報告をしろ、と言われていたのだ。
練習試合時などの結果は勿論、総括して部長である渋沢が普段行うのだが
今回だけは、そうにもいかず。
選抜の3人の合格者と、1人の不合格者が監督のいる職員室前に集まった。
しきりに俺の顔色を窺ってくる渋沢の視線が本当に鬱陶しくて、
それでもわざわざキレるのも面倒さくて小さく舌打ちだけした。
(――――渋沢、分かってやってるのか?)
お前がそうやって本気で心配すればする程、俺を苛立たせている事を。
お前は、人の気持ちを考えようとして踏みにじっているのだと。



イライラしすぎて、頭が重い。



何もかも、今はどうでもよかった。
――――メンドクサイ。
ここに存在する事も、そのしがらみも。
息をする事も、生きていると言う事も。
でもそれは、自殺願望とは違う物で―――言うならば、死ぬ事すら面倒くさい訳だが。
否定された、気分がした。
ずっとサッカーをやってきた自分を。
今の場所を不動のものにする為に、影ながら『努力』してきた自分を。
(多分あなたは否定するだろう、―――俺を。)





最後にもう一度此方を見てから、渋沢は職員室の扉をノックした。
カラカラと、引きドアを開けて渋沢が中に入る。
それに続いて藤代、間宮が入ったので最後に俺が扉を閉めて、監督の机の方に向った。
今日が休日である為に、教師のいない職員室はがらんとしていて、薄ら寒い。
渋沢が報告をして、監督は頷いた。
「よくやったな。3人は、寮に戻り体力回復をしろ。選抜の方を極力優先はさせるが、
部活の練習もおろそかにはしないよう、自己管理はしっかりしておけ。」
「はい。」
「監督…三上は…、」
「三上は、ここに残れ。話がある。」
渋沢がもう一度俺を見る。
「…………………失礼します。」
少し考えていたように間があったが監督をもう一度見てから、いつものように礼儀正しく礼をして藤代・間宮に続く。
(吐き気がする)
あんたは俺を認めないだろう。
俺が一番認めて欲しいのは、あんたなのに。
其れを、あんた自身も知っていて―――知っているからこそ否定しようとするだろう。
からりと、ドアが動いて静かに閉まる。
外との空間が遮断されて、職員室だけ何か全く違う空間になったように。
教師は見たところ監督しか居らず、この場所には二人きりだった。
部活にも力を入れているこの学校らしく、休日でもどこかの部活のかけ声が聞こえてくる。
でも、その声はどこか遠く。
この空間が、外と切り離されているのだという事を認識できるだけ。


「―――…なんですか。」
ぶっきらぼうな口調でも咎められないのは、俺たちが『ただ』の生徒と教師という関係ではないからだ。
勿論、こう言う危うい関係上何かが有るわけでもない。
ただ俺は監督に対して恋慕に近い感情を持っているし、監督も其れを知っていて容認している。
それだけ、だ。
お互いに自分の生活を危なくしてまで、それを得ようとはしていない。
「……正直、お前が落ちるとは思っていなかったな。」
ため息と共に吐き出された言葉は、強く罵倒された言葉よりも威力があった。
とくに、この人の言葉で有ったから。
その静かな言葉は、心臓をわしづかみにして心拍数さえ狂わせる。

屈辱。
落胆。
恐怖。

さらに強い、思い。


認められたいから、強くなりたいと思うのは…間違いだろうか。







無性に泣きたくなって、けれどこの人の前では泣きたくなくて。
何か言葉を。
さっきのこの人の言葉に返事を返さなくてはと思って。
(強くなれないのなら、せめて形だけでも強がっていたい。)

「あんたにとっては、武蔵森10番の俺が落ちたと言う事よりも、自分の息子が受かったと言う事が重要なんでしょう。」

言いたい言葉はこんな言葉ではなかったけれど、言葉に出して初めて頭のどこかでそう考えていた自分を振り返る。
声が震えなかったことに小さく安堵して、自嘲に近い笑い声を漏らした俺を、目の前の男はただ静かに見返すだけ。
絡み合う視線も今はあまり心地のいいものじゃなかった。
いつまでたっても、そらされない視線にどうしていいのかわからなくなる。
この人と対峙していると、どうしても弱い自分を意識する。







「――――がんばったな。」








不意にかけられた言葉に、息が詰まった。
「………ッ。あんたは、卑怯だ。」
俺の気持ちを知っていて。
アンタが大人で、俺が子供だからか。
人生経験の違いなど、埋められると思っていた。
それでも、どうしても近づく事が出来ない。
遠くて、聞こえないその心音を。
ただひたすらに耳を済ませて、次の言葉を待つ。
「―――そうか、卑怯…かも知れんな。」
ふ…と静かに笑われて、じわりと目頭が熱くなった。



あんたは知っているのか、周りから守る為の棘もいつかはその花びらを傷つけることもあるのだと。



あんたが見えないのは、この頬を伝う生暖かい水の所為か。
言葉もなく、感情もなく。
ただひたすらに、虚無だけが身体を支配していた。
自分を構成していた物が、そのプライドが。
崩れ落ちて、流れ落ちた涙はとどまる事を知らない。


アンタへの感情に名前をつけるのなら
周りは多分「尊敬」だというだろう。
でも、俺は知っている。
俺だけは知っている。
この感情の名を。














衝動的に手を伸ばしたあんたの身体は微かに香水の臭いと、煙草のにおいがした。















(2003/12/16 UP)

<モドル





※過去に挑戦していた モノカキさんに30のお題「棘(とげ)」です。
只今お題の配布は終了されています。

お題えらく、難産でした。(第一感想)

桐三です、桐原監督です。水野父です。
そもそもこの「棘」という題で書こうとしていたのは若菜&椎名だったのですが
何がどうなったのか、気付いたら三上水野を書いていて…
さらに、我にかえると書きあがったのは桐三でした。(なんでだ)
(…途中の三上水野もいつかアップしたいなぁ…。)

…えぇと、自分で書いといてなんですが…。
原作で桐原監督って煙草…吸ってるシーン…無かったですよね…?(汗)
何となく学生の頃の「大人のイメージ」が煙草とか香水とかで。
その言葉を使ってしまったのですが、煙草喫わなそうな気がしてまいりました…。
そう言うシーン…あったかな…。見つけられない…。