あまりにも、遠い人。



憧れて。
恋焦がれて。
辿り付く、その想い。




例え、幼い子供みたいに駄々をこねたって
絶対に、手に入らない。
一方的な、恋慕。
憧れ、と言う言葉なんて知らないように
―――…本当の気持ちから目をそらして、ただその思いを強くするだけで。
少しだけでも、近づいたような気がしていた。



―――――まだ、その時は。














「んで?テメェは、誰だよ。」
訝しげ、というよりはどこか楽しそうに笑う男を見る。
細めた目に帯びた光が、若い頃から衰えていない事を確認して
妙に安心している自分に気付いた。
「突然呼び止めてしまって、すみませんでした。
青春学園高等部テニス部、大和祐大と申します。」
学校の名前をだしても、顔の色一つを変えない。
慣れているのだろう、こういう人間と話すのも。
テニスに詳しいものなら、絶対に名前を知っている程有名な名前。
俺にとっては、特別な名前。
何度も聞いて、何度も何度も。
呼びたくても、叶わない。
特別すぎて、今更呼ぶ機会があっても、躊躇ってしまう。

「越前、南次郎…さん。
ずっと貴方の事を憎んでいましたよ。」

自然と、笑みがこぼれる。
的確な言葉ではないが、その言葉が一番自分の気持ちに近いような気がした。
面と向って言う事に、躊躇と言うものは無い。
こう思ってしまうのが、正常でないと自覚がある。
しかし、屈折した愛情が憎悪に変わる事なんてそう珍しい事じゃ無い。
誰もがもつ、狂気。
自分の中にある、暗い闇。

 面食らう事もなく、まるで今自分の発言が無かったように
越前南次郎は、楽しそうに煙草の煙を吐き出した。
いい意味でも悪い意味でも、自分の道をつき進むこの人には敵が多かったと聞く。
人に屈する事は、無い。
敵が増えるのと比例するように彼に惹かれる人間が―――味方が、出来る。
不思議な魅力を持った、男。
捕らえる事が出来ず、それを自分のものさしで測ることなど不可能に近い。
自分の言葉が、彼に影響を与える事が出来るとは最初から考えていない。

ただ、願わくば―――

「えー、大和君…だったか?」
煙草の煙を追うように、視線を彷徨わせていたその眼が突然、
獲物を見つけた獣のように射抜くように、此方を見た。
「はい。」
ただ、それだけを答えた自分。
それだけしか、答えられなかった自分。
越前南次郎は、口端だけを動かして強気な笑顔を自分に向けた。
『強気』、と言うには少し語弊があるかもしれない。
『強い者にしか出来ない表情』だ、と思った。
「家がすぐそこなんだ。―――ヒマなんだろ?軽くうち合いでもすっか。」
自分が、それに答えるより早く越前南次郎は方向転換をして
今来た方向に戻ろうとしている。
自分の答えなど必要としていなかった。
聞かなくても、言わなくても。
―――最初から、その答えなど決まっている。
期待の為か、恐怖の為か、焦りか。
手の震えが、止まらなかった。
心は決まっているのに、足が前に進まない。
言葉が意思を持って、自分に降りかかる。
 嫌悪感ではなく、もっと甘い感情が胸の内にあること。
このまま彼について行き、彼と会話を重ねる事でそれが、どういう結果を招くのか。

(この人を憎いと思うことで、彼に憧れていた自分を否定していた。)

そう思うことで、彼がいとも簡単にテニス界から引退してしまった事を
自分の中で消化しようとしていた。
嫌う事で、憎む事で。
これ以上、想う事のないように。
ただ、触れられない―――届かない存在を。
遠い存在を近く感じていたのも、竜崎先生から話を聞いて
此方が一方的に作り上げてしまった彼の、イメージでしかない。

 ―――まるでこの感情は、壊れた時計にも似ていた。
針を、止めることは出来ない。
間違って噛み合ってしまった歯車は、
そのまま間違ったままかちりかちりと、時を進めてゆくしかない。
間違った感情を捨てる事も、おそらく自分の奥底にある感情に気付く事も。
動けなくなるまで、その間違いを正す事など出来ないだろう。










ただ、願わくば―――。
狂ったままでも動き続けるその歯車が停止しないように、と。

憎悪でも恋慕でもいい。
自分の中にその感情を強く、植え付けた。


















すみませ…!
カップリングじゃ無いですね…。
「南次郎←大和」とは予めムギさんに予告していたのですが、
期待されていたらどうしよう…という思いでいっぱいです。
メンゴ!
大和が南次郎パパに声をかける…という話、でした!

ていうか、これ続きありそう。
…有ったらあったで、
自分好みにものすごい暗くなるのだと、思うんですけど…(またか!)
くぁー!(いっぱいいっぱいです、この人)

<モドル