国連社会開発サミットが投げかけたもの

1996年作成

 

一部で「貧困サミット」とも呼ばれたこのサミット会議は,95年3月にコペンハーゲンで開催されました.この会議には118人の首脳を含む187カ国の政府代表が参加,規模のうえからはサミットと呼ばれるにふさわしいものとなりました.

 

・会議の基本的な問題意識

会議の基本的な問題意識は,地球上にはびこる貧困をどう克服するかということでした.そしてそのための政策的柱として以下の三つを挙げました。そしてそれらを社会開発計画と総称しています.

@ 社会的統合の強化(人種や性による差別の撤廃),

A 貧困の緩和と軽減,

B 生産的雇用の拡大,

このような問題意識の背景は,まずなによりも死にいたるまでの徹底した貧しさです.

世界の人口の5人に一人,10億人以上が毎日飢えているといわれます.自由主義経済の旗振り役の世界銀行ですら「1日1ドル以下で生活せざるを得ない人は,90年にはほぼ2億人だったが,10年後には13億人に達する見込み」と認めています.

94年度に世界で死亡した5千万人のうち,1/3が伝染病や寄生虫疾患によるものでした.WHOはその真の死因は貧困だといっています.

さらに世界中の1億2千万人以上の人々が公式に失業しており,それ以上の人が半失業状態にあるとされます.ILOは「世界の労働者の3割に当たる8億2千万人が失業または半失業状態にあり,これは30年代の大恐慌以来最悪の水準である」と報告しています.

このほか相次ぐ内戦などにより,世界中で数百万人の人が難民または国内避難民となっています.

 

・IMF路線批判

会議は「貧困を一掃し社会開発とすべての人々の幸福を追求することが21世紀に向けてもっとも優先すべき目標」と位置づけました.そして市場経済の「失敗」を指摘し,公共政策の必要を確認しました.

社会開発サミットはさらに踏み込んで,この種の会議としては初めてIMF・世銀の市場万能論を批判しました.

その具体的根拠として,

@ この間の構造調整政策の結果,多国籍企業の横暴が助長されたこと,

A 旧ソ連・東欧諸国でIMF路線の忠実な実施が深刻な社会混乱をもたらしたこと,

B 先進国においてもIMF路線は深刻な失業者の増加と経済の停滞をもたらしたこと,

などをあげています.

途上国債務は1兆4千億ドルに達し,債務国はIMFの厳しい条件のもと返済に追われています.社会開発に当てる予算どころか,毎日の社会生活に必要な資金すらカットされている状況です.今回のサミットでも途上国から債務帳消しの強い要求が出されましたが,受け入れらませんでした.

会議での発言のなかで、ノルウェーのブルントランド首相は、「市場は平等と社会正義の促進にほとんど役立たない。市場は持続可能な開発に向けた共通の必要に応えない」と、厳しい批判を加えています.

会議は,IMFの構造調整計画は弱者に与える影響について特段の注意をはらうべきであり,人々の福祉向上のための社会開発目標を含むべきであると提起しました.そして,計画の実施に当たってはIMFが独走することなく、国連諸機関とりわけ経済社会理事会との連携を強めるようもとめました.

サミットはウルグアイラウンドの与える否定的影響についても指摘し,IMF=GATT路線が農業破壊の危険をもたらすこと,特にそれは最貧国において深刻にならざるを得ないと警告しました.

しかし先進国からの圧力の結果,全体としてはウ・ラウンドを支持する論調でまとめられており,NGOからは強い批判があがりました.WTOについては後述します.

 

・人間の安全保障

サミットの提起した問題のなかで,もっとも印象的なのが,一般民衆にとって「安全保障」とはなにか,ということです.

「人間開発報告」は次のように述べています.

*これまで国家の安全保障が国民の安全保障よりも重視されてきた.政治家は「国民の福祉や生活の維持は国家の仕事ではなく各人に任されたもの.国家の真の任務は国家の安全保障のみ」と言ってきた.しかし最近起きたさまざまな出来事を通じてわれわれは学んだ.国家の真の平和は,国家ではなく国民の安全保障に基づいているということを.

*これから頻発するのは,国家間の紛争よりもむしろ内戦であろう.明らかなことだが,内戦は社会経済的な格差と貧困に深く根ざしている.人々が安全な日常生活を送ることが出来なければ,平和な世界を実現することは出来ない.いまこそ安全保障という考えを,国家という狭い枠から「人間の安全保障」という包括的なものに移すべきである.

*「国民の安全保障」をすすめていくのに必要なのは,軍備ではなく社会開発だ.社会経済的にみてもっとも生産的な投資とは,さまざまな人間の能力,機会を最大限に生かすような投資であると,われわれは確認する.

この報告は根本的な問いかけを含んでいます.それは,国家の主要な任務とはなにか?,という問いかけです.

サミットでは具体的な解決の方向はほとんど合意できませんでした.それにもかかわらずこの会議は決して無駄ではありませんでした.その問題提起と行動計画の枠組みは,今日の情勢に照らしてみて貴重なものといえます.