突然の知らせ


「周助、ちょっと話があるから来てくれるかしら。」

それは突然の知らせだった。

姉さんが留学する、という知らせだ。

姉さんは昔から服飾関係に興味を持っていたため、

さまざまな外国をまわって、刺激を受けたいらしい。

確かに日本のファッションの枠にとらわれず、パリやミラノや…もっとおしゃれな

外国の都市に目をむけるのはとても大切な事だと思う。

それには快く賛成したし、心から応援してあげたいと思った。

問題はそこからだ。

その留学に、両親も付いて行くというのだ。

裕太は寮生活があるから構わないだろう。

しかし僕は普通に毎朝この家から通学している。

確かにもう高校生だから、一人で暮らすことはできる。

一応の家事は一通りできるし、金銭面だけどうにかしてもらえれば済む事だ。

でもやはり心細い。いきなり一人で、しかもこんな広い家で。

「私達も周助を一人で置いて行くのは不安なのよ…

だからね、幼なじみの佐伯君に頼んでおいたから。」

「…え?佐伯?」

佐伯虎次郎。彼とは昔から仲の良い友達だ。

小さい頃から、年上の彼を兄のように慕っていた。

弟がいる僕にとって、理想のお兄さん像、だったのかもしれない。

確かまだ僕が幼稚園の頃、公園で転んで膝を擦りむいた時、

たったそれだけだったのに慌てて僕を背負って家まで走ってくれた事を覚えている。

必死になって道路を駆け上がる佐伯の姿。今となってはすごく微笑ましい。

しかし彼が千葉に引っ越したきり、連絡は取っていたものの、会う事はなかったのだが

数年前からまた東京に戻ってきて、僕が通っている高校の教師をしている。

家も近くのマンションだと聞いているが…

まさか、あの佐伯に厄介になるとでも言うのだろうか。

「こないだたまたま佐伯君に会ったときに相談してみたのよ。そうしたら快く引き受けてくれてねぇ。」

…なんて無茶なお願いをするんだ…うちの母親は…。

しかも僕の了承もないまま…佐伯に迷惑をかけるのは申し訳ない。

そんな事、今からでも断らなければ…

「僕はもう高校生だ。一人でも暮らせる…だからその…佐伯に迷惑をかけるのは…」

「俺を呼んだかい?」

「?!」

慌てて後ろを振り向くと、そこには噂の彼がいた。

「ひ…久しぶり…」

「いつも会ってるじゃない。なーに焦ってんの?」

いつものように余裕綽々な顔で笑う佐伯。

学校じゃないため、私服で現れた佐伯を見るのは本当に久しぶりだ。

相変わらずシンプルな格好を好んでいるようで、無地のシャツにジーパンというラフな服装だった。

しかしそれでも全く安っぽく見えないのは彼の整った顔と、スタイルの所為だろう。

「ほら、早く荷物運んじゃおうぜ?それと家事は当番制だからなー」

「ってちょっと待って!いいの?そんな…すごく迷惑をかけると思うんだけど。」

「いいっていいって!幼なじみの仲じゃないか。ただ…」

「…ただ?」

「逆に俺が迷惑をかける事になりそうなんだけど…それでもよければ。」

ちょっと意味深なセリフを言う佐伯に、少し不安を覚えたが

それでも一人で心細い生活を送るよりは断然心強い。

すごく我が侭なお願いなのに快く引き受けてくれた佐伯は、やはり兄のようだ。

「もちろん。じゃぁ…お言葉に甘えて、お世話になります。」

僕は深く頭を下げた。


----------


「荷物はこれだけかー?あんまり無いんだな。」

「うん。着替えとサボテンと…ほら、まだこの家はあるわけだから。

読みたい本とかがあったら取りに帰ってくればいいわけだしね。」

必要な教科書類を段ボールに、着替え類はボストンバックにつめた。

「さて、行くか。」

こうして、突然の佐伯宅への引越しがはじまった。



彼の家と僕の家は然程遠くはない。

しばらく歩くと、ごく普通のマンションが見えた。

外見は一見どこにでもありそうなマンションなのだが、

中に入ると結構きれいなデザインのエントランスが広がっていた。

「ここが佐伯が住んでるマンション?きれいな所だね。」

「そうかい?」

「一人暮らしにしては家賃とか高いんじゃない?」

その質問をしたとたん、佐伯の表情が変わる。

高校生の分際で、家賃を聞くなんていやらしかったか…と

反省していたのだが、彼が反応したのはそういう問題ではないらしい。

「…その件なんだけどね…実は…俺、独り暮らしじゃないんだよ。」

「え?!まさか女…」

「じゃなくて…男…」

「へぇ…そうなんだ…」

「いや!けして!!そういう変なものでは!!」

いきなり焦り出す佐伯がかわいい。

でもまさかあの佐伯が男を誑し込むようになるとは。

「いいじゃない?僕、そういうの偏見ないし、むしろ僕もそうだし。」

「…え。」

「ほら、お互い深く追求しないってことでいいでしょ?早く部屋へ行こう?」

さらっとその会話を流して、部屋への案内を促す。

相手はどんなやつなんだろう…と、内心期待していたのだが…



「おかえり、佐伯…ってそいつ…」

「…えっと、俺の幼なじみの不二君です。」

「…どうも、跡部先生。」



まさかあの跡部先生だとは…思いもしなかった。

その跡部もまさか僕が一緒に住むことになるとは思っていなかったらしい。

かなり呆気に取られた表情をしている…が、

だんだんと険しい目つきになってきた。


「おい佐伯…こいつか?一緒に住むやつって。」

「…うん。幼馴染なんだ…仲良くしてあげてね?」

「ってなんでよりによってあの不二なんだよ!!こいつだって魔」

「叫ぶと近所迷惑だってば!」

文句を言い続ける跡部の口をふさぐと、佐伯は開きっぱなしだった扉を閉めた。

そのまま跡部をリビングのソファーへ引きずっていくと、僕にもここへ来るように手招きする。

なかなか広いそのスペースには、シンプルな黒い革のソファーが置いてあった。

きっと跡部はもっと派手なソファーにしたかったのだろう。

でもシンプル好きな佐伯が反論して、せめて革にする、ということで納まったのではないだろうか。

この二人の行動パターンはすぐ読める…というかなんか単純なことで喧嘩してそうな気がする。

そして3人で向き合うような形で座ると、佐伯が話し始めた。

「跡部もわかってるように、不二がここに来るのはやむを得ない理由なの。わかるでしょ?」

「…あぁ。」

「まだ高校生なんだから不二を一人にするわけにはいかないの!

それにこの近くで彼を預かれるのなんて幼馴染の僕しかいないんだからさ。」

「…はい。」

「だから、喧嘩しないで家族同様大切にするように!」

惚れた弱みという奴は怖い。

さすがの跡部も佐伯には反論ができず。肯くしかないのであった。

「で、不二も跡部とは喧嘩しないでね?この人いっつも怒ると大変だから。」

「…いつも?」

「そうそう!だって僕が3日間相手してあげなかっただけでかなりキレるんだから!」

「…なんの?」

「何って夜」「それ以上言うなぁああ!!!」

赤面した跡部が慌てて佐伯の口を塞ぐ。

夜のお相手、か。

ふーん。この二人、結構仲言い訳ね?

まぁそれを崩してあげるってのも醍醐味かな?

「けほっ…とりあえず、喧嘩はしないこと。いいね?」

「わかったよ。」

僕も渋々ながら了承する。

跡部先生とは気の合うときはかなり合うのだが、合わないととことん合わない。

おもしろい英語の本とかを見つけたときはとても話が盛り上がる。

しかし授業中、ちょっと僕がでしゃばったような真似をとるとすぐにきれる。

うまく事が運べばいいんだけど…。






あとがき 続くかもしれないけど続かないかもしれない、同棲生活シリーズ。 優たんと妄想しながらできたこの話。 これから多分跡虎方向の話になると思います…続くとしたらね?(弱気