「はじめまして。」
そう言って、君は笑った。

その人をひきつけて止まない笑顔で。









(……うそつき……)

思わず動いてしまった唇が、声を発していない事が唯一の救いだった。
それとも、声は出てしまっても、この街の喧騒では誰の耳にも届かなかったかも知れない。
偶然、街で会ってしまった事に感謝したい。








妙に、冷静な気分でそれを見て俺もその言葉を繰り返す。
「はじめまして。」
感情を隠す為に、無愛想に言ったら隣に居た誠二にどつかれた。
「痛……ッ!」
「何で、タクはそんなに無愛想かなぁー?風祭怯えてんじゃん!」
「……ふ、藤代君……別に、僕…」
『風祭』が、慌てて止めに入る。
(あ、ちょっと新鮮。)
最近松葉寮内ではちょっとした名物になっている俺と誠二のやり取りにわざわざ首を突っ込んでくるなんて。
何となく凝視してしまって、それに気付いた風祭が困ったようにまた笑った。
そして、視線を下に落とす。
手に持っている買い物袋を持ち直した。
「あ、じゃあ。僕…そろそろ行かなきゃ。」

何故だか、拒絶された気分になって。
その態度にも、その言葉にも。
イライラと目線をそらした。




そうか。そういうもんなんだ。
風祭にとって、俺って視界にも入ってなかったんだ。
見てたのは、俺だけ。
気にしてたのも、俺だけ。
風祭の目には俺なんて背景の一部でしかなかったんだ。
そりゃ、『はじめまして』だよな。
風祭は俺なんて ”認識” してなかったんだから。




「え、これからなんかあんの?」
誠二が風祭にじゃれあう形で触れるのが、横目に見えた。
結構親しくなったのだと、見せつけられたみたいだ。
選抜に選ばれなかった俺との壁。
(……おもしろくない。)
「ううん…これから帰るだけだけど…藤代君たちは何か用あるんでしょ…?あまり、邪魔しちゃ悪いから…」
「水臭いなぁ、もう!俺と風祭の仲じゃん!」
どんな仲だよ、と心の中でツッコミをいれつつ再び風祭の方を見ると風祭は何故か俺の方を見てた。
まっすぐな視線。
視線が絡み合って、そらせなくなる。
「それに、オレ達の用…っつっても。買いたいもん買えたから今からメシ食おうとしてたトコ何だけど…。
風祭も、一緒に何か食ってかない?」
「えッ!僕?」
誠二の申し出に、高く驚いた声を出して今度は誠二の方を見た。
「そ。いいよな、タク?」
「……………………………あぁ。」

(…………なんだ?今の間は……>自分。)

勿論、嫌なわけじゃ無いけども。
風祭が嫌いになったわけじゃ無いけども。
これ以上、側にいるのは正直辛いと思う。
なんでだろう、何でこうなったんだろう。
何で今まで、それを考えないようにしていたんだろう。










……そして、この展開はなんだろう。










「お、遅いね藤代君…。」
「あぁ。」
再会した場所から一番近くに会ったファーストフード店に入って。
食べ終わった誠二が追加注文に行ってから、かれこれ15分以上経っている。
その間、二人の間に会話と言う物はなく。
場を持たせるためにゆっくりと食べていたバーガーも無くなってしまった。
風祭の方も、手持ちぶたさに包装紙を丸めたり伸ばしたりしている。
何もする事がなく、携帯の方に目をやればメール着信のマークが付いていた。

誠二から、だ。




『なにがあったんかしらね−けど、仲直りしとけよ!オレ、先帰るから』




(…………気付いてたんだ。)
誠二らしい、というか。
何もかもが円満に行ってないと、気がすまないのかアイツは。
ため息を吐いて、改めて風祭を見た。
「……誠二…用があるから帰ったみたいだ。」
「えッ!?帰っちゃったの…?」
驚きをあらわにして、常に動かしていた手を止めた。
そしてすぐに、困惑顔になる。
よく、コロコロ表情が変わるなと思ってはいたけれど。
こうも顕著に表れてくると正直堪える、と思った。
そんなに困った顔をされたら、何も言えないじゃ無いか。
(………仲直りも何も…仲が良くも無かった……
少なくとも風祭にとっては俺なんて眼中に無かったんだし。)
「帰ろう。」
俺が、そう言って立ち上がると風祭は少しうつむいた。
その不自然さに俺が声をかけるより早く、風祭はまた顔を上げて笑った。
「そうだね。」

(なんで、そんなに痛い笑顔なんだ?)

そう思ったけど、聞くことは出来なかった。
立ち入る事は、出来なかった。
風祭にとって、俺は背景でしかなかったから。








なんで。
なんで。
なんで。








疑問ばかりが、頭をぐるぐる回って忙しない。
いいよ、と断った風祭を無理やり駅まで送って改札口の前で別れを告げた。
チャンスは、もう無いだろう。
もう、会う事も無いかも知れない。
ぐるぐるぐるぐる。
声を、かけたいのに。
離れていってしまう、背中。

「風…祭……、」
すがるように、小さな声で名前を呼んだ。
人々が行き交う喧騒の中で、それは紛れて消えた。



-----消えた、のに。



風祭は、立ち止まって振り返った。
聞こえたはず、無いのに。
自分の耳にだって、届いたか危うい声を聞き取れたはずが無いのに。
風祭は、またこちらに向かってくる。
思わず、身体が硬直した。
スローモーションのように、風祭がこちらに来るのをただ見つめていた。
「笠井君…!」
「……何…」
呼ばれた名前に、返事をする。
風祭の強い視線が、俺を捕らえる。
「僕、はじめましてじゃ無いんだよ!」
「……………は?」
何を、言ってるのか、よく、わからない。
間の抜けた声だけが口をついて出て、他には何も言えずに風祭の次の言葉を待った。
「僕、さっき藤代君に笠井君の事紹介された時、『はじめまして』って言ったけど
本当は…本当に言いたかったのはその言葉じゃ無いんだよ…!!」
勢いだけで放たれた言葉は、右耳から左耳へ流れていく。
脳味噌を通過せずに、流れ出てしまった言葉を理解するのは困難を極めた。
俺が、驚いて何の反応も出来ずにいたからか、風祭はそこで何故か謝罪の言葉を口にする。
「ご、ゴメン…こんなの急に言われても…わからないよね。」
「……なんで、謝るんだよ。」
「え?」
風祭の肩が、小さく震えた。
「…………なんで。なんで…。」
疑問符はたくさんあった。
聞きたいことが、たくさんあった。
「……笠井君…?」

謝りたいのは、俺の方。
ずっと言いたい言葉があったのは、俺の方。
重ねすぎた思いが沢山有りすぎて、反対に何から口にして良いのかわからない。



知ってた。
ずっと。
見てた。
助けられなかった。
武蔵森を去る君に何も言えなかった。
後悔した。

対桜上水で風祭を見た時、息が止まると思った。



「ごめん。」
俺がそう言ったら風祭は、不思議そうな顔をしたけど。
構わずに、もう一度謝る。
何度言っても足りない。
「僕、武蔵森にいた事があって。
……ずっと…、笠井君に憧れてた。2年なのにレギュラーで、カッコよくて。」
ぽつりと、そう言っていつものように笑った。
僕なんか、いつまでも三軍で…下手くそで…と言葉が続いて。
「僕のことなんて、忘れてる…よね?」
でも、風祭はまだ笑っていて。
その笑顔はやっぱり何だか痛くて。
咄嗟に、風祭の手に触れた。
「笠井君…?」
俺よりも高い体温が手を通じて、伝わってくる。
風祭の眼中に俺が入っていなかったのだと思い込んだように、風祭も俺に認識されていないと思い込んだ…?
その為の、『はじめまして』…?

「………忘れてるはず…ない。」

いろいろ言いたかったけど。
沢山の言葉を飲み込んで、風祭の不安を否定した。
互いに臆病で、互いに傷つけあって。
(なんて滑稽な、俺たち。)

触れていた手を強く握る。
「ありがとう、笠井君。」
にこり、と風祭が笑った。







遠回りをしてしまったけど、やっとたどり着けた気がした。


君に。












(2003/2/12 UP)

<モドル



※過去に挑戦していた モノカキさんに30のお題「はじめまして」です。
只今お題の配布は終了されています。


遠回りをしてしまったけど、やっとたどり着けた気がした…。
オワリに。(泣)
これ書きながら、ずっと泣きそうでした…。終わらなくて…!!
こう言うパターンの話は書くのは好きなのですが、その分言わせたいセリフや
やらせたい行動が次から次に思い浮かんで収拾がつかなくなってきて…必死でした。
と言うか終わり方がいつも中途半端で申し訳ない…。文才誰か下さい。と言うか言葉をまとめる力を。

力を…オラに…!(元気玉)←なんてネタだすんだ、お前。