いつから、こうやっていたのかもわからなかった。
ただ、壁にもたれかかって。
呼吸をする事さえ、疲れる----そんな気分だった。

(あぁ、遠くで何か…)

そう思って、顔をあげると部屋の中に電子音が響いた。
それと共に、聞き覚えのある声が。
『ちょっとー!いるんだろー!?』
プリンスMの声、だ。
電話の呼び出し音から、留守電に切り替わったらしい。
いつから電話が鳴っていたかわからないくらいには
ぼうっとしていたのだと気付いた。

力の入らない身体をだらりと動かして、受話器をとった。
「フフ…発狂でもしてると、思った?」
こんな時でも、陽気な声は出るものだ。
妙に冷静にそんな事を考えて、苦笑いした。
受話器の向こう側で、
明らかに安堵の為に吐き出されたとわかるため息が聞こえる。
『冗談、』
「ゴメン、ゴメン。」
それでも多分、心配して電話をくれたのは本当だと思う。



「…………、」



ずっと、胸に引っかかっていた。
それを聞いてみようかな、なんて考えた。
多分、間違っていない。

「ね…」
『あのさー』

言葉を遮られて、質問するタイミングを逸してしまった。
「…………何?」
『……あのプログラムってもう、終了したんだよね…?』
「あ…あぁ、うん。発狂はしなかったけどね。」
茶化して言えるほどには大丈夫らしい。
『実は、アレの継続プログラムがあるんだよ。
やる気ある?』
プリンスMの問いかけに思わず、言葉を失う。
「…な、どういうこと?」
『今までの情報収集したものから何から、
記憶から感情から全てを引き継いで
そのまま新しいプログラムに移植すんの。

……やる気ある?』




そこまで聞いて、ピンと来た。



コレが、理由だと。
ずっと不思議に思っていた。
何故、発狂すると教えた上でこのプログラムをボクに渡したのか。
何故、発狂すると教えた時にあんなに寂しそうな表情をしたのか。

考えられる理由は、二つあった。
一つ目は、彼の知人がプログラムを実行して発狂していたというケース。
そして。
もう一つは。




すでに彼自身が、プログラムを実行していたケース。







「………君は?」
『え?』
間の抜けた声が耳に届く。
「君は、どうしたの?」
ボクのその問いには沈黙しか返って来なかった。
「君も、プログラムを実行したんでしょう?
そして、今君がボクに聞いているように君も選択を迫られた。
……違う?」
受話器の向こうで小さくため息が聞こえた。
『……いつから、気付いた?』
「確信は今の今までなかったよ。
ただ、プログラムをくれた時の君の、表情と言うか…。」
上手く言葉をまとめられずに黙ると、長い長い沈黙がやってきた。

「……君は…その、継続プログラムはやらなかったんだ……。」
何となく、そう思って。
そのまま言葉にしてみたら、小さく肯定する声が電話越しに聞こえた。














(言えなかった言葉の代わりに、もう裏切らないと誓うよ。)













それが、本心。
確かにプログラムでしかない『リアリィ』は、
記憶や感情などを全て引き継いで移植されたらリアリィそのものなのかも知れない。
いや、多分その物なのだろう。

今度は、本心から愛してると言えるかもしれない。
今度は、自分の気持ちを。
最後に何を言いたかったのか、わかるかも知れない。
また、触れて。
また、抱きしめて。
名前を、呼んで。







でも。








---------それは、本当にあの『リアリィ』なのだろうか?




「本当に?」と問い続けた。
自分の存在を、探し続けた。
--------あの、愛しい『リアリィ』だろうか?











笑った。
自然と、笑えた。
受話器をしっかりと握りなおして、言い放つ。
手に持っていた電話の冷たい感触が、何故かリアリィの手の感触を思い出させていた。
「そのプログラム…やらないよ。
『リアリィ』の代わりは、要らないから。」
一呼吸置いて、プリンスMはホントにいいの?と言った。
ボクのように、後悔する…とも。
否。後悔したいのはあの時、何も言えなかった自分だ。
笑えなかった、自分だ。
「後悔しないよ…それに、ボクにはその資格もない。」
重い沈黙が下りて、これ以上どうする事も出来なかったので
軽い挨拶の後、受話器を置いた。
力なく、ずるずるとその場所に座って。
何を考えるでもなく、歌を口ずさんだ。

あの時の、歌。

あの時、腕の中には今はもう存在しない少女がいた。
思い出すほどに、その存在はつかみ所が無い。
でも、決して忘れる事はない。
決して。













何度も何度も同じ歌を歌う。

いつになったら、声がかれるんだろうか。

もう、歌いたくないのに。

繰り返し、繰り返し同じフレーズを歌う。

いつかまた、君が笑ってくれるだろうか。

笑ってくれるなら、このままずっと歌い続けるのに。

喉がつぶれても、血を吐いても。


















--------------------------really?




















アップするか、迷ったのですが…。今回はアップしてみました。
(前回の時は、ローズ視点は2話しかなかったのです)
最後らへんで少し壊れ始めてるのは、
ローズの中で『リアリィ』が本物になっているから…というか。
プログラムと言う存在でなく、本物にしてあげたかったので…。
何だかおかしな終わり方で……すみません。
そして、結局ワッキ-出てこなかった…。悔しい………。


(2003/1/31 UP)

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