例えば。





今。この時に、誰かが隣にいる幸せ。












寄り添うように、歩いてゆけたら。













(そんな事を考えるのは、相手が君だから?)
伺うように、彼を見れば彼は僕の拾ってきた猫…『ししゃも』とじゃれあっていた。
微笑ましい光景。
人なつっこいししゃもだけど、彼と遊んでいる時は特に楽しそうだ。
「………サトウさん?」
僕の視線に気付いたのか、彼が顔をあげて視線を僕に向ける。
「ん?」
僕が返事をすると、彼は少し躊躇ってから言葉を繋げた。
「…………こんなこと言うのどうかって自分でも思うけど、なんでコイツ拾ったの?」
「雨の中で鳴いてたんだよ。見捨てていける訳無いじゃ無いか…。」
僕が答えると、彼はししゃもに視線を落とした。
「何だか、サトウさんぽくねぇーな、と思ってさ。」
ポツリと出た、言葉。
(知ってるよ、自分らしくないことは。)
僕もししゃもを見た。
彼が言いたい事も何となくわかっていた。
そして、彼がその言葉を口にしない事も。
純粋で、優しくて。
いい子だと思う。
「…や。別に…サトウさんが冷血とか…そう言いたい訳じゃなくて。」
僕は、笑った。
「有り難う。」
「え?え?なんで、お礼言われんの?」
彼の手から離れたししゃもが、僕の足元に歩いてきて小さく鳴きながら頬ずりをした。
「…………リュウタ君。今日の天気予報見た?」
窓の外を覗けば暗雲が立ち込めていた。






「悪ィね、傘借りちゃって。」
ぱん、と乾いた音がして傘が開いた。
玄関口の前で、彼は開いた傘をわざとらしく、さしてみる。
勿論、ここには屋根があるから開く意味などないのだけど。
新しくおろした傘が嬉しくてたまらない子供みたいだ、と思った。
「これから、バイト先に向かうのかい?」
僕がそう聞くと、彼は空を見上げた。
「かったりけどねー、今日のシフト…一緒のヤツが確か新しく入ったヤツだから休めない。」
「そう。」
にっこり笑いながら、抱いていているししゃもの手を借りて『バイバイ』と手を振った。
「お仕事、頑張ってね。」
「おうよ!」
開いた傘をもう一度閉じて彼は螺旋階段のほうに向かった。
その後姿を、ししゃもと見送ってから家の中に入る。



雨の日は、あまり好きにはなれない。



泣いてばかりいた、昔の自分を思い出す。
(弱かった自分を。)
何となく、窓に近づいて外を見た。
上からは彼は見えず、彼に貸した蝙蝠傘だけがゆっくりと移動していた。
傘が建物の影に隠れて見えなくなったので、カーテンを閉める。
静かに響く、雨音を聞いていることさえ煩わしかった。
それでも耳をふさぐ事が億劫で、テレビのリモコンを手にした。
テレビのスイッチを入れると丁度気象予報のコーナーがやっていてアナウンサーがここ1週間の気象について説明していた。
「にゃぁ。」
ししゃもが不思議そうに僕を見上げる。
その場に座って、ししゃもを抱き上げた。
「早く、やまないかなぁ−…。」
その言葉を裏切るように、テレビの中の人間は明日も傘が必要でしょう、と言った。
梅雨の時期だから仕方ないのは、わかっているけども…。

小さくため息がこぼれた。








ぽつ、ぽつ。
繰り返される音は、雨どいに雨の当たっている音のようだった。
いつものように―――リュウタ君は学校から、僕は会社から。
帰りに待ち合わせをして、僕の家に向かう。
最近では、習慣のように当たり前になってしまった。
「それでさー。…………って、オレばっかしゃべってる?」
「いや、楽しいからいいよ。」
僕が笑うと、彼は照れくさそうに頭をかいた。
今日はめずらしくバイトがないらしい。
僕の家に着いて一段落した彼は、最近あったことを身振り手振りをつけて喋っていた。
ししゃもはすでに、彼の膝元で眠りについてしまったようだ。
起こすのがかわいそうだからと言ってはいるが、話の合間に時々ししゃもの喉元を彼の手が撫でた。
ししゃもはゴロゴロ言いながら、とろんとした目を少し開いて再び眠りに入る。
一通り、気が済んだのか話が途切れた。
開きかけた唇をまた結んで、彼は窓の方を見た。
カーテンが閉まっているので外が見えるわけではないが、外の暗さと雨が雨どいにぶつかる音で雨の激しさが伝わった。
「サトウさんさ、」
ぽつりと、言葉にする。
さっきまで喋っていた音量より小さくて、外の雨の音にすらかき消されそうだった。
改めて視線を僕のほうに戻してから、笑った。
「雨………嫌い?」
満面の笑みには、ほど遠く。
困ったように、無理矢理笑顔を作っているようにも見えた。
(…………あぁ、そうか。)
「……ハハ…そうか…。」
何故か、笑がこみ上げてきた。
「サトウさん?」
「君にまで気を使わせていたんだね、ごめん。」
大人気ない。
くだらない過去に捕らわれて、いつまで前に進まない気なのか。
年下の彼に気を使わせるなんて。
「別に、気を使うとか…!そう言うことじゃなくて…、」
そこまで言って、言葉を切る。
(………多分、リュウタ君は……気付いているのかも知れない。)
僕が、人には話したくない過去を…領域を持っていること。
踏み込みたくても、踏み込めないのだろう。
「俺は…!」
勢いで出した言葉を静めるように、一字一句はっきりと発音する。
「……俺は…………好きだよ、雨の日。ししゃもと…サトウさんに会えたのも……雨の日だ。」

彼は、まっすぐに僕を見る。


視線が熱いと感じたのは、はじめでだった。


(―――そうだった。)
あの土砂降りの中で、僕はししゃもを見つけたし。
そのぬくもりを愛おしいと感じたんだった。
『あの、』
そして振り返るとびしょぬれの高校生―――リュウタ君がいて。
僕達は、出会った。

雨の日に。

そう考えると、雨の日も嫌な事ばかりじゃ無いのかもしれないと思える。
流石に、過去の記憶を消すことは出来ないけれども。
まだ、雨の日を好きだとは言えないけれども。


彼と一緒、なら。


「―――今度、新しい傘を買いにいこうかな。」
あの時の君と同じように、子供のように雨が待ち遠しくなるかも知れない。
「?なんで?」
唐突な僕の言葉にリュウタ君は何かを感じ取ったのかも知れない。
今度はぎこちない笑い方じゃなく、いつものように笑った。
「僕の傘、リュウタ君にあげるから。――――つきあってくれるよね?」
いつまでたっても返してくれない蝙蝠傘をたてに、次の買い物の約束。




彼の返事を聞くまでもなく、僕はカレンダ−を見上げた。











梅雨はもう明けようとしていた。













エンド














季節外れに梅雨の話。サトリュ。
本当は、対になるはずだったKメイ小説もあったのですがどちらも結局その部分を書くことができませんでした。
大雨のシーン…。(←ホントは書きたかったシーン…)あぁ、なんかへこたれそう…。
…ししゃもの手を借りて「バイバイ」がかけたからいいや…。
そして何だか妙に暗いサトウさんで…サトウさん好きの方には申し訳ないです。
なにやら2P色っぽいといわれましたが、藍樹が書く2P色は多分もっと黒…暗いですヨ…?(うすら笑い)
ところで、リュサトとサトリュって…どっちが主流なんですか…。ちょっとした疑問。
タイトルの「rainy-B」は「rainy-blue」から。



(2002/12/23 UP)

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