甘美な嘘に微笑む君を、心から愛してあげられたら。






こんなにも胸が痛まないと、わかっているのに。

















目の前の少女に、名前を問う。
正常に作動しているかの意味合いも込めて。
「名前は?」
まっすぐに、見つめ返してくる瞳。
容姿も動きも、瞳が瞬きを繰り返す瞬間さえ不自然さを感じない。
「『リアリィ』。」
「『本当に』?フフ、面白い名前だね。」
ボクは、笑った。

なんて、皮肉な名前。

例え、どんなにオリジナルの人間に近づけたってそれは「本物」ではなく。
「本当に」存在しているわけでもなく。
例え、実際に触れたって。
例え、人間と同じように考え感情を持ったって。


「あなたは?」
澄んだ、少女特有の高い声。
いつものように握手を求めつつ、自分の名前を口にする。
「おっと、失礼。自己紹介も未だだったね。………ローズ―――W・B・ローズ。」
遠慮がちに伸ばした手に触れた、小さな手。


目の前の少女は、気付いただろうか。
図らずも、自分の手が小さく震えてしまったことを。
「ローズ…」
ごまかすように、力強く握り返す。
「よろしくね」
そう言って、ボクは笑った。
笑う事には慣れている。
職業上、どういう時でも表情は作れる。



ただ、今は------笑う事が、ひどく辛かった。



触れてみてわかる。
本当に実在している存在が、目の前にいること。
体温は、心地よく冷たかったけども。
触れた肌は、思った以上に柔らかくて。






思わず抱きしめたくなったのも、事実。















+



働かないわけには、行かない。
こんな奇妙な遊びを興じているだけでは、生きていけない。

自分の容姿で。
自分の声で。
運良く、自分には人を魅了する武器がある。
時々、(いろんな意味で)やりすぎてマネージャーに怒られるけど。
歌うのは好きだし、仕事も楽しい。



背後で音がしたのに気付いて、走らせていたペンを置いた。
「リアリィ?」
本来一人暮らしなので、期間限定の居候の名を呼ぶ。
当たり前の話だが、やはり背後にいたのはリアリィで。
ボクが見やると、近づいてもいいの?という表情をした。
「何、してるの?」
「お仕事の、一つ。………詞をね、書いてる。」
「詞?」
言葉の知識は、たぶん入っている。
小さく首を傾げたのは、言葉の意味が分からないのではなくて
文章をどうとっていいのか迷っているのだろう。
「コレでもミュージシャンでね。」
そう付け足すと、目を丸くしてボクの顔を見上げてきた。
「歌、歌うの?」
「そう。」
笑顔を作ってそう言うと、遠慮がちな小さい声が届いた。
「歌って…って、お願いしてもいい?」
リアリィの瞳がまっすぐにボクを捕らえる。
「…………………、」
半ば、衝動的なものだったと思う。
近くまできていたリアリィの手をひいて、抱き寄せた。
「……!?」
驚いたリアリィはボクの腕の中で、一瞬抵抗を見せたけど拘束を強くすると
あきらめたのか、素直にボクの腕の中に収まる。

そして、耳元で。





囁くように。





もとより、自分は声を張り上げて歌う方じゃ無い。
ナンセンスとは言わないが、自分にはあわないとわかっているから。




囁くように。
囁くように。




間奏部分まで来て歌が途切れたので、顔をあげた。
反応が気になって、覗き込むようにリアリィを見ると、うつむき顔を赤らめていた。
「リアリィ?」
伺うように名前を呼べば、やっと顔をあげてボクを見てくれた。
リアリィの少し潤んだ瞳を、見つめながらボクは笑う。



「リアリィ」



もう一度、名前を呼んで




「愛してるよ」




と、告げた。
自分ですら、その言葉の意図しているところは分からない。
本心から、そう言ったのか。
ただその戯れを、もっと面白くする為に言ったのか。
意味を知りたいとも、思わなかった。
驚いたように、ボクを見つめるリアリィをぎゅっと抱きしめてもう一度繰り返す。

「愛してるよ、リアリィ。」


繰り返す言葉は言葉を重ねるごとに、自分の耳には偽りのように聞こえる。
それでも、その言葉を事あるごとに繰り返した。
何度めかの時に、リアリィは驚きの表情ではなく恥ずかしながらも、小さく微笑んだ。












『1週間。それ以上も、それ以下もない。』








時間は、戻ることもなくとどまることなく。
ただ一定方向にしか、進むすべなく。
























「私も、好きよ。」
少女が、はじめてその言葉を口にした。
身体の震えが、恐怖の為か歓喜の為かいっそう強くなった気がした。
「本当に…?」
思わず零れた自分の声は、思ったよりも弱々しく頼りない。
どんどん透明度を増す少女の身体を見失わないようにと、
抱きしめている形の腕を解いて顔を覗き込んだ。


柔らかく笑って、答える。
「本当に。」
自分の目の前の小さな少女の表情は、ひどく大人びていて綺麗だった。
思わず、息を呑む。









「     」













何を、言おうとしたのか。
目の前の存在が、薄く途切れる瞬間。
何かを言おうとして、口を開いたけれども言葉は出てこなかった。





何を、言うつもりだったのか。

何を、言えたのか。




言える筈もない。
「ごめん」という謝罪も。
「有り難う」という感謝も。













「愛している」という、本音も。





























愛しい、リアリィ。

笑えない、ボクを許して。





























薔薇視点。
リアリィ視点の方でも言いましたが、薔薇に夢見すぎです自分。
すみませんすみません。
そして、後1話だけ…続くのですが。
正直この話で終わらせた方が、スッキリな感じが致します。
お暇な方だけ、どうぞ。



(2003/1/30 UP)

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