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2000.7.13 木曜日(旅の4日目)
ルクソール


ルクソールはカイロから670Km南の古都だ。
かつてはテーベと呼ばれエジプト最大の都市として栄えた。
ナイル川を挟み、西岸のネクロポリス(死者の都)と東岸のテーベには
さまざまな遺跡が残されている。
今日は有名な王家の谷を中心にルクソールを見学する。

メムノンの巨像
8:00、ホテル出発。9:30、ナイル川西岸のメムノンの巨像に立ち寄る。畑の中に、場違いな感じで巨大な一対の座像がナイル川を向いて立っている。顔の部分はほとんど崩れていて、その表情をうかがうことはできない。偶像崇拝禁止のイスラム教徒が破壊したともいわれている。この像は、アメンホテプ三世の座像であり、かつては背後に葬祭殿があったというが、今はなにもない。メムノンという名は、ギリシア神話に登場する、エチオピアのメムノン王の名に因んだものという。遠くに王家の谷の山々が連なる。

シャトルトレイン
9:50、王家の谷の駐車場に到着。ここから遊園地などにある、幌付きトロッコのような、かわいい乗り物(シャトルトレイン)にのって墳墓の入り口まで移動する。この先、見学する墓によって違うが10〜20分、テクテク歩く。茶褐色の岩山と砂は太陽に焼かれ猛烈に暑い。もちろん、草木など、一本も生えていない。

王家の谷
王家の谷とはいったいなんなのか。もともとテーベの豪族が第18王朝時代、この谷に岩窟墳墓をつくったことに始まり、その後、テーベ出身のトトメス一世が王家の墳墓を造営した。草木一本も生えない荒涼とした谷に、墳墓を造営した理由は、地域的な伝統や、経済的理由のほか盗掘を防ぐ意味もあった。王の墓所は深い谷の奥の奥に隠されて造営されたのだ。いまでこそ、看板などが整備されているので墓の入り口は容易にわかるものの、これを岩や砂で覆ってしまうと、ほとんどわからなくなってしまうだろう。現在まで58の墳墓だ発見されているという。それにしても、この暑さはなんだ〜。まるでフライパンの上だぞ!!

シプタ王墳墓
墳墓内の見学は3箇所だった。初めはシプタ(Siptah)王の墳墓だ。入り口がら階段をおりていく。両側の壁にはヒエログリフやレリーフなどが色鮮やかに刻み込まれており、照明で照らされている。猛烈な暑さの外部から入ったせいもあるが、中はひんやりとしてほっとする。前屋などを経て玄室へ辿り着いた。石の棺が下からライトアップされており、蓋もしっかり残っている。

ヒエログリフ
壁のヒエログリフも見物だ。なにが書いてあるかさっぱりわからないが、鳥などをかたちどった象形文字がギッシリと刻まれている。照明がコントラストをつくり、クッキリと浮びあがって幻想的だ。一文字だけをジッとみると絵にみえるが、全体を眺めると、まさしく文字にみえる。古代の人々は、こんな芸術的な文字を創り出していた。

ラムセス七世墳墓
徒歩でラムセス七世の墳墓に移動。入り口から階段をテクテクおりていく。やはり壁には、ヒエログリフやレリーフが描かれている。玄室内は棺はなく、跡のみ残されていた。四面の壁にもレリーフが描かれている。墓の主はどこへいったのか?

ネクロポリス
古代エジプトでは、死者の世界は日の沈む、西の彼方と考えられていた。このため墓は、ナイル川西岸につくられネクロポリス(死者の町)と呼ばれ、王家の谷も新王国時代からファラオを葬るようになったという。墓は死者の家と考えられていたため、家財装具や装身具、食料やワイン、儀式用の彫像などが、死者とともに副葬されたのだ。壁面には再生復活を願い、宗教文書や現世での幸せな生活を描いたレリーフなどが多数描かれている。

ツタンカーメン王墳墓
ツタンカーメン王の墳墓は、残念ながら撮影禁止だった。墳墓の入り口のみ撮影して、カメラは没収(預けさせられる)だ。ガイドブックなどには内部の様子が掲載されたものも多いので、写真を見た方もいると思うが、とにかく絢爛豪華とはこのことだ。まばゆいばかりの純金製の棺をはじめ、これも金箔がはられた壁のレリーフなど目を見張った。この墳墓は1922年、イギリス人のハワード・カーターが発見した。無盗掘墳墓であったため、副葬品など、多数発見されたのだ。エジプト考古学博物館収蔵のツタンカーメンの黄金マスクは特に有名だ。

ハトシェプスト葬祭殿
10:50、王家の谷の見学を終え、近傍のハトシェプスト葬祭殿に到着。エジプトのファラオは男性だけではない。ハトシェプスト女王(BC1503〜1482)は自分とトトメス一世のために華麗な葬祭殿を建設した。三層のテラス風の石造り建造物で、中央にゆるやかな階段が延びている。背後は茶褐色の岩の断崖絶壁だ。全体に横長であるためか、ドッシリとした安定感がある。こんなものを女性が造っちゃうんだからすごい!! オンナは強いぞ〜。今も昔も!!!!

列柱室
第2テラス奥の両側には柱廊があり、向かって右奥の壁にはハトシェプスト女王がアメン神のお告げで生まれたとされる伝説が描かれており、左奥の壁にはプントへの航海の模様が描かれている。また左手奥のハトホル女神礼拝堂前には列柱室があり、柱の上部はハトホル女神が彫刻されている。ここに立つと、女神にかこまれ、幸せな気分になるな〜。

ハトシェプスト女王
ハトシェプスト女王さんは、新王国第18王朝のトトメス一世の娘です。トトメス二世の王妃だったが、甥っ子のトトメス三世がまだ幼かったため実質的な実権をにぎり、死亡(BC1482)するまで王位に就いた人なのだ。当然トトメス三世は、この女王さんを快くよく思うはずがなく、死亡したあと女王の像などを徹底的に破壊したというのだ。憎悪は恐ろしい。しかしながら、死んでから行動を起こすとは、男らしくないぞ! ま、それだけハトシェプスト女王さんの権力が強大だった証拠でもあるわけだ。権力への執着は古代も現代も、変わらないよな。ホント!!

アラバスター
12:00、アラバスター(雪花石膏)で小物を作っている農家を見学。この農家は観光客のおみやげ品をアラバスターで作り販売していた。食料の鳩を飼っていて、土間にはフンがあちこちに・・・・。

12:30、レストランで昼食。エジプト風コロッケ、ターメイヤを食した。結構、うまかった。

ガラス工芸
14:00、ガラス工芸の販売店を見学。見学というよりも、おみやげを買いに立ち寄ったといったほうが正解に近い。ここは、店の入り口で、ガラス工芸品の製作実演を見せてくれる。右手にバーナーを持ち、左手でペンチやハサミを使用し、溶けたガラスを器用に加工してゆく。カミさんは香水瓶をGETしていた。

音と光のショー
15:00、一旦ルクソールのホテルへ帰り、その後自由行動。我々はこの時間を休息に当てた。夕食をとったあと19:30、ルクソール神殿へ音と光のショーを見学するためホテルを出発。10分ほどで到着。神殿のなかを見学席までブラブラ歩く。見学席は階段状にベンチがしつらえてあり、数百人は座れる。おおきな音で幻想的な音楽と英語のナレーションでショーが始まる。聖なる池をはさんだ向かい側の神殿がライトアップされ、さらに光の色がゆっくりと変わり、古代の荘厳な雰囲気が醸し出される。時間は刻々と過ぎていく。いつクライマックスがくるかとワクワクしながら見ていたが、が・・が・・・が・・・・はいオワリ!! エエッ〜、これでオワリ? クライマックスないじゃん。そりゃないよ〜。でなことで、少々演出不足は否めなかったが、ま、こんなとこか。

馬車
21:30、夜もふけて少し涼しくなり(それでも30度以上)、音と光のショーも満喫?したあと、カルナック神殿からホテルまでは優雅に馬車に乗った。ナイル側沿いの通りを遊覧気分で進み、途中、スーク(市場)を抜け、ルクソールの素顔を楽しみながら、22:30、ホテル到着。いや〜、今日は暑かったけど、楽しい一日だったな〜。ショーはちょっと期待はずれだったけど・・・・・。ま、すべてが100点なんてこと自体が虫のいい話で、これも旅の楽しみだぜ。でもショーは期待はずれだったな・・・・・。ブツブツ・・・。