異心伝心
あの日の記憶 〜悪夢のはじまった日〜
佐倉に勝手に進路を決められた、その数分後、俺はシャワーを浴びていた。
家で考え事をする時は、いつもシャワーを浴びるのが癖らしい。
佐倉が言っていた、桜ヶ丘高校はこの辺りで一番成績優秀な公立高校だ。
ちょっとやそっと勉強したくらいじゃ入れない。今の俺の実力では普通に無理だ。
無謀すぎる。これで受験して落ちれば、当然笑い者だ。
たった一度の俺の大事な人生をこんな訳のわからない奴に任せて大丈夫だろうか?
「本当に大丈夫なんだろうな?」
『任せてください。桜高は落ちちゃいましたけど、瀬野大付属なら余裕で受かる実力持ってますから。』
桜高とは、桜ヶ丘高校の通称の名だ。昔は桜丘学園と呼ばれていたが、数年前に名前が変わった。
その桜高校と同じくらい有名なのが、瀬野大付属。
瀬野大付属とは、瀬野大学付属高校の通称の名で、公立の学校で一番優秀な桜高と並ぶほどの実績のある私立の学校なのだ。
「なら、何で私立行かなかったんだよ?」
『行きたくてもいけなかったんですよ。』
「経済的な理由?」
『そうです。経済的な理由です。』
このままじゃ、話が進展しそうにない。
俺はシャワーを止め、風呂場を出た。
トレーナーとズボンを着て、すたすたと自分の部屋に戻り、机の中から一枚のプリントを出した。
塾で貰った高校入試の数学の問題用紙だ。
「これを解いてみろ。満点を取れたら、俺はお前を信じる。」
桜高の合格点数は、ほぼ満点に近い。瀬野大付属は三百点中、二百八十点くらい取れたら合格だ。
佐倉は『わかりました』と言って、俺に机に座り、シャーペンを持って待つように指示して黙りこくった。
部屋がしんと静まり返る。
俺は、次第に緊張し、汗がにじんできた。
じっと、佐倉が(心の)声を発するのを待つ。
しばらく経って、いきなり佐倉の(心の)声が凄い勢いで心の中をはじいた。
俺は佐倉の言う答えを正確にプリントに書き込んでいく。だが、手が佐倉の答えに追いつかない。
焦る俺に比べ、佐倉は一回も止まる事はなく、テンポ良く答えを言い続けている。
(お、おい。佐倉!)
『なんですか?』
(お前、早すぎ。もうちょっとスピード落とせ。)
『すいません。』
化け物みたいな奴だ。
これは推測だが、沈黙している間に問題を全て解き、それを一気に暗記して答える。
こいつ・・・本当に高校落ちたのか?
俺があたふたと答えを書き込んだせいで十五分はかかってしまったが、佐倉は十分弱で解いてしまっていた。しかも全問だ。
元・受験生だから問題が全て解けるのは当然なのかもしれないが・・・全ての答えが合っていた。
こいつなら、瀬野大付属なんて余裕だ。いや、桜高も余裕なはずなのだ――。
「お前・・・人間?」
『元・人間です。』
「そうか・・・今は幽霊だったな。」
俺は、とんでもない奴にとり憑かれてしまったかもしれない。
『信じてもらえました?』
「ああ。」
『では、桜高を受験してくれるのですね?』
「ああ。」
だが、これで一先ず、高校に行く事への不安は無くなった。佐倉さえいれば、余裕で桜高なんて行ける。
これで俺は遊び放題! やっほー!
心の中の俺がガッツポーズをした時、佐倉が痛い発言をした。
『何言ってるんですか? 野山さんの実力で行ってもらうのですよ?』
「は? お前の実力じゃないの?」
『もちろん。当たり前じゃないですか! 人間、楽したらキノコ生えちゃいますよ〜。』
いやいや、それはないだろうが・・・。
『大丈夫です。私がちゃぁんと家庭教師になりますから!』
さっきの発言は訂正する。高校に行く事への不安は増えた。今年一年、遊べない。
『一年あるのですから、そんなに心配する事ないですよぉ。』
天才幽霊に言われたくはない。
こうして俺の人生の歯車は、凄い勢いで狂っていった。