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いま最も危険なことは,テロと戦争が悪循環をもたらすなかで,不信と憎悪が人々の心を支配し,民主主義と正義のはたらく場が侵食されていくことである.日本人5人の人質事件は,その象徴である.それはイラクだけではない.世界のすべての国々と,民衆にとってそうなのである.
もうひとつ大事なことは,不信と憎悪ではなく,正義と連帯精神の支配する「もうひとつの世界は可能だ!」,そしてその世界はぜひとも作らなければならない,という声が世界中に奔流のような勢いで広がっていることである.それは「もうひとつの日本は可能だ」という呼びかけともつながっている.
T.イラク現地の流れ
(A) 状況はますます悲惨になっている.
ファルージャでは700人が殺された.ナジャフでもすでに350人以上の死者が出ている.開戦以来,連合国に殺されたイラク人は1万から1.5万にのぼる(英外交官共同書簡).そのほとんどが罪なき民間人だ.治安の悪化が生活の悪化に直結している.
憶えておかなければならないのは,これが1年前から始まったのではなく,湾岸戦争後ずっと続いているということだ.昨年3月の開戦前までに,すでに160万人の一般市民が食料や医薬品の不足のために亡くなった.最悪の頃は,「毎月数千人という規模でイラクの一般市民,特に子どもや老人が,ミイラのようにガリガリに痩せて死んだ」(志波さんの報告)
イラクの民衆は「復興」どころか,ふたたび恐怖のときを迎えようとしている.
*「路上に放置されたままの遺体をたくさん見ました.何百とありました.親族も怖くて引き取りに行けないのです.遺体の多くはスポーツ競技場か家々の庭に埋めるしかありません.他にどうしようもないのです」
「米軍が来たときは反抗ゲリラといってもせいぜい50人でした.先週末には数千人になっています.状況を悪化させたのは米軍です」(ファルージャ難民の証言:4月12日ロイター)
「ある診療所で小さな子どもが,まわりに座っていた子どもたちを指差しながら言う.“みんなで車に乗っていた.私は肩,あの子は頭を,あの子は手を打たれた.どうしてあいつらは,私たちにこんなことをするの”」(4月10日ロイター)*街路には死者が横たわり,救急車が狙撃されている.医療援助や物資は米占領軍に阻止されている….市内に残っている数千家族には,食料と飲料水などの必要物資が枯渇しかかっている.医療関係者は,輸血用血液や酸素・消毒液を求めている(在イラクNGO5団体の共同声明).
*赤十字国際委員会は「拘束イラク人に対する虐待が広範におよんでいる」との報告書をブッシュ政権に提出(2月).収容者の7〜9割が無実だったとする.人権団体の調査では収容者の8割が暴行・虐待を受けている.
*米軍はイラク全土で数千回にのぼる「家宅捜索」を実施.現金・貴重品を押収している.当局は一部の米兵に「不適切な行為」があることを認める(5月イラク人権団体=ロイター).
*CACI社のある「民間契約取調官」は収容所で150回以上,尋問を担当.看守の憲兵隊員に対し捕虜の虐待を指示したという(2月タグバ報告).
(B) 占領軍は統治能力を失っている.
彼らはイラク国民の支持を失った.彼らにはイラク人を殴りつけて命令するしか,支配の方法は残されていない.軍の将兵はたたかう意義も意味も失い,市民感覚も人間的感情も失いつつある.占領軍につながる暫定統治機構はまったく無力となった.
*米軍はファルージャの戦闘にイラク人治安部隊を動員しようとした.イラク人たちは同胞との殺し合いを拒否した.米軍は治安部隊の隊員200名全員を拘留した(4月17日).
*サマワの地元紙「アル・サマワ」による世論調査.「自衛隊は市民の利益になっていない」とする意見が過半数を占める.数ヶ月前には自衛隊支持が86%だった(4月).
*統治評議会のサリム議長が,バグダッド市内で,自動車爆弾テロで死亡.治安機能を持たない暫定政府の統治能力に深刻な疑問.統治評議会内部からも,占領当局の責任を追及する意見(5月17日).
*米中央軍アビザイド司令官,上院公聴会で証言.「情勢はさらに厳しくなる.来年一月の選挙では何が起こるか分らない.部隊の増派の必要がある」と述べる(5月19日).
*イギリスの高級外交官52人がブレア首相に共同書簡.以下はそのさわり: 武力行使は現場の指揮に属する問題だという説明は受け入れられない.進行中の任務とは釣り合わない重火器,挑発的な言葉遣い…このすべてが抵抗者を孤立させるのではなく,むしろ増やしている….テロリストや狂信者,外国人が抵抗を行っていると説明するのは,説得力がなく,役にも立たない.
(C) 占領軍への敵意が広がりつつある.
ファルージャでの住民大虐殺,心の拠り所であるイスラム教会への攻撃,おぞましい虐待・拷問,非人道的兵器の使用…と地獄への門が開かれつつある.占領軍に対するイラク民衆の感情は,もはや憎悪そのものである.それはサマラをふくむ南部に広がり,シーア派のすべての信者に広がり,一般市民に広がり,ますます危険で抑えつけられないものになっている.
*3月末,暫定当局がサドル師派の新聞「アルハウザ」社を占拠,発禁処分.4月4日,「報道弾圧は基本法(暫定憲法)違反」と叫ぶ抗議のデモに流血の弾圧.サドル師は「我々にとってデモの必要はもうない.敵は意見を抑圧し,イラク人をさげすんでいる.我々はもう沈黙を守ることはできない.敵に対しテロの手段を」との声明.
*四月末CNNなどがイラクで行った世論調査では,駐留軍を占領者と見るものが71%,解放者とするものは19%にとどまる.調査のなかでは,市民に対する無差別攻撃への反感が明らかになる.
*米英案は占領永続化に向けた新たなカムフラージュを目指すものである(ヨルダンタイムズ).イラクがいつまでも米軍駐留の影に支配されるなら,イラクの占領抵抗勢力には強力な正当性が与えられることになる(エジプト・アルアクバル紙)
*ヨルダンのアブドラ国王,「いま中東では,私が耳にしたことのない,米国に対するある種の敵意が生み出されている.これは私が初めて経験するものだ.あなた方の友人の一人として,米国と米国人に対する受け止め方を大変心配している」(4月16日)
(D) イラク人は自決能力を持っている.
イラクの行政機構は崩壊したのではなく破壊されたのである.イラクはひ弱な後進国ではない.かなり分厚い中間層が形成されていた.湾岸戦争前,バクダッド大学の医学部は日本を上回るほどの水準を誇っていた.
統治評議会に自治能力がないのは,米国のカイライだからである.91年湾岸戦争が始まったとき,フセインを除くすべての政治・民族・宗教勢力の代表が「共同行動委員会」に結集し,民主化の受け皿となることを宣言した.そこには南部で伝統的な力を持つ共産党も含まれていた.彼らが復興を担えば,何も問題は生じなかったかもしれない.
米国はこの会議を無視し,自らに都合の良い勢力だけを集めた.議長に据えたのはアンマンの金融商人チャラビ,ヨルダン政府からお尋ねものになっている怪しい人物である.なぜそうしたか? 石油の利権を確保したいからである.
*シーア派とスンニ派の宗教者,クルド人代表,大学教授,部族長代表など500人が参加し「イラク建設国民会議」を開催.統治評議会参加政党は排除される.占領を早期に終結させ,国連との協力で,民族・宗派の垣根を越えたイラク人自身による国作りを目指す(5.08).スンニ派指導者クベイシ師は「同じ敵と戦っている」サドルへの支持を表明.
*今度はアラウィが暫定政府首相に指名された.アラウィがCIAエージェントであることは自他ともに認める事実.チャラビとうりふたつのパターンである.パウエルはアラウィが決して逆らわないことを前提に,「(暫定政府の)同意が取り下げられるならイラクを離れる」とミエを切る.NYタイムスは「世論が全体として米国に敵対的なイラク」ではこの人事は問題となるだろうと見る(5月28日)
U.ブッシュ政権と世界の流れ
(A) ブッシュ政権は嫌われ,米国は孤立しつつある.
大量破壊兵器はなかった.サダムがテロリストを匿っていた証拠もない.「ブッシュはウソをついた」,同盟国ポーランドの大統領さえこういう.
米国内ではもうひとつのウソが問題になっている.9.11のテロをブッシュは前もって知っていた.知っていて防ごうとしなかった.そのことを隠していた.そして9.11のあとは徹底的に事件を利用した.さらにイラク人捕虜に対する拷問・虐待事件を知っていて放置したことも発覚した.5月24日のブッシュ演説は,もはやなんらの共感も生むことはできなかった.
米国マスコミは,特に戦争となると政権に甘い.自ら星条旗を振る先頭に立つ.そのなかでも米国民の間に真実がじわじわと染み透りつつある.対抗馬ケリーも期待するほどのものではないが,11月の大統領選挙でどちらがどうなろうと,この反戦・平和の流れは止まらないだろう.
*CBS世論調査で,ブッシュ支持率は5割を切り41%に低下した.1月の同調査では60%だった(5.24).(という記事を拾ったと思ったら次の世論調査ではもっとひどい数字が出ています.大統領選挙まで持つのかしら?)
*マイヤーズ議長の計算では,戦争費用40億ドルが不足.占領費用は毎月50億ドル,これまでの通算900億ドル.ヘーゲル議員の試算では,あらたに500億ドル以上が必要(4月21日).
*米議会上院はイラク人虐待を非難する決議を全会一致で採択した.共和党幹部のヘーゲル上院議員は「率直に言って,ラムズフェルドとマイヤーズが米国民と軍からの信用を得ているかどうか疑問である」と語る.米軍系週刊誌「アーミー・タイムズ」,「ラムズフェルドとマイヤーズは恥を知るべきだ」との社説を掲載(5.10).
*ブッシュ,「完全な主権をイラク国民に移す」としつつ,さらなる米軍増派を示唆.この演説中,アブグレイブ収容所に3回言及.一度目はアブガレイップ,二度目はアブガロン,三度目はアブガラー(5.24).
*ブッシュ演説は,途方にくれた大統領の姿を示している(ベルリナー・ツァイトゥング).イラクの惨状と混乱,拷問スキャンダルを前に,おれを信じてついてこいとの雄たけびに耳を傾けるものはいない(オーストリア・プレッセ).ブッシュは11月の大統領選挙で敗北するという,ますます現実味を帯びた見通しにパニックに陥った(フランス・リベラシオン)
*ケリーの発言:「主権委譲は選挙目当ての虚構だ.独断的な期限は設けるべきではない」(4月7日).「イラクの安定が米軍撤退の前提,最後までやりぬく」.支持者のあいだからは「あなたが“最後までやりぬく”といったのは,病院やモスクへの爆撃,何百人もの民間人の殺害のことか?」と質問(4月14日).
(B) 同盟国軍の撤退は加速しつつある.
スペインの撤退は大きな衝撃だった.最大の意味は派兵派の首相,小泉以上の強力政権といわれたアスナールが,選挙で敗れたことである.スペイン軍の指揮下にあったホンジュラス,ドミニカが相次いで撤退した(ニカラグアは撤退済み).ポーランドでも近いうちに行われる総選挙で,派兵反対派が勝利する見込みが強まっている.
とりわけ問題になるのが,サマワの盟友オランダの動きである.野党は選挙を前に,国連合意なき駐留拒否の線で一致しつつある.もともと現在の与党はそれほど強力ではないし,それほどイラクに対し野心を持っているわけでもない.無理やり米国に引きずり込まれた側面が強い.
もしオランダ軍が撤退すると,たちまち日本軍=自衛隊は孤立し,反撃される恐れのない格好の標的となるだろう.外務省幹部がいみじくも言うとおり,「米軍が代わりに駐留するようなら最悪だ」
*「大量破壊兵器問題で釣られたことは不愉快だ.我々は作り話にだまされた」(ポーランド・クワシニエフ大統領 3月末).与党支持率は10%以下に急降下,ミレル首相が退陣(5月)
*駐留期限が7月15日に迫る中、オランダが揺れている。政府や主要与党は「戦闘が極端に悪化し、イラク復興や治安維持などの活動が行えない場合は撤退する」との条件付で「駐留延長」を主張しているが、世論は「撤退」に傾き、最大野党・労働党が初めて「撤退」を打ち出した(毎日新聞).
各国の撤兵への動き (4月末 赤旗より)
スペイン
1300人
現状のままなら6月末に撤退(その後時期を早め,すでに撤退完了)
ポルトガル
2400人
紛争が悪化すれば撤退
ホンジュラス
3800人
8月を期限に撤退(その後時期を早め,すでに撤退完了)
フィリピン
270人
今後の治安状況で検討
シンガポール
200人
兵員31人,輸送機,上陸用舟艇を引き揚げ
タイ
473人
人道援助の条件なければ再検討
ニュージーランド
60人
9月に撤退
ポーランド
2400人
派遣軍の戦闘参加拒否を示唆
ウクライナ
2000人
派遣軍の戦闘参加拒否を示唆
(C) 米国の一極主義に対する新たな国際秩序が模索されつつある.
撤退を決めたスペインは,早速独仏と協議に入り,イラクの自決・国連主導による事態の打開・米同盟軍の撤退で意思統一した.中国とロシアもこれに同調する方向である.ブラジル・南ア・インドを新たな盟主とする非同盟諸国も,一貫して米国の干渉反対,イラクの民族自決・国連憲章の遵守を訴えてきた.
(D) 国連の出番をめぐっては駆け引きがある.米国は単独行動の責任をとろうとしないまま,国連をもう一度利用しようとしている.5月24日,米英は安保理にブラヒミ構想を前提とする決議案を提出した.この決議案で,米英は二つの重要な譲歩を行っている.国連の「指導的役割」の承認と石油収入の国際監督機構への委譲(注意!イラクへではない)である.これは平和勢力の大きな前進である.しかし,米英軍による実質的な軍事支配は決して放棄していない.
彼らのもくろみは,国連出動→カッコつき自決→米軍撤退である.そしてカッコは二重・三重につけられ,後ろの矢印は限りなく長い.しかしイラク問題は,「国連・自決・米撤退」という三つのオプションの同時決着以外の解決はありえない.とりわけ自決がカッコつきではなく,真の自決となるような代表選出が成されなければならない.
彼らのもうひとつのもくろみは,安保理決定のお墨付きをとることで,NATO軍の出動を実現することである.これにより,やせ細る同盟軍に代わる強大な戦力を手に入れることになる.彼らの発想の根本は,平和ではなく武力を通しての支配の継続にある.
だから,問題の究極的解決は,どのような受け皿ができようと国連がどんな役割を果たそうと,米軍の撤退抜きにはありえない.したがって,米英軍の「期限を決めた撤退」というスローガンが大事である.米英軍の撤退という内容には,当然ながら自衛隊をふくむ同盟軍の撤退も含まれている.同時決着というのは,そのことを指しているのである.
*ブラヒミ構想: ブラヒミ国連事務総長特別顧問(元アルジェリア外相)が安保理に提案した,イラクへの主権委譲に関する提案.6月中に暫定政府を立ち上げ,連合国暫定当局(CPA)から主権を移行させる.さらに来年1月に総選挙を実行し新政府を樹立,7月に国民会議を召集し憲法制定という時刻表.このなかで占領軍の撤退と平和維持軍への移行を行うとするが,時期は明示せず.
*ネグロポンテ米国連大使,上院外交委員会で証言.暫定政府の権限は軍事面を中心に制限されると述べる.米軍とイラク新政府との間で対立が生じた場合,米軍は「行動の自由を持つ」と強調.パウエル長官はFOXテレビに出演.「主権委譲後はイラクに治安維持の指揮・統制権が移る.しかし新国防省は“相当の期間”,米軍主導の連合軍の指揮下に入る」と述べる(5月16日)
*各国は一致してブラヒミの努力を高く評価しつつも,その有効性に対し懸念を表明.もっとも率直に意見を表明したのはシラクで,「正直に言って確信はない」とのベ,米英連合が実権を握りつづけるような妥協的な決議になるなら,「悲惨なことになる」と指摘(ブラヒミが「武力対決が続けば悲惨なことになる」と述べたことへの当てこすり).ロシアのラブロフ外相は,「主権のすべてを返すわけではないとすれば,いったいどうなるのか,占領の継続となれば,いったいどんな主権が委譲されるというのか」と厳しく批判.
*フランスのバルニェ外相は米英決議案を前向きに考えるとしつつ,「見かけだましでない主権委譲」かどうかは,@イラク人の主権と責任の回復,A国連の権威の確立,を基準とすると発言.「暫定政府の主権」の内容としてイラク軍の統帥権と,米軍の行動に対する事前協議権を,「国連の権威」の内容として重要課題における国連の承認権を提示する.ドイツのシュレーダー首相は,「主権」として「資源処理と安保問題での独立した決定権」を挙げる(5月25日).
*シュレーダー首相,NATO派兵に対し否定的見解.「むしろイスラム諸国が駐留したほうが良い」と述べる(5月25日).
*イラク統治評議会のヤワル議長は,米英決議案に対し「暫定政権が完全な管理権を持つべきであり,米英軍の駐留期限が明らかでないのは問題」と指摘.
(E) 注目される中国修正案
最新のニュースが飛び込んで来た.中国が安保理に米英案の修正案を提出したのである.@連合軍の駐留を来年一月までに限定する.A駐留期間中もその活動を制限し,イラクの主権を明確にする.B暫定政府指導者を安保理協議に参加させる.というのが骨子のようである.
「期限を切った撤退」ということが中心に座っており,問題の本質を捉えた提案である.ついでだが,ブレア=パウエル「論争」は,暫定政府の権限問題に議論を矮小化させようとする「できレース」である.
米国は即座に反対したようで,その実現は簡単ではないようだ.しかし「仏・ロの常任理事国,ドイツ,アルジェリア,フィリピン,チリなど多数の非常任理事国が中国の要求を支持し,修正への動きを本格化させた」(赤旗5月27日)というからなかなかのものだ.
*ブレア首相は「最近のファルージャへの攻撃のような作戦に対してはイラク側が拒否権を持つ」と表明.これに対しパウエルが反論.「イラク暫定政府との全面的一致が得られないなかで,米軍が自らを守り,任務を遂行する状況になった場合,最終的には米軍は米国の指揮下にあり,自衛に必要な行動をとる」とする(5月25日).
*昨年の報告でも中国の動きに注目した.北朝鮮問題での6カ国協議といい,中国の外交からは目が離せなくなったようだ.
V.イラク問題をめぐる国内の流れ
(A) 小泉=ネオコン政府は戦争への道を突き進んでいる.
犠牲者をいとわず,撤退など念頭になく,米国にいささかの疑問も持たないという特異な立場.事実上自衛隊に死者が出るのを待っている状態である.世界の流れから見れば,逆流のただなかにいる.人質事件への奇妙な対応は,パウエル国務長官まで含めてすべての立場の人から物笑いの種になった.
派兵の法的根拠となっている特別措置法は,戦闘行為を禁じている.したがって戦闘地域に自衛隊は送れない.サマワは安全な非戦闘地域だといって派兵したが,もし戦闘地域になれば(すでに実際戦闘が始まっているのだが),法律に照らして自衛隊は撤退しなければならない.
「無理が通れば道理がへこむ」過程が繰り返され,論理的に自縄自縛に陥っている.特に航空自衛隊の場合,米軍の兵員・武器輸送作戦に組みこまれており,死者が出たといって撤退はできないだろう.スペインのような爆弾テロが起きた場合も,小泉は「テロに屈するな!」と叫ぶだろう.人質事件のときを考えれば,ことは明白である.そうすると,問題は「何人死ねば撤退を考えるのか?」ということになる.
このような不透明な先行きを考えれば,憲法9条への攻撃はためらうのが普通だが,小泉は常人ではない.「思いこんだら命をかけて…」の世界の人である.
*汎アラブ紙「アルハヤト」(ロンドン)が人質事件について論評.「小泉首相はイラク復興を口実に自衛隊派兵を強行したが,実際にサマワに到着した自衛隊が行ったのは軍事拠点の構築だった.自衛以外の反撃は行わないとしていたが,サマワ入りの前にはクエートの米軍基地で軍事訓練を行っていた」と報道(4月13日).
*政府・与党の論調はイラクでのNGOを認めない立場である.そこには公平と中立を原則とするNGOへの国際オンチと,根拠なき敵視がベースにある.公式の登録だけでも112団体が現にイラクで活動している.「危険情報が出て,政府機関が行くことは難しい紛争地域であっても,NGOが出て行くことはありうる」(国際ボランティアセンター熊岡代表).
*笑い話をひとつ 外務省がフランスのNGO「アクテッド」にサマワの給水事業を“丸投げ”.給水量は700トン/日(自衛隊は80トン).費用は4千万円(自衛隊は400億円).NGOは自己責任だけどフランス人だから良いのかな? たしか防衛長官は「自衛隊以外の組織には人道援助ができない」から行くんだと言ってたと思うけど.
(B) 平和・反戦勢力は世代の壁と党派の垣根を越え結集しつつある.
ピースアクションに結集する若いひとたちが,反戦運動の統一の地平を切り開きつつある.札幌での3.20統一行動は歴史的なものだった.数は5千とまだまだだが,今後飛躍するための受け皿作りに成功した意味は大きい.
日本人人質事件では,早くもその力が発揮された.今井君の「出身単産」である民医連の職員が大いに力を発揮したことはあらためて言うまでもないが,その力が市民・無党派青年の運動と渾然一体となったからこそ,反共攻撃に押しつぶされることなく,所期の目的を達成できたことも銘記すべきであろう.
(C) 従属的日米同盟の是非が議論の根本にある.
日本政府がイラク戦争への態度を豹変させたのは昨年2月のこと.支援を渋る政府に「真意が伝わっていない」と見た米政府は,大使館に政府・与党幹部を次々に呼び出して説得にあたった.この日を境にマスコミの論調は変わり,15日には公明党冬柴書記長の「イラク戦争反対は利敵行為」発言が飛び出す.世界一千万人の反戦行動の当日である.自民党古参幹部は押し黙り,安部・石破・武見・中川らの若手ネオコン族がはしゃぎ始める.小泉首相は恥ずかしげもなく,「日米同盟生命線」論を展開する.それは米国への理屈抜きの屈服の告白に過ぎない.
自衛隊は日米同盟(米国と読め)のためにイラクへ行き,人身御供となって血を流すのである.それが日本のためになるのだ.それに反対するのは非国民だというのだ.そういう「日本」とはいったい何なのだろう?
*米海兵隊司令官,ファルージャの住民虐殺は「沖縄での訓練の成果」と誇示.キャンプ・ハンセン基地内で3ヶ月にわたり市街地での接近戦を想定した訓練(在日海兵隊機関紙).
(D) 流れは変えられる.
それは選挙である.スペインでは一夜にして撤退が決まった.失われたかもしれないスペイン兵の命と,スペイン兵に殺されたかもしれないイラク人の命が救われた.10月には米国大統領選がある.もしブッシュが負ければ占領と戦争は終わるかもしれない.
ことはスペインと米国に限ったことではない.この数ヶ月の間にポーランド,ウクライナ,オランダでも選挙がある.これらの国すべてでイラク派兵が最大の争点となり,与党は苦戦を強いられている.つまりこの数ヶ月の間に世界の流れがガラッと変わってしまうかもしれないのだ.
日本もそうだ.7月には参議院選挙がある.自衛隊を撤退させるだけではなく,日米関係の根本的見直しができるかもしれない.ことはそれほど容易ではないかもしれないが,話そのものは極めて簡単で分りやすい.そう,「もうひとつの日本は可能」なのだ.
*韓国総選挙の当選議員に対する新聞社の質問調査で,派兵支持派が44%,再検討派が46%と逆転(4.15).
付. 6月に入っての動き
本日学習会があるため,大急ぎで補足しました.三つの流れには変化がなく,全体として加速してきているという感じです.
1) 昨日28日,政権委譲と暫定政府の発足がありました.ヤワル大統領は「今日は歴史的な日」と述べたそうです,アメリカにとっては,予定日をこっそりと2日早め,出席者6人,儀式が5分間という「歴史的な屈辱の日」となりました.ブレマーCPA長官は委譲手続きが終わるや否や,脱兎のごとく逃げ出しました.
2) 小泉首相は,ますますやることが分らなくなりました.サミットで突然,多国籍軍への参加を宣言.ところが,これは今までの政府答弁から考えても明らかな憲法違反.少なくとも,これまでの憲法解釈を変更する新法が必要です.
現在のイラク特措法は多国籍軍への参加を認めたものではありません.これまでの政府の言い分では,「NGOでは危険だから」自衛隊が行っているのに過ぎないのです.
多国籍軍といいますが,今イラクに進駐している多国籍軍は,国連決議を経た多国籍軍ではありません.米英両国が安保理を無視して,何の国際的承認もなしに送っている軍隊であり,国際法上の形式論から言えば,ただの侵略軍と選ぶところはありません.
特に問題となっているのが,集団的自衛権の問題です.これまでの政府答弁は一貫して集団的自衛権を否定してきました.どう憲法を読んでも,集団的自衛権は肯定できないというのが,与野党を問わずコンセンサスとなっていたのです.
しかしアーミテージ報告以降,米国からの集団的自衛権実現への圧力は高まる一方で,何かの機会があれば本格的議論に持ちこもうとする政府・与党側の思惑はありました.小泉首相にすれば一石二鳥,渡りに船ということでしょうか.浅はかとしか言いようがありません.
場当たり的な判断と発言を繰り返すうちに,政府の論理はめちゃくちゃになってしまいました.恐らく言っている本人たちが,何を言おうとしているのか分らなくなっているのだろうと思います.
*冬柴幹事長,小泉首相がブッシュに多国籍軍への参加を表明したことについて,「外交問題の処理は内閣の専権事項だ.国会に相談してからというのでは話にならない」と語る.(28日山形)
*共産党の不破議長はさすがにうまいもので,「論理的退廃」と名づけました.私はなかなか言葉が浮かばずに,「ハチャメチャ」化などと言葉を考えていました.
小泉首相は,論理的手詰まりに陥り,「憲法ではっきりしていくことが必要」と,憲法改正に手を着けることまで宣言するようになりました.イラク問題は,憲法改正問題と直接連結することになりました.これはかつてなかった重大な事態です.
3) しかしこれらの動きは,実はきわめてもろい土台の上に成り立っているのです.幸いなことに日本人犠牲者は二人の外交官と二人のジャーナリストだけです.もし自衛隊に犠牲者が出た場合,積み上げてきたフィクションは一気に崩れ去るでしょう.もし自衛隊が戦闘行為に及びイラク人を殺害すれば,深刻な議論となるでしょう.彼らには「自己責任」はないのですから.(6月29日追加)