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■国際交流■
ミュンヘンのホテルを出発し、ノイシュバンシュタイン城へ向かう。城の麓でマイクロバスに乗り換えるため時間待ちがあったが、同じく時間待ちのスペインの観光客と、友達に! 「へ〜い、どっからきた?」「エスパ〜ニアよ!! アユー?」「フロム、ジャパ〜ン」てな調子で、英語とスペイン語と日本語が入り混じり、ワイワイガヤガヤ大騒ぎ。恐れずコミュニケーションを試みる。結構通じるもんだ。さてマイクロバスに乗り、クネクネと曲がった坂を登って、城門に到着。門をくぐるのがまた大変で、門前に設置されている電光掲示板の数字が入城チケットの数字になると、中に入れるのだ。30分程待ってようやく入れた。「毎日、こんなに沢山の観光客が入って、相当儲けてるな・・・。」などと不埒なことを考えながらゾロゾロと中に入り見学した。
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■ノイシャバンシュタイン城■
バイエルン国王・ルートヴィヒ2世が建設した白亜の城は、別名「白鳥城」とも呼ばれている美しい城だ。17年の歳月をつぎこんで造られたこの城は、作曲家ワーグナーのオペラをモデルに設計され、1887年完成した。ルートヴィヒ2世の我儘を実現するため建設されたというだけあって、ドヒャ〜、内部は豪華絢爛。ずいぶんお金かかったんだろうな〜。と想像していたら、案の定、自らの浪費で国の財政を圧迫したのだという。このため政府は「王は精神病だ。」と診断し幽閉してしまった。ある日、王は「散歩に行きたい。」と、グッテン博士と外出した。グッテン博士は、側近のなかでただ一人「彼は精神病ではない。」と主張した人物。散歩に出た二人は、なんと湖で水死体で発見されたのだ。護衛もついておらず、死んだ原因は今でも謎のままである。と、まあ国王・ルートヴィヒ2世の数奇な運命の物語が、この白亜の美しい城にあったのだ。こりゃ陰謀だな、きっと。
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■ビヤ樽おじさん■
ノイシュバンシュタイン城の見学を満喫したあと、麓までは馬車で下った。愛嬌たっぷりの太っちょビヤ樽おじさんが、2頭の馬のたずなをひく。パカポコとヒズメの音も軽やかに20分ほどで麓に到着。山の中なので、空気もうまく爽快だ。ほどなく白亜の、ノイシュバンシュタイン城を後にした。
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 ■国境■
午後、ドイツからスイスへ向かう。途中、ほんのわずかの距離だがオーストリアを通過する。わずかとはいえ、きちんと国境の検問はある。ふつう国境の様子は写真撮影厳禁だが、ここはOKだった。ただし、状況次第なので国境での撮影は注意が必要だ。フィルム没収なんてなことにならないように!!
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■ブリエンツ湖■
無事国境を通過しスイスに入った。バスが進むにしたがい、遠くに雪を抱いた山々の風景が近づいてくる。碧い水を湛えたブリエンツ湖のほとりで小休止。目的地のインターラーケンまでもうわずかだ。ブリエンツは、小さな村で、駐車場に隣接して数件のみやげ店が並んでいた。アルプスの氷河(グレッチャー)が溶けて流れ出し、低地に溜まって、この美しい湖をつくっているのだ。そう聞くと、いかにも冷たそう〜。日本では残暑が厳しい季節だが、ここは別天地だ。
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■インターラーケン■
夕刻、本日の宿泊地、インターラーケンに到着。インターラーケンは、グリンデルワルドなど登山口に向かう拠点となる小さな町だ。このため、ここに宿泊する人は、登山客が多い。町を歩くと、日本人が多数闊歩していたのは驚いた。観光客も結構滞在しているらしい。信号はほとんどない道路だが結構車が通る。感心したのは、ドライバーのマナーのよさだ。私が道路を横断しようとする動作を、かなり前から察知してスピードをゆるめ、プリーズというように手をかざし、横断させてくれる。これなら信号などいらないはずだ。はたして日本ではどうだ?
車がきているのに道路を横断しょうとしたもんなら、クラクションを派手に鳴らされ、「バカヤロ!どこ歩いてんだ!!」などと罵声をあびせられるのがオチだな、きっと。心の豊かな人と接したら、こちらも心が豊かになった。
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