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私の受傷経緯
診察〜第1回目の手術
再入院
2回目の手術

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私の受傷経緯 (1988年夏)
  • 自転車との衝突
    前日に降った雨の水溜りが残っているデパートの前の歩道を歩いていて、目の前の水溜りを避けようとして右側にピョンッと飛んで着地した右ひざの裏側になにかがぶつかってきたようなかなり大きい衝撃を感じ、横を見ると自転車に乗ったおばさんが自転車ごとふっ飛んで倒れていました。ああ、このおばさんがぶつかってきたのか・・・と思いながらも「大丈夫ですか?」と声をかけると「すみません、すみません・・・」と言い残し逃げるように去ってゆきました。
    おばさんにしてみれば、急に進路変更してきた歩行者が悪いとはいえ、かなりの衝撃でぶつかったことに恐怖を感じ、さっさとその場から逃れたかったのでしょう。
    このときは、特に痛みは感じませんでした。膝の動きにも制限もなく、動かしても痛みもありませんでしたので、その日は夕方にいつもどおりジョギングしました。夜に風呂に入ったときに、多少の違和感を感じましたが、あれだけの衝撃でぶつかったのだからしょうがないか・・・とのん気に考えていました。
  • 翌日のサッカーの試合
    サッカーの試合開始時間のギリギリにグラウンドに到着し、ろくにウオームアップもしないまま試合開始になりました。試合開始直後に左サイドを立てに突破しようとする相手のボールをラインの外に出してしまおうとトップスピードで走り、ボールに右足で触れて、その振り上げた右足の踵から膝の角度が90度くらいの状態で地面に着地した瞬間に、「ゴリッ」という鈍い音とともに鋭く深い痛みを右膝に感じました。膝がねじれた感じはありませんでした。
    「今日はこれで終わりだな」とすぐに考えたくらい、いつもの軽い怪我とは違うことが感覚的にわかりましたので、すぐに交代選手を呼んで自分はグラウンドの外に左足でケンケンして出ました。

    このとき、痛みを強く感じた場所は「右膝の裏側の外側」でしたので、その部分を中心に氷で冷やして試合が終るのを待っていました。ハーフタイムに戻ってきた仲間が「靭帯だったらものすごく腫れてくるからね」と言っていたのですが、あまりは腫れてこなかったので、自分では外側の半月板を損傷したのか?と考えていました。
  • 膝崩れ初体験
    試合が終って病院に行こうと思い、駐車場への坂を登ったら辛いけども意外に登ることができたので、一人で車まで行き、後ろの席で着替えを終えて、前の席に移動して出発しようとしたときにタオルをグラウンドに忘れてきたことに気が付きました。急いで取りに行こうと焦っていたのか、普通に右足から車を出ようとして膝を伸ばして地面に足をつけた瞬間に、「グッキッ」と膝関節の内側を支点に膝関節が外側に曲がってしまった(膝崩れ、giving way)のです。普通は膝は前後にしか曲がらないのに、左右に曲がってしまったわけです。(たぶん、knee in toe outの状態だったのではないかと考えているのですが、あまりもの痛みのためにその前後のことはあまり覚えていないのです。)
    車の座席で脂汗を滴らせながら痛みに耐えること数分・・・左足から車を降りて、ゆっくりとびっこをひきながらタオルを受け取り、また車に戻って、そのまま運転して自宅に戻りました。怪我したのは右足だったのですが、アクセルとブレーキを踏むくらいは支障ありませんでした。
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診察〜第一回目の手術(関節鏡による検査、半月板縫合)
  • 休日当番病院で受診
    自宅に戻ると、妻は買い物にでかけており不在だったので、自分で病院探しをはじめました。
    電話帳で調べた消防署の休日病院案内に電話して「膝の怪我をした」ことを伝えると、「今日、開いている病院で膝の専門医がいる病院」を教えてくれました。
    痛む膝をかばいながら、慎重にシャワーを浴びて、着替えを済ませてから家を出て、途中で妻を拾って消防署で教えてもらった病院に向かいました。病院では生まれて初めて車椅子に乗りました。
    当直の医師は膝の専門医ではなかったようで、レントゲン写真と手技テストで「靭帯は大丈夫じゃないかなあ・・・」と言ってましたが、結局、専門医に診てもらうために次の日も病院に行くことになりました。とりあえず、応急処置として膝が動かないようにマジックテープでとめる仮のギプスのようなものを巻かれて松葉杖をついて家に帰りました。
  • 翌日に再診
    次の日、午前中に会社を休んで院長先生の診察を受けました。
    レントゲン写真を見たり、簡単な手技テストをしたりしましたが、確認のためにMRIを撮影することになりました。
    MRIは東芝か三菱の製品だったと記憶しています。しばらく動けないのが辛かったのですが、MRIがときどき「カンカンカン・・・」と音をたてるのが気になりました。
    MRIの結果は、水曜日に来る膝の専門医の診察時に教えてもらうことになりました。
  • 水曜日に専門医の診察
    水曜日の午後に膝の専門医T医師に診てもらいました。
    手技テストをしながら、「あ〜これは9割がた切れてるなあ。」と言い、MRI写真を見ながら「半月板も損傷している可能性があるし・・・」とのことで、「いずれにしても半月板の処置もしなければならないから、関節鏡検査します。」と、さっそく翌日から入院することになりました。
    入院するので2週間くらい会社を休まなければならないことを上司に伝え、抗生物質の適性検査、尿検査、血液検査などの手術前の検査をひととおり終えて会社に行きました。
  • 関節鏡手術のため入院
    生まれて初めての入院です。
    なにからなにまで新鮮です。膝がちょっと痛い以外は熱があったり気分が悪いわけではないので、とても暇な一日でした。久しぶりにのんびりと雑誌を読んだり音楽を聴いたりして過ごしました。
    同じ部屋には、ガソリンスタンドで働いていて踵を骨折してしまったおじいちゃんと、ラグビーで足を怪我した若者が入院していました。
  • 最初の手術
    手術は夕方行われる予定でした。しばらく食事は禁止だったので空腹が辛かった記憶があります。
    T字帯(いわゆるふんどしですね。)を着けて、手術着に着替えて、トイレに行って準備万端です。
    「先生、まだこないんですよ〜」と言う看護婦さんの言葉に驚きながらも、予定時間どおりに手術室に自分で歩いて行きました。
    手術室は空調が効いていてひんやりした感じで、白っぽい床や壁がやけにまぶしく感じました。手術台はびっくりするくらい幅が狭くて、いまにも落ちてしまいそうな感じでした。
    麻酔は半身麻酔で、腰から下だけに麻酔がかかります。手術台の上に横向きに寝て膝を抱えるように背中を丸めて、そこに注射針が突き刺さります。結構痛いんですが、すぐに痛みはひいてゆきます。このとき、T字帯は看護婦さんがずらしているのでお尻の穴からポコチンまで丸見えです。(*^^*)
    「触っているの感じますか?」と何度か確認され、自分の下半身の感覚がだんだんなくなってゆくのを実感しました。とにかく、まったく動かせられないし、なにも感じなくなりました。これなら、メスで切られても痛くないはず。
    さて、麻酔をかけてからしばらく経っても、いっこうに手術が始まる気配がありません・・・。手術担当のT医師がようやく到着して手術が始まりました。カーテンの向こう側で行われていることはまったくわかりません。なんとなく触られているのはわかるような気がするのですが、切られているとか、穴をあけられているといった感覚はまったく感じませんでした。
    いよいよ関節鏡が膝関節の中に入り、モニターに膝の中の様子が映し出されました。「あ〜、やっぱり切れてるねえ。見てみるかい?」と見せてくれたモニタの中には、無残にもちぎれてしまった前十字靭帯が映し出されていました。看護婦さんが医師の指示でスコピーにつなげたカメラ(インスタントカメラ)で何枚か関節の中の写真を撮影していました。
    前十字靭帯が切れていることが判明し、なにかとても大切なものを失ってしまったととても心が重くなりました。「これからどうしようか?」とぼんやりと考えていたのですが、どうも様子がおかしいのです。麻酔が効いているはずなのに痛いのです。T医師が「半月板の縫合するから膝の両側を少し切開するからね。」と言って膝の内側にメスを入れました。ものすごく痛かったです。「切るよ」と言われて「切られた」のを実感した人はそんなにいないと思いますが、とにかくものすごく痛かったです。看護婦さんに「痛い」と言ったら麻酔を点滴に追加してくれたようですが、一旦感じ始めた痛みはまったくひく気配がなく、ますます痛くなってきて、我慢するのが精一杯で「これから」のことを考えてる余裕はなくなってしまいました。
    とにかく、痛い痛いでどうやって手術が終ったのか、どうやって手術室から出てきたのか覚えていませんでした。
  • 座薬
    ベッドに戻ると妻が心配そうに覗き込んでいましたが、すぐに医師に呼ばれて手術の内容を聞きに行ってしまいました。しばらくして戻ってきましたが、居てもらってもしょうがないし、痛がる姿を見せるのも嫌なのでので帰ってもらいました。
    妻が聞いてきた説明によると、前十字靭帯は切れていたので綺麗に切除し、半月板が2枚とも損傷していたので部分的に切除し、治癒が期待できる部位については縫合したとのことでした。なんでも、半月板は除去してしまってもいいんだけども、最近はできるだけ残すようにしているとも言ってたようです。
    とにかく膝が痛くてどうしようもないので、夜中に座薬を入れてもらいました。看護婦さんが寒中電灯でお尻を照らしてゴム手袋をはいた手で座薬を肛門にぎゅっと押し込みました。恥ずかしかったですが、そんなことよりも痛みが和らいでほしいという気持ちが強かったです。
  • 眠れない夜
    痛みでずっと眠れずにいましたが、夜中に突然、失ったものの大切さが身にしみてきて、枕を濡らしてしまいました。自分のことで涙を流すなんて前回の記憶がないくらい久しぶりでした。
  • 手術翌日
    手術の翌日は、膝の痛みも薄れてきたので、松葉杖で食堂まで行って会社のネットワークのPHSでアクセスしてメールを読むなどして少し仕事しました。
  • 謎の頭痛
    その次の日、朝起きたら、肩こりと首こりを伴う、とてもひどい頭痛にみまわれました。
    原因がわからなかったので、とりあえず肩と首に湿布を貼ってもらいましたが、頭痛はひどくなるばかりでした。寝ていると頭痛は少し和らぐのですが、10秒と起き上がっていられません。トイレに行くのも大仕事でした。食事も掻き込むように食べてすぐに横になりました。
    医師に症状を訴えても、痛みで筋肉が緊張して肩こりや首こりからくる頭痛ではないか?とのことで、湿布をはっておく処置が指示されました。
    このひどい頭痛はずっと続き、こんなに手術の影響が辛いのだったら、もう絶対に手術なんか受けないぞ、と心に誓ったのでした。
  • 再建手術の検討
    ある朝、看護婦さんが「外来に行ってください」と言うので、行ってみると、前十字靭帯再建手術の経験豊富なA医師が、簡単な触診の後、「再建手術をするかどうか」について今後のライフスタイルなどを考慮して・・・などと説明してくれ、手術するかどうか意思表明を求められ
    ました。
    けども、まだ頭痛は続いていて、正常な思考はできていなかったと思いますし、こんな頭痛をまた繰り返すのなら手術は二度と受けたくないと思っていたので「再建しません」とあっさりと返事してしまいました。

    不思議に、なにかふっきれた気分でした。これで、マラソンもサッカーもバドミントンも野球もまともにプレーできなくなるな・・・と寂しい感情もありましたが、のんびりと余生(かなり長いはずだけど)を過ごすのも悪くないなあと前向きじゃない考えが頭を支配していました。
    触診の際に膝頭を押すと傷の部分から血液の混じった液体がタラタラと流れ出してきました。けっこう衝撃的でした。
  • 退院
    あまりにも頭痛がひどいため、なにもかもが嫌になってしまい、はやく病院を出て家に帰りたいと考えるようになりました。末期の患者が家に帰りたいと言う気持ちがわかったような気がしました。
    半月板の縫合をしましたから、通常は2週間以上入院をすすめられるところですが、1週間で退院することにしました。
    退院の日も頭は痛く、タクシーの中でも起きていられませんで、運転手が「退院して大丈夫なんですか?顔色悪いですよ。」と心配してくれるほどでした。
  • 頭痛の原因判明
    病院に抜糸や消毒に行ったときに、まだ頭痛が治らないことを告げると、半身麻酔のときに脊髄に開けた注射の穴から骨髄液が少しずつ漏れることによる頭痛で、人によってはこの穴がふさがりにくい人がいて、脳が下に引っ張られるような痛みが特徴的との説明がありました。時間が解決してくれるとのこと。
    どうやら原因はこれだったようで、退院から数日経ったら嘘のように治ってしまいました。
  • リハビリ
    週に2〜3回、リハビリに通うように医師に言われました。
    最初は、運動する服装で行かなかったくらい呑気にしていたので、けっこうきついメニューに驚きました。
    リハビリを続ける中で、前十字靭帯が切れたままの場合にどういうことに気をつけなければならないのか、どのくらいのレベルまでスポーツが出来るのかなど、いろいろな疑問を医師やトレーナーにぶつけ、その都度疑問を解消していきました。
  • ニーブレイス
    間もなく、リハビリ時の膝の安全を確保するために「ニーブレイス」を作ることになりました。
    装具屋さんに採寸してもらったときに、「太い足してますね」と言われましたが、このとき既に怪我をしてから1ヶ月以上経過していますBで、けっこう細くなっていたのです。
  • 恐怖
    医師やトレーナーの説明を聞いたり、インターネットで調べたりして前十字靭帯が切れたままの生活スタイルをあれこれ考えていたのですが、特段スポーツをしない場合でも、前十字靭帯が無いことで日常生活のあらゆる場面で不便が生じる可能性があることを知り、同時に膝崩れやその影響による変形性膝関節症の恐怖が頭にこびりついてしまいました。

    それに、まだスポーツに未練がありました。
    のんびりと生活するのも悪くないのですが、まだ30台前半ですし、アクティブに活動する生活に慣れ親しんできた私にとっては、のんびりした生活は退屈ですぐに飽きてしまうと考え始めました。
  • 再建決断
    リハビリに行く日のある朝、妻に「再建手術したいんだけど・・・。」と告げると「お医者さんに相談してごらんなさい。」とのことで、再建手術にかならずしも反対ではない様子でした。1ヶ月以上も家を空けてしまうので、いろいろと心配なこともありましたし、仕事の面でも不安がありました。
    その日に医師に「やっぱり再建したいんですが。」と告げると、「そうですか、やっぱり不安ですものね。うちはこの手術の成績いいんですよ。」と言って手術日のスケジュールを確認して入院の予定をたててくれました。

    会社の方は、「きちんと治してきて下さい」とのことで、入院期間中はPHSで会社のネットワークにつないで仕事をすることになりました。まあ、自分がいなくても会社がつぶれるというほど要職ではないので、業務上の不便は乗り切れるのではないかと思いました。
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再入院(10月19日 月曜日)
  • 入院準備
    入院期間はおよそ6週間とのことでしたので、必要なものをいろいろ買い揃えました。栄養面からのサポートも必要と思い、関節に良さそうな「コラーゲン」とか「グルコサミン」とか「コンドロイチン」などを入手し、各種のビタミン、ミネラル、そしてプロテインも十分い用意しました。
  • 入院初日
    入院はもう手馴れたもので、一人でタクシーに乗って病院に行って、手続を済ませ、30分後には部屋でまったりとしていましたが、ふと思い立って近所のコンビにに無断外出して牛乳、飴、雑誌などを買ってきました。
  • 剃毛
    午前中に剃毛しました。
    看護婦さんはなんにもしないで「自分で出来るでしょ。」と黙って見てるだけでした。自分で電気カミソリで右足の毛をすべてツルツルになるまで剃りました。股間の毛が手術時の道尿管を入れる処置での前張りに邪魔なので周りだけ剃っておいてと言われたので、看護婦さんの見守る中(*^^*)少し剃りました。
  • 心電図に異常?
    心電図をとったのですが、いつものことながら波形に乱れが・・・。
    念のために内科の医師の診察を受けて「問題なし」になりました。
  • 痛み止めの薬は無し
    前回の手術のときに痛み止めで胃が荒れたようなので、今回は痛み止めは出さないとのことで、痛みがあったらその都度対処してくれるらしい。
  • 回診 手術の説明
    午後から回診があったので、医師に手術内容を確認しました。
    足にボールペンで切開場所などを書いて説明してくれました。
    1. まず、膝の皿の下のちょっと左側を4cmほど切開する。
    2. そこから器具を入れて膝の内側から後ろに伸びている腱を切り出す。
    3. 膝の下ちょっと左側にドリルで穴を開ける。
    4. そのときに取り出された骨と腱を組み合わせて移植用に整形する。
    5. 移植腱を穴に入れてスクリューで上下から固定する。
    6. 関節鏡(スコピー)用の穴も2箇所あける
    7. 95%くらいの患者は、この方法(STG法)で大丈夫だけども、稀に移植用腱が短かったり細い場合は、膝のお皿の下についている3cm幅くらいの腱の一部を骨付きで切り取って使う方法(BTB法)に切り替える。
    8. 全身麻酔は麻酔科の医師が大学病院から来て管理してくれるとのこと。
  • リハビリ初日
    手術後のリハビリの説明を受けるだけかと思っていたら、さっそく軽いリハビリメニューが課されました。暇なのでまじめに取り組みました。次の日の午前中も軽めのメニューがあるとのこと。
  • 手術準備の薬
    明日の手術に備えてよく眠れるように眠剤をもらった。一緒に全身麻酔の準備薬を飲んで眠りました。
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第2回目の手術 前十字靭帯再建 (10月20日火曜日)
  • 起床
    6:30に起床。薬のせいなのか、舌が変な感じ。
    今日は朝食のみで、10:30からは水分のみ許可、14:30からは水分も含めて一切口にしてはいけないとのこと。
    おなかが空いて死にそう・・・。
  • 手術準備
    14:00に手術着に着替えて、T字帯を装着し、点滴500ccを2本入れました。点滴のせいかやたらにトイレに行きたくなりました。
    手術開始前の18:00には妻がやってきました。
  • 手術室へ
    18:30に予定どおり手術室へ歩いて行きました。
    やはり手術室はひんやりとしてまぶしい感じです。
    背中を丸めて腰に麻酔を打ちますが、これが痛い。歯医者さんの麻酔のような感じといえばわかるでしょうか?今回は、硬膜外ブロックという麻酔方法で頭痛などの副作用は少ないとの説明でしたので、安心して任せました。腰に麻酔の注射をして、なにやら処置をして仰向けになって吸入器をあてられてからは記憶がありません。なんか「眠らせますよ〜」と言われたような・・・。
  • 無事終了
    気が付いたら病室のベッドの上で、第一声は「腹減った」。(^^)
    妻が医師の説明を聞いてきて、手術は当初の予定どおりSTG法でうまくいったとのこと。
    妻は俺が眠たそうなので、まもなく家に帰りました。
    麻酔の影響か、ひどく眠たくて眼を閉じるのですが、完全に眠れるわけではありませんでした。
    夜中に足が痛みました。腰に入ったままの麻酔のチューブがなんか気になるのですが、効果はないのでしょうか?
    お尻の右の中心部に打撲の痛みと同じ痛みを感じ、看護婦さんに湿布をはってもらいました。
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10月21日水曜日
  • 手術後はじめての食事
    夜中の3時に看護婦さんが水を飲ませてくれました。妻が置いていったコンニャクゼリーとウイダーインゼリーも冷蔵庫から出してくれて食べましたが、よく味がわかりませんし、うまく口が動かない感じです。それにしても空腹による胃痛が辛かったです。
  • なかなか眠れず
    朝の5:00に足が痛くてぱっちりと目がさめてしまいました。そのまま眠れずに6:30に血液採取です。
  • 朝食
    8:00に朝食が配膳されましたが、美味しくない・・・でもがんばって7割ほど食べました。ビタミンを飲もうと思いましたが、棚の下の方に入れてあるため手が届かず飲めませんでした。
    9:00頃に妻が洗濯物を持ってきてくれました。
  • 昼食
    12:00に昼食でしたが、やはり食欲はありませんでした。8割ほど食べて、ビタミンを飲みました。
    15:00頃に足が痛いので痛み止めの座薬をもらって自分で入れました。看護婦さんが「自分で出来るでしょ?」とめんどうくさそうに言ったので奪い取るように座薬をもらって痛い足をかばいながら自分で入れました。直後に親父がゴルフの帰りにお見舞いに寄ってくれました。
  • 導尿チューブ
    16:00頃に道尿チューブを抜き、車椅子でトイレに行きました。座薬が効いているのか、痛みのピークが過ぎたのか、動いても意外に足は痛くありませんでした。
  • ヘモパック
    膝の関節内には手術による出血がありますので、これを排出するためにマイナス圧力になっている「ヘモパック」というものをチューブをとおして膝関節の中に入れています。
  • アイシング
    手術直後から膝は常に氷で冷やしています。冷やすことで炎症や腫れを抑えられるそうですし、痛みも和らぐようです。
  • 夕食
    18:00頃に夕食ですが、やはり食欲はありません。
    消灯は21:00です。夜は眠りたいけども眠れないような状態でした。
  • ウンチ
    ウンチは普通に出ました。
    半身麻酔のときはなかなか調子よく出なかったのですが、全身麻酔では関係ないのかもしれません。
    ただ、松葉杖をついたままや車椅子で使えるトイレの数が少ないので、順番待ちしなければなりません。人が座っていた直後の便器に座るのもなんだか嫌なものなので、ケンケンして普通のトイレに入りましたが、手術した足はブレイスで固定されていて自由にならないので、便器に座りづらかったです。
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10月22日木曜日
  • やはり眠れない
    なかなか眠れず、2:00〜6:00の間に何度も起きてはトイレに行った。(まだ車椅子です。)
    ただ、思ったよりも足は痛まなかったので、硬膜外ブロックの効果かもしれません。前回の強い痛みとはぜんぜん違っていたので拍子抜けした感じです。なんとなく、左足の皮膚の感覚も鈍い感じがします。つねってもあまり痛くありません。
  • 点滴(抗生剤)
    点滴は朝食後と夕食後に500ccずつ。量は減らしてゆくけども手術日を含めて5日間続けるとのことでした。今はもう少し抗生剤の投与期間が短いはずです。長く投与したからといって感染率が減るというものでもないようです。
  • フトモモ内側に電気が走った!
    寝ているときに何度か手術した右足のフトモモの内側あたりにビビッと電気が走ったような感覚を感じました。ブレイスがきつすぎるのか?手術跡が痛むのか?右すねの内側部分がしびれたような感じにもなりました。
    フトモモ内側〜裏側にかけては、再建のために自己組織を採取したところなので、その影響かもしれません。すねの内側は手術で4cmほど切開したところですから、細かい神経は切れているはずで、その影響でしょう。
  • 少し気分が良くなってきた
    21日に比べると、だいぶ気分が良くなってきました。起きていると少し辛いのですが、なるべく起きている時間を長くして行こうと思いました。食事はあいかわらず美味しく感じませんが身体のためなので、無理してでも全部食べました。
  • テレビ
    手術がおわってから気分が悪かったので、ほとんどぼーっとしているだけだったのですが、久しぶりにテレビを見ました。「どさんこワイド」という夕方の情報番組でした。
  • 読書
    だいぶ気分がよくなってきたので、入院のために買い揃えた文庫本を読みました。
  • 背中と腰が辛い
    上ばかり向いて寝ているので、背中と腰が辛くなってきました。横を向いてみましたがブレイスを着けた足が痛いのですぐに上に向きなおしました。
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10月23日金曜日
  • 相変わらず眠れず
    同室の患者さんの鼾がすごかったり、夜中に動き回る看護婦さん達が気になって、もともと神経質な私はなかなか深い眠りを得ることができずにいました。
    この日も夜中に何度もトイレに行きました。トイレにどうしても行きたいというわけではなく、眠れないので暇を持て余していたんです。
  • 同じ手術を受けた人
    8:00頃に洗面所にコンタクトレンズを洗いに行ったら、私と同じ手術を2日前にした女性がいて、「お互いにがんばろうね。」と励ましあいました。彼女は、数年前に前十字靭帯を切ったのですが、そのままブレイスを着けてバレーボールをプレーしていたそうです。
  • ベッドを起こしてもらう
    だいぶ気分が良くなってきたので、ベッドを起こしてもらい本を読んだりテレビを見たりして過ごせるようになってきました。
  • 母の見舞
    昼頃に母が見舞いに来てくれ、いろいろと食べ物を置いていってくれました。やっぱり病院の食事よりも美味しいです。整形外科なので食事に厳しい制限はありません。
  • 痛み止めのチューブをはずす
    14:00頃に痛み止めを背中に入れつづけていたチューブを抜き取りました。同時にヘモパックも抜き取りました。チューブを抜いた後は特に縫合することも無く、消毒しただけで放置しました。
    このとき、初めて自分の膝の手術跡を見ました。思っていたよりも傷口は小さいものでした。全部で4箇所傷があったと記憶しています。
  • リハビリ開始
    夕方に食堂まで行って仕事のメールをチェックしていると、リハビリのH先生がやってきて「ヘモパックがとれたので今からリハビリをはじめます。」とのことでした。CPMという機械を使って、手術した膝を自動的に少しずつ曲げる練習をしました。30度〜60度の範囲での曲げ伸ばしを1時間やりました。マニュアル的には20度まで伸展してもいいのだけども、10度ほど余裕を持たせてあるとのことでした。膝を曲げて行くと「メリメリ・・・」といった感じが膝の中でするのがとても怖かったのですが、リハビリの先生は「大丈夫だから。」と平然としていました。
  • 松葉杖
    車椅子から松葉杖に変更です。

    不謹慎ですが、車椅子は視点が新鮮で面白かったです。
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10月24日土曜日
  • お見舞い
    昼前に義母と妻がお見舞いに来てくれた。
    午後からは兄家族がお見舞いに来てくれた。
  • リハビリ室でのリハビリ
    今日から、午前と午後の2回、リハビリ室でリハビリをすることになりました。
    本日のメニューは→
  • 病院は大忙し
    土曜日の救急当番の日だったようで、夕方から救急車やタクシーで患者が続々とやってきました。私が入院していた部屋は手術後の回復室という位置付けだったので急患用に使われると聞いたとおり、夜になって80歳くらいのおじいちゃんが交通事故による太腿骨折で入院してきました。手術するまでは、膝にボルトをとおして骨を引っ張って、骨同士が擦れないように処置していました。自分が骨折していることを理解していないようでした。
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10月25日日曜日
  • 少し眠れるようになってきた
    夜中に3回ほど起きてトイレに行きましたが、これまでよりは眠れるようになってきましたし、横を向いて寝ていても1時間くらいなら大丈夫になりました。
  • リハビリはお休み
    日曜日はリハビリはお休みですので、まったくすることがなく、仕方なく(笑)仕事のメールを処理していました。でも、看護婦さんがCPMをリハビリの先生からことづかっていたようで、1時間まったりと膝の曲げ伸ばしをしました。
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10月26日月曜日
  • CPMの角度変更
    今日からCPMの角度が30度〜70度になりました。時間はあいかわらず1時間です。寝たままなので本を読むか音楽を聴くくらいしか暇をつぶす術がありません。
  • リハビリメニュー変更
    メニューはこちら
  • 喉が痛い
    乾燥のせいか、喉が痛くなったのでうがい薬をもらった。
  • 回診
    14:00頃に回診があった。傷口を消毒してもらった。抜歯は来週の水曜日頃とのこと。
    顔色が悪いと言われました。これで昨日から2回目です。もともと白いのですが、寝不足のせいか?
    そろそろ術後の回復期は過ぎたので、部屋換えがあるかもしれません。
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10月27日火曜日
  • お尻の打撲的な痛み
    手術直後から感じていたお尻の右側の打撲のような痛みがだいぶ楽になってきました。お知りに貼っていた湿布ともお別れです。
  • CPMの角度変更
    今日からCPMの角度が30度〜85度になりました。時間はやはり1時間です。
  • レントゲン撮影
    午前中にレントゲン撮影がありました。
  • 可動式ニーブレイス装着
    今日から、固定式のブレイスをはずして、事前に作ってあったブレイスに交換しました。ブレイスで膝の伸展角度に制限をつけているため、まっすぐに足を伸ばすことができないのがなんだかもどかしい感じでした。
    私のニーブレイスは、カナダのスキーチームのために開発されたのがはじまりらしいです。けっこう大きなもので、サイボーグになった気分です。ニーブレイスもいろんなメーカーがあって、それぞれにいろいろ特徴があるようです。

    膝は90度まで曲げてよいことになっているらしいのですが、このブレイスは70度までしか制限できませんので、とりあえず70度に設定しました。
    90度まで曲げてよいとの事なので、ベッドに腰掛けて足を少しぶらぶらさせたりしてみました。普通に近い姿勢がとれるようになってゆくのはうれしいことです。
  • 洗髪
    手術後、はじめて洗髪しました。
    なんか苦しい体制で洗っていたので、身体がいろいろ痛くなりましたがすっきりしました。
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10月28日水曜日
  • 新生日本代表エジプトに勝利!
  • 回診
    抜糸は30日金曜日にしようということになりました。
    足をビニールでカバーすれば入浴(シャワー)しても良いことになりました。
  • 屈曲制限解除
    手術を執刀したT医師の回診もあり、屈曲制限が解除されました。ニーブレイスの屈曲制限を30度〜フリーに設定しました。
  • 鼾3重奏
    同室の3人の鼾がものすごく、動物園のトド舎のようでした。耳栓をつけていても眠れませんでした。

    怒る気力も起こらず、ただ笑うだけでした。
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10月29日木曜日
  • シャワー入浴
    午後は休診でリハビリもお休みだったので、13:00頃に足をビニールでカバーしてガムテープで固定してシャワーを浴びました。久しぶりに石鹸で身体を洗ってすっきり気持ちよかったです。
  • サプリメント
    妻が、レシチンとコラーゲンドリンク(ファンケルのテンスアップ)を持ってきてくれました。他にコンドロイチンやカルシウムや各種ビタミンなど、けっこうすごい量のサプリメントを摂っています。効果がどれだけあるのかわかりませんが、できることはやっておかなければ後で後悔するよりはましと思いました。
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10月30日金曜日
  • 早朝のテレビ
    夜の消灯が早いので、朝方は目が覚めるのが早くなってしまいました。
    暇なので1階ロビーで朝食ができるまでテレビを見て入院患者たちとおしゃべりをして過ごしました。

    この時間帯の「今日の運勢」を見るのが一つの楽しみでした。
  • 抜糸
    午後の回診で抜糸しました。(手術後10日目)
  • 全身麻酔は怖い
    同室のおじさんが手術室からなかなか戻ってこないので心配していたら、鼾をよくかく人は全身麻酔から覚醒して自発呼吸をするのが困難な場合があるそうで、なかなかちゃんと目が覚めなかったので、時間がかかったらしい。このおじさんは、半覚醒状態でも「痛い痛い」とかなりうるさかったです。眠れそうもないので、眠剤をもらって飲みました。
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10月31日土曜日
  • CPMの角度変更
    今日からCPMの角度が30度〜90度になりました。時間はやはり1時間です。

    曲げ角度が深くなりましたがあまり痛みはありません。手術の傷口が引き伸ばされる感じがちょっと嫌でしたけど。
  • 快調ウンチ
    この頃からなぜかウンチが何度も出るようになり、朝起きてブリッ、朝食後にブリッ、夕食後にブリッといった感じで一日に3回出すことも珍しくありませんでした。毎日飲んでるヤクルト・ミルミルのおかげか?
  • チキンペッカー
    妻が私の大好きな「チキンペッカー」の炭火焼とあんボールドーナッツを買ってきてくれました。昼食直後にもかかわらず食堂でむしゃむしゃと食べ尽くしました。美味しかったあ。
  • 珍客
    夜になって痛み止めを大量に飲んでしまったじいちゃんが運び込まれてきましたが、一人で騒がしくしているのでナースステーションに連れてゆかれて朝まで戻ってきませんでした。
    このせいで、寝不足・・・。
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11月1日日曜日
  • 部屋の移動
    部屋が手術後の回復室的なところなので、急患に使用されたりするため、どうしても夜中にも騒がしくなりがちなので、看護婦さんが部屋を替わるか?と言ってくれました。とりあえず、他の「静かな」部屋に空きができたら移動させてもらいたいと言っておきました。
    どうしても眠りたいので、眠剤をもらって飲みました。
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11月2日月曜日
  • 歩行許可
    体重の3分の1をかけて爪先で歩いてよいとの許可が出ました。久しぶりに靴を履いて歩いてみたら力の入れ方がわからなくて妙な感じでした。
  • 退院予定
    午後の回診で予定よりも早めに、11月13日(3週間と3日)に退院させてもらいたい旨を告げ、「病院では全加重できるのは4週間を目処にしているけども、早めに退院するのは駄目とは言えないので、気をつけて生活してくださいね。」とのことでした。
    アメリカでは、同じ手術でももっと早くに退院させてしまうのも事実らしいです。
    医師は、あくまでも自己責任でとのことでしたが、病院内で転んで手術個所に問題が生じたら病院が責任をとってくれるのでしょうか?病院内なら全て病院が責任をとってくれるわけじゃないでしょうから、それなら家に帰っても同じ事と思いますので、快適な我が家に早く戻りたいです。

    正直なことを言えば、翌日は大事な記念日だったのです。
  • 引越し
    午後になって205号室から211号室に移動しました。
    静かそうな部屋で安心しました。ベッドは窓際で快適。
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11月3日火曜日
  • 祝日
    祝日なのでリハビリもお休みで暇をもてあましていました。
    できるだけ動こうと思い、つま先だけ着けて廊下をうろうろしていました。痛みはありません。
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11月4日水曜日

  • 4:30頃にトイレに行きましたが、まだ暗く寒かったです。
    6:00に1階のテレビのところに行きましたが、寒さのためか、しばらくだれも来ませんでした。
    寒かったのでジャージを履きましたが、装具の調節ができなくて不便でした。
  • ストッキング
    素足にニーブレイスを着けていたのですが、汗で蒸れるし、傷口に擦れて痛いので、ストッキングのようなものを看護婦さんにもらいました。
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11月5日木曜日
  • 降雪
    朝起きたら雪が降っていました。
    怪我をしたのが夏でしたが、もう北海道は冬が近づいてきています。
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11月6日金曜日
  • 喫煙室
    病院内は禁煙ですが、唯一「喫煙室」だけでタバコを吸うことができます。
    自分はタバコは吸わないので、この部屋に入ったことはないのですが、初めて入ってみました。壁は黄色くなっているし、においはすさまじいものがありました。
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11月7日土曜日
  • 退院準備
    妻に不要なものは持って帰ってもらい、少しずつ退院の準備をはじめました。
  • 入院患者の人間関係
    2週間以上も入院していると、徐々に入院患者の間の人間関係も見えてくるようになってきました。恋だ愛だといった話はもちろんのこと、個室の患者が男を連れ込んでいたのが見つかったとか、あいつらはできているとか、手術台から患者が落ちて骨折した(そんなことは起こっていない)とか、どこから沸いて出てくるのかわからないような話もたくさん飛び交っていました。みんな元気で暇なので噂好きになってしまうのでしょうね。
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11月8日日曜日

  • 膝は痛みも無いし、松葉杖をついている以外は不便はないので、ほんとうに暇を持て余していました。
    食べてるか、本を読んでいるか、テレビを見ているか、なんて怠惰な生活でしょう。(^^)
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11月9日月曜日
  • 採血
    朝6:00に採血がありました。こんなに朝早くからの採血にちょっとびっくりしました。
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  • アクシデント!
    右足のレッグカール中に膝の裏から太腿の裏側あたりで、「ゴリッ」というような感触とともに鋭い痛みがはしりました。ちょうど太腿の裏を肉離れしたような感じでした。
    リハビリの先生に伝えたところ、移植のために採取した腱の部分で肉離れ的な痛みが出てしまう場合があるとのことでした。なんでも若い人はなりにくいそうで・・・。痛みはそのうち無くなるとのことでしたが、痛いのを我慢してトレーニングを続けると2〜3ヶ月くらい長引いてしまうので無理しないで、しばらくはもっと軽いウエイトでやることになりました。
  • 体重の半分加重許可
    体重の半分を加重して踵を着けて歩いてもよいとの許可が出ました。
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11月10日火曜日
  • 電気治療
    太腿裏側の痛くなった部分に電気治療(低周波?)を施しました。
    あんまり状態は変わりません。
  • 疲労感
    最近はリハビリ内容が濃くなってきたせいか、心地よい疲労感を感じるようになってきました。
  • 歩行
    まだ松葉杖を使わなければならず、体重の半分をかけても良いとはいえ、膝を完全に伸展することができないので、歩く練習もなんだか違和感がありました。でも、痛みも無いし、けっこう長い距離でも歩けそうな気がしました。
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11月11日水曜日
  • 安定感
    リハビリで膝に体重をかける練習をしているせいか、ここのところ膝に力が入る感覚がわかるようになってきて、安定感が増しているようなかんじです。
  • 膝曲げ
    膝の屈曲角度が、自分の足の力だけで115度まで曲がりました。この段階では120度まで曲がれば良いそうなので、リハビリの先生の手技による曲げはありませんでした。
    実は、このリハビリの先生による曲げが恐怖なのです。とっても痛いんです。(-_-;)
    足の裏を床面につけたまま足の力だけで滑らせるようにして膝を曲げるのは、屈曲限度(120度)を超えてもかまわないとの事でした。むしろ、積極的に動かすことで軟骨のすべりが良くなることが期待できるとのことでした。
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11月12日木曜日
  • 太腿裏の痛み
    痛みが和らいだような気がしますが、ピリッとする痛みを感じることがありますので、できるだけ力を入れないように注意してリハビリしました。
    明日は、朝一で太腿裏に電気をかけて、リハビリをしてから退院です。
  • 病院の食事
    病院の食事は、とっても美味しいとは言えませんが、不味いものでもありませんでした。
    暇を持て余している患者たちにとっては、食事はなによりも楽しみなものでした。私も食事の時間がとても楽しみでいつも心待ちにしていました。
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11月13日金曜日

  • 退院の朝です。早くから目が覚めてしまいました。
    雪がたくさん積もっています。松葉杖をついて外を歩くのはかなり大変そうでした。
  • 退院
    リハビリをして、診察を受けて注意事項を確認して、ナースステーションにお菓子を置いて、患者さんたちに挨拶をして、支払いを済ませて、妻と一緒にタクシーで家に戻りました。
    今回は1回目の退院のときのように気分が悪いわけではなく、すっきりと元気に退院しました。
  • タイヤ交換
    退院してすぐに車のタイヤを交換しに行きました。車の運転は特に支障なくできました。
  • 回転寿司
    昼食は近所に新しくオープンした回転寿司屋さんでした。
    期待していったのですが、あんまり美味しくありませんでした。
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退院後の経過 →続く


以上。


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