がさり。



煙草を一本、取り出してその場に座った。
-----仕事を終えた後の一服は、精神安定剤の代わりのようなもの。
最後の一本だったらしく、その箱を軽く潰してまたポケットに突っ込んだ。
それと入れ違えるように、ポケットの中から使い捨てライターを探り出して煙草に火をつける。
ひんやりとした壁を背に、気だるい身体を投げ出した。




何でこんな、身体が重いのか。

無気力。






何の為に、誰の為に。
ヒトヲ、コロスノカ。









-----決まってる。



何の為に、と問われたら。
金の為に…生きる為に、と答えるだろう。
快楽殺人者でもあるまいし、人を殺す事で嬉々とする人間ではないと思っている。
ただ、生きる為にその手段を選んだだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
今までもずっとそうやって割り切ってきた。



「チクショ………なんでイマサラ…、」



吐き出した煙は、夜の闇へと消えてゆく。
投げ出して手で、なんと無しに足元にあった狙撃銃に触れた。
どこの国のだったが忘れたが、軍で良く使われるらしいこのタイプのスナイパーライフルは
裏世界では、さして珍しい物でもない。
ひんやりとした感触とともに、今までやってきた仕事の事を思い返して。
もう一度、煙を吐いた。

この銃で、何人の運命を変えてきたのか。
何人が、涙を流したのか。

勿論、数える事など不可能に近いが。
最近何故か、考えてしまう。
この仕事を選んだ事を後悔してはいないはずだ。
選んだ、というよりは選ばされたという方が近かったその過去を悔やんだりはしていない。

ただ。
時々、振り返ってしまう。








最近は特に。









今まで、故意に人を避けていた。
表向きは、なんの特徴もない俺に近寄ろうとする人間もいなかったし
正直、人と付き合っていくのはめんどくさかった。
必要以上に、人と交わらないように。
(-----何もかもを、適当に。)
のらりくらりと過ごすのは、意外に難しい事じゃ無い。
一人でいる事の方が、楽なのだと知ってしまえば自然と自分をさらけ出せなくなる。
自分以外の他の人間に、自分のことを知ってもらいたいだなんて………思わなくなった。


でも、最近は-------。

ふと、暗い視界の中にちらりと光が見えてそちらを向くと、携帯のディスプレイが明るくなっていた。
マナーモードではあるが、それが着信の合図であると気付いて慌ててその画面を見つめる。
もとより、番号など覚えようとはしないので規則性のない11桁の数字の羅列を見ても
それが誰からなのか特定する事は出来なかった。
俺の携帯の番号を知る人間は、ごくわずか。
そして、こんな時間帯だ。
仕事を終えたのに報告を怠ったから確認の電話だろう、とあたりをつけてその電話に出たら、
予想外の高く心地いい声。

「KK…さん?」

すぐに、ベルの声だとわかった。
「-----、ベルか。」
慌ててくわえていた煙草をもう一方の手に持って、携帯を持ち直す。
番号は教えていたものの、本当にかけてくるとは思ってなかった。
「はい。…今…時間平気ですか?」
「あぁ、構わねぇよ。」
何故か緊張を含んだ声は、緩やかに耳元に入ってくる。
吸いかけの煙草を地面に押し付けてその先で燻っている火を消す。
ゆらりとゆれる、その煙だけがしばらく残って消えた。
「…あれ?もしかして外にいらっしゃるんですか?」
「あぁ、ちょっとコンビニに買い物。」
さらりと、嘘がつけるのは電話の特権だと思う。
声音を変えることなく、そう返すとベルは
「寒いですし、風邪…ひかないでくださいね?」
と静かに笑った……と思う。
勿論、その表情が見えるわけじゃ無いけれど。
その光景は頭に浮かんできて、俺を捕える。
遠く離れているはずなのに、音だけで共有している空間。
俺の嘘が見抜かれているとは思わないけれども、何か違和感を感じたのかも知れないベルは
少しかすれたような声で、俺の名前を呼んだ。

「KKさん…、」

けれど、その言葉は繋がることなく。
「何だ?」
と、応じた言葉もまるでなかったかのように話題を変えられてしまった。
(何でこんなに、遠いんだろうな……、)
距離的な問題ではなく。
---電話だから。
---俺が、嘘をついているから。
もどかしくて、携帯を持つ手に力を入れる。


嘘を吐ける、距離がいい。

人との距離は有ればある程、楽でいい。

近づけば、お互いに傷つくだけだとわかってる。








そんなの、嘘だ。






最近俺が、過去を振り返ってしまうのも。
銃口から煙が上がってから、何処か身体が気だるいのも。
近づくのが、怖いから。
こんな汚れた自分と、純粋なベルとの違いを自覚してしまうから。


それでも、近づきたい----と、思うようになった。
相手を知りたいと、思うようになった。






「ベル……」
「?どうかしましたか?」
「………星が、綺麗だぜ。」
「………………ふふ。KKさんらしくないですね。」
「……どうせ…。」
「明日も、晴れですね。」

「明日、会うか。」
「!」

会って。
その笑顔を見て。
機械越しの声じゃ無い、本当の声を聞いて。
少しずつでも、お互いの事を教えあって。








ゆっくりだけど、俺たちにはこれでいい。








※過去に挑戦していた モノカキさんに30のお題「携帯電話」です。
只今お題の配布は終了されています。


「携帯電話」。
この話は一応、昔書いた同タイトルの話を意識した…言うならば続きのような話なのですが。
前回は、携帯電話もいいかな…って話になっているのに今度は正反対な事言ってますね…。
いい加減だなぁ…(汗)書いてる人間がイイカゲンだと、登場人物までイイカゲンですよ…。アワワ…。
そして、私の書くKKはいつも弱そう…ですね…。KK好きの方、ごめんなさい。

(2003/2/20 UP)

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