異心伝心
あの日の記憶 〜悪夢のはじまった日〜
一夜が明けた。昨日は俺がもたもたしていたおかげで、家に帰りついたのは深夜を回っていた。
いったいあの死体はどこの誰だったのだろうか・・・。
そんな事を考えながら眠ってしまったせいか、あの道を延々と走りながら頭上から落ちてくる死体を避ける、そんな夢を見てしまった。
もう完全にトラウマになった。
あの道を二度と通りたくない・・・。
「はぁ・・・。」
俺はため息をつきながらベッドから降りて、タンスからトレーナーとズボンを取り出した。
そしてドアの横の大きな鏡の前に立ってパジャマのボタンを外しながら独り言を呟く。
「ほんとにどこの誰だったんだろ。」
すると返事が返ってきた。
『佐倉美和です。あのアパートの三階の非常口近くの部屋に住んでました。』
どこかで聞いた覚えのある声だった。
「へえ。そう・・・。でも、何で知ってるの?」
『それは・・・本人だからですけど?』
「あ。そっか。そうだよねぇ・・・て、え〜?!」
自分の鈍さを呪った。
この部屋に俺以外の人がいるはずはないのだ。だから返事が返ってくるのはおかしい。
一応、念のために部屋を見渡したけどやっぱり居ない。
しかもこの家に住んでいるのは、俺とじいさんだけだ。親父は単身赴任で大阪に居て、母さんは俺が小さい頃に亡くなっている。
ということは・・・幽霊?
「ど・・・どこに居る? お前、誰なんだ?!」
また冷や汗が出てきた。ちなみに昨日は帰ってからすぐ寝てしまったのでニオイが気になる・・・。
そんな関係ない事を考えていると、また幽霊が返事を返してきた。
『どこにいるって、ここですけど? それにさっき言いましたよー。私は佐倉美和です。あなたは?』
幽霊に質問されてしまった。
どうやら昨日の死体の幽霊みたいだ。
「俺は・・・野山真人。」
『野山さん・・・。』
幽霊改め、佐倉はそう呟いた。
男に「さん付け」・・・おかしな奴だ。
だが、それ以上におかしな奴がここにいた・・・俺だ。
そう、さっきから俺は鏡の前にいて、鏡の中の俺に向って発言している訳なのだが・・・遠くから見たらかなり怪しすぎる。
いったい佐倉はどこにいるんだ?
「佐倉とか言ったな・・・それで、お前はどこにいるんだ?」
『だからここですよー。』
能天気な声が返ってきた。聞いてて腹が立ってきそうだ。
「あー・・・俺にはどうも、お前の姿が見えないようだ。」
俺には生まれてきてから一度も幽霊を見た経験や怪奇現象を体験した経験がない。
霊感というものがないのだ。見えないのは当然かもしれない。
『見えないって当たり前ですよ。だって私はあなたの中にいるのですから。』
(あなたの中ってどういうことだよ・・・?)
心の中で自問自答してみた。が、当然自答が返ってくる事はない。
代わりに佐倉が答えてくれた。
『私の身体は今、警察かどこかにあります。でも魂はあなたの中にいるのです。』
魂? なおさら訳がわからなくなってきた。
するとドアが開いて、じいさんが飛び込んできた。
「どうしたんだ?! 真人! さっきから一人で・・・。」
「一人で・・・? えっ・・・じいさん、聞こえないの?」
どうやらじいさんに佐倉の声は聞こえてないみたいだ。
なんで俺だけ?
『ですから、私の魂はあなたの中にいて、あなたの魂に直接話かけてるんですってばー。』
「今! 今、声が聞こえたでしょ? ね?」
必死にじいさんに同意を求める。
だが、じいさんは不審な目でこちらを見てくる。
「何も聞こえんが・・・。真人、疲れているんだろ。今日は塾を休んでゆっくりしてなさい。」
仕舞いには、バタンと音を立てて部屋から出て行ってしまった。
「いったいどうなってんの?」
俺は鏡の前に座り込んで考えた。
俺の中に佐倉がいる? 魂が魂に直接話しかける?
冗談じゃない。
『私も信じられないんですけど・・・。』
じいさんが出て行ってから、静かになった部屋の中(正しくは俺の中?)で佐倉は話し始める。
『私はアパートの屋上から飛び降りた。もちろん自殺をするために・・・。』
「そのくらい、誰にでもわかるって。で?」
『そこへちょうど、あなた・・・つまり野山さんがいて、私は野山さんの上に落ちた。』
だから突然激痛が・・・それにしてもよく生きていたな・・・。自分で自分に感心してしまう。
『その時に、私の魂は何かよくわからないけど、あなたの身体の中に入ってしまった。
つまり、野山さんの身体の中には、野山さんの魂と私の魂、二つの魂が入っている事になるのですよ。』
俺の理解が追いつかないまま、佐倉はどんどん話を進めていく。
『私も最初は何が起きたかわかりませんでした。目の前には自分の死体が転がっていて・・・
でも自分が思っていたような幽霊って感じはしないのですよ。何ていうか・・・外からの刺激を感じとる事が出来るというか・・・。』
その後も佐倉の説明は続いた。
俺的に解釈するとこうなる。落ちてきた佐倉の身体と俺の身体が接触した。
その何らかのはずみで、佐倉の魂が俺の身体の中に入ってしまう。
そして今、俺の身体の中では俺の魂と佐倉の魂、その二つが存在していることになる。俺には何の支障も今のところはない。
佐倉は外部からの刺激(視覚・聴覚・嗅覚など)は感じられるが、佐倉の意思で俺の身体を動かす事は出来ない。
つまり、感覚器官からの信号を受信することは可能だが、脳や脊髄からの信号を筋肉に送信することは不可能なのだ。
それで俺の口を使って声として言葉を発する事が出来なかったのだ。じいさんが佐倉の声を聞けるはずもない。
俺が佐倉の声を聞けるのは、佐倉の言う通りに魂が魂に直接話しかけているからなのだ。
ちなみに佐倉は俺の心の声・思っている事を全て聞き取る事が出来るらしいが、俺は佐倉が心の声を発しないかぎり、
思っている事は聞き取る事は出来ない。全てまとめると、科学的にも物理的にも説明がつかない事だらけという訳だ。
『そんなに難しい事じゃないですよ。漫画でよくある、身体の入れ替わりの応用編みたいなものですから。』
難しいとか、難しくないだとか、そんな次元の問題はどうでもいい。
「佐倉ぁ。」
『何ですか?』
「俺の身体から出て行くって事は出来ないのか?」
俺もこのままでいる訳にはいかない。
佐倉だって、早く成仏するなり何なりしなくてはならないはずだ。
どうにかこの場を切り抜けたいのだが・・・
『残念ですが、無理ですね。どうやって入ったのか解りませんから。』
・・・切り抜けられなかった。
期待してはなかったけれど、やはりはっきりと言われると絶望してしまう。
(はぁ・・・もうどうして自殺なんかすんだよ・・・。)
脱力しながら心の中で呟くが、佐倉には全て筒抜けだった。
『受験に落ちました。』
さらりと動機を言う佐倉。
(だからアパートから落ちたのね・・・。)
親父でも言わないような寒〜いジョークを言い出す俺。大分精神的にやられているみたいだ。
俺の発言のせいか、しばらく沈黙が続いた。
だが、その沈黙は佐倉によって破られる。
『そうだ・・・野山さんはおいくつですか?』
「今年で十五になる、中学三年生だ。」
『へぇ〜。私より年上な方かと思ってました。』
「悪かったなぁ。老けてて。」
『いえ、あんな時間に中学生が出歩いているなんて・・・誰も思わないじゃないですかっ。』
やっぱりおかしな奴だ。
「塾から帰ってたんだよ。行った事あるだろ? 塾くらい。」
『私・・・一回もないんですよね。だって塾とか行く必要ないじゃないですか?』
そりゃ受験にだって落ちるだろ・・・。
とことん訳の解らない女だ。
『野山さんは受験生なのですね〜。志望校とかはありますか?』
「いや・・・そんなのまだ決めてないけど・・・って言うか、俺、馬鹿だから行くとこないわけよ。」
『そうですか・・・。では、私があなたを高校へ行かせてあげます。』
頭は大丈夫なんだろうか? 塾にも行ってなかった奴が何を言うんだ。
「高校落ちちまった・・・お前が?」
『はい。一年間、時間をくだされば・・・余裕で。』
そう言うと佐倉は改まったような声で言った。
『その代わり、私の行きたい高校へ行ってもらいます。』
「・・・わかった。どこだよ?」
『私が受験した、桜ヶ丘高校へ行ってください。』
(あぁ・・・。)
今度こそ、自分の鈍さを呪った。
(あぁ〜?! ちょ、ちょっと待て! あそこは・・・!)
『安心してください。大船に乗ったつもりで!』
この瞬間、俺の進路は自殺した元・受験生にあっさりと決められてしまった。
「マジかよぉ・・・。」
俺の声が虚しく部屋の中に響きわたった。