米国は中南米諸国を自分の裏庭と考えている.米国の意向に逆らうような政権は容赦しない.ましてその背後に日本がいるとなれば,なおさらのことである.日本がフジモリを支援する限り,ペルーに経済的な締め付けは効かない.とすれば軍事的な締め付けしかない.そのような文脈で見れば,10月の戦車部隊の反乱も違った意味をもってくる.「いうことを聞かなければ内戦も起こせますよ」という警告と取れなくもない.それならフジモリの事実上の亡命も意味を持ったものとなってくる.
フジモリの追放は,中南米からの日本の叩き出しを意味しているのかもしれない.同時にフジモリの受け容れを日本に強制することで,日本のでしゃばりすぎに警告を与えていると見て取れなくもない.
いろんなことが考えられる「劇」ではある.