はじまりは、まだ誰も知らないところで。













風が、頬を撫でた。



目にかかるほど長い髪の毛が、風に舞う。
夜にしては街灯が多く、闇とまでは言わないが
それなりに暗いこの場所では、黒い衣服をまとう自分達は
人目にはわからないだろう。
まして、人は上を見上げる事なんてしない。
廃ビルの屋上から自分と彼を見つけられた人間はいないだろう。

「懐かしいですか、」
低い声が、風には消えず耳に届いた。
「−−−…どれくらい前の話をしているんですか、
ここまで変わってしまえば懐かしいという感傷も、無いです。」
自分にしては、長く言葉を繋いだ。
彼は、いつもと同じ笑みを顔に貼り付けていた。
「暫くはこの街に、留まろうかと思います。」
「そうですか、」
当然の事のように言った彼に、依存の言葉などない。
自分は彼の言う事に、従えばいい。
いや、従うしかないのだ。

これからの事を思い、目を閉じる。





当然のことではあるが、
このときの俺は、
まさか自分を変える存在とこの街で出会うことになるなんて
露程にも
思ってなかった。



(2006/10/23 UP)

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