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1996.9.11 水曜日(旅の7日目)
パリ


凱旋門
きょうは終日、パリ市内を観光する。まず、車窓からの見学だ。シャンレリゼ通りにつながるシャルル・ドゴール広場に鎮座する凱旋門を訪れた。とても大きいのに驚いた。写真の下に人が大勢いるのだが、この人と凱旋門を比べてみると、その大きさがわかる。この門はナポレオンの命により1806年着工、途中工事が中断した時期もあったが、1836年、ルイ・フィリップの時代に完成した。なんとも皮肉な話だが、セント・ヘレナ島に幽閉され1821年死亡したナポレオンは、1840年、遺体を砲車にのせられ、この凱旋門をくぐる。高さ約50m、幅約45m、屋上は展望台になっていて、観光客で賑わう。交通量が多く、たくさんの車が、門の下をくぐり抜けていた。

エッフエル塔
パリといえばエッフェル塔。パリのセーヌ川河畔、シャン・ド・マルス広場に立つ高さ320mの鉄塔だ。1889年のパリ万国博覧会の際、フランス人技師エッフェルによって設計、建設された。シンメトリックなこの塔は、いまでこそパリのシンボルとして、なんの違和感もなく受け入れられているが、建設当時は「グロテスク!」だとか「美的感覚がない!」など、散々コケにされたという。エッフェル塔は時代が物の評価を変えることの代表例ともいえる。建設以来、1世紀以上を経た鉄塔は、周りの庭園とも調和し堂々とそびえていた。

ベルサイユ宮殿
パリ南西部にある、壮麗なヴェルサイユ宮殿を見学。さすがに宮殿だけあって、豪華そのものだ。主要な部分はルイ14世時代に作られ、数次にわたる増改築、室内装飾、庭園の整備が行われた。有名な鏡の間は、ドイツ帝国創立式典、第一次大戦後の講和条約調印式、1982年には先進国首脳会議(サミット)などが行われている。見学は各部屋を順に通過しながら見て歩くが、天井には豪華な絵が描かれ、アンティークな調度品、絵画、タペストリーなど見るものを圧倒する。フランス革命の際、断頭台の露ときえたマリー・アントワネットの胸像もみられた。



      

エヴァリンさん
今回、パリの街を案内してくれたのは、女性ガイドのエヴァリンさんだ。外国人独特のアクセントを伴っているが、流暢な日本語で説明してくれる。ベルサイユ宮殿での説明も実に分かりやすくて、ツアー客にも好評だった。人なつっこく、誰とも気軽に話していた。写真はベルサイユ宮殿でのツーショット。「記念写真を・・・」といったらウィ・ウィと隣に並んでくれた。

ルーブル美術館
ベルサイユ宮殿などの半日観光を終え、午後からは自由行動だ。さて、どこへ行こうかと考えた末、ルーブル美術館へいってみることにした。セーヌ川右岸にある美術館は、フランスの旧王宮としての起源を持ち、1798年以来、国立美術館として使用されている。散歩を兼ね徒歩で美術館へいったが、着いてびっくり。入館待ちの人の長蛇の列だ。聞いてみると入館まで約2時間待ちだという。ど〜する? けっきょく、入館はあきらめ、記念写真でオワリ。モナリザさんにも、ミロのヴィーナスさんにも会えなかった。

カフェテラス
ルーブルがだめならオルセー美術館へと思ったが、時間も午後3時を過ぎていたため、これもやめた。けっきょく、街角のカフェテラスで、のんびり時間をつぶした。パリには、どこへ行っても、このようなカフェテラスがある。軽いドリンク一杯で、気軽に休める。もしかして、カフェテラスに座っているほうがパリの雰囲気をじっくり味わえるのかもしれない。行き交う人々や車の列、石造りの建物、石畳の道・・・・・。そうだ、これこそ一番贅沢なパリの過ごし方だ。

オペラ通りからホテルまで地下鉄にのってみた。パリの地下鉄は結構複雑で、間違ってはまずいと思い、ホームにいた男性に電車の行き先を聞き確かめた。案の定、間違っていた。我々の電車は向かい側のホームだという。聞くは一時の恥じというがまさしくそのとおりで男性に礼をいい、あわてて向かい側のホームへ。おかげで、無事ホテルへ戻ることができた。夕食はレストランでエスカルゴを食った。人間は何でも食うよな〜。殻付きのかたつむりだ。奇妙な金属製の器具をつかって、中身をとりだし、口にほうばる。ちょっとしょっぱいな。すきずきだが、私はそんなに「うまい!」とは思わなかった。まずくもないけど・・・。本場のエスカルゴに、期待が大きすぎたのかもしれない。