それでも、貴方のいない日常は 変わる事無く、過ぎていくから――― (……何回くらいこのジャージに袖を通したっけか…) ふと、そう思ったけれど両手でも足りないその回数を数える事など 不毛な事に思えて、すぐに考えを放棄する。 あんなに憧れていたジャージなのに、最初袖を通した時の感動は既に薄れてしまっている。 いつだってレギュラーの存在は、あやふやで 油断したり調子が悪かったりすると今の俺だって結構、危ない。 けれど、少しずつではあるけれど自分でも成長したなぁ…と自覚できる事もあるし 確実に強くなってはいるのだ、と思う―――思いたい。 勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。 自分の想像したコースでピンポイントに綺麗にボールが跳ねた時、 相手がボールに追いつけなかった時、 自分のスピードが勝った時。 数えればたくさんあるけれど勝負だけじゃない、『自分のテニス』と言う物が出来た時の ゾクゾクと、身体を這い上がるような感覚が本当に気持ちいい。 テニスが、純粋に好きだと思える。楽しい。もっと強くなりたい。 テニスを始めた時よりもずっと、強くそう思う。 なのに――― なのに。 胸に穴があくように、ぽかりとその部分だけが欠落していて 楽しいのに、追っている物は同じなのに、目指している物は変わらないのに。 がむしゃらにボールを追うことで、強い相手と戦い自分も強くなろうと決意する事で その存在を忘れたいと思っている自分がいる。 (―――部長が、いない。) 3年生の引退。 新しい部長。 2年が主体の部活。 早く前に進みたいと思っているのに、いつもならそこにいる手塚部長の姿を 目が勝手に、探している事に気付く。 まるで自分だけが取り残されているようで、絶対に言葉には出せないけれど。 すごく不安で、すごく怖い。 俺は、もう着なれたジャージをぎゅ、と握った。 少し皺が寄って、すぐに戻る。 「荒井、行かねぇの?」 声をかけられてやっと我にかえる。 それと悟られずに俺は、「あぁ、今行く」とだけ返して 前を開けていたジャージのチャックをしめた。 声をかけた本人は、不思議そうに俺を見ていたけれど あまり興味も見せず「早く来いよー」とだけ言葉を残してそのまま部室を出て行った。 脱いだばかりの服を折りたたみ、荷物と一緒にロッカーに入れる。 握ったはずのラケットが地面をかすってからり、と音を鳴らした。 慣れた筈の手に馴染んだラケットが今は、何故か重く感じる。 おそらく、こんな暗いことばかりを考えているからだ。 全くもって自分らしくない。 (変わらなければ。進まなければ。) 自分に言い聞かせるようにそう思い、俺は部室の扉を開けてコートに向った。 雲の切れ端から、零れる光が足元に自分の影を落とす。 コートの方からはかけ声やボールの音が、耳に届く。 未だ本格的に皆が集まっているわけじゃ無いらしい、その雰囲気は 真剣に打ち合っている人間もいるというのに何故か現実味が無かった。 普段意識していないと、それが日常であるのに 今は何か意識とは別の、隔離された世界のようで。 夢の中にいるように、生ぬるい空気と地面がしっかりと安定していないような感覚。 静かにラケットをフェンスに立てかけて、背伸びをする。 ―――校舎を見上げたのは、本当に偶然だったのか。 夢に筋道を求めても仕方が無いように、気まぐれに校舎を見上げた事に意味なんて無い。 視界の端にそれを認めた瞬間、息を飲んだ。 「―――――…!」 胸をかきむしるようにジャージを掴んで、もう失う事の無い様にと、その視線を追う。 此方に気付いたのか、その人影が窓枠の中から消えたと同時に俺は、走り出していた。 意味も理由も、後付けでしかないのならいっそ―――何もかも、衝動的に。 階段を蹴り、何段かとばして階を上ってゆく。 下校しようとしている生徒に、不思議そうに見られたけどあまり気にならない。 一気に上ったので、多少息を乱しながらその人影を確認した教室の扉を開いた。 「荒井、廊下を走るな」 いつものように、眉根を寄せて。 窓枠から隠れるように、コンクリートの柱に背を預けて いつものように腕を組んでこちらを見ていた。 その姿は、まるで部活にいた時のようで妙に緊張する。 口から零れる言葉さえ、前と変わることなど無い。 「ぶ、ちょう…。」 自然と零れた固有名詞に対して、少しだけ困ったように口元を緩めた。 「…………もう、部長じゃ無いだろう…。」 言われた言葉は、何故か胸にずしりときた。 進めていないのは自分だけなのか、という不安と 何よりも手塚部長本人にそう言われてしまえば、直接関係を断ち切られてしまったようで。 目の前が曇ったような気がして、 情けない顔を部長に見られる前に慌てて顔をうつむかせる。 「……俺にとって部長は、手塚部長だけです。」 今の部長を貶すわけじゃないし、認めていないわけでもなくて。 ただ、手塚部長は自分にとって特別な存在だと、思う。 変わる事無く、まるで生まれたての雛が親を覚えるように自分にとっての特別な、人だから。 かすれそうになる声を必死に喉から押し出して、 少しでもこの気持ちが、自分が尊敬しているこの人に伝わればいいと…願った。 「―――――――そう、か。」 予想外にも、返された言葉は柔らかく優しかった。 慌てて顔をあげると、控えめにではあったが手塚部長は笑っていた。 珍しい光景に顔が赤く染まり、緊張のあまり思考回路が働かない。 ただただ動揺していた俺に、手塚部長はさらに言葉を繋げる。 「………荒井。 そのジャージも、馴染んできたな。――――似合っている。」 昂ぶった感情と直結していたらしい涙腺は、気付けば涙を大量に流していた。 「泣くやつがあるか、」 「すみませ…」 慌てて目を擦り、顔をあげようとしたら視界を遮られた。 一瞬何が起きたのか、理解できなくて身体が硬直したが 状況が理解出来ても状況はあまり変わらない。 「――ッ、部長!?」 いつの間に距離が縮んでいたのかすら、気付いていなかった。 温もりが近すぎて、身体が強張る。 体温を感じることで、自分の背に手塚部長の腕が回されているのが、ありありとわかった。 ぽんぽんと優しく背中を叩かれてまた流れ始めた涙は、とどまる所を知らない。 押し殺した声は、手塚部長の肩あたりに消える。 涙が止まったら、今度こそ前を見れる―――そう思った。 |
ど、どうしよう!?(汗) なんだか、最近書いている話が暗いなぁ…と思いつつ しんみり甘い感じの話を目指してみたのですが 甘いのかどうなのかは、ちと微妙ですが、さ…寒い!? 塚荒!塚荒!塚荒!!(洗脳) 手塚がコートを見ていたのは別に 荒井のストーカーをしていたわけではありません、よ。 Yes!三郎!!(?) <モドル |