海兵隊 in 釧路 6年目の秋

下川麻衣   

 道東勤医協の下川さんが送ってくれた文章がとても面白かったので,ご本人の承諾を得てここに転載します.下川さんはアメリカに何年か留学していたことがあります.花の独身です.
少し私の責任で編集してあります.原文をご希望の方は,直接下川さんのほうへご連絡ください.

 

海兵隊の「釧路の休日」

今度もまた海兵隊が矢臼別にやってきた.彼らは飛行機で矢臼別に直行し,ひと気のない原野で大砲をぶっ放す.そして非番になると,グループを組んで釧路に出かけてくる.私たち平和委員会のメンバーは,これまで5年間,彼らがやってくるたびに,釧路での行動を監視する行動を展開してきた.沖縄での評判では,酒を飲んだ海兵隊員ほど怖ろしいものはないと言われている.

今回の監視行動は10月3日から5日まで行われた.情報によれば,海兵隊員50名ほどがバスに乗り込み,釧路市街へと繰り出すようだ.朝10時から夜8時の日中組と,午後3時から夜中の1時という夜遊び組の二グループが組織されているらしい.

去年は昼夜ともになにごともなかったと聞いた.私は残念ながら監視行動に参加できなかった.今年こそはと意気込んだ私は,4目の夜10時半頃から12時まで,そして5日の7時半頃から12時半頃までの監視行動に参加することになった.

4日の日は,職場の残業が夜の10時まで続いた.やっと仕事を終えて,友人たちと合流して行動に参加した.この夜は特に変わったことはない.金曜の夜であったためか,「花の金曜日」の飲み客と観光客が多く,海兵隊員の姿を見つけること自体が容易なことではなかった.

この日は監視隊参加者があまり多くなく,全員がいっしょになって行動するしかない.このため隊員と個別の対話を持つことはあきらめた.海兵隊員ほぼ全員へチラシを配り,声をかけた.そして翌日に,その成果を賭けることにする.

 

海兵隊員発見!

5日,三日間の外出日の最終日だ.海兵隊員が釧路での最後の夜を楽しみにどっと繰り出してきた.予想した通り,隊員たちは昨日に比べて気が大きくなっているように見える.

この日私は,入会したばかりの若い女性と連れ立って出かけた.「今日こそは海兵隊と対話をしたい,できれば説得してみたい」と思いながらチャンスをねらう.

まず私たちは,去年から彼らの溜まり場となっている「ハリウッドカフェ」に陣取った.ここから街を見張ろうという計算である.しかし路上ではあまりそれらしき人影を見かけない.それぞれが,入った店に長居しているようだ.ここでの待ち伏せをあきらめた私たちは,店を出て,近くの栄町公園から「ハリウッドカフェ」周辺を見張ることにした.

驚いたことに,溜まり場のはずの「ハリウッドカフェ」の店内には,一人も隊員がいない.それどころか隊員の出入りもまったくない.「明らかに何かがおかしい,去年と変わっている…」と,私は首をかしげた.

そのとき,監視行動に参加していた他のグループから連絡が入った.「ハリウッドカフェの隣のバーに,おおぜいいるようだ」とのこと.そこは,酒は飲み放題で,おまけにストリップ・ショーが見られるというバー,海兵隊の新しい溜まり場になったようだ.私たちがバーの外で待機していると,やがてぞろぞろと海兵隊員が出てきた.

ショーはのべつ幕なしに続くわけではない.1回の出しものが終わると,次の開演までは間が空く.その間,連中はすることがない.しかたがないから向かいのコンビニにたまったり,店の前の道端に群れていたりすることになる.そんな隊員の中に,路上ライブに見入っている集団を見つけた.私たちは彼らを監視の対象に設定することに決めた.

 

正体がばれる?

実は私は英語にはかなりの自信がある.しかしこの際は,言葉がわからない振りをして近づいてみる.そして彼らの会話に耳を澄ました.しかし話の内容は聞くほどのものではない,ただの酔っ払い会話でしかなかった.

このあとが思わぬ展開となった.

あまり上品とはいえないが,そのままファーストフード店や路上についていって,海兵隊員の話を盗み聞きしようというのが,最初の作戦だった.しかし,どういうめぐり合わせなのか,そこへ友達がやってきたのだ.しかもなんとアメリカ人の友達である.

実は,ちょっと前に監視行動参加者の一人から,「女性の海兵隊員がいる」との情報を受けていた.しかし,海兵隊とはとんでもない,隣の町で英語を教えているアメリカ人の女性だ.彼女はたまたま通りかかって,そこにいた隊員たちの誘いをかわしていたところだったのだ.

私は思わず吹き出してしまった.「あなたが海兵隊だって?」

それまで英語が話せるわけがないと思っていた女性が,突然アメリカ人と向かってぺらぺらしゃべり始めたから,あたりの海兵隊員は仰天,いっせいにどよめいた.笑い転げる私たちを横目に,彼らは,そのあと急に声を落として話すようになった.「なんだ,こいつ英語が分かっていたのか?」,「彼女と友達同士だったのか?」など,かなりの衝撃だったようだ.

 

ウィル君たちとの会話

そこにたむろしていたグループは,かなりの大人数だった.グループは二つに割れた.ひとつは私達と話をしたいと近づいて来る.もう片方のグループは店との間をうろうろして,何かを相談しているようだった.

近づいてきたグループの中で,私にいちばん積極的に話しかけてきたのがウィル君(仮名)だった.ウィル君は当年わずか18歳,高校を卒業してすぐ入隊し沖縄配属となったのだそうだ.

「信じられないよ.隊員教育もろくにされないうちに,言葉も何も知らない沖縄へ行けって言われたんだ」と,口を尖らす.「沖縄で二週間訓練したと思ったら,今度は北海道だ,矢臼別に行けだって,クレージーだよね」

ウィル君は憤懣やるかたないようだ.子供のようにあれもこれもと不満を並べたてる.

「生まれ育ったアメリカと,気候から何からまったく違う沖縄へ行かされて,暑さにも慣れないうちに,こんな矢臼別みたいな寒いところに来て,体調までおかしくなりそうだ」

「でも,そういうことも訓練の一環なんでしょう.耐えないといけないんじゃない」

「そうだね」と,ウィル君は肩をすくめた.

 

ハリウッドカフェがガラガラだった理由

彼らの人数はかなり多い.ほとんどは隊員になって間もない若者である.この場で反対運動を訴えるのは有効ではないかも知れない,と一瞬感じる.

私たちはウィル君たちとたわいもない会話を続けた.

「共産党員がハリウッドカフェを見張っている」と,隊員のひとりが告げた.私はすかさず「共産党がどうしたの」と尋ねる.

「ハリウッドカフェの中で俺たちが楽しんでいるのを,共産党員が邪魔するんだ.監視もしてるし…」

前の日まで米兵であふれていたそのパーに,今夜は一人も出現しなかったのは,そういうことだったのだ.誰かが通報して,それを元に誰かが指示を出したのだ.彼らは反対勢力を恐れ,神経質になっている.

この情報をすぐにでも近くの仲間に伝えたい.しかし,そのはやる気持ちを懸命に抑えて,私は話を続けた.

「共産党員は悪くない人たちよ.アメリカと日本の共産党はまったく違う考えで,思想も穏やかだし,日本の共産党は日本の政党の中でいちばん納得行くことをいう団体なのよ」

「そんなことはあり得ない」

ウィル君たちは不思議そうな表情を浮かべる.私はさらに突っ込んでみた.

「ラジカル派ではなくて,平和主義者の人たちだから,他人の楽しみを妨害するなんて,それこそあり得ないよ.誰かが勘違いしているだけじゃないの? 地域と一番近い草の根政党だし,私はあなたの情報が正しいものとは思えないよ」

いつのまにか,隊員たちは耳をそばだてている.いささかたどたどしい私の説明が終わった.

「そういう話を聞けてよかった.隊員仲間にも話してみるよ」

 

ハリウッドカフェ,その後の顛末

この話には後日談がある.現実は少し違っていたようだ.4日の日にハリウッドカフェで米兵が店の売上金を盗んだという事件があった.

人伝えなので詳細はわからないが,店長は被害届を出したそうだ.今後捜査が進むだろう.

米軍は店とのさらなるトラブルを避けるために,先手を取ってあらぬ話をでっち上げ,隊員たちに広めたのだろう.そのデマのネタに共産党が利用されたというのが,事の真相のようである.

 

ウィル君の誘いを断る

その時だった.ウィル君だちの周りで油断なく辺りを見回していた男たちが話に割って入ってきた.

「もういいだろう,行くぞ.共産党員が俺たちを見張っている」

しかしウィルたちはいっこうに聞く気配がない.「ハイハイ,分かったよ.分かったからほっといてくれ」というなり,あっちへ行けとばかりに手を振る.

そして「どこかいいパーばないかなぁ? 一緒に行こう」と誘いをかけてくる.

「高くておしゃれな所もあるし,そこそこの値段で,まずまずの場所もあるし.どちらがいいの?」

「値段は関係ない.釧路での最後の夜を楽しみたいんだ.ホステスがつかない店でゆったり話したい」

意外にもお金は持っているらしい.わかりやすくて近くて,ちょっとリッチなパーを紹介した.釧路にもそういう店はあるのだ.

「それでは行こうか?」

「ごめんなさい.今夜は遠慮しておく」

断っておくが,普段の私であればこんな言葉は絶対吐かない.付き合いの良いのが私の数少ないとりえなのだ.これからの関係を築くためにも,ここで個人情報を交換することの重要さは分かっている.しかしあまりにも体調が悪かった.疲れがたまりにたまっていた.

いったん別れたウィル君たちは,また戻ってきて「本当に行かないの?」と念押しした.でも行けないものは行けない,ふたたび誘いを断った私は,けなげにも最後まで監視行動を続けたのだった.

 

監視行動完了

最後の夜にはハメを外すだろう,かなりあぶない場面も出現するのでは,と危惧していたが,想像していた程ではなかった.

帰りのバスが発車する予定時刻より30分以上も前に,かなりの数の隊員がゾロソロとパスヘ戻ってきた.下士官らしき者たちが街を見回り,「何時までに戻るか憶えているな.間違っても乗り遅れないように,早めに戻るんだぞ」と指示していた.

10月6日午前1時,バスは出発した.海兵隊との三日間が終わった.監視行動を終えた私は,体の芯からの疲れと緊張を背負って仲間の元へと歩きはじめた.

 

釧路に海兵隊は要らない!

たしかに大事件は起こらなかった.しかし犯罪は起こった.彼らの溜まり場としていたハリウッドカフェで売上金が盗まれたのだ.6年目でついに犯罪が発生したのだ.マスコミが報道しようとしまいと(たぶん報道しないだろうが),この現実には動かしがたいものがある.

私たちは,まず事実の究明を求めなければならない.そして「米軍がくればこうなるんだ」ということを,声を大にして社会に訴えなくてはならない.

アメリカ兵がみんな悪人というわけではない.ウィル君のような人もいる.しかし海兵隊というのは普通の兵隊ではない,「殴りこみ部隊」である.その兵士はいわば「生きた殺人兵器」なのだ.兵士の中でも海兵隊員は特別に群衆意識が高く,犯罪性が高いというのが定説になっている.

移転と訓練開始から6年,ここ根釧地域でも,海兵隊の怖ろしさについての共通認識がようやく受け入れられようとしている.この共通認識をさらに育て,「根釧に海兵隊は要らない」という運動にまで発展させていかなければならない,と思う.

そのために私も引き続きたたかう決意である.

2002年11月28日