試験前1週間は、全ての部活動が休止となる。
文武両道の青春学園であっても、それは変わらない。
 不二が周りの生徒より、焦っている様子が表に出ないのは
いつもの顔に貼り付けた笑顔だけが原因ではなく授業中に眠りにつくことなく、
予習復習などしなくても授業中にその単元の内容を把握してしまうからだ。

 頬杖をつきながら眠りこける斜め横の菊丸英二を横目で見ながら、不二は深く溜め息をついた。
口を開けて、随分と気持ちよさそうに眠っている。
俺テストやばいんだよーと言っていたくせにずいぶんと呑気なものだ。

不二はもう一度深く溜め息をついた。
――今日から部活が無いだなんて、じゃあ一体あの顔を見るのにどんな口実を使えばいいんだ。
わずらわしい。テストなんて早く終わってしまえばいいのに。

手塚国光という存在が、気になりだしたのはレギュラー入りした頃からだった。
テニス部に入った当初は部の雰囲気になれることに精一杯で、
自然と仲良くなった人間以外と話す機会はあまりなかった。
一人一人の個性を伸ばすという内容の練習方法では、手塚とグループになることはほとんど無かったといっていい。
今でこそ、部活内の友人としてそれなりに仲良くはなってはいるが、
意味も理由もなく行動を共にするような間柄ではない。
言うならば、二人の間にあるのは部活動に関わっている時間が全てであった。

だからこそ。
だからこそ、部活動の時間は何よりだいじだったのだ、
それ以外に近づく理由もなければ遊ぶような仲でもなかっただけに部活動の時間は、手塚に会える貴重な時なのだ。
こんなとき大石だったら図書館で自然に勉強でもできるのだろう、
菊丸だったならテストのヤマを教えてくれなどとゴネに行く事もできただろう。
――しかし、自分は。

何も出来ない。
自分の個性、手塚の個性。
どちらをとっても、この関係を変化させる事は難しい気がした。
そのことだけが、重く圧し掛かる。テストの問題を解くことよりも、難しい。
最良の解答なんて、誰も提示してくれない。答えあわせも、ない。
だからこそ、行動する事が怖い。
この関係から悪化してしまうのならいっそ、この胸の痛みを抱えて死んだほうがマシだ。


今ごろ手塚は何をしているんだろう、何の授業をして何を考え、何を着て何を持ち何を喋っているのか。
…同じクラスになりたいと今ほど願ったことは無いだろう、こんなに恋焦がれるなんておよそ自分らしくない。
いつもつまらなさそうな、メガネの奥で何を見ているのか分からないような、
あんなカタブツの何がいいのか自分でもわからないものの、とにかく自分は手塚でなければダメらしい。
それが悔しかった。




帰宅する風景もいつもよりトーンが明るい。
部活が終わって帰る頃にはすっかり暗い街の様子も、
今は街のビルや家屋の姿をひとつひとつ確認できるほど明るかった。
今日から一週間、まともに会えないなんて寂しすぎる。苦しい。くるしい。
帰り道に合えるわけでもないのに、どこかに手塚の姿を探してしまう自分が悲しい。

「不二か、偶然だな。」
(少女漫画のような展開だね―――これは、)
不二は、頭の片隅でそう考えた。
今の今まで考えていた本人……手塚が、自分に声をかけてきた。
自分にとって都合の良すぎる展開に、場違いにも笑い声が漏れてしまいそうだった。
家に帰る方向が微妙に違うのに、偶然会う確立はどれくらいになるんだろうか。
最も、乾に聞く気にもなれないが。

「や、やあ」

 嬉しい偶然に、どう対応していいのか分からない。
部活中であるならば、それ相応の会話というものがあるのに。
今だって差し障りの無い挨拶しかできない。
(もどかしい。)

「どうして…ここに? 君の家は正反対の方向だったはずだよね、何か用でも?」
 嬉しいくせに、素直に喜ぶ事が出来ない屈折した自分が悲しい。

今の言葉は、不自然ではなかっただろうか。
夕方特有の建物の隙間から流れてくる風が、自分の身体に纏わりついてこの場所に縫い付けられてしまったようだ。
これでは、動けないじゃないか。
「いや、お前に用があったんだ。」
〈手塚、君は僕を心臓麻痺にでもする気か……?〉

「へえ…そ、そうなんだ、でもごめん、ちょっと今日は忙しいんだ、明日にしてくれる」
 かたことに告げると、気づけば駆け出していた。
 鞄の中のペンケースがかたかたとうるさく音を立てていたが、それさえ気付かずにただその場から駆け出していた。
 どうしていいか分からなかった。
 困る。あんなの、困る。
 何も知らないからあんな言葉が言えるんだ、手塚は何も知らないから。

 あの唇に噛み付いてみたいとか、思い切り力を込めてぎゅうと抱きしめてみたいだとか考えていると知ったら、
そんな言葉掛けられるわけがないのだ。

 手塚が嫌いだ、手塚がダイスキだ。
 だから困る。















[h_a_s_h_i]のムギ千代さんとのリレー小説。
黒が藍樹、紫がムギさん。
不二塚です。なのです。
塚不二のように見えるのは、目の錯覚ですよ…えぇ。
どうでもいいですけど、私の書く不二塚の不二よりも
塚不二の不二の方が積極的なのは何故何だ…。

実は、これからもムギさんとは
不二塚以外にもリレー小説予定があるので
とても楽しみです。
がんばります。


(2004/07/18 UP)

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