夏風邪は、馬鹿がひくのだと言われた物だ。







                                           ―――夏風邪―――







「……馬鹿だ……、」
頭の下にある氷枕の感触がなんだか、痛い。
冷たくて首の感覚が、無くなっていく様な気さえする。
家に常備している氷枕などは、滅多に使われることなく独特の匂いが
おちる事無く、薬品のような自然の物とは違う臭いが鼻についた。
(こういう時、あの人と同じ学校じゃなくてよかったと…思う。)
熱くて思考能力の下がっている頭で、考える。
学年が違っていても、ある程度関係がある人間にはそれなりのネットワークと言う物があるらしい。
実際何故か、先程忍足先輩からメールがきた。
(そもそもなんでアドレスを知っているのか、其処から知りたいわけだが)

「若さん、おかげんはどうかしら?」
母親の声に、からりと開いた襖に視線を送った。
「だいぶよくなりました。」
実際に昨日の明け方に比べれば、だいぶ良くなっている。
今なら軽食なら何か入るかも知れない。
「あらそう、よかった。
ところで、ご友人の方が見えているのだけれどお通ししてもよろしいのかしら?」
友人と聞いて、すぐに顔が思い浮かんだのはお節介な鳳だった。
先日部活も中途半端に帰路についてしまった事が頭のどこかにあった所為かもしれない。
けれども、(病気とは言え)弱っている自分を見られるのは不本意で眉根を寄せる。
「……誰が?」
念のために、そう聞いてみると母はにこりと控えめに笑った。
「手塚さんという方が見えていますの。」



「――――は?」



予想外、とかそう言う次元を通り越してしまった回答だった。
違う学校でも、無理矢理ネットワークを作る…それが、手塚国光か。
悪化したらどうしてくれる、と思う。
(というか、いま確実に気分が悪くなった気がする…。)
母親の笑顔が目の前にある手前、体調が良くなっていると言ってしまった手前、
会わないわけにもいかず。













「具合はどうだ?」
「――――――…良かったら、こんな格好で貴方と話していません。」
この居心地の悪さは、何だ。
自分の部屋に、手塚国光。
違和感がありすぎて、笑う事さえできない。
外で会うのとは違う感覚であるのと、密閉された部屋に二人きりという事実に眩暈がしそうだ。
何となく、これ以上前を見てられなくて俯くと小さく吐息が聞こえた。
呆れられたのだと思うと同時に、無性に苛々した。
「何故、見舞いなんかに?」
「不二から、お前が風邪をこじらせてふせっていると聞いたから―――」
( 意 味 が わ か ら な い 。 )
ついでに、連絡系統もわからない。
氷帝側と誰が「青学」の「不二」さんと繋がってるのか。
―――普段人付き合いが苦手でまわりの繋がりに疎い自分には想像すら出来ない。
「だからって何で…っ」
もどかしくて顔をあげれば、手塚さんは困ったように「笑っていた」。
夏祭りの時もそうだった。
普段は無表情な手塚さんは時々自分に対して、その表情を変える。
理由なんて、ないだろう―――そう続けようとしたけど出来ないまま口を噤む。
「心配だったから―――では、答えにならないのか?」
顔が熱い―――のは、熱が上がった所為だろう、と思う。
鼓動が早いのも、頭がぼうっとするのも、全部。
夏風邪の所為にして、特別な感情ではないのだと、自分に言い聞かせて。
(先日の、涙の理由など。思いなど―――消えてしまえばいい。)
そう考えたのを、知ってか知らずか。
絶妙なタイミングで、手塚さんが言葉を紡ぐ。
「悪態がつけるくらいなのだから―――少しは良いんだな。安心した。」
そう言って、眼鏡の奥にある瞳を優しく細めた。
(見なければよかった。)
手塚さんの優しさなんて。
(知らなければ良かった。)
さっきのため息の意味が「安堵」であろう事なんて。
これ以上、惹かれないように。
断ち切れるように。






この想いは、夏風邪が治れば消えるとはどうしても思えなかった。





2005/8/6 up

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