「気に入らない。」


ぼそりと、一言。



無性に、気に入らない。
嫌いなわけじゃ無いけど、好きになれるはずもなかった。
「どうした?」
ユーリが、不思議そうに僕のほうを見た。
どうしたも、こうしたもない。
「なんだか、ボク…アイツ好きになれないんだよ〜。」
アイツ。
言わずと知れた(?)先日からこの城に新しく居候する事になった新しいバンドメンバーだ。
ユーリは呆れた顔をして、先ほどから読んでいる本に視線を戻した。
「アッシュは良く出来たやつだと思うが?」
「わかってるヨ〜☆」
わかってるけど。
わかってても、納得いかない。
たとえ、(ドラムを)たたく腕がすごくても、料理が上手でも、性格が良くても。
それでも、好きになれない。
「ム〜…。」
此処はユーリの部屋なのだが、いつものようにソファーに寝そべって(此処がスマイルの定位置 だった。)背伸びをする。
まるでネコのような動作に、ユーリもスマイルのほうにもう一度視線を戻す。
「さっきから、的を射ないな…。アッシュのどこがきに食わないんだ、」
ユーリの不機嫌そうな顔。
面接をしたのがユーリだったから、それに文句をつけられて苛立たないはずもないが。
「………………、」
そういわれてしまえば、返す言葉もない。
あえて言うなら、『全部』というしかないのだが。
雰囲気?





………――雰囲気かな??





闇の世界にいるくせに、妙に従順で素直で。
すぐに騙されるし、すぐに謝るし。
………そう考えてみれば、いい所だらけなのに。


(何で、こんなにイラつくんだろう…。)








 「どうっスか…?」
料理の出来について聞いてくるそいつは、こんなにでかい机なのに僕の目の前にいた。
ユーリはもう食べ終わってしまったあとらしく、僕とこいつの2人きり。
そういうえば、こんな風に2人きりになるのは初めての事かもしれない。
乗り出すように僕の表情を見るアッシュ。
「……そんなに見られると、美味しいものも美味しく食べれないよ。」
少し、冷たく言い放つとアッシュは慌てて立ち上がった。
「す、すまないっス!」
大きな耳も、しょんぼりと垂れ下がった。
ちくりと、胸に刺さる罪悪感。
かちゃりとナイフとフォークを置いた。
「………………………次は、カレーが食べたい。」
「え?それって…」
「美味しかったヨ、ゴチソウサマ。」
「〜〜〜〜〜〜良かったっス〜〜、」
アッシュは心底嬉しそうに言った。
なんだか、イラつく。
イライラしている自分を自覚して余計に腹が立つ。

悪循環。

早くこの場から去ろうとして、それ以上アッシュも見ずに部屋の大扉の方に向かったが、アッシュ の言葉に立ち止まらなくてはいけなくなった。
「スマイル、待つっス!」
自分でもわかるほどの、不機嫌。
アッシュもスマイルの表情を見て明らかに困惑した。
「何?」
「あ、あの…話したい事があるっス…」
小さくなる、声。
僕は、しぶしぶ先ほどと同じようにいすに座った。
手を机の上で組み、アッシュを見る。
「何?」
又、さっきと同じ言葉を繰り返す。
アッシュは、背筋を伸ばして姿勢を正した。
自分の不機嫌なオーラに臆しているのかもしれないと気付き、無理矢理笑いを作るスマイル。
アッシュは、おずおずと言葉を発した。
「…………俺の事、どう思ってるっスか?」
「はァ?」
とっさに出てしまったのは、拍子抜けしたスマイルの奇怪な声だった。

どう思ってるっスか…って。

(気に入らないに決まってんじゃん!)
心の中では強く叫んだが、スマイルだって事を荒立てたくない。
にっこり微笑んで、
「何それ?」
「前から、思ってたっス。スマイルには嫌われてるって…」
(ばれてんじゃん。)
思ったより、馬鹿じゃ無いのかも…。
(……………。)
「ヒヒヒッ☆……じゃぁサ、嫌いって言ったらどうすンの?この城から出て行く?」
表情は崩さずに、そんな質問をしてみる。
ちょっとした、戯言。
追い出す気なんて、さらさらないけど。
アッシュは少し考えていたが、しっかりとした口調で言葉を繋げた。
「イヤっス。」
ちょっと残念に思ってしまう自分は性格が悪いのかもしれないと、スマイルは思う。
「じゃぁ、何でそんな事聞くのサ〜、ボクの事なんて関係ないでショ。」
「………イヤなのは、城を出てくことじゃなくてスマイルに嫌われる事っス。」
「な、何言ってるんだヨ。」
不覚。
笑顔さえ作れない。
「俺、スマイルの事好きっスから。」


決定打。
そんな事言われたら何も考えられなくなる。
人とは違う性質の僕をさげすむ人達。

長い時を一緒にすごしたユーリにもそんな言葉言われた事ない。




気に入らない?

本当に??



「スマイル?」
顔をしかめてアッシュが、スマイルの名を呼んだ。
スマイルは、立ち上がる。
がたん、と勢いよくいすが倒れた。
「スマ……、」
「そんな言葉…簡単に未だ出会ったばかりのやつに言わない方がいいと思うヨ。」
笑えない。

踵を返して、大扉に向かう。
「簡単じゃ無いっス!スマイルも…簡単に俺の言葉、なかった事にしないで欲しい…ッス。」
アッシュの言葉が消えそうになった。
スマイルがアッシュの事を見たから。
……まるで蔑むかのように。
「ごめん、悪いけど…………信じられない。」
それだけを言うと、大扉を開けてその向こうにスマイルは姿を消した。





 自室に戻って、へたへたとその場に座り込んだ。
さっきのアッシュの言葉が頭をぐるぐるとめまぐるしく回っていた。
「そんな言葉…簡単に…、」
思わず泣きそうになった。
何で、そんなに簡単にいえるんだろう。
僕や、ユーリとは違う。
闇の者なのに、眩しくて。

嫉妬?
羨望?

そんなに簡単に僕の心に入ってこないで。
拒めなくなってしまうから。








(2003/4/14 UP)


<モドル