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1996.9.7 土曜日(旅の3日目)
ハイデルベルク〜ローテンブルク〜ミュンヘン


ローテンブルク
午前、ハイデルベルクを出発し、水蒸気を浮べるネッカー川に沿いローテンブルクへ向かう。ハイからローへ。冗談はこのくらいにして、この街には有名な仕掛け時計がある。マルクト広場にあるマイスタートゥルンクだ。三角屋根の上から3段目中央に時計が据えられ、両脇に小窓がついている。毎正時に鐘の音とともに小窓が開き、右に老市長ヌッシュ、左に将軍ティリーのカラクリ人形が現れる。将軍がラッパを吹くと老市長は手にした大杯を飲み干す仕草をするのだ。これが人気でマルクト広場は時間になると見物客で一杯になる。これにはいわれがあって、1631年10月30日、三十年戦争で、新教側についたローテンブルクは、旧教側皇帝軍の将軍ティリーに抵抗むなしく敗れ陥落した。将軍は難題をつきつけた。「もしこの大杯のワインを一気に飲み干す者がいたら全てを許してやろう。」ときたもんだ。受けて立ったのが老市長ヌッシュだ。ヨッ大統領!! 彼は命を懸け約3リットルものワインを十分間で飲み干したのだ。将軍は老市長の心意気にいたく感じ入り、町の破壊と斬首はや〜めたのだ。めでたし、めでたし。とまあ、このワインイッキ飲みの逸話がマイスタートゥルンクの時計に仕掛けられているのだ。なかなか、しゃれているではないか。
木組みの家
ローテンブルグは城壁に囲まれた中世の町だ。石畳の歩道と木組みの家が醸し出す雰囲気はとってもすばらしい。写真の木組みの家は、マルクト広場に沿って建てられているものだが、堂々としたたたずまいにもかかわらず、どこか愛らしさや安らぎを感じるのは、私だけだろうか。洋風合掌造りのような・・・・・。ローテンブルクはロマンチック街道の中でも特に人気の高いところで、その名のとおり、とってもロマンチックな雰囲気の街なのだ。ホント。
デュンケルスビュール
バスはロマンチック街道を南下し、ローテンブルクからミュンヘンへ向かう。途中、デュンケルスビュールに立ち寄った。この町もローテンブルクと同じように城壁に囲まれた中世の町だ。木組みの家もみられ、ロマンチックというよりもメルヘンチックな町だった。レストランで昼食をとったのだがこれが傑作。女性は白いあかちゃん帽、男性は赤頭巾ちゃんのような赤いとんがり帽子をかぶせられるのだ。ちょっと恥ずかしかったが、中世にはこんな格好で食事をしたのだそうだ。みると料理や食器類も中世風のものだった。外の広場へ出ると神学者クリスト・フォン・シュミート像が子供たちに慕われながら建っていた。
             

ミュンヘン
夕方、ミュンヘンに到着。ホテルで一休みしたあと、今夜の食事は有名なホーフブロイハウスだ。今はごくフツーのビアホールだが、実はかつてヒトラーがナチスの旗揚げ演説をしたところで有名なのだ。1リットルジョッキーがドカンとおかれる。つけあわせは、ソーセージ、マッシュポテトそれにザワークラフト。ドイツの食事には、このザワークラフトが必ずといっていいほど出てくる。キャベツの千切りを酢づけにし醗酵させたもので、独特の味がする。はっきりいうとマズイ!・・・というより日本人の口には合わない、というのが正解なのかも。外国人が日本にきて、納豆や塩辛・ウメボシの類を食するのと同じことなのだと思う。要は慣れで、それが証拠にドイツに何度も来ている添乗員さんは「ウマイ・ウマイ」といって平気な顔して食っていた。

一時、某ビールメーカーのコーマシャルで
ミュンヘン・サッポロ・ミルウォーキーというのがあった。
これらの都市は、ビールが縁で姉妹都市となったところだ。
札幌に住む私は、このコマーシャルを想いだし、
ミュンヘンがより身近に感じられた。
ホーフブロイハウスでは、地元の人と観光客が
一緒に歌を歌ったり、踊ったりと
とてもアットホームな感じだった。