不安になるのは、あの人があまりにも大人だから。








しとしとしとしと。
雨音が、耳の奥で響く。
朝から降り止まない雨は、雪になりそうでならない。
「ちぇー、こんなに寒いのにー」
片手には学生鞄、もう片方には貰い物の蝙蝠傘。
こんな時、思い出すのはサトウさんのこと。
あまりいい思い出の無いらしいサトウさんにとって、雨の日は憂鬱の原因らしい。

(オレは、好きだけどなー)
雨の日は、サトウさんと会えた日。
あの日、雨が降ってなかったらいつもバス停で見ていたサトウさんに声をかけることも無く日々が過ぎていたはずだ。
オレよりずっと年上で、憧れのヒト。
話をするようになって、親しくなって。
「好き」になった。
初めて逢ったのは梅雨の時期だったから、考えてみれば結構経ってる。



でも。

オレは、サトウさんのことをあまり知らない。




自分の性格が災いして、か。
沈黙があまり好きじゃ無い。どうしても、耐えられない。
つい、自分から喋ってしまう。話題はやっぱり学校の事やバイトの事に偏っちゃうんだけど。
それに反して、サトウさんは聞き上手だ。
だからこそ上手くいくのかもしれない言葉のキャッチボールは、時として不安にもなる。
何も知らない。何も理解してない。
焦りは妙に胸をもやもやとさせて、息が詰まる。
現在の事は、ちょっとだけわかる。
わかるといっても、サトウさんが良く買うお弁当のおかずとか。
好きな飲み物とか、何の新聞をとってるかとか、よく見る番組とか。
そう言った程度。その場その場で知りえる情報しか、ない。
それに、それらは”どちらかと言うと好き”のような感じで、スゴク曖昧。
それじゃなきゃいけない、というこだわりの持ち方じゃなくて。
それが無かったらサトウさんはあまり気にもせずに違う物に手を出す…そう言う存在。

「そう言うの…ケッコー…寂しいよなぁー…。」

考えていた事が、つい口に出てしまったのに気付いて我に帰る。
慌てて周りを見回して、誰も周りにいない事を確認してため息を吐く。
止みそうも無い雨を、ぼーっと見つめてくしゃみを一つ。
何の気なしに見た時計を見てビックリした。
「うぉ!もうこんな時間!?」
いつもの時間よりも1時間も経っている。
お互いに負担にならないように、もし会えなくても連絡はしない事になっている。
時間を過ぎれば、その日はもう会えない…とも。
傘からはみ出ていたらしい肩口と袖の部分、あと地面から跳ね返った雨で足元が濡れていて冷たい。
自覚してしまえば冷たいと言う感覚より、鈍い痛みの方が強かった。
「サトウさん、今日は…残業…かなー。」
今日は珍しくバイトがオフで、サトウさんと一緒にご飯ーとか、思ってたけど。
あっちは、社会人だ。
仕方ないと、思うしかない。

(負担には、なりたくない。)

いつしか、そう思うようになってた。
淡白なサトウさんはあまり物に執着しない。
優しいと思うけど、時々…見失いそうな時が、ある。
こういう風にいつも待ち合わせして、(今日は無理っぽいけど)サトウさんち行って。
ししゃもに会いに行くと言うのも、半分口実。
負担にはなりたくない。重荷にはなりたくない。
「いつから、オレこんなマイナス思考だったかなー」
言葉とともに白い息を吐き出して、帰途に着く。
(雨の日だからこそ、会いたかったんだけど…な)

せめて、サトウさんが一人でその憂鬱を抱えないように。
自惚れでも、一人って…辛い、から。













次の日、突然の電話。
番号は見慣れたバイト先のものだった。
学校がテスト休みになったという事も有って、チーフから「年末に向けて人手が足りなくなるから」と懇願されて、
年末までサトウさんと会う時間にまでバイトを入れてしまった。
あらかじめ聞いておいた携帯のアドレスにその旨を書いて送ったけど、「がんばってね」の返事だけ。
何だか、モヤモヤして、すっきりしない。
せめて昨日会えていれば、こんな気持ちにならなかったのかもしれないけど。
でも。相手は大人、俺だってもう子供じゃ無い。
駄々をこねて、周りに迷惑をかけていい年齢じゃ無い。
(でも、苦しい。)
バイトまでの少しだけの時間、友達と憂さばらししてもどこかスッキリしない。

吐く息は白く、そんな事はないのに視界まで曇ってしまいそうになる。
肌を刺す冷たい痛みだけ、自分が弱くなってしまった気分。
「会いてぇ…なー」
思いを言葉にしてしまえば、いっそ自覚してしまう。

強く、強く。













それからは、どこか空っぽで。
それでも周りは忙しなく、過ぎていく日常。
(こんなに長い期間会わなかったのはじめてかも、)
そんな事を思いながら、店内を掃除する。
所々濡れている床を見て、外ではまた雨が降っている事がわかる。
最近、雨が断続的に降っている。
だからこんなにナーバスになるのかもしれない、と決め付けた。
「どうせならー、ホワイトクリスマスになればいいのにねー」
カップルらしい二人組の女の子の方が男に向かって言う。
聞くつもりも無く耳に入り込んでしまった言葉に、何となくカレンダーのある方向に目を向けた。
「あれっ。」
思わずもれてしまった声が、周りに聞こえていなかった事に安堵してもう一度カレンダーを見上げた。
(…今日、クリスマスイヴ…なんだ…。)
今更ながらに気付いて、、また作業に戻る。
キリスト教徒じゃ無いけど、日本てのはイベントが大好きで。
意外にも影響されている自分に気付く。
特別な日だから…というわけでもないけど。
考えれば考えるほど、会いたい気持ちが募っていく。
それでも自分でもあきれるほど自制心も強くて。
(せっかくのクリスマスイブ、あっちにだって都合もあるよな…。)
とも、考える。

---------怖いから。

重荷になるのが。
嫌われるのが。
無かったら、代わりがいるんだ、と自覚するのが。
臆病だと言われても、その屈辱に勝るほど。
サトウさんに嫌われる事が、怖い。




時計を見上げる。
すでに暗くなっている外は付近の店のクリスマス用の装飾がキラキラと暗い闇から光ってる。
普段通りなら、サトウさんはもう家に帰ってるはずだ。
会わないと、自分で自分を抑えようとしているのに考えるのはそんな事ばっかで。
考えを振り切るように、何回か頭を振った。
「リュウタ、オーダー!」
先輩に声をかけられて、やっと思考が現実に戻る。
「あ、はーいッ。」
慌てて顔をあげて、フロアに出た。
-----クリスマスだけあって、客が多い。
横目で見回して、内心ため息を吐き出してから言われた番号のほうに駆け寄る。
オーダーをとリ終わって、キッチンの方に戻ろうとして声をかけられる。

「お兄さん、これって持ち帰れるの?」

「は…」
はい、と答えようとして思わず営業スマイルが固まった。
その言葉を投げかけた客が、ニコリと笑う。
「さ……サトウ、さん…!?」
目の前には、会社からそのまま寄ったであろうサトウさんが。
くたびれた鞄を横に置いて、二人で買いに行った傘を机の横に立てて。
客として椅子に、鎮座していた。
「あわよくば、リュウタ君も『お持ち帰り』したいんだけど………仕事、何時まで…?」
慌てているオレと、その笑顔の色を深くしたサトウさん。




(こんな展開、反則だ。)

そんな事を思いつつ、緩む頬を抑えられなくて。













*





「最近ししゃもが、寂しがっててさ。」

「あー。ししゃもにも会いてー」

オレとサトウさんが喋る度に、白い息が空中に吐き出された。



「てか、なんかサトウさんと喋るの久しぶりー」

「そうだね。」

傘に当たる、雨粒が会話の合間に音を奏でる。



「にしても若い人が働いてる姿って、いいねー。活気があるって言うかさ…」

「あはは!サトウさん、ソレおじさん発言。」

片手には、二人分のクリスマスケーキを持って。



「あ!」

「……あ?」

思わず目の前に手を上げて。




「「……雪……」」




そろった声が、何だか面白くて。
手にしみこむ雪が心地よく冷たくて。



今までの不安も、マイナス思考も、何もかも。







この雪が降り積もって、とける頃には一緒にとけてくれる気がした。









「メリー・クリスマス!」




















…アップ間に合った…。メリクリです!!!
そして、いつもの如く…書きたかったシーンが書けずに…。(またソレか…)
途中までは書く気があったのですよ。そのための伏線も貼ったまんまですよ。
もう…途中から、何がなにやら…自分でもわからなくなってしまったのが敗因ですか…。
つ、次こそは…サトウさんの過去話ィ…。(期待裏切る可能性大←その前に期待している人間など…)
それにしても何故、クリスマス当日よりイヴの方が盛り上がるのか…。

とにかく、メリークリスマスおめでとう御座います。(挨拶の仕方間違えてますよ、藍樹さん)



(2002/12/24 UP)

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