間違いだらけ







ぎゅう、としがみつくように。
ただその体温を感じたくて。
その後姿に縋るように、抱きついた。








「これを最後にするから、」
「不二先輩?」
「もう、君に好きだなんていわないから。」
「…………」
「我儘でごめん、でも好きだから。本当に好きだから。
僕は変わらないし、変われないけれど……
もうこれ以上君の迷惑にもなりたくない。」
「―――何、で。」
掠れた声が、部室に響く。
ひゅう、と息だけが吐き出された。
声にならない音がただ、僕に与えられる。
何故だか、堪らなく泣きたくなった。





最初は、勘違いだった。






それがすべての始まりで、愚かな間違い。
荒井の視線が常に僕の方に向っている事に気付いた時、興味を覚えた。
「天才」と呼ばれている自分を好奇の目で見る人や、尊敬羨望を含んだ目で見る人はいたが、
荒井のそれは何か違っていた。
素直に、心地よかったのだ。
その視線が実は僕を見ていたのではなく、
よく隣にいる手塚に向けられていたのだと気づくのはそんなに時間は必要としなかった。
最初は何故か、信じたくないと言う気持ちが先行していて
別に自惚れていたわけでもないけれど、自分の存在が無視されたようでただただ悔しかった。
ショックで―――ただ、ショックで。
そうして、僕は荒井への気持ちを自覚する。
勘違いが発展したその気持ちまでは、「勘違い」で済ます事なんて出来ず。
静かに、涙を落とした。



「先輩―――、俺…確かに不二先輩の気持ちを重荷だと思ったことあります。
――それと……なによりも、俺なんかとつりあわない不二先輩が何で俺にそんな事を言ってくるのか、
……ずっと分からなかった。」
所々考えているのか、言葉が途切れる彼の言葉を
一字一句聞き逃さないように、と。
「俺にとって、不二先輩は…すごい人で。
ずっと憧れてました。それは――その…不二先輩が言ってくれたような感情では無いけど。」
「嘘だ、君が見ていたのは手塚じゃないか。」
「手塚部長も、尊敬している先輩です。」
手が、震える。
何か縋る物が欲しくて、抱きついたままの荒井の服をきつく握った。

「先輩、あなたの俺への気持ちは、どこか屈折してる。」
強く断言する言葉に、頭を打ち付けられたような気分がした。
「―――――それが、荒井の答えなんだ?」
声は震え、かぼそく自分の声ではないように聞こえる。
待っても肯定の声は、聞こえなかった。
続けられたのは、もっと別の言葉。
「多分、先輩は…今まで自分の欲しい物を手に入れられてきたんでしょうから…
先輩の言葉を否定した俺を、ムキになって欲しがっているだけなんです…」
「ッ、違う…!!!」
咄嗟に大きな声を出してしまったので自分が抱きついている荒井の身体がびくりと、震えた。




どうしたら、僕の気持ちが伝わるの。
どうしたら、信じてくれるの。
この激流のような気持ちを、何故嘘だと言うの。
自分ですら、制御する事が出来ないの程に焦がれているのに。

そんなに、僕の言葉を聞きたくないの。
そんなに、僕の言葉を信じたくないの。
僕の言葉に対する、否定も肯定もなく。
認めたくないのは、僕の気持ちなの。
それとも、

僕の存在を?








「……不二先輩…?」
荒井のジャージを掴んだままだった僕の手を、やんわりと剥がして荒井が此方を向いた。
真正面から、しっかりと見つめあう形になって荒井の瞳に、困惑の色が浮かんだ。
「僕は、天才なんかじゃ無い。僕は、何でも出来るわけじゃ無い。
……だって、こんなにも弱い。」
「先輩は、」
「黙って。」
荒井が何かを言いかけたけれど、強引に胸倉を掴んで引き寄せて口を塞ぐ。










(壊れるならば、いっそ全てを。)


















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臆病で、不器用な二人…を書きたかった…んですが。
なんだかすごく屈折してしまった気がします…。
人に、気持ちを伝えるのって思っている以上に大変な事だと思います。
言葉と言う媒体だけでは、全てを伝える事は出来ないんですかね。
だからこそ、相手の事を信じてあげたいと思うのですが…そんなに大人になれないわけで。


(2003/12/20 UP)

<モドル