国防総省を中心とした新たなアジア支配の動き

1995年6月作成

再掲にあたって(2009年2月)

ソ連・東欧の崩壊後、事実上唯一の超大国となったアメリカは、世界支配の一環としてアジアでの覇権を確立するために一連の政策を打ち出して生きます。

それは核支配を頂点として、軍事支配のみならず経済覇権までも追求する野心的なものでした。ここでは1993年から95年にかけての政策を分析しています。それは1994年の北朝鮮における核開発を巡る危機をあいだにはさむ時期でした。

 

@ 防御・核拡散防止イニシアチブ

93年12月,国防総省は「防御・核拡散防止イニシアチブ」を発表しました。これは核兵器の拡散防止を口実として,イラン・イラク・北朝鮮・リビアなどの「ならず者国家」を封じ込めようとするものでした.いわば,核廃絶をもとめる世界の世論を逆手にとって,自らの覇権を押しつけようとするものです.それは東西冷戦時代に「自由主義・民主主義」を振りかざし、共産主義を抑圧しようとしてもちいた理屈と同じです.(94年報告参照)

この「構想」の格好の実験台となったのが94年、北朝鮮の核疑惑問題です.

核疑惑問題は,日本のマスコミでは,どの原子炉が良いかなどの話になってしまい,余り本質的な取り扱いを受けませんでした.しかし実際は戦争寸前のところまで行ったのです.

詳細は朝鮮年表Dで触れますが、結局この脅迫に屈する形で北朝鮮は核査察を受入れました.頼みにしていた中国もロシアも、この時点では米国に対抗する姿勢はありません.

ここに米国の東アジアにおける軍事的覇権が確立することとなりました.それは米国の,朝鮮戦争以来の悲願でもありました.東アジアにとって94年は記憶すべき年となるかも知れません.

 

A核疑惑事件の経過

94年の春、制裁強行の動きがにわかに現実化します.その引き金を引いたのは、北朝鮮がIAEA(国際原子力機構)による核査察を拒否したことでした.

IAEAは国連に属する機関ですが,従来より核保有国よりの動きが目立っていました。一部からは「IAEAは米国の愛玩犬」と批判されるほどでした.この時期カイロで開かれていた非同盟外相会議は,北朝鮮に核査察受入れをもとめつつも,「一主権国家に対し,他の主権国家による疑惑と情報にもとづいて広汎で侵入的な監視をおこなうのは不穏な兆候」とIAEAを批判しました.

査察拒否を受けたアメリカは強権を発動し、韓国との合同で侵略を想定した大掛かりな軍事演習を展開しました。

米韓合同のチームスピリット演習は,ただの演習ではありません.日本海と南シナ海に,米国の機動艦隊が二つも入り,司令部の指示があればいつでも海上封鎖を開始することになっていました.核戦争は秒読み段階に入っていたのです.自衛隊もこの演習に深く関わっていました.

このような冒険政策には、欧州諸国などもふくめ強い批判が出されました。NATO会談でも米国の「瀬戸際政策」には強い疑問の声が出されました.その結果,米国も海上封鎖などを断念し,6月にはカーターに局面打開をもとめることになります.

折から金日成の死亡など極度の困難に陥った北朝鮮は,米国の圧力に屈します.8月には第3ラウンドで交渉の枠組みが確認されます.そして10月には,核疑惑解明,軽水炉転換支援,二国間関係改善のための諸規定を盛りこんだ,包括合意書が調印されます.

 

B 「東アジア戦略」構想

アメリカが北朝鮮に対し、核を口実にした脅迫作戦をとったとき、かつてのライバル中国もロシアもこれに正面切って異議を唱えることはありませんでした。

アメリカはこれにより支配単独支配への感触をつかんだことになります。自信を深めた国防総省は、95年2月、「防御・核拡散防止イニシアチブ」をより全面的に展開した「東アジア戦略構想」を打ち出すことになります。

東アジア戦略を作成したナイ(Joseph Samuel Nye, Jr)国防次官補の名前をとって、ナイ・イニシアチブと呼ばれることもあります。ナイの肩書きはアジア担当国防次官補にすぎませんが,彼は元々ハーバード大学教授として各種の政策シンクタンクに参画し,米国内反動勢力の理論的支柱をなす人物です.彼の報告は90年代におけるアメリカ帝国主義の基本戦略となるものと考えられます.

報告の柱を列挙すれば次のようになります.

第一に、東アジアこそ次世紀に向けて世界の中心的柱となると予測.アジアで信頼できる安全保障の存在は,現在の国際情勢にとって死活的に重要であると規定します。

第二に、「グロ ーバルなリーダーシップ」という考えを打ち出します。この考えが押し通されるなら、東アジア諸国の国家主権は「グローバルなリーダーシップ」に従属させられることになります.これは“今後東アジアは米国が支配する”という宣言です。

多国間の安全保障フォーラムによる対話を推進するとします。これは「ロシア,中国もそれなりのやりかたで参加させるが、最終的にはアメリカに従わせると」いう宣言です。

第三に、日本とのパートナーシップを要の位置にあると重視しますが、日本,韓国との責任分担は米国のリーダーシップにとってかわるものではないと釘を刺します。これは“両国はコマでしかない.仕事はさせるが決定権は与えない”という宣言です。

第四に、戦略核戦力を保持し,地域に対する核の傘の提供をつづけるとともに、「核の拡散抑止に最大の努力をはかる」とします。これは「他人の核は許さないが,自分の核は押し通す」という宣言です。

第五には、NPT(核拡散防止条約)への支持を友好関係評価の基準とする、と述べます。これは「以上の条件を呑まなければ敵と見なする」という宣言です

(2)ナイ・イニシアチブ
米国側の安保再定義にかける狙いはすでに明らかになっています.昨年の大会報告で触れた,アジア担当国防次官補ナイの報告です.
1,
2,米国の東アジアでのリーダーシップを堅持する.
3,キイポイントとする
4,米国の力の究極の源を軍事力に求める
これを軍事戦略として展開すると
5,核兵器を引き続き維持しつつ,
6,他国に対しACSAとアクセス権を迫り,軍事的プレゼンスを財政的に 支える.
まさしく,ナイ構想こそがその後の米国の政策そのものであることがわかります.諸国家の自立を尊重することは眼中にない,究極の覇権主義であり山口組の論理といえます.
 

C 95年国防報告

この「東アジア政策」の骨子は95年国防報告にも引き継がれていきます.北朝鮮での一連の作戦から,彼らが得た教訓は次のようにまとめられます.

「北朝鮮に核兵器開発を断念させるために広範な連合を結集したときのように,前進基地をおく米軍のプレゼンスあるいは米国のリーダーシップにとって代わるものはない」

つまり,世界全体に基地をはりめぐらせ,世界を米国が独裁的に支配する体制に変えようとすることが,戦略の基軸となるのです.ここではプレゼンスとリーダーシップがキーワードとなっています.

プレゼンスというのは前方展開および軍事的威圧のことです.状況に即応できるだけの近接した場所に、状況に即応できるだけの戦力が存在することです。

リーダーシップというのは、米国が誰にも相談することなく、唯一の超大国として行動する権利のことです。世界のあれこれの状況に関し、アメリカが独自の判断で単独介入し、それを世界が事後承認するというパターンをふくめた独裁権です.

 

D ペリー国防長官の「強制外交」論

ペリー国防長官は、このような軍事政策の凶暴化の流れに乗って、「強制外交」なる言葉を提唱するにいたります.ペリーはハイチ,ルワンダ,北朝鮮などを例にあげ,「軍事力行使の威嚇」をするためには「それを実際に実行する態勢が出来ていなければならない」と述べます.はたしてこれが外交といえるのでしょうか?

 

E 核による脅迫と核拡散防止条約(NPT)

国防報告は,世界支配のための最大の武器として核を置いています.国防報告は、唯一の超大国と成った今も、これからも、冷戦時代の常時戦闘体制を維持すると宣言します。

「外国の敵対的な指導部が,われわれの死活的利益に敵対して行動するのを抑止するために,十分な戦略核戦力を維持する」

そのために核拡散防止条約を利用するということです。ここまでアケスケにいわれると,どんなに鈍感な人でもNPTのギマン性は明らかでしょう.核拡散防止のための核というレトリックは,米国の世界支配の野望から出たものでしかありません.

同じ頃グリーンピースによって,とんでもない内部文書が暴露されます.核拡散防止のため「途上国」に対し小型核兵器を使用するという国防省計画です.

だからこそインドネシア外相は,非同盟諸国を代表して「超大国が自らの核軍縮努力をせずにNPTをおしつけるのは筋違い」と批判したのです.

 

F 核拡散防止条約への批判

今年1月,NPT再検討準備会議が開かれました.会議では無期限延長論に反対が過半数を占めます.非同盟諸国は「NPTは大国の核脅迫に依存した計画であり,NPTへの固執こそ最大の問題」とし,断固とした原則的対応(すなわち核廃絶)で一致します.

NPTに対する批判はついに御膝元からも飛び出します.米統合宇宙司令部の現職司令官チャールズ・ホーナーが「核兵器は時代遅れであり,核兵器の廃絶が必要」と発言するのです.

彼がいうには「新たな軍事的脅威は超大国間の緊張からではなく,大量破壊兵器を持った比較的小さな不安定な国から起こる」のです.だから「大きな国もふくめて核兵器を全廃することが,核の危険を予防する最善の方法」というわけです.

議論を通じてはっきりしたのは,そもそも核拡散防止などという妥協的方法は,米国の「強制外交」を利するだけだということです.それは袋小路の議論です.即時無条件の核廃絶以外に道はありません.

 

G 軍事戦略と結びついた経済覇権主義

多国籍企業を政治的に代表するのが米国政府です.すべての国に「完全な自由化」を迫るかれらは,それなりに生き残りをかけて必死です.彼らは世界を軍事的にだけではなく,経済的にも支配しなければなりません.

国家安全保障会議報告は「経済と安全保障はますます不可分になっており,世界に民主主義と市場経済が広がれば広がるほど,米国繁栄し安全になる」と述べています.ナイ国防次官補は次のように発言しています.「アジアの安定と繁栄は,米経済の健全性にとって死活的である」