イラクをめぐる三つの流れ

もうひとつの世界は可能だ

 

 2004年6月 北海道AALA定期総会  

 

いま最も危険なことは,テロと戦争が悪循環をもたらすなかで,不信と憎悪が人々の心を支配し,民主主義と正義のはたらく場が侵食されていくことである.日本人5人の人質事件は,その象徴である.それはイラクだけではない.世界のすべての国々と,民衆にとってそうなのである.

もうひとつ大事なことは,不信と憎悪ではなく,正義と連帯精神の支配する「もうひとつの世界は可能だ!」,そしてその世界はぜひとも作らなければならない,という声が世界中に奔流のような勢いで広がっていることである.それは「もうひとつの日本は可能だ」という呼びかけともつながっている.

 

T.イラク現地の流れ

(A) 状況はますます悲惨になっている

ファルージャでは700人が殺された.ナジャフでもすでに350人以上の死者が出ている.開戦以来,連合国に殺されたイラク人は1万から1.5万にのぼる(英外交官共同書簡).そのほとんどが罪なき民間人だ.治安の悪化が生活の悪化に直結している.

憶えておかなければならないのは,これが1年前から始まったのではなく,湾岸戦争後ずっと続いているということだ.昨年3月の開戦前までに,すでに160万人の一般市民が食料や医薬品の不足のために亡くなった.最悪の頃は,「毎月数千人という規模でイラクの一般市民,特に子どもや老人が,ミイラのようにガリガリに痩せて死んだ」(志波さんの報告)

イラクの民衆は「復興」どころか,ふたたび恐怖のときを迎えようとしている.

(B) 占領軍は統治能力を失っている

彼らはイラク国民の支持を失った.彼らにはイラク人を殴りつけて命令するしか,支配の方法は残されていない.軍の将兵はたたかう意義も意味も失い,市民感覚も人間的感情も失いつつある.占領軍につながる暫定統治機構はまったく無力となった.

(C) 占領軍への敵意が広がりつつある

ファルージャでの住民大虐殺,心の拠り所であるイスラム教会への攻撃,おぞましい虐待・拷問,非人道的兵器の使用…と地獄への門が開かれつつある.占領軍に対するイラク民衆の感情は,もはや憎悪そのものである.それはサマラをふくむ南部に広がり,シーア派のすべての信者に広がり,一般市民に広がり,ますます危険で抑えつけられないものになっている.

(D) イラク人は自決能力を持っている

イラクの行政機構は崩壊したのではなく破壊されたのである.イラクはひ弱な後進国ではない.かなり分厚い中間層が形成されていた.湾岸戦争前,バクダッド大学の医学部は日本を上回るほどの水準を誇っていた.

統治評議会に自治能力がないのは,米国のカイライだからである.91年湾岸戦争が始まったとき,フセインを除くすべての政治・民族・宗教勢力の代表が「共同行動委員会」に結集し,民主化の受け皿となることを宣言した.そこには南部で伝統的な力を持つ共産党も含まれていた.彼らが復興を担えば,何も問題は生じなかったかもしれない.

米国はこの会議を無視し,自らに都合の良い勢力だけを集めた.議長に据えたのはアンマンの金融商人チャラビ,ヨルダン政府からお尋ねものになっている怪しい人物である.なぜそうしたか? 石油の利権を確保したいからである.

 

U.ブッシュ政権と世界の流れ

(A) ブッシュ政権は嫌われ,米国は孤立しつつある

大量破壊兵器はなかった.サダムがテロリストを匿っていた証拠もない.「ブッシュはウソをついた」,同盟国ポーランドの大統領さえこういう.

米国内ではもうひとつのウソが問題になっている.9.11のテロをブッシュは前もって知っていた.知っていて防ごうとしなかった.そのことを隠していた.そして9.11のあとは徹底的に事件を利用した.さらにイラク人捕虜に対する拷問・虐待事件を知っていて放置したことも発覚した.5月24日のブッシュ演説は,もはやなんらの共感も生むことはできなかった.

米国マスコミは,特に戦争となると政権に甘い.自ら星条旗を振る先頭に立つ.そのなかでも米国民の間に真実がじわじわと染み透りつつある.対抗馬ケリーも期待するほどのものではないが,11月の大統領選挙でどちらがどうなろうと,この反戦・平和の流れは止まらないだろう.

(B) 同盟国軍の撤退は加速しつつある

スペインの撤退は大きな衝撃だった.最大の意味は派兵派の首相,小泉以上の強力政権といわれたアスナールが,選挙で敗れたことである.スペイン軍の指揮下にあったホンジュラス,ドミニカが相次いで撤退した(ニカラグアは撤退済み).ポーランドでも近いうちに行われる総選挙で,派兵反対派が勝利する見込みが強まっている.

とりわけ問題になるのが,サマワの盟友オランダの動きである.野党は選挙を前に,国連合意なき駐留拒否の線で一致しつつある.もともと現在の与党はそれほど強力ではないし,それほどイラクに対し野心を持っているわけでもない.無理やり米国に引きずり込まれた側面が強い.

もしオランダ軍が撤退すると,たちまち日本軍=自衛隊は孤立し,反撃される恐れのない格好の標的となるだろう.外務省幹部がいみじくも言うとおり,「米軍が代わりに駐留するようなら最悪だ」

各国の撤兵への動き (4月末 赤旗より)

スペイン

1300人

現状のままなら6月末に撤退(その後時期を早め,すでに撤退完了)

ポルトガル

2400人

紛争が悪化すれば撤退

ホンジュラス

3800人

8月を期限に撤退(その後時期を早め,すでに撤退完了)

フィリピン

270人

今後の治安状況で検討

シンガポール

200人

兵員31人,輸送機,上陸用舟艇を引き揚げ

タイ

473人

人道援助の条件なければ再検討

ニュージーランド

60人

9月に撤退

ポーランド

2400人

派遣軍の戦闘参加拒否を示唆

ウクライナ

2000人

派遣軍の戦闘参加拒否を示唆

 

(C) 米国の一極主義に対する新たな国際秩序が模索されつつある

撤退を決めたスペインは,早速独仏と協議に入り,イラクの自決・国連主導による事態の打開・米同盟軍の撤退で意思統一した.中国とロシアもこれに同調する方向である.ブラジル・南ア・インドを新たな盟主とする非同盟諸国も,一貫して米国の干渉反対,イラクの民族自決・国連憲章の遵守を訴えてきた.


(D) 国連の出番をめぐっては駆け引きがある

米国は単独行動の責任をとろうとしないまま,国連をもう一度利用しようとしている.5月24日,米英は安保理にブラヒミ構想を前提とする決議案を提出した.この決議案で,米英は二つの重要な譲歩を行っている.国連の「指導的役割」の承認と石油収入の国際監督機構への委譲(注意!イラクへではない)である.これは平和勢力の大きな前進である.しかし,米英軍による実質的な軍事支配は決して放棄していない.

彼らのもくろみは,国連出動→カッコつき自決→米軍撤退である.そしてカッコは二重・三重につけられ,後ろの矢印は限りなく長い.しかしイラク問題は,「国連・自決・米撤退」という三つのオプションの同時決着以外の解決はありえない.とりわけ自決がカッコつきではなく,真の自決となるような代表選出が成されなければならない.

彼らのもうひとつのもくろみは,安保理決定のお墨付きをとることで,NATO軍の出動を実現することである.これにより,やせ細る同盟軍に代わる強大な戦力を手に入れることになる.彼らの発想の根本は,平和ではなく武力を通しての支配の継続にある.

だから,問題の究極的解決は,どのような受け皿ができようと国連がどんな役割を果たそうと,米軍の撤退抜きにはありえない.したがって,米英軍の「期限を決めた撤退」というスローガンが大事である.米英軍の撤退という内容には,当然ながら自衛隊をふくむ同盟軍の撤退も含まれている.同時決着というのは,そのことを指しているのである.

(E) 注目される中国修正案

最新のニュースが飛び込んで来た.中国が安保理に米英案の修正案を提出したのである.@連合軍の駐留を来年一月までに限定する.A駐留期間中もその活動を制限し,イラクの主権を明確にする.B暫定政府指導者を安保理協議に参加させる.というのが骨子のようである.

「期限を切った撤退」ということが中心に座っており,問題の本質を捉えた提案である.ついでだが,ブレア=パウエル「論争」は,暫定政府の権限問題に議論を矮小化させようとする「できレース」である.

米国は即座に反対したようで,その実現は簡単ではないようだ.しかし「仏・ロの常任理事国,ドイツ,アルジェリア,フィリピン,チリなど多数の非常任理事国が中国の要求を支持し,修正への動きを本格化させた」(赤旗5月27日)というからなかなかのものだ.

 

V.イラク問題をめぐる国内の流れ

 

(A) 小泉=ネオコン政府は戦争への道を突き進んでいる

犠牲者をいとわず,撤退など念頭になく,米国にいささかの疑問も持たないという特異な立場.事実上自衛隊に死者が出るのを待っている状態である.世界の流れから見れば,逆流のただなかにいる.人質事件への奇妙な対応は,パウエル国務長官まで含めてすべての立場の人から物笑いの種になった.

派兵の法的根拠となっている特別措置法は,戦闘行為を禁じている.したがって戦闘地域に自衛隊は送れない.サマワは安全な非戦闘地域だといって派兵したが,もし戦闘地域になれば(すでに実際戦闘が始まっているのだが),法律に照らして自衛隊は撤退しなければならない.

「無理が通れば道理がへこむ」過程が繰り返され,論理的に自縄自縛に陥っている.特に航空自衛隊の場合,米軍の兵員・武器輸送作戦に組みこまれており,死者が出たといって撤退はできないだろう.スペインのような爆弾テロが起きた場合も,小泉は「テロに屈するな!」と叫ぶだろう.人質事件のときを考えれば,ことは明白である.そうすると,問題は「何人死ねば撤退を考えるのか?」ということになる.

このような不透明な先行きを考えれば,憲法9条への攻撃はためらうのが普通だが,小泉は常人ではない.「思いこんだら命をかけて…」の世界の人である.

(B) 平和・反戦勢力は世代の壁と党派の垣根を越え結集しつつある

ピースアクションに結集する若いひとたちが,反戦運動の統一の地平を切り開きつつある.札幌での3.20統一行動は歴史的なものだった.数は5千とまだまだだが,今後飛躍するための受け皿作りに成功した意味は大きい.

日本人人質事件では,早くもその力が発揮された.今井君の「出身単産」である民医連の職員が大いに力を発揮したことはあらためて言うまでもないが,その力が市民・無党派青年の運動と渾然一体となったからこそ,反共攻撃に押しつぶされることなく,所期の目的を達成できたことも銘記すべきであろう.

(C) 従属的日米同盟の是非が議論の根本にある

日本政府がイラク戦争への態度を豹変させたのは昨年2月のこと.支援を渋る政府に「真意が伝わっていない」と見た米政府は,大使館に政府・与党幹部を次々に呼び出して説得にあたった.この日を境にマスコミの論調は変わり,15日には公明党冬柴書記長の「イラク戦争反対は利敵行為」発言が飛び出す.世界一千万人の反戦行動の当日である.

自民党古参幹部は押し黙り,安部・石破・武見・中川らの若手ネオコン族がはしゃぎ始める.小泉首相は恥ずかしげもなく,「日米同盟生命線」論を展開する.それは米国への理屈抜きの屈服の告白に過ぎない.

自衛隊は日米同盟(米国と読め)のためにイラクへ行き,人身御供となって血を流すのである.それが日本のためになるのだ.それに反対するのは非国民だというのだ.そういう「日本」とはいったい何なのだろう? 

(D) 流れは変えられる.

それは選挙である.スペインでは一夜にして撤退が決まった.失われたかもしれないスペイン兵の命と,スペイン兵に殺されたかもしれないイラク人の命が救われた.10月には米国大統領選がある.もしブッシュが負ければ占領と戦争は終わるかもしれない.

ことはスペインと米国に限ったことではない.この数ヶ月の間にポーランド,ウクライナ,オランダでも選挙がある.これらの国すべてでイラク派兵が最大の争点となり,与党は苦戦を強いられている.つまりこの数ヶ月の間に世界の流れがガラッと変わってしまうかもしれないのだ.

日本もそうだ.7月には参議院選挙がある.自衛隊を撤退させるだけではなく,日米関係の根本的見直しができるかもしれない.ことはそれほど容易ではないかもしれないが,話そのものは極めて簡単で分りやすい.そう,「もうひとつの日本は可能」なのだ.

 

付. 6月に入っての動き

本日学習会があるため,大急ぎで補足しました.三つの流れには変化がなく,全体として加速してきているという感じです.

1) 昨日28日,政権委譲と暫定政府の発足がありました.ヤワル大統領は「今日は歴史的な日」と述べたそうです,アメリカにとっては,予定日をこっそりと2日早め,出席者6人,儀式が5分間という「歴史的な屈辱の日」となりました.ブレマーCPA長官は委譲手続きが終わるや否や,脱兎のごとく逃げ出しました.

2) 小泉首相は,ますますやることが分らなくなりました.サミットで突然,多国籍軍への参加を宣言.ところが,これは今までの政府答弁から考えても明らかな憲法違反.少なくとも,これまでの憲法解釈を変更する新法が必要です.

現在のイラク特措法は多国籍軍への参加を認めたものではありません.これまでの政府の言い分では,「NGOでは危険だから」自衛隊が行っているのに過ぎないのです.

多国籍軍といいますが,今イラクに進駐している多国籍軍は,国連決議を経た多国籍軍ではありません.米英両国が安保理を無視して,何の国際的承認もなしに送っている軍隊であり,国際法上の形式論から言えば,ただの侵略軍と選ぶところはありません.

特に問題となっているのが,集団的自衛権の問題です.これまでの政府答弁は一貫して集団的自衛権を否定してきました.どう憲法を読んでも,集団的自衛権は肯定できないというのが,与野党を問わずコンセンサスとなっていたのです.

しかしアーミテージ報告以降,米国からの集団的自衛権実現への圧力は高まる一方で,何かの機会があれば本格的議論に持ちこもうとする政府・与党側の思惑はありました.小泉首相にすれば一石二鳥,渡りに船ということでしょうか.浅はかとしか言いようがありません.

場当たり的な判断と発言を繰り返すうちに,政府の論理はめちゃくちゃになってしまいました.恐らく言っている本人たちが,何を言おうとしているのか分らなくなっているのだろうと思います.

小泉首相は,論理的手詰まりに陥り,「憲法ではっきりしていくことが必要」と,憲法改正に手を着けることまで宣言するようになりました.イラク問題は,憲法改正問題と直接連結することになりました.これはかつてなかった重大な事態です.

3) しかしこれらの動きは,実はきわめてもろい土台の上に成り立っているのです.幸いなことに日本人犠牲者は二人の外交官と二人のジャーナリストだけです.もし自衛隊に犠牲者が出た場合,積み上げてきたフィクションは一気に崩れ去るでしょう.もし自衛隊が戦闘行為に及びイラク人を殺害すれば,深刻な議論となるでしょう.彼らには「自己責任」はないのですから.(6月29日追加)