飲みまくりの歓迎会



「梶本先生、今日お時間ありますか?」

外は夕暮れ。部活動も終り、生徒が帰宅をはじめる時間だ。

よって、部活の顧問をやっている先生方も職員室へ帰ってくる時間。

自分はというと、今日回収した宿題のチェックも終り

そろそろ帰ろうか、と思っていた所であった。

「これから…ですか?大丈夫ですが。」

「そうですか。もしよろしかったら一緒に飲みに行きませんか?」

「…自分も参加してもよろしいんでしょうか?」

「えぇ、もちろん。大歓迎ですよ。」

まだ新任で、あまり親しい方もいない僕に笑顔で声をかけて下さったのは

社会科で授業を受け持っている佐伯先生だった。

彼はいつも笑顔で、生徒からも人気がある。

教育実習生の頃、何度か授業に参加させて頂いた事もあるが、

ただ優しいだけでなく、授業もとてもわかりやすく、うるさい生徒がいる時はちゃんと叱る。

すごく基本的なことなのだが、それをちゃんと実践できるという事にとても驚いた。

年は同じなのにとてもしっかりしている。今でも彼は僕の目標である、といっても過言ではないだろう。

「最近、とても良いお店を見つけたんですよ。

他の先生方も誘いましたから…まぁ、梶本先生の歓迎会、みたいなものですかね。」

「…歓迎会?」

「はい。ここ数年、新任の方が見えるというのは久しぶりの事なので

みなさん人見知りしてるようですが、結構気になってるんですよ?先生の事。」

それは初耳だった。驚いたと同時に、なんだかうれしくも思った。

初めて教師という職業についた学校で、歓迎会という形をとってもらえるなんて。

少し照れくさかったが、僕は喜んで参加させて頂きます、との意を告げた。


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書類を片づけて、佐伯先生と共に学校を後にする。

世間話をしながらバスに乗り、駅前の道を紛った所にある居酒屋へとむかった。

外見は古くもなく、新しくもなく、といった感じで。

場所も微妙な位置にあるので、かなり穴場的スポットだろう。

中に入ると、居酒屋独特の賑やかな雰囲気に包まれる。

すると奥の方から佐伯先生を呼ぶ声がした。

「こっちだよ。」

佐伯先生の後ろを緊張しながらついていくと、そこには他の先生方がたくさんいらした。

「お、佐伯!梶本先生捕獲成功したんだな!」

「ははは、捕獲だなんて。さ、先生。こちらに座って下さい。」

「…お邪魔します。」

大き目の机の上にはもういくつかの摘みが運ばれていて、ジョッキも置いてあった。

席には自分を含め、6人の先生が座っていた。

他の先生方は楽しそうに話しているが、

僕はまだこの学校に教師として出勤するようになってから1週間くらいしか経っていない。

緊張してしまい、下をむいていると、隣に座っていた佐伯先生が話し始めた。

「ほらほら、先生たち、今日は梶本先生の歓迎会なんだから!」

「…!!いいんです、佐伯先生…!」

慌てて止めようとしたが、すでに遅し。

先生方がぐるっとこっちに向き直ってしまった。

「せやな、まずは…自己紹介?」

「それじゃ合コンじゃねーか。」

「いや…でもまず自己紹介でしょう?」

「ん。じゃ、俺から。

仁王雅治、化学教えてます。えーっと…趣味は某生徒いじめ…かな?シクヨロ。」

「それは教師としてどうなんでしょう…仁王君…。

私は柳生比呂士。数学担当です。よろしくお願いします。」

「忍足侑士、保健室の先生やってます。人生相談もやっとるで。」

「跡部景吾、英語を教えている。よろしくな。」

「で、ご存知。佐伯虎次郎。俺は社会担当だよ。よろしくね。」

「よろしくお願い致します。」

頭を上げて、改めて先生方を見てみる。

本当この学校には個性豊な先生方が揃っていて。

こうして歓迎会まで開いて下さって。

すごく胸が暖かい気持ちになった。

「そんなに硬くならないで。はい、先生もビール。」

「ありがとうございます。」

佐伯先生が、ジョッキを手渡してくれる。

僕は酒に強い方ではない。付き合い程度には飲めるのだが。

だから今回も一杯で終らせておこうと思っていた。

…が、僕の考えは甘すぎたのだった。


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「俺はまだ大丈夫だぜ…」

「…大丈夫?跡部…もうなんかぼーっとしてるでしょ?」

「そんなことはねぇ…ほら、負けたら今週一週間の家事全般やるんだからな…」

「…あれ?掃除だけじゃなかった?」

「全部やるんだよ…今決めた。全部!」

「(やっぱこいつ酔っ払ってんな…)でも跡部の卵焼きってこげてるし…」

「つべこべ言うんじゃねぇよ!勝負中だ…!」

隣では佐伯先生と跡部先生がどっちが多く飲めるか競争を始めていた。

どうみても跡部先生の方がつらそうである。

言ってるセリフが矛盾している上に舌もまわってなさそうだ。

佐伯先生はまだまだ余裕の顔をしている。

跡部先生相手に呆れてみせるくらいの余裕っぷり。

ジョッキの数は今のところは互角。

これって誰かが止めてあげないと…

「はい、もう終わりにして下さい!跡部先生の負けです!」

「あぁ?!俺はまだまだ飲めるんだよ!!」

「…柳生先生…お願いですから跡部を止めて下さい…」

僕が止めにかかろうとしていたその時、柳生先生が声を上げた。

跡部先生は悔しがってるけど、もう本当に止めないと明日が大変そうだ。

佐伯先生は止めてくれた柳生先生に何度も感謝の言葉を並べている。

それにしてもすごい量のビールを飲んだんだな…

僕がこんな量を飲んだら間違いなく倒れてしまう。

先ほどから忍足先生と仁王先生に何度もすすめられてもう3杯も飲んでしまっている。

先ほどからかなりの眠気が襲ってきている。

もう飲んではいけない…これ以上飲んだら…


「ほーら、梶本センセ、よそ見してないでもっと飲みんしゃい?」

「あ、はい…いただきます…」

…この人達はいったいどれだけの量を飲むのだろう…

僕の目の前にはたくさんのビール瓶の数。

その中で僕が飲んだのなんてほんの一部にすぎず。

恐ろしいくらいの量のアルコールを体内に納めているのに

顔には少しも酔っているそぶりを見せず、楽しく酒を飲み続ける二人の先生。

そして僕は、さすがに先輩にすすめられてしまっては飲まなくては…という妙な義務感を感じてしまい。

仕方なく4杯目を口にする。咽を、ビール独特の苦い味が通って行く。

…どこまで付き合わされるんだろう…




「…だめだ…俺もう無理…」

「あんなに飲むからだよ…毎回俺に負けてんじゃん、跡部。」

「あー…佐伯だー…さえきー好きだー」

「はぁ?!」

梶本が仁王と忍足にビール漬けにされているころ。

やっとの事で勝負を終えた跡部は、抱き付き魔になっていた。

最初の餌食になったのはどうやら佐伯のようで。

愛の言葉を連発しながら抱き付く姿は普段の跡部からは連想できないだろう。

佐伯は動揺しながらも跡部を引き剥がそうとする。

「あの…公共の面前でこういう事は…っ」

「いいじゃねぇかよ…別に…」

だんだんと息が荒くなってきた跡部。

佐伯はSOSの視線を柳生に投げつける。

柳生はそれを受け取ると、立ち上がって跡部の頭にチョップを食らわせた。

「跡部君、破廉恥ですよ。」

必殺、アデューチョップ。一部の教師の間で恐れられている技だ。

見た目はたいして大きい動作でもないのに、当たるとかなり痛いらしい。

それをモロにくらった跡部は小さくうめくと、佐伯を離した。

「ありがとう…柳生先生…あれ?」

「どうしましたか?」

佐伯の視線の先にいるのは、梶本。

「さすがにあれは…やばいんじゃないですか?」


その頃梶本は忍足と仁王の猛攻撃にあっていた。

「ほら、もう一杯!」

「い…いえ…僕はもう…」

「飲もうって!」

「あの…もう、ちょっと…」

「仕方あらへんな…ほら、口開けて?」

「え」「口、開けて?」「あの」「はい、あーん」

忍足は梶本の口を無理矢理開けさせると、彼の口目掛けてジョッキを傾ける。

ビールはどんどん梶本の口に注がれて行く。

「ちょっと…忍足?それは止めた方が…」

「けほっ…」「大丈夫?梶本先生…」

「頭の芯がぼーっとしてきて、目の前がなんかぼやけている…」

それっきり、梶本は倒れてしまった。


「…梶本先生?!」




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目を開ける。

見慣れない天井…ここはどこだ?

「あ、梶本先生。目、覚めたん?」

この声は忍足先生か…ということはここは彼の家?

「こないな狭い家で堪忍な?さっきは…すまん。ついふざけ過ぎて…」

あぁ。そういえば僕はこの人に無理矢理ビール飲まされて倒れたんだっけ。

「あの後大変やったわ…跡部はさんざん抱き付いてきよって…

あ、あいつはな、酔うと異様に人にベタベタしはじめるんよ。結局は佐伯がいつも通り引きとってな。」

「…いつも通り?」

「そっか、知らんかった?跡部と佐伯はな、一緒に住んでるんや。ったく妬けるなぁ…」

「そ…そうなんですか…」

なんか聞いてはいけないような事を聞いてしまった気がしたが…

その後、ここに来るまでの経緯を忍足先生から聞いた。

僕が4杯目を飲み始めたとたんに眠ってしまったことや、

柳生先生が見かけによらず、酒豪だったということ。

仁王先生は「ちょっと某生徒をいじめてきまーす」と行って夜の街へ去って行った事。

そして、眠ってしまった自分を背負ってきてくれた事。

「申し訳ない事をしました…ありがとうございました。では私は…」

「何?帰るん?さすがにもう終電終ってるやろ。泊まって行ってもえぇで?」

「ですが…そんな何度もご迷惑をお掛けするわけには…」

「えぇって!同じ教師として、っていうか…梶本センセを酔わしてしもた責任もあるし…

今、酔ってるセンセに夜道を歩かせるわけには行かへんしな。」

でも…としぶる僕をまたベットに押し戻すと、早よ寝ないと明日がきついで?と言って電気を消した。

とても申し訳ない気がしたが、さすがに歩いて帰るわけにも行かず

正直、まだ足元がふらついていた。

仕方が無い…お世話になるか、と目を閉じた時。

隣で何かが動く気配がした。

ま…まさか…

「ね、センセ。もーちょっとそっち寄ってくれへん?」

「……っ!!!!」

声にならない叫び、というのはこういうものなのだろうか。

恐る恐る、右を向いてみると。

「大丈夫やって。さすがの俺でもいきなり襲ったりはしーひんて。」

カラカラと笑ってそんなことを言ってのける忍足先生。

確かに酔っ払ってしまったのは、自分に非がある。

しかしだからといって…ひとつのベットで一緒になるなんて…

いや、あまり深く考えない方がいいのかもしれない…

さっさと眠ってしまえば案外寝れるものかも…と、思い直して、再度目を閉じるのだが。

「梶本先生ってピアスしてるんやねー」

そう言いながらいきなり耳を触ってくる。

かなりの密着状態でそんな事を言われると…耳に息が…

「紫、好きなん?」

もうしゃべらないで下さい…と願わずにはいられない。

自分の弱点が耳だということくらい知っている…

しかしこの人は何で知り合って1週間そこらの人間の弱点を知っているんだ?

それとも天性のカン、ってやつなのだろうか。

どちらにしても、これ以上なんかされるのは耐え切れない。

これはもうきっぱりと言ってしまうしかないだろう。

「先生。」

「なぁに?」

「…おやすみなさい。」

忍足先生は呆気に取られたような顔をすると、苦笑した。

「ほな、おやすみ。」

これでおとなしくなってくれるだろう。

枕元に置いた腕時計を見ると、もう3時半。早く寝ないと明日に響く。

僕はため息を吐くと、やっとの思いで目を閉じた。



教師生活の幕開けがこれでは…先が思いやられるものだ。







あとがき 本当はここで忍足に梶本を襲わせても良かったんですが… さすがに舞台設定を学校に来てから一週間、にしてしまったので それは手早すぎだろ、ということで。(笑 多分次行ったときには…だめだろうな…(何が! 跡部が酔っ払って抱き付き魔になるといいなー(何の希望ですか その前に…梶本の一人称って…なに?!(え