異心伝心



あの日の記憶 〜悪夢のはじまった日〜


いつも通り、塾が終った。

午後九時半・・・当然ながら辺りは真っ暗だ。しかも三月の末だというのにまだ少し肌寒い。

ため息が出る。

俺はこの暗い中、家が近いからという理由で、徒歩で家へと帰っている。

――本当はただバス代がもったいないからなのだが・・・。

俺の家は塾を出たらすぐに右折してそのまま直進すれば着く。歩いて五分。小走りで二分半の距離だ。

走れば一分半。でも荷物が重いし、疲れているので仕方なく歩く。


それにしても・・・塾から数分の道のりのはずなのに、どうしてこんなに長く感じでしまうのだろうか。

所々に置かれてある電灯は薄気味悪くぼんやりと地面を照らしだしていて、

コンクリートの塀には古びた「チカンに注意!」のポスターが貼られてあって・・・はっきり言って・・・男である俺でも怖い。


しかもアパートの裏側であるこの道は、昼間でさえも人通りが少ない。

おまけに近頃では、不審者まで出ていらっしゃるようで、学校帰りの近道として通っていた子供すらも見なくなった。

そんな訳で、とても静かだ。静か過ぎて、俺の足音しか聞こえないはずなのだが・・・。


ふ、と声が聞こえた気がした。人間の声だ。何と言ったのか解らなかったが、確かに人間の声だった。


びくっと身体が一瞬硬直して直立状態になった後、瞬間的に俺の身体はスタンディングスタートのポーズをとっていた。

前かがみになり、心のピストルがなり響くのを待っていた。


その時、ドサッという音と共に突然、俺の身体に激痛が走った。

それと同時に、今まで感じた事のない圧力が襲ってきて、そのまま前のめりに倒れこんでしまった。


そして、意識が飛んでしまった――。


一時間くらいが経っただろうか・・・。


俺は目を覚ました。

(ん〜・・・何が起こったんだ?)

数秒ほど考えてみたのだが・・・何も解らなかった。

とりあえず起き上がろうと必死に手足をふんばらせてみるが、ぷるぷると震えるだけで圧力からは逃げられない。腹が苦しい・・・。

まるで何かに俺の身体が押しつぶされているみたいだった。

(押しつぶされ・・・まさか!)

俺の心にある文字が浮かんだ。それは・・・「変質者」。

ついに少年まで?! 変質者、男子中学生を襲う

そんな新聞の見出しが頭をよぎる。

「半ばパニックに陥っていた」のが「完全にパニックに陥っていた」に変わってしまった。

身体の毛穴という毛穴から冷や汗が噴出す。

この状態がしばらく続いた。



―――もうどのくらいの時間が過ぎたのだろうか・・・それともただ長く感じているだけなのだろうか。

これからどうなるのか散々想像した後、やっと俺は気づいた。何もされていないという事に。

「変質者」が襲ってきたのなら、普通は何かするはずだ。少なくとも、ただ男子中学生の上に乗っかっているだけというのは無いだろう。

あったとしたら逆に怖いが――。


少しずつ冷静に考えられるようになってきた。


そしてもう一度、起き上がろうと試みる。一生懸命両腕を動かして胸の横に置き、ふんばろうと勢いよく手を地面についた。

すると、右手の方からぴちゃっという音がして、水のようなものが顔にはねた。


頭に浮かぶ「?」のマーク。

そしてそっと横を見てみた。

「・・・あ?」

俺の目に映ったのは、水溜りの上にある人間の頭。

恐る恐る右手を見てみると、暗いながらにはっきりと液体の赤い色が見て解った。


「ぎぃやぁあああああああ!」

俺はとんでもない大きさで叫び声を上げて、いままで少しも動かす事の出来なかった身体を凄い勢いで飛び起こした。

また毛穴という毛穴から冷や汗が噴出す。今度は半端な量ではなかった。

「死んでる・・・よな・・・?」

誰に聞いた訳でもないが、一応自分の心に確認をとってみる。またもパニックに陥っていた。

「どうしたらいいんだ・・・?」

きっと、凄く情けない顔をしているはずだ。刑事でもない限り、誰でもこうなるか。

「だ・・・誰かぁ・・・?」

一応助けを呼んでみるが、やはり誰もいなかった。

「はぁ・・・どうしよ・・・。」


またしばらく途方にくれる。

「うー」とか「あー」とかうなり声を上げてみるが、右を見ても左を見ても薄暗い道が続くばかりで人っ子ひとりいなかった――。


「俺にどーしろっつーの? ねぇ・・・?」


仕方なく死体に話しかけてみるが、もちろん返事はない。

そのまま、また辺りが静まりかえった。


『救急車を呼ぶんですよ。後は救急隊員の人が何とかしてくれます。』


突然女の声が聞こえた。


俺は迷わず頷くと、焦りながらもカバンから携帯電話を取り出して、一一九番通報をした。




通報から数分後。


サイレンを鳴り響かせながら救急車が到着した。


やはり、すでに事切れていたらしく、救急隊員が警察に連絡し、

俺は保護者であるじいちゃんと一緒に警察で事情聴取をされたのであった――。

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