わたしはだあれ?
あなたはだあれ?






笑いながら、私を抱きしめる。
「愛しているよ、」と。
何で、そんな事が言えるの?
何で、そんな事が思えるの?
私は私の事が分からないのに。
私はあなたの事が分からないのに。
そんなに嬉しそうに笑わないで。
私に優しくしないで。






(私は、)








私はいつ―――消えるかも分からないのに。





















「名前は?」
問われて、システムから個体名を引き出す。
「『リアリィ』。」
「『本当に』?フフ、面白い名前だね。」
骨ばった手が、口元を押さえて笑った。
(………何が面白いのかしら)
「あなたは?」
情報収集。
システムを成長させるには、有効な手段だと思う。
目の前の、男はその大きな手を目の前に差し出した。
「おっと、失礼。自己紹介も未だだったね。………ローズ―――W・B・ローズ。」
躊躇いながら、差し出された手に触れた。
「ローズ…」
繰り返すと、触れた手が力強く握り返された。
「よろしくね」

『人』に、触れたのははじめてだった。











 自分が何者なのか、貴方は考えたことがあるんだろうか。





ふと、気になってローズに尋ねたみた。
すると
「ボクは、ボクだよ。………なんだい、哲学かい?」
という、なんとも的を射ない答えが返ってくる。
「うぅん。ちょっと、気になったの。」
「ふぅん?」
知りたかった、人の意見が。
貴方の意見が。
自分は『ヒト』ではないから。
機械上のプログラムでありながら『人』を模されて作られたから。



『僕は、僕』?



それなら、『私は、私』なのかしら。
(違う、そんな答えを求めているんじゃない。)
「リアリィ……、」
名前を囁かれて、目の前を見るとローズは手を広げてこちらを見ていた。
「??」
「おいで」
優しい、笑顔。
引き寄せられるように、ローズに抱きついた。
(暖かい…、)
彼の、体温が。
私には、無いものが。
「大好きだよ、リアリィ。」
(本当に?)
繰り返される言葉に、思わず心の中で返事をする。

本当に?本当に?本当に?

自分が、わからないから、貴方がわからないから。
信じる事も難しくて。
抱きついていた手に力を込めた。
「どうしたんだい?甘えん坊だなぁ。」
くすくす笑う声に、胸が熱くなる。
本当に熱くなる事などないのだけど、多分コレを「胸がいっぱいになる」というのだと思う。

作られた存在だから。
完全であって、完全じゃない。
泣くと言う行為も出来ないのに、泣きそうなのはどうしてなの?
この感情すら、プログラムされたものなの?






(私は、誰なの?)










 自分が、発生してから何日か経っている。
故意に時間間隔を認識するプログラムを削除してもらった。
自分が―――このプログラムを維持できる日数がわかっていたから。
自分が存在できなくなるまで、その日数を数えている事なんて出来なかった。
ローズに会って、何日経ったのかもわからない。
でも、このひとときを大切にしたい。
自分が存在できなくなるまで。
自分が、消えるまで。

お願いだから、強く抱きしめていて。
お願いだから、いつものように笑っていて。

なんて我儘な願いなんだろう。
「そんな事ないよ。」
彼は、笑った。
「私が消えても、泣かない?」
寄り添うように、ローズに寄りかかる。
ふわりと笑って、私の手を握る。
「泣いてしまうかも知れないねぇ。―――でも、ボクが泣いたらリアリィも泣いちゃうだろ?
最後まで、君が笑っていられるように…ボクも笑っていたいよ。」
「―――――――うん。」
泣く事なんて、無いけど。
悲しい顔をしないようにするから。
最後まで、私も笑っているから。


『その時』、まで。



















変調は、突然。











 チリッ。

「…………………、」
思わず目をこすって、見つめた。
信じたくなかった。
自分の指先がゆらりゆらりと、空気に溶け込んでいた。
慌てて自室を出ようとして、ドアノブに触れようとして視界が変わったのに気付いた。
扉を通り抜けた?
(実体化できなくなってる……!?)
驚愕以外の何物でもなかった。
(駄目、彼に会いたい…早く!)
走っていって、彼の自室の扉と向き合う。
さっきと同じく、ドアノブは掴めない。
すぅっと、扉を通り抜ける。
―――何の衝撃も無い。
触ったと言う感覚も。
ローズは、気に入っているらしい詩集のページをめくっていた。
ドアが開いていないから、こっちに気付いていない。
「…………ろ、ローズ………」
少し躊躇いながら声をかければ、彼はこちらを振り向いた。
「リアリィ?」
笑顔で振り向いた表情が硬直する。
勢いで立ち上がり、先程まで持っていた詩集が床に落ちた音が聞こえた。
「…こ、来ないで!」
慌てて声をあげていた。
「何故ッ、」
私に走りよろうとしていた足を止めながらも、もどかしげに問われた言葉。
「……だって、触れないもの。抱きしめて欲しいのに………通り抜けちゃうもの……、」
声が、掠れた。
自分で自覚できるほど弱々しくて、どうしていいのかわからなかった。
「馬鹿だなぁ。」
「な…、」
ローズは寂しそうに笑って、いつものように手を広げた。
「おいで、リアリィ。」
「……………、」
触れられないのは、わかっている。
それでも、本当に触れ合えなかった時の衝撃は辛い。
泣く、かもしれない…と思った。
それでも。
「リアリィ?」
と優しく微笑まれれば、躊躇いがちに進み彼に手を伸ばす。
「ほら、捕まえた。」

―――やはり、触れることは出来なかった。

ローズの身体を通り抜けた身体を慌てて引いた。
すると今度は、彼がふわりと私を抱きしめた。
『包み込んだ』という表現の方があっているかもしれない。
まるで、私の身体が存在しているように彼は私に『触れた』。
触れていないのに、彼の体温だけは触れているはずの場所から伝わってきた。

暖かい、体温。
かすかな、香水の香り。
体温だけで感じる事の出来る彼の身体が、心なしか震えているように思えた。

「ローズ………、」
「愛しているよ、リアリィ。」
何回、このセリフを聞いたのか。
そして、何回私はこの言葉を思い浮かべたのか。

(本当に?)

それでも、その言葉は口には出さずに笑った。
私は、笑える。
「私も、好きよ。」
私が何者か、わからない。
貴方が何者か、わからない。
それでも、この気持ちだけは揺るがない自信がある。
「本当に…?」
今度は、彼がその言葉を口にした。
少し身体を離して、私の顔を覗き込む。





(私も笑うから、貴方も笑って。)





「本当に。」
目の前の彼は、少し驚いた表情をしてから悲しそうに笑って。
何かを言おうとしたのか、口を軽く開きかけた。














そして、ブラックアウト。








システ ム維持が、出来なくな った。





私は、幸 せだっ た から    。












本        当                  よ                ?
























薔薇リア…です!
試行錯誤の挙句の、バラリア。そして、一度やってみたかったバーチャル・チャイルドネタ。
薔薇に夢見すぎててすみません…。馬鹿な薔薇も、真面目な薔薇も大好きなのです…。
多分…サンシャバ内では、薔薇が一番好きっぽいです…。
そして、この話は実はとある詩が元だったり。
……「幼い歓び」…。(ボソ)


次は、薔薇視点で事の真相と顛末を。




(2003/1/26 UP)

<モドル