見えてきたイラク戦争後の世界一国支配主義か多極的国際秩序か
2003年6月
北海道AALA定期総会
(A) イラクと中東諸国の現状
イラクは侵攻後の混乱から依然抜け出せず,略奪などの無秩序状態が続いています.生活インフラの再建も遅々として進んでいません.国防総省の復興人道支援室(ORHA)は,イラク国民の支持を受けることができず,暫定行政機構の発足を大幅に延期せざるを得なくなりました.
無事なのはアメリカ軍が監視する石油関連施設だけとも言われています.アメリカは世界有数の埋蔵量を持つイラクの石油を独占し,ブッシュとその取り巻きのあいだで大もうけしようとたくらんでいます.フランス・ロシア・日本などイラク債権国に大幅減免を要求していますが,これは米占領下の復興事業を独占し,石油利権・利益を他国に還元せず,独占したいとの思惑から出ているといわれます.
こうした中,さまざまな悲惨な状況が伝えられています.バグダッド有数の病院キンディ病院では,開戦以来2千人の負傷者を治療しましたが,8割が子供と女性だったそうです.受診者の300人は,その後死亡しています.住民の苦しみはきわめて切迫したものとなっています.
4月28日には,バグダッド郊外のアルカエド小学校で,米海兵隊による住民大量虐殺事件が発生しました.学校を占拠した米軍に市民が抗議デモを行ったところ,米軍は学校の屋上からの無差別発砲で応えました.この銃撃で15人が死亡,100人以上が負傷しました.校長先生(女性)は赤旗の特派員に次のように語っています.
「住民の当然の訴えに銃弾を浴びせる米国の,どこに民主主義があるというのでしょうか.米軍は動物と同じです.イラクから米軍が出て行かないのなら,私たちはパレスチナ人のように石を手にして抵抗しなければならないでしょう」
アメリカはイラク政府を転覆しただけでは飽き足らず,シリアを脅したかと思えば,今度はイラン攻撃に取り掛かろうとしています.イラクのときに見せた恥じらいとかポーズはもうまったくありません.
まずアメリカはリャドの爆弾テロを実行したアルカイダがイランに匿われていると宣伝を開始しました.イランのザリフ国連大使はテロリストを匿っているとの非難を真っ向から否定しましたが,それにもかかわらず,米国政府はもはや疑惑の根拠すら示そうとはしません.ブッシュはアルカイダのメンバーを引き渡すよう要求.これが受け入れられなければ,イラン政府を転覆するとぶち上げます.
ついで米政府はイランが核開発を進めていると非難をはじめました.これは,何か口実をつけて,本音は気に入らない政府をつぶしていくという,イラク方式と同じ発想です.
ラムズフェルドが,イランの反政府運動への援助を強化するよう提案.国務省もこれに同調しようとしています.ライス補佐官は,「国民の期待に応える政権がイランに誕生することを望む」と発言.チェイニー副大統領は,陸軍士官学校で演説.イランを念頭において「テロリストやこれを匿う国との和平条約はありえず,封じ込め政策も抑止政策も効果はなく,唯一の対応は完膚なきまでに叩きのめすことである」と述べました.
(B) 国連決議の評価とイラク復興の原則
アメリカへの敵意はますます強まり,米国防総省と占領軍がイラクを統制することの矛盾が強まっています.いまこそイラクの緊急かつ不可欠な原則を明らかにしつつ支援を強化しなければなりません.原則とはまず何よりも,@イラク国民の意志に基づいて復興を進めることです.Aそのためにも,国連こそが復興支援の主役を担うことです.Bそして百害あって一利なしの米英占領軍を一刻も早く撤退させることです.
イラク国民の苦しみを救うためには,この三つの原則を世界の世論として広げなければなりません.そのためにも「すんだこと」とあきらめず,侵略戦争を追認せず,戦術核兵器の解禁を許さず,テロを口実にした先制攻撃戦略を認めず,そのイランやシリアへの拡大を許さず,石油資源の独占をひそかに狙うブッシュ一族の策動を許さず,利権のためには他国の領土を平気で侵す新植民地主義を許さず,闘っていくことがもとめられています.
5月22日,国連で米英両国の提案した「イラク復興新決議」(安保理1483号決議・5月23日)が大幅な手直しを加えて上で採択されました.「国連は先制攻撃による侵略・占領を認めてしまった」と否定的に評価する向きもありますが,それほど単純なものではありません.現状では米英合同軍の行政の失敗に手をこまねき,イラク国民の苦しみに対して国連としてなんら対処しないでいることこそ,無責任な敗北主義となります.
先にも書きましたが,ベトナム戦争のとき国連はベトナムに対してまとまって発言することさえできなかったのです.それから見れば,イラク戦争では国連はアメリカの侵略をぎりぎりまで防ぎ,現在は世界がイラクの自主的・民主的に復興していくための最大の足がかりとなっています.
決議の採択後,仏・独・ロ三国外相が共同会見しました.「この決議は戦争を合法化するものでは決してない」とし,@現場に緊急性がある.治安悪化の源を放置できない. A国連は特別代表を通じて政治プロセスに密接に関わり,ゲームにふたたび参加する.国連はその正統性・経験・能力で国際活動の中心となるだろう. BUNMOVICとIAEAの役割を再確認する. C一年後,安保理が状況を検討し,次の段階を確認する.などを強調しました.
アナン事務総長は,決議が「妥協の産物」であることを強調.三度の修正の後,国連の役割が拡大され,大量破壊兵器査察の再開も取り込まれたと述べています.
むしろこの決議の意義は,採択される過程での各国の議論にありました.各国はイラク国民の自決権擁護を強調,さながら「新しい理性的な流れ」の決起集会の趣を呈しました.
フランスは,「正当性を欠く戦争というものは,戦争に勝ったとしても正統性を得られるものではない.フランスはイラク戦争を承認しなかったし,今後も承認するつもりはない.戦争は一国でもできるが,平和は一国ではできない」と述べました.ロシア代表は「決議は,大きな妥協の結果である.それはイラク国民が自らの将来を決定し,人道法が保証されるであろうことを保障している」ことを強調しました.
中国代表は,「中国が具体的に懸念する問題については,依然満足ゆく解決には至っていないものの,イラク復興という切迫した要請を考慮して賛成票を投じた.石油収益の管理を握るということは,イラク国民経済の命脈を米英が完全に掌握したことになる.イラクの将来の経済的自主性・政治的独立に禍根を残す」と警告しました.パキスタン代表は,「決議を支持したのは,イラク国民の苦しみを終わらせたいとの強い願いのためである.国連憲章の元,決議の下で付与される権限は,無制限でも無条件でもないことに注意していただきたい」と訴えました.
(C) 彼らは戦争に勝ったのか?
イギリスでは,戦争を指導したブレア政権が崩壊の瀬戸際に立たされています.最大の問題は大量破壊兵器が見つからないことです.下院議員70人が「議会がイラクの大量破壊兵器の本質と切迫性に関して欺かれたのはきわめて深刻だ.大量破壊兵器が存在したとの証拠を示せ」と要求しました.ブレア内閣の前閣僚も「非常に重大な罪だ.虚偽の報告について謝罪すべきだ」と迫っています.
与党労働党のレイド院内総務は,「大量破壊兵器が見つからなければ,英国史上最大の諜報活動の失敗となる」と発言.情報部に責任を転嫁しようと諮りました.これに対し諜報機関幹部は,「首相官邸は政府文書を魅力的なものとするため,諜報機関以外の情報を取り入れた」と反論.どうやら藪を突いて蛇を出したようです.自由民主党のケネディ党首は,「政府部門がその情報部門を信頼できなければ,国民が政府を信頼などできるわけがない」と,この泥仕合を批判しています.
このほかにも頭の痛い問題があります.たとえばゴールドスミス法務長官は,「イラクの武装解除が完遂すれば,占領を続けることは法的に困難である」と報告しています.現在米英軍がイラク占領を続けている法的根拠がないというのです.国連安保理決議の成立によってどうやらこの問題は切り抜けたように見えますが,国際法上の実体的根拠が依然として薄弱なのは変わりありません.
クラスター爆弾問題も発生しています.南部の町バスラを包囲・攻撃したイギリス軍が,バスラ市内で一般市民を対象にクラスター爆弾を使用した問題です.すでに事実関係そのものは現職閣僚も認めています.非人道的武器の使用に反対してきたダイアナ記念財団や人権団体が,政府に厳しい抗議をしています.
同様の動きはアメリカでも現れています.上院情報委員会のロバーツ委員長は,「大量破壊兵器が発見されていない問題で公聴会開催を予定している」と語りました.この問題の怖いのは,時限爆弾のように,時間がたてばたつほど脅威が増してくるところにあります.「いま探しているところ」という言い訳がいつまでも効かないのは,蕎麦屋の出前と同じです.
傑作なのは女性兵士救出劇のウソがばれたことです.すでに病院にイラク兵士はいなかったそうです.たまたま病院で当直していた医師が,彼女の収容された病室の鍵を米兵士に渡そうとしましたが,完全装備のランボーたちはこれを断り,ドアを蹴破って突入して行ったそうです.
イタリアとスペインでは,保守党政権が国民世論を裏切り,アメリカに追随してイラク戦争を支持しました.5月末,両国で行われた地方選挙ではその結果がはっきりと出ました.スペインでは与党が10%も得票を減らし敗北,社会労働党が第一党に復活しました.イタリアではもっとすごく,ベルルスコーニ与党は得票を2割も減らしてしまいました.
ヨーロッパにおけるアメリカ離れは,もうストップがかからないようです.6月初めに行われた国際世論調査では,米国からの自立を求める声は仏76%,西62%,伊61%,独・英でも45%に達しています.
(D) イラク戦争の意義
イラク戦争は,米国とブッシュ政権の新しい危険な世界戦略が本格的に発動された21世紀最初の戦争でした.9.11以降,米国はテロ糾弾の国際世論を背景に,アフガンへの無法な侵略を行い,去年の春にはイラク・イラン・北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しし,今年三月にはついに国際的な反対を押し切って,イラクに武力侵攻し,サダム・フセイン政権を崩壊させました.
この間明らかになったブッシュ新戦略は,三つの特徴を持っています.ひとつには「やられる前にやってしまえ」という先制攻撃戦略を中心にすえたことです.第二には,敵対的政権と認めたらテロリストがいようといまいと,大量破壊兵器があろうとなかろうと,口実をでっち上げてでも転覆してしまうことです.第三は国連や国際世論がどう言おうと関係なく,単独行動主義で物事を決めることです.
ただし第三の柱は好き好んでとったわけではなく,国際世論に追い詰められてしかたなしにとった戦略とも言うことができます.つまりブッシュ新戦略は米国の強さの証明というだけではなく,その弱さの証明でもあるのです.
私たちはアメリカを追い詰めた国際世論の力というものを見直す必要があります.その力は三つの要素からなっていました.まず圧倒的な市民・民衆の反戦行動です.世界のほとんどの国の世論調査で,6割から8割の人たちが戦争反対の立場を表明しました.60カ国で1千万人の人々がデモや集会で決然と戦争反対の声を上げました.
第二の力は,非同盟諸国の揺るぎない戦争反対の立場です.戦争直前に開かれた非同盟諸国首脳会議で,議長国マレーシアのマハティール首相は,国際法と民族主権の立場からアメリカを厳しく非難し,国連による平和的解決を訴えました.前議長国の南アフリカも,終始非同盟運動の世論作りをリードしました.非同盟諸国が団結を強める中で,中東諸国も戦争反対の一点で合意を形成しました.それがトルコの戦争協力拒否,国連安保理でのチリ・メキシコなど非常任理事国のきっぱりとした態度に反映されていきました.
第三の力は,フランス・ドイツを中心とする「古いヨーロッパ」諸国政府の新たな動きです.これに合流したのはベルギー,スエーデン,ギリシャなどです.ロシアも終始変わることなく,反戦の立場を貫きました.とくに中国が積極的かつ正確な立場を貫いたことは,運動の展望を作り上げる上で大きな意味を持っています.これらの諸国は,いま国際政治の中に新たな「理性的潮流」を形成するために巨大な力を発揮しつつあります.
これをベトナム反戦運動のときと比べてみると,世界の平和勢力の果たした前進が浮き彫りになります.べトナム戦争のとき,非同盟諸国は確固とした立場をとれないままに終わりました.西欧諸国はおおむね反ソ反共の立場から米国支持にとどまり,国連は無力でした.中国はアメリカに反対する国際統一戦線に反対し,破壊者の役割をすら果たしました.ベトナム戦争反対運動が盛り上がったのは,戦争が始まって10年も経ってからのことでした.それまでベトナムは孤立した戦いを強いられたのです.
(E) イラク新法 “ショー・ミー・ザ・フラッグ”から“ブーツ・オン・ザ・グラウンド”へ
5月に行われた日米首脳会談で,ブッシュは「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」(軍を上陸せよ)と要請しました.アフガンのときのショー・ミー・ザ・フラッグ(旗を見せろ)に次ぐ一段の要求アップです.彼ら一流のポエムなのでしょうか,「這えば立て,立てば歩めの親心」なのでしょうか.
行くとすれば国連決議とは関係ない米英軍による占領行動の支援となります.停戦合意もなく相手国政府の同意もありません.サダムさえつかまらず,法的には戦闘状態が継続しています.こちらがどう思おうと,少なくとも旧フセイン政権側にとっては敵軍部隊の一部です.このような行動は,政府自らが決めたPKO五原則にすらまったく背馳しており,直接戦闘行動に限りなく近づくものです.自衛隊がイラク国民に銃口を向けざるを得なくなることもあり得ます.
イラク問題に詳しい酒井啓子さんは,@大規模な戦闘は終結したが,各地で米英軍への襲撃が相次ぎ,連日死傷者が発生している.Aイタリアなど同盟軍にも死傷者が発生している. B占領軍を襲撃する勢力は一般市民に紛れ込んでおり,どこでも戦闘地域になりうる. したがって地上軍派遣はあまりに危険だと指摘しています.
それだけの危険を冒してイラクに行ったとしても,その効果は疑わしいものです.現地のNGO関係者は,「国連と占領機構のあいだで,管轄をめぐって混乱が発生しており,援助活動に障害を与えている.国連やNGOの人道・復興支援を円滑に進めるためにも,米軍主体の占領統治は,むしろ妨害となっている」と語っています.
この数日間で大量破壊兵器が発見されないことが大問題になっており,この法案の成立は困難だと思います.しかし,アメリカ政府の強い圧力の下,恒常的に自衛隊の派遣を可能とする法律が望まれており,今後とも目の離せない問題です.
(E) 「多極型国際新秩序」への動き
イラク戦争後,あいついで各国首脳の重要な会談がもたれました.これらの動きは,基本的にはブッシュのアメリカ単独行動主義に対抗して,新たな国際秩序をどう打ち立てていくのかを主題としていました.それらは根本に21世紀論を含むだけに重要な中身を持っています.そしてそれらが期せずして「多極型国際新秩序」を共通のスローガンとして打ち出したことに,私たちは注目する必要があります.
まず5月27日に発表された中ロ共同宣言をちょっと長めに引用します.
平和と安定,発展は世界各国人民の共通の願いである.しかし天下は依然として太平ではなく,強権政治と単独行動主義が世界に新たな不安定要素を加え,国際テロリズムが地球的脅威となっている.地球的に共通の挑戦に対応するには,各国と各国人民の共同の努力に依拠し,国際協力を強化しなければならない.
国際法の原則を基礎とし,多極・公正・民主の国際秩序を確立し,調和の取れた共存を実現しなければならない.対話と協力を通じ紛争を解決し,国際関係の体系を固め,国連の現代世界における主導的地位を保証し,発展モデルの多様化を実現しなければならない.
国連は世界平和を守り,共同発展を促進するため,他に取って代わることのできない役割を果たしている.新たな情勢の下,国連憲章の目的と原則を厳守することは非常に重要で,両国は国連体制の強化のために努力を続ける.
イラク問題は国連の枠組みの中の政治的解決の軌道に戻すべきである.国連はイラク戦後復興の中で革新的役割を果たすべきである.国連の枠組みの中で,安保理決議を踏まえるなら,イラク問題を適切に解決できると確信する.イラクの主権・政治的独立・領土保全を確保し,イラク人民の意志と自主的選択および自国の天然資源を支配する権利が尊重されなければならない.
一見さらさらと読み流してしまいそうな文章ですが,これをアメリカの一国覇権主義に立ち向かうための対抗思想としてみると,俄然おもむきが変わってきます.
この宣言の基礎をなしているのは中国新主席の胡錦涛のイニシアチブです.胡主席は,共同宣言の少し前,五項目にわたる「国際政治・経済新秩序」を提唱しています.@すべての国家が平等に国際問題に参加する A文化の多様性の尊重 B平和達成の手段としての武力や強権の排除 C世界経済の均衡発展 D国連の権威の尊重 です.
つまり,アメリカの政策を,国家の自決の否定,文化の多様性の否定,武力干渉の肯定,貧富の差の拡大の肯定,国連の否定の五つにおいてとらえ,これを21世紀における人類史発展のための主要な障害と見ているのです.
なお,「当面は米国抜きでも,平和のルールの拡充を先行させる,新形態の国際協調が定着しつつある」と,赤旗の坂口明記者は述べていますが,注目すべき見解です.この記事によれば,@国際刑事裁判所(戦争犯罪者を裁く機関)が発足の見通しがついたこと.米政権は条約を脱退し34カ国と犯人引渡しへの非協力協定を結ぶが,140カ国の署名により発効が迫った. A地球環境問題に関わる京都議定書が,ブッシュ政権の妨害にもかかわらず,年内発効の見通しが立ったことをあげています.
(F) エビアン・サミット
フランスのエビアンで行われた先進国首脳会議(サミット)は,さながらシラク大統領の一人舞台でした.サミットを「多様な歴史と文化を持った諸国首脳の討論の場」に仕立て,途上国12カ国首脳を招いて「多極世界の協調」を演出しました.主導権をとれないと見たブッシュは,パレスチナ問題を口実に途中退席という嫌がらせに出ました.立ち寄ったポーランドでは,「ロシアを許し,ドイツを無視,フランスを懲罰する」と公言しました.しかしそれは国際舞台で孤立したアメリカの姿をますます明らかにするだけでした.
シラク大統領はホスト国として,「責任・連帯・安全保障」の三つのテーマを掲げました.それはブッシュの信奉する「自由・効率・力」に対抗するテーマです.
@責任ある市場経済の諸原則の確認: 株主優先・企業利益重視の米国型経済モデルに対して,労働者や地域への企業の社会的責任を重視した「ルールある資本主義の諸原則」を確認すべきだと唱えました.
A環境問題にも配慮した持続可能な経済成長を確保するための,発展途上国との「連帯」: 「健康・食料・水・環境」を基本権として確認し,気候変動に関する京都議定書の実行を迫りました.
B国際テロや大量破壊兵器拡散に対する安全保障: 国際法の適法性の枠内で行動する原則を強調しました.
そして「アメリカは単独主義的な世界ビジョンを持っているが,私は,ヨーロッパも中国もインドも含まれる多面的な世界ビジョンを持っている」と述べました.シラク流の「新しい流れ」像です.
会議中行われたシラクと胡主席の会談は,二つの「多極型国際秩序」構想の対話という点で注目されました.両者は,「多極的で均衡の取れた世界,多国間協力に基づく国際システムを強く支持すること.文化的な多様性を尊重した国際的対話の重要性」で一致したと伝えられていますが,今後どのように展開されるかが期待されます.
なお経済の問題については,ここでは詳しくは触れませんが,この間,グローバリゼーションの行方を巡りいくつかの重要な動きがありました.3月にはWTO新ラウンドの農業交渉が決裂しました.5月には非農産品交渉も決裂し,さらに紛争処理規則の改正交渉も成立しませんでした.
アメリカの一国覇権主義と単独行動主義が,数十年をかけて築き上げられた世界のあらゆる秩序をぶち壊しつつあります.さらに国際金融の世界でも,ドル安と円・ユーロ高により米国輸出企業の保護をはかる米国の単独行動主義に批判が集まっています.
(G) 朝鮮半島の事態について
最近フツウの人と話していて痛感するのは,恐ろしいほどの北朝鮮に対する敵対感情です.北朝鮮問題を誰かと話すときは,まず相手がどのくらい北朝鮮を憎んでいるかを押さえてから話さないと,議論がすれ違ってしまいます.
私たちの認識は,中ロ共同声明でも述べられた次のような見解にあるといえるでしょう.「朝鮮半島の平和と安定の維持は国際社会の共通の願いにもかなうものである.圧力や武力の使用による解決方法には賛成しない.朝鮮半島問題解決の鍵は当事者の政治的意思にあり,危機は政治的・外交的手法で解決すべきである」というものです.
大事なことは,たとえ金正日政権がどんなにひどい政府であろうと,サダム・フセインよりひどい政府であろうと,北朝鮮には侵略に抵抗し,自らの国土を守るという当然の権利があり,願いがあるということを理解することです.これはイラク反戦を闘った人々には当然分かってもらえる原則でしょう.
日韓首脳会談では,対話路線か,対話プラス圧力路線かということが話題になりました.圧力というのは「あらゆる手段による圧力」という意味で,端的に言えば軍事的脅迫路線です.しかし経済制裁などが「圧力」に含まれるかどうかは微妙なところです.北朝鮮は「制裁」は宣戦布告とみなすと言っています.
しかし肝心なことは圧力か対話かということではなく,その目的,つまり核やミサイル問題について理非曲直を明らかにすることにあります.そのための手段として,非軍事的な圧力については,盧大統領も否定はしないでしょう.いずれにしてもまず対話を始めなければ,事態は進展しません.ここがいまの日本外交の分からないところで,対話そのものを拒否して圧力一本やりで進んでいるようにも見えます.
北朝鮮がみずから明らかにしなければならない「理非曲直」とは次の三つです. @まず核開発路線を放棄し,平和的・外交的手段での問題解決を進めることです.核開発はどのような理由をつけようと合理化できません. A軍事優先思想を改め,過去の誤りを総括することです.ソウルの大統領官邸襲撃(67年),ラングーン事件(83年),大韓航空爆破事件(87年)などです.麻薬と拉致問題はいうまでもありません. B瀬戸際外交を止め,孤立主義を脱却することです.アメリカに介入の口実を与えないためにも,94年枠組み合意と02年日朝平壤宣言の原点に立ち返ることが必要です.
注意しておかなければならないのは,盧大統領の「対話路線」が,北朝鮮に対する見方が甘いから出てきているのではないということです.逆に韓国は,北朝鮮に対する脅威をはるかにシビアーに評価しています.
盧大統領は「極東経済評論」の5月22日号で,「軍事的選択肢に訴えることは,朝鮮半島に住む人に非常な危険をもたらす.戦争がふたたび起きれば,私たちはすべてを失う」とまで述べています.そのいっぽう北朝鮮に対しては,「安全保障と経済援助を必死に求めている」とし,「可能性が開かれれば極端なことはしないだろう.市場経済を採用し,開かれた社会になるよう説得する必要がある」と主張しています.
韓国が対話路線を堅持するもうひとつの理由は,アメリカに対する不信感にあります.94年の朝鮮危機は開戦一歩手前まで進んでいたことが,その後の情報開示で明らかになっています.6月,危機が最高水準に達するなかで,ラック在韓米軍司令官とレイニー駐韓大使が秘密会談を行いました.二人は本国からの指令を待たず,「米国人の避難計画」を進めることで合意しました.
これを聞きつけた金泳三大統領は,韓国政府の了解なしに在韓米国人全員の国外避難をさせようとしたことに「激怒」しました.昨年2月の「サンデー毎日」への寄稿で金元大統領はこう述べています.「私は,『もし誤った決定で韓半島で戦争が勃発したら、国軍の最高司令官として韓国軍人を誰一人として参戦させない』とクリントンに通告した」
このとき,ラック司令官は「北朝鮮は国境地帯に8400の大砲と2400の多連装ロケット発射台をすえており,ソウルに向けて最初の12時間に5千発の砲弾を浴びせる能力がある.もし再び戦争となれば,半年がかりとなり,死者は100万人に達するだろう.米軍にも10万人の犠牲者が出るだろう」と,本国に報告しています.
この予測は,彼がひそかに逃げ出そうとしたことで逆に信憑性を強めています.そして「アメリカは軍事挑発によって第二次朝鮮戦争が起きれば逃げ出すだろう.韓国を守ってはくれないだろう」という不信を広げています.