認めて欲しいから、認めたくない。
自分の前に壁がある事、その存在を。



――――――SOS―― 






静かに目を瞑る。
目を開ければ、視界は暗闇なのに目を瞑ってしまった方が
その目の奥に焼き付けてしまった場面が眩しいとは、どういうことだ。
うんざりしてしまう。
精神統一など、今の自分にこそ必要なのに役に立たないなんて。
家族には、未だ未熟者だからだと、馬鹿にされるだろう。








「日吉若。」

あの人が、自分の名前を呼んだ時。
まるで此処にいる自分が、何か違う生き物のように。
その声を追いかけるように、視線で手塚国光を凝視する。
「本当に、知ってたんですか……俺なんかの名前を。」
この人の名前を自分が知っているのは納得が出来る。
自分だけじゃなく、ここら辺でテニスをしていれば嫌でも名前を覚えてしまうくらい有名だから。
「……お前は……人に対して強気に出る割に自分の力を過小評価をする癖がありそうだな…」
そんなことない、と言いたいが其れも許されない気がした。
確かに、自覚はあるからだ。
自分の家柄、厳しく育てられる故に酷く扱われた事もある。
最初から完璧に何でもこなせてしまう兄に、存在自体を否定された事も。

だからこそ、俺は上を目指す。

強い人間に勝ち、自分が強くあれるように。
その存在を認めてもらえるように。


(いた。)






俺の存在を、認めてくれていた人が。






この人が、自分の名前を知っていた事。
ただ、それだけの事実で目頭が熱くなる。
目を閉じたら、涙が零れ落ちるかも知れないと不安になる。
最近、何故だか涙腺が弱いのだ。
(悔しい、この人にこんなにも心が乱される。いつも――自分だけが。)
苦し紛れに、睨んでみたけれど効果が無いのは承知だ。
案の定、手塚さんは苦笑いしただけだった。
「お前は、知らないだろう。俺がこの名前をずっと昔から胸の奥にしまっておいたこと。」
「え、」
何を言っているのかわからずに、中途半端な声が出てしまった。
それと同時に目じりをを優しく指の腹で撫でられたので、
びっくりしてほろりと大粒の涙を落としてしまった。




2006/9/7 UP

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