沢山のプレゼントに、埋もれてしまっても。
受け取って欲しいその、想いを。
生徒玄関口に、人影が有った。
意図して、その人物を探していたから其れが誰なのかを判断する事は、容易かった。
何よりも、持っている荷物の量が半端じゃ無い。
まるで、夏休み前の小学生のようだ。
「大漁やな、跡部。」
退屈そうに、視線をただ目の前に向け続けていた跡部が眉根を寄せて、
自分の方にゆっくりと顔をあげる様を苦笑いしながら見守る。
其れがさらに、跡部の気に触ったらしく舌打ちしたその音が、静かなこの場所に響いた。
「いらねぇって言ったのに、勝手に寄越しやがって。」
「愛されてる証拠やろ。贅沢贅沢。」
もう既に、跡部一人では持ちきれそうに無い紙袋の量を足元に寄せて、
こんな場所で待っているのはおそらく家からの車か、荷物持ちの樺地か。
「……ジローから、貰ったん?」
「――――お前の仕業か、忍足。」
声のトーンが地を這る。
おそらくは、跡部はジローからプレゼントを貰ったのだろう。
「嫌やなぁ、仕業とか言わんといて。」
惜しかった…その現場に遭遇したかったのに…という言葉は流石に、言えなかったが
込み上げてきた笑いを止める事など出来ない。
「忍足、てめぇ…」
「ははは……面白コンビやんなぁ。」
数日前から、跡部の目の届かないところで部員達がプレゼントの話題を出すようになっていたのだが
普段寝ている、ジローはそんな話題を知るはずも無く。
今朝、異常な程の量のプレゼントを手にしている跡部を見て
初めて今日が跡部の誕生日である事をジローは知った。
そして、忍足の所に相談に来たのである。
「金額より、気持ちや。あの跡部に高価なもん贈っても意味無いと思うで。殆ど自分で買えるからなぁ。」
「気持ち…気持ちかぁ…。」
少し考え込んだと思ったら、すぐに顔を輝かせてジローが鞄を探ったので、忍足も疑問符を浮かべざるおえなかった。
「―――じ、ジロー?」
鞄から取り出したルーズリーフを、大雑把に手で破る。
次に筆箱から取り出したペンで文字を書き込んだ。
その一連の動作を見て、忍足は不安と言うより好奇心でその紙の切れ端に書かれた文字を覗き込んだ。
『 かたたたきけん 』
「………………ジロー。」
どこからツッコミを入れればいいのか。
いや、無邪気な子供(※自分と同じ年齢である)の純粋な気持ちを壊してはいけないのか。
今更なのか。
天然なのか。
(最近の中学生は、母の日でも『肩叩き券』を贈らへんと思うけど、更に同じ年齢の跡部に『肩叩き券』て………。)
でもおそらく、普段からなんとなくジローに甘い跡部は苦笑いしつつ受け取ってしまうんだろう。
そう考えると、面白くて仕方なかった。
そのあとで嬉しそうにジローが
「跡部、喜んでくれるよね!」
と、笑ったから俺も笑ってGOサインを出したのだった。
「―――ったく、何が悲しくて肩叩きだ…。」
「でも、やっぱ受け取ったんやなぁ…ジローすごいわぁ。」
しみじみそう言うと、跡部はもう一度舌打ちをして俺を睨んだ。
これ以上機嫌を悪くさせるのは得策じゃ無い。
とりあえず、弁解しつつ本題に移ることにする。
「あ。跡部の機嫌悪ぅするつもりはなかったし…それに、ジローの事で笑いに来た訳でもないんやで。」
「あ?」
鞄の中から先日に買ったプレゼントの包みを取り出す。
そんなに高価なものでもないけれど、何となく跡部のイメージだと思って、思わず買ってしまったもの。
包みをそのまま跡部の目の前に差し出したが、手を出す様子が無い。
完璧に機嫌を損ねてしまったんだろうか、と危惧して跡部の表情を窺うように見たけれど、
さっきまで睨んでいた所為できつかった視線も少し柔らかくなっていて、機嫌を損ねているわけではないと分かる。
「受け取ってくれへんの?」
それでも手を出しそうに無い跡部と、俺の手の先の宙ぶらりんになっているその包みを見比べて、苦笑いした。
「てめぇは…。」
「ん?」
「……てめぇは、また俺様の荷物を増やす気か……。」
「――――酷い扱いやなぁ。」
まぁ、跡部らしいと言えばそう思えるが。
「――――プレゼントは、『コレ』でいい。」
(は?)
跡部は包みを取る事無く、何故か俺の腕を掴んでいた。
強引に引っ張られるような形で、俺の体勢が崩される。
今の跡部の言葉に疑問を投げかけるはずだった俺の言葉を、跡部が塞いだ。
吃驚した所為か、跡部が腕をひいた所為か。
ことり、と廊下に手の中に有った包みが落ちた音がした。
下校時刻をとうに越えているこの時間に、生徒玄関には人影が無く。
二人しかいないその空間にその音が、一層大きく耳に届いた気がした。
何も考えられないのか、現実逃避をしたいのか。
俺はただ、プレゼントの中身が割れ物じゃなくて良かったとだけ、頭の片隅で考えた。
唇が離れて、跡部は落ちてしまったその包みを拾い
「まぁ、これももらっといてやるよ。」
と、いつものように綺麗に笑った。
俺は、と言うと。
ずるずると近くの壁に背を預けて座り込むほどに呆けており、
顔をうつむかせる事で赤くなってしまっているであろう顔を隠すのが精一杯だった。
「――――は、反則やで!」
「誕生日だしな。」
跡部の声が、少し楽しげで。
俺も、なんだか嬉しくなる。
「………誕生日、おめでとさん。」
「――――あぁ。」
変わらずうつむいたままだった俺は、跡部の顔も赤かった事なんて知らなかったのだ。
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