その名前を、聞いたのはテニスを始めるよりももっと前。



邂逅







「誰ですか、その『手塚』と言うのは。」
一つしか違わないのに、敬語なのは本人にそう躾けられたからだ。
日吉にとって真田は、兄や親のような存在でもとより
そう言うことに厳しく育てられていたので
日吉はそれをおかしく思う事もなく、言われたままに従っていた。
「俺が倒さなければいけない、相手だ。」
「倒す、とは?」
日吉の言った言葉に、真田は少し黙って考えるフリをした。
飽く迄、そう言う素振りを見せただけで答えなど最初から出ているに違いない。
「相手の得意分野で、勝つ事。」
強い意思を持つ、双眸がどこか遠くを睨む。
その視線の先に「手塚」という人がいるのだろう。
「真田さんに、そんな風に思われるなんてすごいですね」
そう言うと、真田は苦笑いを浮かべた。
「いや、見た事なんてない。」
「え、」
「名前だけしか、知らないんだ。
でもずっと、うまれてからずっと。
刷り込まれるように、覚えさせられた名前だ。」
「そうなんですか。」
真田さんなら勝てますよ、とは言わなかった。
相手の事を知らない俺がそんなことに口を出すべきじゃ無い。
だから、がんばってくださいとだけ、言って笑った。






その時の俺は

その「手塚」と、親しくなるなんて思ってもいなかったんだ。







2006/9/18 UP

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